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女子力に優れた俺は、学費が免除されました。  作者: 土星めがね
定期試験

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17/75

定期試験➆

 滞りなく悠陽の勉強合宿は進んでいき、今日は試験開始の二日前。月曜日が試験初日のため、土曜日である今日も一日中テスト勉強に充てられる。

 二日間かけて追い込むをするためにも、悠陽以外のメンバーも全員揃っていた。


「今日から二日間、追い込みかけるぞ」


 せっちゃんの号令で、悠陽は机に向かう。美樹とせっちゃんによって調教済みの悠陽はもう逆らおうという気力すら見せない。眼鏡を外されたせっちゃんのような眼をした悠陽はぶつぶつ「すいへーりーべーぼくのふね……」と唱えている。


「やりすぎじゃないか?」


 人道的な扱いを心掛けていた俺とは打って変わって、人の道など忘れたとばかりに追い詰めたせっちゃんと美樹が少し楽しそうに見えたのは俺の気のせいではないだろう。


「教科書の基礎事項は詰め込んだのですが、やっぱり授業のノートがないとも何とも言えませんね」

 

 美樹は手を顎にやり、何かを考えこんでいた。

 美樹の心配はもっともである。そもそも定期テストは学力をはかるものではない……と少なくとも俺は思っている。どれだけ先生の授業を聞き、真剣にノートを執り、その授業の復習したのかをいわゆるテストの形式をもって聞かれているだけだ。とはいえ、美樹のようにレベルがカンストしていれば授業を聞かなくても高得点をとれるのであろうが。


「そういうと思ったよ」


 俺は思案する美樹に向かって勝ち誇った笑みをわざと向ける。勉強においては一匹狼ともいえる美樹には思いつかない案。優等生からすれば邪道極まりないのだが、やれることはすべてやるべきだ。

 俺が動いたのは四日前。悠陽とともに朝を迎えた火曜日の放課後。悠陽が奨学生部に向かうため、一目散に駆け出した後の一年二組の教室。恥ずかしさが無かった訳ではないが、俺は後輩のクラスへと突撃した。


「ごめん、ちょっと時間いいかな」


 俺が黒板の前まで進み、教壇に手をかけて後輩たちに声をかける。俺の顔を見た後輩たちは、不思議そうな表情を浮かべたのち、なぜか安心したような顔つきになった。


「あ、お母さんだ!」

「ちょっ、先輩に向かって何言ってんの!」

「いやでも、俺の部活の先輩がそう呼ぶと喜ぶってい言ってたぜ?」

「あ、そうなんだ。それなら」


「「「お母さん、どうしたの?」」」


 最終的に複数人の合唱を聞く羽目になった。先輩に対してタメ口を用いている点、呼び名を広めたその先輩やらの素性、聞きたいことはたくさんあったが、今はそんなことをしている場合ではない。今回ばかりは俺の知名度のおかげで話が早く進みそうなので、出かけていた言葉をぐっと言葉を飲み込んだ。

 一番前の席に座っている黒髪おさげの眼鏡少女があわあわしているのが唯一の救いだろう。

 後輩たちがこちらを見ているのを確認してから、俺は一気に頭を下げた。


「テスト前に申し訳ないが、授業のノートを貸していただけないだろうか」


 後輩に対してならばもっとフランクでもいいのかもしれないが、誠意を見せるのは悪いことではない。

 俺の突然のお願いに教室の空気が一瞬止まったように感じられる。決まずい静寂が流れる教室の空気を崩したのは先ほどの少女であった。


「赤坂さんに見せるためですか……?」


 少女は恐る恐るといった様子で声を上げた。それはそうだ。俺の頼みをかみ砕くと、要は君たちが毎度の授業頑張っていたものを開示してくれ、と頼んでいるのである。それもその恩恵を享受する人間はここにいない。不誠実この上ないだろう。突っぱねられても仕方がない願いであるが、後輩たちが示した態度は俺の予想に反するものであった。


