修学旅行③
京都という町はどうしてこんなに人が多いのだろう。どこに行くにしても、カップルやら俺たちと同じく修学旅行であろう学生のグループ。両手に両親の手をそれぞれ握った子供など……見てられるか!
と、三人の意見は完全に一致し、俺たちは宿の一室に戻ってきていた。俺たちがしたことといえば、観光客に酔い、近くにあった食堂で昼食を食べたことくらい。
普通ならちゃんと観光して来いと教師に怒られそうなものだが、幸運なことに宿の入り口で見張っていたのはせっちゃんだった。
「幸せな雰囲気が充満していて気持ち悪くなりました」
「そうか、なら部屋で休んでいろ」
せっちゃんは全く引き留めることなく、俺たちが宿に戻ることを容認した。
そして、俺たちは現在和室の中心で正座をしながら机を囲んでいる。女子部屋のあるあたりに男子生徒がうろつくというのはいらぬ疑いが掛けられそうなので、俺たちの部屋に集まっている。
真は汚れた部屋を美樹に見せまいと必死になって掃除していた。きっと、あの押し入れの中には俺たちの荷物がぶち込まれているのだろう。
「また私が富豪ですね」
「俺が平民か」
美樹、真が俺に見せつけるかの如く空になった両手を見せつける。ゲームの中まで現実を見せないでほしい。
俺は本来トランプで負けるはずがないのだ。奨学生になってすぐのトランプ勝負でも俺は危なげなく勝利を収めた。その自信は今でも失っていないのだが。
ここまで十ゲームほどを消化している。しかし、先ほどからこの順位に変動はない。それは、美樹の実力がこの数か月で格段に上がったわけではなく、真の力が大きな原因となっていた。
その観察眼は目を見張るものがあった。真は自分の手番が来ると俺には出せないが、美樹には出せるカードを出す。美樹の強いカードがなくなるとみるや否や革命を仕掛け、場を荒らす。こいつは確実にこの中での実力はとびぬけて一番のはずなのだが、順位は一度も変動していなかった。
学生の暇つぶしトランプでの接待プレイはやめて欲しい。同級生に媚びるのはどういう心境なのだろうと真の方を見るが、返ってきたのは非常にはじけた笑顔だった。
「青山さんと遊べるなんて、俺の修学旅行は最高だ!」
美樹には悟られまいと、俺の方を向いて口を動かす。接待されている美樹はというとそんなことには一切気づかずに自らの実力が上がったように錯覚しているのか、非常に楽しそうだ。カードが配られるたびにわくわくした表情を浮かべて、手札の順番を入れ替えている姿を見れば、接待のしがいがあるというものだろう。
無邪気な笑みを浮かべる美樹に、真はずっと目を奪われている。全くゲームに集中できていないだろうに、なぜこんなにも俺を陥れられるのだろうか。
「お前、あの笑顔を見てもまだ勝ちたいのか?」
真はハードボイルドな風を装った口調で俺を目で制す。目の前で再度配られたカードを見る美樹のキラキラした目を見ていたら、もう本気でやろうという気にはなれなかった。
「また、やりましょう」
美樹の冷ややかな言葉で俺たちの小さなトランプ大会は幕を閉じた。だが、声を出した本人の表情は今までにないくらいに綻んでいる。
「矢田君だったかしら。いつでも奨学生部に遊びに来てくださいね」
接待が功を奏した真は宝くじが当たったかのような表情を浮かべた。憧れの学園のアイドルに名前を覚えてもらえたということが相当にうれしかったらしい。
満足そうに部屋を出て行った美樹を見届けると、真は今まで起きていたことが現実かどうかの判断ができていない様子だ。
「なぁ、克人。俺のことを殴ってくれないか」
「了解」
——ぐちゃ。
「いいパンチなんだけどさ、まさかこうも躊躇いなく殴られるとは思わなかったよ」
「お前のせいで昨日は俺が殴られてるんだから、このくらいはさせろ」
俺はせっちゃんに殴られた箇所を右手でさする。痛みも、外傷もすべて消え去っている。朝のあざも昼前には引いていたし……恐ろしい技術だよな。
どれほどの時間トランプをしていたのだろう。窓の外から傾いた太陽がのぞいていた。
「そろそろ、夕食の時間だな」
真に声をかけてから部屋を出る。俺たちの部屋の住人である他の三人はまだ帰ってきていない。待つべきかとも思案したが、もしかしたら直接食堂の方へ行っているのかもしれないとの結論に至り、俺たちは食堂に向かうことにした。
案の定、部屋の住人は既に食堂の席についていた。彼らを見つけた真は、一目散に駆け出して、何かを必死に話しているようだ。俺たちの部屋に美樹が来たということを自慢しているに違いない。
俺は辺りを見回し、いつも通りぽつんと一人でいる美樹の姿を発見した。
各席にはすでに料理が準備されているのだが、、美樹の座るテーブルには一つしか料理が置かれていない。俺は手ごろなところから一セットを拝借して、美樹のテーブルへと移動させる。真を呼んでやろうかとも思ったが、流石に大っぴらに誘えば他も後を絶たなくなりそうだ。
