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女子力に優れた俺は、学費が免除されました。  作者: 土星めがね
修学旅行

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修学旅行⑥

「いただこうか」


 食堂にて豪勢な料理を前にした俺を促したのは、先ほどの迫力をそぎ落とした美樹の父親だった。俺のことを危険人物リストから除外したのだろう。

 無駄に大きいテーブルを三人で囲み、それぞれの後ろの壁際には執事とメイドと冥土が侍っていた。妙な気配の漂う空間に戸惑っていると、隣の美樹が両手を合わせてから料理に手を付け始めた。

 それに倣うように料理に視線を移す。まず目に飛び込んできたのは、白身魚のムニエルだ。色とりどりの野菜が入ったソースが白身の上で輝いている。サラダにシチューそして、籠に盛られたパン。バターは一人一人、小さな入れ物で小分けされていた。


「うむ。今日も実に美味だ」

「ありがとうございます」


 茂さんの言葉に、壁の近くで侍っていた執事が頭を下げる。その動きの一つ一つが洗練されて見れる執事さん。同じく、美樹の後ろに待機をしているメイドさんも同じくきびきびと無駄なく動いている。きっと俺の後ろにいる人も同じ動きを見かけ上はしているのだろうが、なぜか食事中もずっと殺気のようなものを背後から感じ取っていた。


「克人君もさっきはすまなかったね。だが、最後にもう一度忠告だけさせてほしい。くれぐれも間違いを起こさないでくれ?」

「はい。肝に銘じておきます」


 俺が答えるのと同時に、背後の殺気が高まったような気がした。




 食事を終え、自分にあてがわれた部屋へと戻る。案の定、メイドさんも俺の後に続いてきた。


「お腹空かないんですか?」

「ん? あぁ、飯ならお前が風呂に入っているときにでもかき込むさ。お前がいなければ今頃私は休憩中なんだがな」

「そうですか。なら俺はさっさと風呂に入ってくることにしますよ。ゆっくり入るつもりなので、あまり急いで食べなくても大丈夫ですよ」

「そいつは、ありがたい。正直、腹が減って仕方ないんだ。さっさと行ってくれ」

「そこは、お背中お流ししましょうか、の一言が欲しかったけどな」

「鉄やすりで洗っていいならな。垢とともに肉もそぎ落としてやるよ」

「そいつは勘弁。じゃ、行ってきます」

「タオルと浴衣は脱衣所に用意してある。さっさと行ってきな」




 風呂から上がり、自分の部屋へと戻る。大きな風呂場ではあったが、少し前に行ったせっちゃんの家に比べれば、数段劣るものだったので特に感動はない。向こうは元旅館なのだから、同じ土俵に上げるのは酷というものなのだろうが。金持ちの家に慣れてきている自分が恐ろしい。ああ、悠陽の家くらいがが俺にはちょうどいいのだ。

 部屋にはすでにメイドの姿があった。一応、俺以外の人間が入ってきた時のために立って待っていたようだが、俺の姿を確認するや否や部屋の隅にあるベッドへと腰を下ろした。


「よし、さっさと寝ろ。お前が寝れば私の今日の職務は終了だ」

「そうですか。なら、さっさと寝ることにしますよ。ここ最近はあまり寝れてないんで」


 俺がベッドに横たわると、メイドはベッドの横に椅子をわざわざ持ってきてそこに座った。


「もう寝ますから、出てって大丈夫ですよ」

「そうかい。でもな、今日のうちには仕事が終わってからじゃないとできないことがあるんだよ。だから、さっさと寝ろ」

「もう少し優しい言葉遣いはできないんですか。そうすれば、お願いだってなんだって俺も聞きやすいのに。その態度で来られると、反抗したくなるんですよ」

「あぁ!? いいから寝ろって言ってんだ。なんなら私が締め落としてやってもいいんですよ?」

「語尾だけ少し優しくなったな。まだまだだけど……って、おい!」


 いつの間に動いたのか、メイドは俺の身体に馬乗りになっていた。そのまま躊躇いなく俺の喉に手を伸ばしてくる。ベッドがふかふかなおかげで完全に締まり切ることはなかったが、俺の頸動脈が圧迫されていることに間違いはない。重力の援護も受けたその両手をどう引き剥がそうか遠のく意識の中で考えていると、またも扉をノックする音が響いた。


