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女子力に優れた俺は、学費が免除されました。  作者: 土星めがね
夏休み

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28/75

夏休み⑩

「うわっ、すごい人っすねぇ」


 波のさざめきが聞こえる商店街を、大勢の人が埋め尽くしている。人の波に飲まれそうな悠陽は美樹の腕にしがみついていた。

 二人の背後を歩く俺の隣では、せっちゃんがぽつりぽつりと歩いている。黄緑色の生地に深緑の竹が描かれてた浴衣を着たせっちゃんは少し恥じらいを感じているようで、うつ向いていた。黄色い帯がそれこそ豊かな胸部を非常に強調している。非常に。


「なぜ、私まで浴衣……」

「おばあちゃんの言うことは素直に聞くんですね」

「余計なお世話だ」

 

 せっちゃんは俺に対して反抗するが、いつものような気迫はない。

 すでに太陽そのものは水平線の向こうに隠れている。強大なエネルギーの残滓が空の一部だけオレンジ色に輝かせていた。気温も落ち切っていない中、人ごみを歩くのは拷問の一種としか思えない。

 借りたグレーの浴衣が身体に張り付いて気分も良くない。しかし、そんな最悪なコンディションも一種の演出のように感じられるのだから、祭りとは不思議なものだ。


「美樹さん! あたし、わたあめ食べたいっす! あ、りんご飴も! あんず飴も! べっこう飴も!」

「そんなに飴が好きなんですね。あんまり食べ過ぎると太りますよ」

「あたしは普段から運動してるんで。それに脂肪はすべて胸への就職が内定してるんで大丈夫っす。美樹さんも少しは運動した方がいいっすよ」


 そう言って悠陽は美樹のお腹の辺りをぷにっと掴んだ。浴衣が崩れるからやめた方がいいんじゃないかという俺の切なる願いが聞き入れられる様子はない。


「昨日のご飯、たくさん食べてたっすもんね。寝起きに、夜中に。やばいっすよ?」


 美樹は目の色を無くし、まるでメガネを外したせっちゃんのような顔色になった。


「美樹さん。という訳で、私と一緒に遊びましょう! 遊びもカロリーを消費するっすから!」

「分かったわ悠陽さん。行きましょう」

「ということで、あたしたち二人は遊んでくるっす」


 悠陽は美樹の腕を取り、ずんずんと人垣をかき分けていった。


「行っちゃいましたけど」

「そうだな」


 取り残された俺たちは顔を見合わせて困り果てる。せっかく来たのにすぐ帰るというのも何かもったいない気がする、というのはせっちゃんも同じく思っているようで、「帰る」というセリフはどちらからも出てこないでいた。


「神社にでも行くか。近くに私の思い出の場所があるんだ」


 せっちゃんはそうとだけ言うと、俺を先導してすたすたと歩いていく。歩きがけにお好み焼きとたこ焼き、という粉もの二つを買ってせっちゃんの言う神社へとたどり着いた。



「昔は母親に連れられてよく来ていたんだ」


 境内には人がごった返しており、参拝するにも長蛇の列が形成されていた。列に並びながら、せっちゃんは神妙な面持ちで、突然俺の方へと向いた。


「すまんな」

「どうしたんですか。謝罪なんて珍しい」

「私のことをなんだと思っているんだ貴様は」


 せっちゃんは俺の物言いに文句を言いたげだが、謝罪の途中とあってか深くは追及してこない。


「まぁ、今回のことも私のわがままだからな」

「『も』ってことは他にも自覚があるんですね。自覚は改善への第一歩ですよ」

「貴様は人を怒らせる才能に関してだけは天下一品だな」

「残念。俺には女子力もあります」

 

 せっちゃんは伸ばした腕で握りこぶしを作り、額に怒りのマークを浮かべている。


「謝罪する気がなくなった」

「その方がせっちゃんらしくて良いんじゃないですか」


 せっちゃんは大きなため息をついて、手に持った巾着からがま口を取り出し、俺に五円玉を渡した。


「私もここに来るときは、母に五円玉を貰ってそれを賽銭箱に入れていたんだ。だから、今日は私が貴様の母代わりだ」


 せっちゃんはそう言って、珍しく口角を上げた。なぜか、俺の頭に手を置いている。


「どうしたんですか、急に。気持ち悪いですよ」

「反抗期か?」

「違います」

「ま、私に結婚はできんだろうからな。ちょうどいいじゃないか」

「勝手にシングルマザーになろうとするのはやめてください。美人で若いお母さんはうれしいですけど、せっちゃんはせっちゃんでいてください」


 突然顔を赤らめたせっちゃんは、俺の手をぎゅっと握った。からかってやろうとせっちゃんの顔を覗き込む。さらに顔を赤らめたせっちゃんに、俺は一つの違和感を覚えた。


「せっちゃん。メガネ換えました?」


 俺が言った途端、せっちゃんはかすかにびくっと震えた。図星のようだ。


「なんで換えたのかは聞きませんけど」

「換えたというか換わっていたというか」


 祭りに来た時からせっちゃんの様子がおかしいとは思っていたが、原因はこれか。

 列が徐々に進み、俺たちの順番が回ってきた。せっちゃんのメガネの変化に気づいた後、微妙な沈黙が続いている。それを崩したのは、せっちゃんがせっちゃんである所以の垣間見えるセリフだった。


