奨学生廃止?④
俺はいつものように中庭のベンチに背を預けていた。背もたれにではなく、座面にだ。ぽかぽかと気持ちの良い陽気に意識を落としかけるが流石に今日はダメだろう。そして、今日は珍しくもお客が三人も来ている。
「どうしたんだ、みんな揃って」
俺のことを覗き込んでいる三人に声をかけると、非常に不服そうな声音が帰ってきた。
「どうした、じゃありません。これから生徒総会が始まるから、迎えに来たんです」
「克人さん……! 今日であたしは退学っすかね?」
「志島。相変わらず暢気だな」
今日の朝登校すると、生徒会の面々と俺たち奨学生を廃止させたい奴らの一部が、ビラを手に持って校門を固めていた。
一年間でどれだけの予算が使われているのか。その予算が自分たちに回ってくれば何ができるのか。奨学生を廃止することで得られるメリットを口々に語っている。俺も、その輪に加わって奨学生がいることによるメリットを説こうと考えたのだが、困ったときに相談に乗ってくれるだけの連中なんて、はっきり言って不必要だろう。
既に奨学生が相談に乗ってくれるというのは、生徒会によって一般生徒に知られている。
奨学生制度がもたらすのは大会やら進学成績。しかし、それで喜ぶのは学校であって生徒ではない。俺はそそくさと隠れるようにして、中庭に向かった。
「貴様な……。朝から中庭に登校とはずいぶんと良い身分じゃないか」
特等席であるベンチに向かうと、そこにはすでに先客が。緑の髪を一つにまとめた美女である。風に吹かれて揺れるしっぽが愛嬌を感じさせるが、本人に愛嬌なんて言葉はまるで当てはまらない。
「理事長とせっちゃんて知り合いだったんですね。というか、前に話してた恩師って理事長のことだったんですか」
「あ、あぁ。よくわかったな。私からも理事長に掛け合ったんだが、結局ここまで来てしまった。本当にすまない」
「せっちゃんが謝ることじゃないですよ。前にも言った気がしますが、せっちゃんに謝罪は似合わないですから」
「……うるさい黙ってろ」
恥ずかしそうに呟いたせっちゃんを見て、いつかの岩場を思い出す。友人宣言をしたせっちゃんはどこか儚げで、それでいて嬉しそうでもあった。
「困ったことの相談ですが、一つだけ良いですか?」
せっちゃんの隣に座りながら言うと、目の前の女性は難しそうな顔をしながら頷いた。
「そこどいてもらっていいですか。寝れないんで」
「ほほう、貴様は意地でも寝るというのか。永遠の眠りにならつかせてやるが?」
「すみません」
「貴様に謝罪は似合わん。うっさい黙ってろくらいがちょうどいいんじゃないか?」
せっちゃんは一本取った気でいるのだろう、非常に腹立たしい笑顔を浮かべている。
「うっさい黙ってろ、このポンコツ教師が」
「そこまでは言ってない」
容赦なく頭をひっぱたいたせっちゃんはどこか楽しそうだ。
「それじゃ、私は職員室に戻る。お前も……気が向いたら教室に戻れ」
いつもなら何が何でも教室に連れ込もうとするせっちゃんが、許可をしてくれた。今日は午後まで寝て過ごそう。
俺がベンチに寝っ転がっていると、やたらと元気な赤髪娘が犬のように駆け寄ってくる。
「克人さん克人さん! 今日は午後の授業がなくなるっすよ!」
自分の置かれている状況を忘れているのだろう。非常にうれし気だ。
「そうだな。もう明日から悠陽はこの学園にはいれないから、午前の授業をめい一杯楽しむと良いぞ」
「……はっ」
置かれた状況を思い出した、悠陽が俺を潤んだ瞳で見てくる。
「安心しろ、悠陽は明日も学校に来れるから」
「ほんとっすか?」
「退学になるとしたら、次の定期試験の後だな」
「やっぱり奨学生部はなくなっちゃうんすか!?」
「冗談だ冗談。奨学生部はなくならないし、美樹もせっちゃんも悠陽も今まで通りだよ」
「ほんとっすか?」
不安げな悠陽をもう少しいじめたい気もするが、泣かれたらたまらないのでこの辺りでやめておく。
「じゃ、また後でっす」
授業開始のチャイムが聞こえると、悠陽はいつもの笑顔を浮かべて走って行った。
俺はもう一度、寝ようとベンチに身体を預けた。
あれからどれだけ時間がたっただろう。俺は気配を感じて体を起こす。急に動いたからだろうか、気配はすぐに俺から離れた。
「おはようございます。志島君は教室に行かなくていいんですか?」
時計を確認すると今は絶賛授業中のはずだ。
「美樹もずいぶんな不良になってしまったな……」
「サボリが感染症だとはあなたと出会うまでは知りませんでしたよ」
俺に見せつけるかのようにため息をついた美樹は、それでもなんだか楽しそうに腕を後ろに組んで俺を覗き込んでいる。寝たままの俺を非難をする訳でもなく、離れる気もないらしい。
「授業には出ないんですか?」
「こっちのセリフだよ」
「私は先生の許可を得てきましたから」
「よく許可したな。ちなみに先生ってのは」
「緑川先生です」
あの教師め。刺客を送り込んできやがった。
俺がベンチに腰をかけなおすと、美樹は黙って俺の隣に腰を下ろした。美樹は何かを言いたげにこちらを見つめている。仲間にでもしてほしいのだろうか。
「昨日は取り乱してすいませんでした」
思えば当たり前のセリフか。昨日のらしくない美樹を見た俺も少しは驚いたが、そこまで顔を赤らめなくて良い気もする。
「……忘れてください」
「はいよ」
ここでからかうといよいよ本気で怒られそうなので、自重する。美樹はそのまま何を言うまでもなく俺の隣から動こうとしない。俺としてはこの寝心地の良いベンチの感触を十分に味わいたい。そんな気持ちなど、隣にいる少女には知る由もないだろう。
「寝たいんだが」
「……心配して損しました。あなたはいつもいろいろと勝手に背負い込んでくれやがりますからね。今回の件もあなたに任せておけばどうにかなるのでしょう」
「あぁ、任せとけ」
安心したのか呆れたのか、美樹はやっと腰を上げた。授業に戻るようで、そのまますたすたとベンチを離れていった。そして、十メートルほど離れたところで一度ぱっと振り返る。
「頼みましたよ」
声が届いたわけではないが、彼女の口は確実にそう動いていた。
美樹にとってもこの奨学生部という場は、既に憩いとなっているんだろう。友人のいなかった美樹にせっちゃんが、そして悠陽が彼女の支えになっていたはずだ。……本気でまともな奴がいないなうちの奨学生。
さっさと廃止すべきなようも気がしてきたが、俺は俺の役割を果たすのみだ。
もう一度、体を横に倒すと俺の意識はまたもや睡魔に持っていかれた。
夢の中で何度チャイムを聞いただろうか。
「どうした、じゃありません。これから生徒総会が始まるから、迎えに来たんです」
「克人さん……! 今日であたしは退学っすかね?」
「志島。相変わらず暢気なものだな」
俺は三人に腕を引っ張られ、決戦の地となる体育館に連行された。