「志島君、少しお話し良いですか?」

「——どうぞ!」


 絞りだした声は美樹に届いたらしく、扉がゆっくりと開かれる。流石にこの状況を美樹に見られるわけにもいかないのであろうメイドはすぐさま俺の上から飛び降り、そのまま窓の外へと身を投げた。

 一瞬、はっと窓の方を見るが、すぐにそこがバルコニーに続いていることに気づき、安心というか、残念というか。とにかく、寝たまま迎え入れる訳にもないので体を起こした。


「志島君、少しお話が、ってどうしたんですか布団がぐちゃぐちゃになってるじゃないですか」

「ああ、ちょっとな。なんでもない」

「そうですか」

「それで、話っていうのは? いや、こっちから聞きたいことが山ほどあるんだった。いろいろと衝撃的なことが重なって忘れてたわ」

「重なる? どう考えても下僕扱いが一番の出来事だと思うのですが。それと双璧をなすような出来事が他にあるとでも?」

「ちょっとな。それで、俺を下僕扱いした件について詳しく聞こうじゃ」

「本当にすみません」


 パジャマ姿の美樹は俺が問い詰めようとするのを察したのか、俺の言葉に重ねるように謝罪を口にした。素直に頭を下げて謝罪する美樹を、窓の外から光る二つの目が射止めている。そんな視線を無視して俺は目の前の美樹に注目し続ける。特に何も言わないでいると、美樹は頭を上げながら頬を膨らませた。


「謝っているんだから何か言ったらどうなんですか」

「俺は犬派だ」

「……なんでもいい訳ではありません!」

「ミキガアヤマルナンテメズラシイナー」

「そんなとってつけたような言葉が聞きたいわけでもわりません!」


 美樹はそこまで言うと、深くため息をついた。


「そんなに気遣っていただかなくても大丈夫ですよ。志島君がわざとふざけていることくらい分かっています。私が必要以上に気にしないように気遣ってくださっているんだと。私の転校を阻止するために、志島君を利用させてもらいました」

「そうかい。別にいいけどさ」


 美樹は先ほどまでメイドの座っていた椅子に腰を掛ける。俺が身体を半分だけ起こしている状態だと、もはや病人とその見舞いに来た女の子にしか見えない。俺は身体をすべて起こし、ベッドに腰かけた。


「少し昔話をしましょうか」

「なんだ、寝かしつけてくれるのか?」

「眠くなったら寝て頂いて構いませんから」

「そうか、おやすみ」

「あまりにも早く寝たらシバきますから」


 もしや、この子の暴力性はどこかのメイドの影響なのではないだろうか。そんなことを考えていると、美樹は椅子の背もたれに寄りかかりながらぽつぽつと語り始めた。




  *


「美樹、今日もしっかりと勉強してきなさい」

車の中でお父様はそう言った。


「はい、お父様」


 私は、車を降りた。私が地面に足をつけ振り返ると、そこにはすでに走り出す寸前の黒塗りの車があった。父は私の方を見て優しそうな微笑みを携えている。

 父は私のことが大好きらしい。だから、毎日こうして私のことを塾までの送迎を行っている。この送迎だけは自分でやると言って譲らない。

 今日は小学校に何やらよくわからないどこかの編集者だとかいう人の講演会があった。人は自由であり、誰にも縛られない。とかなんとか言ってたっけ。

 塾に入ると、いつも私を担当している講師が私のもとへと寄ってきた。


「こんにちは、青山さん。今日は授業はなくて模試を解いてもらいますね」

 

 そういって、先生は私を大きな教室の一番後ろで端の席に案内した。その席の前と左はいつも通り空席。

 既に模試を受ける生徒のほとんどは揃っていたようで、教壇に立つ先生は枚数を数えて、列ごとに用紙を配っていった。

 私が通っているこの塾にいる生徒は、その多くが中学受験をするため、今日の空気はいびつなものを感じる。志望校の判定や、順位、それによる親の評価。子供ながらにみんなが重圧を背負っているという訳だ。

 だが、今日はそんな空気を壊す声が教室の後ろのドアの方から鳴り響いた。


「すいません! 遅れました!」


 見たことのない男の子だ。きっとこの辺りに住んでいる子ではないのだろう。この塾はそこそこ有名で、遠方からも通塾している生徒がいる。だから、知らない子がいるということ自体にさほど違和感わないのだが。