「ごめんなさい。私の分の五円玉がなくなっちゃったんですけど、持ってたりします?」

「いくら美人で若いお母さんでも、抜けすぎてるのはお断りですね」

 

 俺はポケットの小銭入れから五円玉を取り出し、せっちゃんに渡す。本当に申し訳なさそうに受け取ったせっちゃんは、静かに賽銭を投げ入れた。


——ガラガラガラガラ


 せっちゃんと二人で、小気味いい鈴の音を奏でる。神様にこの願いが届くように、俺はあえて願いを口に出した。


「せっちゃんが真人間になりますように」

「ちょっ、願いは自分のために使ってくださいよ。というか、口に出さないでください」


 右隣で両手を合わせているせっちゃんは、音は発していないものの口は動かしていた。


「奨学生部の人たちが楽しく過ごせますように、ねぇ?」

「心を読むのはやめてください……」

「俺が読んでるのは心じゃなくて、口の動きです。美樹みたいな特殊能力は持ち合わせていないんで」


 俺たちは背後の列に気を使い、早々と賽銭箱の前から立ち退いた。そして、せっちゃんの言う思い出の場所へ。

 海風の当たる岩場の上で、俺たち二人は腰を下ろした。ここにスーツ姿の男ともう一人がいたら警察ドラマのラストシーンかとも疑いたくなるような断崖絶壁の上で、俺たちは俺の持ってきていたビニール袋を敷いて座っている。岩場が尻に突き刺さって痛い。だが、ここに誘ったせっちゃんがなんの文句もなく座っているので、これがここの常識なのだろう。


「ここですか?」

「はい……。ここは私とお母さんの思い出の場所なんです」


 既にメガネはポケットにしまっており、せっちゃんはいつものポンコツせっちゃんになっていた。


「いつものメガネせっちゃんになってくださいよ。外でその状態は扱いに困ります」

「ごめんなさい」

「せっちゃんに謝罪は似合わないですよ。そこは、『うるさい黙ってろ』くらいでいいですから」


 笑いながらのセリフにもせっちゃんは苦笑いを返してくるのみ。オレンジの光が海の向こうへ完全に消える様子を眺めていると、せっちゃんは突然、俺に質問を投げかけてきた。


「克人君はどうして、そんなにいろいろとできるんですか」

「別に好きでできるようになった訳じゃない。やらなきゃ、できなきゃいけなかったんですよ」

 

 せっちゃんにとってそれは想像もできない生活なのだろう。家に帰れば料理が出てきて、お風呂が沸かされていて、お日様の匂いのついた洋服が畳まれていて。きっとそれは、せっちゃんにとって、いや、多くの人にとって当たり前の生活な訳で。

 もちろんうらやましくはあるが、別に恨んだり妬んだりするつもりは毛頭ない。


「小学校の卒業までは母の知り合いと一緒に住ませてもらっていたんです。でも、忙しい人で、家に帰ってくることも少なかった。だから、ほぼほぼ一人暮らしをしていたようなものなんです。そこで家事は身に着けましたし、大人との渡り合い方も頑張って勉強しました」


 俺の事情などせっちゃんならば知っているはずなのだが。せっちゃんはその都度驚いたように口を開けている。


「私みたいなのだったら、絶対に生きていきません。私みたいに芯のない空っぽの人間には克人君のような向上心をもつことはできないと思います」


 せっちゃんは死んだ目をさらに曇らせて空を見上げた。せっちゃんの愁いを帯びた横顔は死んだ魚の目を鑑みても美人であることに間違いはない。雑誌の表紙を飾れそうなビジュアルを持つうちの顧問は、突然瞳を潤ませた。


「ご、ごめんね。克人君のことを考えてたら少し悲しくなってきて。克人君は本当に偉い子です。みんなに頼られて、慕われて。私とは大違い」


せっちゃんはここで一度深く息を吸い、意を決したように声を上げた。


「私は克人君の先生です。だから、授業中に寝ていれば注意をします。授業をサボっていたら教室に戻るように促します。でも、私は先生であると同時に克人君の友人でありたい。だから、辛いことや困ったことがあれば私に相談してくださいね」


 せっちゃんにとっては、一世一代の大告白だったのだろう。話している最中も瞳の潤みはどんどんと増していった。だがそれは、この告白がせっちゃんの正直な気持ちを表しているのだということが分かる。ならば俺も正直に、真摯に気持ちを伝えよう。


「ありがとうございます。なら俺も生徒である前にせっちゃんの友人ですよ。ま、せっちゃんに頼ってどうこうなる問題なら、自分で解決できますけどね」

「克人君ならそういうと思っていました」


 せっちゃんの口をついた言葉は感慨深気な雰囲気をまとっている。それは、この女性の諦観を具現化したのか、いやそれだけではなさそうだ。

嬉しそうにこちらを見るせっちゃんは、十年ほど時を遡ったかのようなあどけない表情を浮かべていた。


「こんなところにいたっすか!」


 何とも言えない空気間をぶち壊しに、いや壊してくれたのは奨学生部の小動物こと赤坂悠陽その人である。

 岩場であることなどお構いなしに全速力で駆け寄ってくる陸上少女は断崖絶壁すぐ近くの俺たちのもとへと一目散に近づいてきた。


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