「悠陽ちゃんに見せるんですよね……是非私のノートを持って行ってください」

「化学のプリントなら、俺余分に持ってる!」

「現代社会のノートならウチに任せな!」

「英語のテストなら、出る問題いくつか分かります!」

「国語の問題は大体予想できてるぜ!」


 悠陽のクラスメイト達は、俺の想像を上回る熱量であーでもないこーでもないと話し合いを始めた。俺が呆然と彼らを眺めていると、納得のいく結論が出たようで先ほどの眼鏡少女が俺のほうを向いた。


「すいません。突然のことで今すぐお渡しすることはできませんが、土曜日には渡せると思います!」

「き、君は?」

 

 クラスメイト達の圧に負け、口調がおかしくなるがそれを咎めるものはここにはいなかった。助かる。


「す、すいません。私は一年二組の委員長をやっています斉木(さいき) 蘭(らん)と申します、うちのクラスが色々とすみません」

「気にしなくていいよ、でもいいのか? ノート借りちゃって」

「もちろんですよ! だからお母……先輩もそんなに申し訳なさそうな顔しないでください」

「いやいや、ふつう多少は嫌な顔をするものだと思うんだが……」


 眼鏡少女は、体の前で両手をぶんぶん振って俺を気遣う。言い直しが気になるが、わざわざ水を差すようなことをするのも悪いような気がしてくる。それと、この子はいじっやダメな子だ。罪悪感に俺の心がやられる。


「私たちも赤坂さんの力になりたいんです。でも、私たちが話しかけても良い反応を見せてくれないので」

「それなら、なおのこと力を貸したくなくなるのが普通じゃないか?」

「赤坂さんが頑張っているのはみんな知っていますから。勉強が少し嫌いで苦手なのは仕方のないことですし、もし私たちが力になれることがあるのであれば最大限協力したいんです」


 眼鏡少女の後ろにいるクラスメイト達は、大きく首を縦に振っている。


「その代わり、体育祭の時にはうちのクラスを引っ張ってもらうけどな!」

「そうですね。陸上種目は全部赤坂さんにやっていただきましょう」


 愉快そうに笑うクラスメイト達。


「それでは、今度奨学生部にノートのコピーを渡しに行きますね。もちろん、各教科最高のノートをお届けしますから」


 屈託のない笑顔を俺に向ける斉木さん。この顔を見れば裏がないことくらい簡単に想像できるはずなのだが。悠陽は本気でクラスメイトとの関りを拒絶しているようである。

 クラスの中で最高のノートを選ぶのに時間がかかった結果、結局土曜日にわざわざ渡しに来てくれるとのことだったので厚意に甘えさせていただくことにした。お返しというわけではないが、来てくれた子には俺や美樹が勉強を見てあげるという約束もしてある。何事もギブ&テイクが大切だ。


 俺が数日前の記憶を掘り起こしていると、奨学生部のドアが不意に叩かれた。


「「「お邪魔します!」」」


 俺は想定よりも多くの後輩が来たことに驚いたのだが、何よりも驚愕の色を顔に浮かべていたのは彼らのクラスメイトである、悠陽であった。

 ぞろぞろぞろぞろと室内に入ってくる生徒数は二十九人。つまり、悠陽を除く一年二組の全員がこの奨学生部の中に入ってくることはできなかったので廊下の外まで待機している。


「お母さん! すいません、みんなついてくるって言って聞かなくて」


 斉木さんは申し訳なさそうな顔を浮かべているが、クラスメイトを返すつもりはないようだ。


「それじゃあお邪魔しては申し訳ないので、さっそく」


 眼鏡少女は持っていた肩掛けカバンを開き、ノートとファイルに入ったプリントを取り出した。その厚みは明らかに多く、十五センチの定規でも図り切れそうにない。悠陽はまだ何が起こったのかとクラスメイトの顔を眺めていた。

 そんな悠陽を気に留めることなく、眼鏡少女は靴を脱ぎ、ちゃぶ台にその山を降ろす。そして、山を分けながら解説を始めた。


「まず、これが各教科のノートと授業で使ったプリントです。プリントは空欄をすべて埋めてあるものと確認用に空いたままのものがあるので、注意しながら使ってください」

 