「それじゃ、こちらの席に座ってください」


 先生はそう言って男の子に、教壇の目の前の席を勧めた。普通、始めてくる場所で、大人に何か言われればそれに従うのが筋というもののはずなのだが、この男の子にはそういった常識はないらしい。


「すみません! 一番前の席だけはだめだと医者に言われているんです! という訳で、ここの席に座らせていただきますね!」


 そういって指をさしたのは私の隣の席。確かに私の近くは空いているため、座ろうとしてもおかしくはない。だが、この席に座ろうとする人はいないはずなのだ。


「その席は、いや、そこでいいから早く座りなさい」


 教師はちらっと腕時計を見て、時間がないと判断したのだろう。諦めたように男の子に許可を出すと、もう一度問題用紙を配り始めた。


「ごめん! 今日こんなところに来ることになるなんて知らなくて、筆箱持ってきてないんだ。鉛筆と消しゴム貸してくれない?」


 隣に座った男の子は私に向かって、両手をこすり合わせている。そもそも、家の外で話しかけられること自体が久しぶりだったので、一瞬、声の出し方を忘れてしまう。それでも、なんとか筆箱から二本の鉛筆と消しゴムを一つ彼の机の上に無言で置いた。

 男の子は「なんで、無言?」と不思議そうにこちらを見ているが、すぐさまお礼を言って机に向かった。



 一時間目のテストが終わり、解答用紙が回収されると、男の子はすぐに私の方に顔を向けてきた。


「これ、ありがとう。悪いんだけど、今日の模試が終わるまで、これ借りたまんまでも大丈夫?」

「はい。大丈夫です。お渡ししたのは、鉛筆などを落としてしまったとき用のスペアなので」


 声の出し方を思い出し——テスト中もずっとシミュレーションしていた成果ともいえる、男の子との会話を成立させる。ミッション完了と心の中で思ったのだが、男の子はここで会話を切るつもりはないらしかった。


「それにしてもみんな大変そうだね。何というか、空気が殺伐としているというか、刃傷沙汰でも起こりそうな雰囲気だよ」

「それはそうですよ。受験まで時間はまだ残っているとはいえ、ここにいる生徒はみんな親の期待を背負っているんですから」

「親の期待って。自分自身の気持ちはどうなるのさ」


 小学生とは思えない口ぶりで話す少年に、ついつい私も言葉を返してしまう。うえーっと顔をしかめる目の前の男の子は、好奇心からなのかずけずけとさらに切り込んできた。


「君も、親の期待にプレッシャーを感じてる?」

「いえ、私は今まで勉強に関しては一番を逃したことがありませんから。親からの圧を感じたことはありませんね。もし仮に、私が一番にならないようなことがあれば、その時は親にこれでもかと叱られるのでしょうけどね」

「そうか。親に怒られちゃうんだね。僕は絶対にそんなことにはならないからな。何というか、うらやましいよ」


 チャイムが鳴り、先生が次の科目の試験用紙を配っていく。隣の少年は眠たそうに目を擦りながら、前を向いた。



 その後、静かになった少年はテストがすべて終わると、再度お礼を述べてから私に筆記用具を返してきた。

 そして、試験結果の返却日。私は初めて父に怒鳴られた。全科目の総合成績は一位。しかし、私はそこで初めて、自分の試験結果に「2」という順位が書かれているのを見た。

 試験の日の、一番最初に受けた科目。それのみが二位で、残りは一位。突然入ってきた少年に動揺してケアレスミスがたくさん起こった? いや、違う。私の点数はいつも通り九十点台後半。ならば、他の要因か。

 私の脳裏には試験を早々に解き終えて隣で寝ている少年の顔がよぎる。違う。彼は少なくとも最初の科目に関しては時間一杯を使って解答していたはずだ。あの男の子が寝ていたのは、二つ目の科目以降。それが指し示すことを理解できないほど、私は馬鹿ではなかった。


 その日以来。私の周りには同級生の数がさらに減った。きっと、また父が口添えをしたのだろう。さらに集中して勉強をさせる、という建前のもと私の周りからまた、友人を排除したのだ。

 


 *


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