夏休み③
日が落ちかけ海がオレンジ色に染まる頃になって、やっとお客さんがいなくなった。まだ、ビーチには人が残っているが海で泳いでいる人は少数で、その大半は張ったテントやパラソルを片付けている。
そして今、お客のいなくなった海の家で例の客人と俺たち奨学生部は向き合っている。結局、客人はあれから数時間うちの店に居座り続け、悠陽とともにずっと談笑していた。
鉄板やらかき氷気やらを清掃し終えた俺は、さっさと寝たい気持ちを抑えて客人を見る。年の頃は二十代後半くらいだろうか、先ほどの会話から察するにせっちゃんの高校の頃の友人なのであろう。夕陽を反射させるウェーブがかった金髪は、背中まで伸ばされてる。ずっと潮風の当たるビーチにいたはずなのに、髪はさらさらと風になびいていた。
ジーパンにTシャツという働く気満々の我々に対して、目の前の女性は白と水色のワンピースに何が入れられるのか分からない小さなポシェットを肩から下げていた。
冷蔵庫に入れておいたグラスに、冷えた麦茶を注いでから客人の座るテーブルへと向かう。四人掛けのテーブルの片側に悠陽と客人が座っていたので、俺はせっちゃんの隣に腰を下ろした。美樹は疲れたといって、休憩室へとナメクジのようになって引っ込んでいった。
俺が自分で用意した麦茶を一気に呷ったのを確認してから、客人は目を少し細めてこちらへと向ける。顔全体で俺への文句を言っているようだ。
「それで、私への対応を後回しにするそこの失礼な男がここの店長ですのね」
「そうだ」
「そうっす」
「おいお前ら、俺のいないところで何を勝手に言ってんだ」
俺が犯人二人を睨むと、面倒くさそうなことを俺にすべて押し付けようとしていた魂胆が透けて見えた。
「店長は不在ですが責任者ならここの眼鏡です」
「やはりそうでしたのね。まぁ、良いですわ。私の名前は金井 涼子。節の高校時代の同級生ですわ」
そういって金井さんは座りつつも優雅に頭を下げる。動きは洗練されていることからも、その風貌からも、何より口調から、彼女がいわゆるお嬢様であることが分かった。
「それで、その同級生様が何の御用で?」
「なぜあなたはそんなにわたくしに対して、そう粗雑な態度を取られるのかしら」
「すみません。せっちゃんと仲良さそうだったので、できる限り関わり合いになりたくないなと」
「その判断を否定するつもりはありませんが、いざ自分に向けられると無性に腹が立ちますわね」
「志島、話が進まないので少し黙っていろ。」
せっちゃんは何か俺に言いたげな表情を浮かべたものの、すぐに金井さんのほうを向いて話を促した。
「コホン。それでは、本題に入らせていただきますわ。あなた方のせいでわたくしの店が暇で暇で仕方なかったんですの。なので、その秘密を探ろうとしたのですが、名乗りもせずに情報だけ持ち帰るのはいかがなものかと思いまして。それで、名乗ろうとしたのですがこちらの店長もどきさんにあしらわれて、今に至るといった形ですわね。節はすぐにどこかに行ってしまいましたし、こちらのかわいらしい子はまじめな話を苦手にしているようでしたから」
「す、すいませんっす」
「い、いえいえ。あなたが謝ることはなくってよ」
何というか馬鹿正直な人だった。
悪口ともとれる金井さんの言葉にも悠陽は全く気にした様子はない。それは、単に悠陽が何も考えていないからなのか、それとも目の前の女性から発せられるオーラが故か。
「悪いんですけど、今日の分の焼きそばはもう売り切れてしまったんですよ」
「そうなんですの? それなら、致し方ありませんわね。また明日出直しますわ」
「意外とすんなり引き下がるんですね」
「引き下がるも何も、無いのならしかたがありませんのではなくて?」
「それもそうですけど」
金井さんは心底不思議そうな表情で俺を見やる。
このまま追い返してもいいのだが、訳も聞かずに列に並ばせたり、席に追いやったり、あの時点では焼きそばを提供することが可能であったことを考えると、やはり申し訳ないようにも感じられる。
「一応、俺たちの賄いの分はあるんですが、食べます?」
「いいんですの?」
そう言うと金井さんはぱっと笑顔を浮かべて、隣にいる悠陽の手を握った。悠陽も嫌がることなくその手を握り返している。何か、つながるものを感じているのだろう。
「涼子、そんなに腹減っていたのか。ふっ、昔から変わらんな」
「人を食いしん坊みたいに扱うのはやめてくださる!?」
「いや、実際そうだったろう。口を開けば、腹減った、昼休みはまだか、おやつのお菓子は——」
「ちょ、ちょっとぉぉぉおお!」
「なんだ騒々しい。昔から変わらんな」
「人を——って、もう良いですわ……。そんなことより、あなたよ。何があったら、そんなことになるんですの?」
「人をそんなこと呼ばわりとは、良い度胸だな」
「そうも呼びたくなるに決まってますわ。わたくしの知っている節は、気弱で、人見知りで、根暗で、死んだ魚のような目をした、そうですわ。さっき、眼鏡をはずした時の節に瓜二つでしたわね」
「あたしも興味あるっす! せっちゃんの高校時代!」
見ているだけでかわいそうになる金井さんの言葉に悠陽が反応を示し、目がキラキラと輝いている。悠陽のことだから単に興味本位なのであろうが、俺としては内心ほくそ笑んでしまう。せっちゃんの恥ずかしい過去があれば、弱みとして有効活用させていただこう。いつもならここでせっちゃんに睨まれるところなのだが、当の本人は金井さんにかかりっきりでこちらを気にしている様子はない。
せっちゃんが金井さんの首に手をかけるのを悠陽が必死になって止めていた。金井さんは、悠陽がせっちゃんを完全に制圧するしたことを確認すると、ふぅーっと息を整えてから語りだした。
*
「緑川! おい緑川! 貴様、私の授業はそんなに退屈か?」
節はいつものように机に突っ伏している。これもまたいつものように咎める先生は、丸めた教科書で節の頭を小突いていた。
「す、すいません……」
「はぁ、貴様は成績だけは良いんだがな。その生活態度はどうにかならんか?」
節は申し訳なさそうに顔を上げつつも、教師の目を見ないように顔を背けた。
「貴様という奴は……! いや、もう何も言うまい」
髪を後ろで一つに結び、凛々しい顔をした女教師は諦めたように授業へと戻って行った。
*
「と、まぁこんな感じですわね」
「せっちゃんが机に突っ伏してたっすか。もう、あたしが授業中に何をしててももう文句言わせないっす」
「あ、俺も」
「おい涼子。貴様のせいで私の教師としての威厳がっ! 尊厳がっ!」
「先生にそんな威厳を認める生徒はここにはいませんよ」
せっちゃんがギャーギャーと騒いでいると、休憩室から戻ってきた美樹がせっちゃんにとどめを刺した。せっちゃんは、「はっ」と驚愕と絶望の混じった表情をコミカルに浮かべ、その手で自らメガネを取った。
「そうですよね、私なんて最初から先生失格ですよね」
メガネをはずすだけで、ある程度受け止められるせっちゃんの能力は単純にうらやましい限りだ。