 クラスメイト達は男女にかかわらず美樹とせっちゃんに目を奪われているようで、せっせと説明している斉木さんを手伝おうとする者はいない。


「ちょっと、なんなんすかこれ」


 戸惑っていた悠陽はやっと声の出し方を思いだしたようで、山を分けている眼鏡少女と何のために来たのかわからないクラスメイトのほうを見て、疑問投げかけた。

 その冷めた声に怒気を感じたのであろう、クラスメイト達は一瞬怯み、悠陽のほうへと視線を向ける。

 

「なんなんすか。勉強できないあたしを笑いに来たんすか。そんな大仰な紙の束まで持ってきて。悪意っすか、それとも偽善っすか」


 吐き捨てるように言った悠陽は、射殺そうとでもしているのかという視線をクラスメイトへと向けた。


「こら」


 険悪になりそうな雰囲気を崩そうと、俺はいたって軽い口調で悠陽の頭を小突く。悠陽ははっとしたようにこちらを見る。そして、次にクラスメイト達のほうへと再度視線を向けた。しかし、本人も無意識で言葉を放っていたのだろう。今度は、気まずそうな視線でクラスメイト達を見てい。

 無言を貫く悠陽に対して口を開いたのは、クラスメイトの中で一番せっちゃんと美樹に目を奪われていた男子生徒であった。


「俺は自分が来たいからここに来た。一回くらいは、ここの美人様たちを一度に拝みたかったんでな!」

 

 なぜ俺をにらむ後輩よ。そうすると堰を切ったように、後輩たちは口々に言い放った。


「私も! 緑川先生かっこいいから!」

「青山先輩! 今度デートに行ってくださいませんか!」

「ぜひとも二人に踏まれたい……!」


 そして、その声は悠陽にも向けられる。


「怒った悠陽ちゃんもかわいい!」

「赤坂! 今度はやく走るコツとか教えてくれよ?」


 変態が含まれている気がするが、気にするだけ無駄に心労を患うことになりそうだ。

 そして、最後に断言したのは例の少女である。


「確かに私たちは偽善者かもしれない……下心丸出しの悪意者もいますけど。それでも、私たちは赤坂さんのためにここに来たわけじゃない。私たちのわがままでここに来ただけ。先輩たちを見たかったから、お近づきになりたかったから、踏まれたかったから。いろんな理由がある。それに、みんな口にはしていないけど赤坂さんとも仲良くなりたいんだよ。私たちが赤坂さん、いえ悠陽ちゃんと仲良くなりたかったから」


 少女は悠陽の顔を真正面から見て、ちゃぶ台上の紙の山を指さしてこんなことを言い放った。


「さて、悠陽ちゃん。これがあればテストは楽勝よ」


 ご指名の悠陽はぽかんとした表情で、その場に立った少女を見上げている。


「これが欲しければ、私たちと友達になりなさい?」


 いつもの可憐なほほえみを浮かべる少女はそんな言葉とともにプリントを一枚とって、ひらひらとさせた。後ろにいるクラスメイト達にとっても予定外なのだろう、若干引いているようであった。




「ごめんなさい! ほんとにあんな脅迫みたいなことがしたかった訳じゃなくて! こういえば、赤坂さんも変に気を使う必要はないかなって思って!」

 

 見事なまでに畳の上で平伏する少女と、普通の床に平伏するクラスメイト達。斉木さんのドS台詞から数分がたった後、悠陽のクラスメイト達は不満そうな雰囲気を醸し出していた。


「なんで俺たちまで土下座してんの? あのパフォーマンスは委員長が勝手にやったことだよな……?」

「ちょっと男子、静かに!」 

「さすが演劇部、迫真だった」


 クラス全員が土下座するシュールな光景が織りなされている。廊下まで土下座の列が続いてるし。

 一通り土下座をし終えた後輩たち、というのも変な表現であるが、は楽しそうな表情のまま帰っていった。

 ちなみに全員で来た理由は先ほど言っていた通り、せっちゃんと美樹を近くで見たいという、感動のかけらもない理由である。悠陽の勉強に力を注いでほしいとのことだったので質問をしてくる後輩もいなかった。