「相変わらず、一人なのな」
「あら、あなたのことはカウントしなくて良いとの自己宣言ですか」
「はいはい、二人だな。それで、これはどういうことだ?」
「さぁ、なんででしょうね」
美樹はそれ以上語ることなく、両手を合わせると目の前の料理をぱくぱくと食べ始めた。
「お前、そんなにお腹空いてたのか」
「ち、ちがいます! これ以上は話したくないと暗に示しただけです」
「そうなら、最初からそう言えばいいだろ」
美樹は俺の話半分に聞きながら、その箸は止めていない。これ以上言うといよいよ恐ろしいことになるので、俺は口をつぐむことにする。
「明日のこと、忘れないでくださいね」
「はいはい。というか、赤坂家、緑川家と続いてお前の家まで行くことになるとはな」
「そうですね。しかも、面倒な問題付きで」
「自分で問題付きというからには、お前のところもただのお呼ばれではすまないということか」
俺は見せつけるかの如く大げさにため息をつく。普段の美樹をまねたつもりなのだが、ご本人にはそれが気に食わなかったらしく、ため息をつき返してきた。
「面倒ごとに巻き込んで申し訳ないとは思ってます。でも、頼れるのはあなたくらいしかいませんから」
「そう思うなら、もっと頬を赤く染めるなり恥じらうなり上目遣いになるなり工夫したらどうだ」
いつもと変わらぬこちらを見下した目をこちらへと向けている美樹に注意を促すが、意には介さないぞと態度で訴えかけてくる。すると、俺たちのテーブルへと近づいてくる一人の男の影があった。
「……!」
声にならない何かを発しながら、こちらへと駆け寄ってきた森下は肩で激しく息をしている。
「はぁ、はぁ、っはぁ。あ、青山さん! おかげで何とかなりました!」
俺も昨日は一応、あの作戦会議場兼、美樹の部屋にいたはずなのだが。美樹の功績が大きいので何も言うつもりはない。
「それで、墓穴を掘らずに済んだのですか?」
美樹の顔は、「それで、墓穴を掘ったんですよね?ww」と雄弁に語っている。あのずさんな計画ならばそれが普通の予測で、俺も異存ない。だが、返ってきたのは、屈託のない少年の笑顔だった。
「うん。なんとか、大丈夫だったよ。なんか良くわからないんだけどね。最初の方は僕に色々聞いてきたんだけど、途中から班のみんながどんどん先に行くようになっちゃって。僕に質問したりとか、そういうの全然なかったんだ。なんでだろう?」
「それは何よりだったな」
もう何も言ってやるまい。一番の驚愕を示しているのは、このプランの設計から提示までを一人でこなした美樹本人だ。
「まぁ、何はともあれこれで万事解決ですね。それでは報酬の件ですが——」
「おい」
目の前で涼やかに微笑む美樹に、少年は困ったようにポケットをまさぐった。
「これくらいしかないけど……」
ポケットから出して右手に握られていたのは、一つのポケットティッシュ。一瞬、紙幣かとも思ったのだが、違ったようだ。紙幣であるならば流石に受け取れないんだが、少年が取り出したのは駅前などで配っている物のようで広告が付いている。
「……学習塾?」
「そう、駅前で配ってたんだけど、こっちの塾に要はないから」
要がないことは俺たちも同じなのだが、受け取ったそのティッシュを二人で覗き込む。そこに掲載されていた写真の建物は俺の古い記憶を想起させた。
「あ、ここ知ってるわ。昔、行ったことある」
俺の中の古い記憶。模試を受けるためだったか。俺はこの塾に一度だけ行ったことがある。小学生の頃だ。おばさんの仕事に着いて京都に来た時、夜は飲み会に出席するとかなんとか言って一緒にいられないからと託児所代わりにこの塾で模試を受けさせられた。預けるくらいなら、連れてくるなと声を大にして言いたかったはずなのだが、……なんで言わなかったんだろう。あ、言えなかったのか。
「ここに来たことがある?」
俺の脳内など知る由もない美樹が不思議そうな顔をしているが、わざわざ説明するようなことでもないだろう。
「一回だけな」
「そ、そうですか」
美樹は何か、言いたげな雰囲気だったがこれ以上追及するつもりはないらしい。俺に興味がないともいえるのだろうが。
「じゃ、僕はこの辺で。なんか、友達たちが今日ずっと僕のこと心配してるみたいだから」
森下は俺たちのテーブルから静かに離れて行った。向かっていったところにいた友人たちは森下の身体を気遣うように席に座らせていた。
「私たちも食事にしましょうか」
目の前の少し冷めた料理に箸をつける。俺たちがごちゃごちゃやっていたのが原因なのか、単に大勢の食事を同時に提供したが故の弊害なのか。
この前、せっちゃんの家で食べた料理に比べてると数段見劣りするが、修学旅行ならばこんなものか。俺たちは冷めた料理をそそくさと食べ終え、部屋へと戻った。