「すさまじいクラスメイトね」

「あのクラスの担任にならなくて本当によかった」


 美樹とせっちゃんがあきれる中、悠陽は一人ぽかんとしている。


「まぁ、なんだ。クラスメイトもお前のことは心配してるんだよ。同情とかじゃなしにな」

「そうね。私たちばかりでなく、クラスの人たちのことも信用してあげなさい」

「そうだな赤坂、今度は私たちでなく、クラスメイトの手を借りるんだな」


 俺、美樹、せっちゃんは優しい微笑みを顔面に張り付けて、悠陽に言う。


「これが、克人さんのお節介っすか?」

「まぁな。お節介なのは俺だけじゃないみたいだけど」

「そうっすね。委員長さんの演技力の高さにはビビったっす」

「ギブアンドテイクだから気にするなってことを伝えたかったんだろ」

「そうっすね」


 こんな友情ドラマを見せつけられた悠陽を除く三人は、烈火のごとくやる気を出し、悠陽の指導にあたった。それはゴールの見えた長距離走でのラストスパートのように。

 

(((これで、次の試験からはクラスメイトに悠陽を預けられる!)))


 俺たち三人は心の中でそう叫ぶ。


(志島君。ナイスプレーよ)

(たまには良いことをするな。貴様への減点ペナルティーはなかったことにしてやろう)


 美樹とせっちゃんがアイコンタクトで俺を称える。減点ペナルティーが冗談でなかったと発覚はしたが実害はないので良しとしよう。

 後輩たちからいただいたノートは言っていた通り、素晴らしく整ったものであった。担当教科のノートを精読した俺たちは、その中から出そうな単語や問題をピックアップしていく。

 集中力を取り戻した俺たち三人の力もあるが、クラスメイトの本気の厚意を感じた悠陽のやる気によって、今回の勉強合宿は絶大な効果を見せることとなった。




 そして、勉強合宿から一週間がたったこの日。悠陽のテストがちゃぶ台の前に並べられていた。当の本人は陸上部の練習のため、ここにはいない。


「まさか。これまでとは」


 そう呟いたのは美樹である。


「これまでとはな」


 せっちゃんも美樹に同じ言葉でもって同意を示す。


「まぁ、やれるだけのことはやりましたから」


 俺はそう言いつつ、再度悠陽の解答用紙を見る。


 全教科三十点ちょうど。


 赤点を回避した事実には違いないのだが、あれだけ時間を使ってこの点数。目標こそ達成したものの、何とも言えない空気がこの教室を包み込んでいた。


「それで、お前らはどうだったんだ? と聞くのが普通なんだが、いまさら聞くまでもないか」


 せっちゃんは俺たち二人を見てあきれたように呟いた。美樹は全教科百点満点。俺は全教科七十点台。入学時から一度も変わらない点数の羅列である。


「何はともあれ、これでクーラーが付きますね」


 暑さのあまり顔が少し赤くなっている美樹が、感慨深そうに言葉を発する。

 俺たちは成功報酬を思い出し、頬を緩めた。


「これで夏休み中も集まれるな」


「「え、夏も集まるんですか?」」


「当たり前だろう? 涼しいんだから。それに夏休み中もやるべき雑務はたくさんある」

「この人今、雑務って言ったよ!?」


 こうして俺たちは悠陽が外で汗を流す中、涼しい室内での雑務が決まったのである。


「俺、バイトしないと生活費が」


 長期休暇中のバイト収入が育ての親からの仕送り以外の主な収入なのだが、ここから数か月の俺は、どうやらひもじい生活を強要されるらしい。


「安心しろ。そのあたりもちゃんと考えてある」


 そういったせっちゃんの口角は前例がないほどに上がっている。


 俺と美樹は、今年の夏休みが半ば削られる予感に、背筋を凍らせるのであった。

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