定期試験①
「あ、暑い」
梅雨も過ぎ去り、本来であればテンションの一つでも上がりそうなこの季節、俺はいつもの部室で呟いていた。
「エアコンつけましょうよ」
俺は気候に関わらず凛としているせっちゃん(メガネ付き)に頼み込む。
「そう簡単にできる訳なかろうが」
リモコンのボタンを押すだけなら、せっちゃんも喜んで行動するだろう。しかし、せっちゃんはそこを動こうとしない。
「あのな、エアコンつけるっ言ってもタダじゃないんだ」
「電気代なんてたかが知れてるでしょうに……」
「おい、志島。お前がボケだすと収拾がつかん。頼むからやれてくれ」
凛としていたように見えたせっちゃんは、単に自分の消費エネルギーを積極的に抑えていただけで、彼女の額には汗が光っている。
「この部屋には最初っからエアコンなんてものはない。そう簡単に設置なんてできるか」
「ほかの教室にはついているのに、何でここだけ……」
せっちゃんの冷静な指摘に反応したのはいつものようにノートを広げていた美樹だった。
「暑い……!」
顔は いつもの通り涼しげだが、手元のノートが少し皺になっている。
「肖像権の侵害よ。よって、死刑」
どうやら、俺は美樹を見るだけで極刑に処せられなければならないらしい。肖像権ってこんなところまで認められるの? 勉強家が言うだけで妙な説得力がある気がするが、流石に大丈夫だろう。大丈夫だよな?
「おい、社会科の先生の前で適当なことを言うな。お前もそんな心配そうな顔をするんじゃない。赤坂が信じたらどうするんだ」
二年生組を窘めるせっちゃんのお陰で、悠陽があからさまにほっとした表情を浮かべた。感情の起伏が激しく見ていて飽きない。
「ヨカッタァァァ」
「扇風機に向かってしゃべるな」
俺は扇風機の前を陣取って離れない悠陽に注意する。気持ちが分からないわけではないが。
そんなくだらない話をしていると、優しいノックの音が部屋に響いた。
「失礼するよ」
ゆっくりと開かれた扉の向こうに立っていたのは、初老の男。何を隠そう彩華学園学園長であった。
「元気にやっているかね?」
にこにことした表情を浮かべた学園長は柔和のほほえみを携えたまま、部屋へと入る。
「学園長先生、どういったご用件でしょうか?」
むすっとした感情を隠すつもりのないのであろう美樹様のお声が奨学生部部室に響き渡る。
「邪魔してすまないね。今日は私から相談があって来たんだ」
学園長はそんな部長の態度を諫めることはない。いつも通り、にこにこと微笑みを絶やさずこちらを見ていた。
「失礼するよ」
学園長は俺たちが絶対に逆らえない美樹にも、全く委縮していない。そりゃそうか。学園長からすれば美樹もせっちゃんも小娘に過ぎないのだから。
「なにかしら?」
「なんだ?」
どうして俺の心はこうも簡単に読まれてしまうのだろうか。
「今日は君たちに相談、というか依頼がある」
「そういうことでしたら、手短にお願いします」
畳に正座した学園長は俺が差し出した冷たいお茶を飲むやいなや切り出した。それに対応する美樹も来客用に変化を遂げる。
「そんなに邪険に扱わんでおくれよ。君たちにもそんなに悪い話じゃない。この依頼を達成してくれたら、ここにエアコンをつけよう」
「やります!」
「できます!」
「やらせてみせます!」
エアコンというワードを聞いた美樹、悠陽、せっちゃんは俄然やる気が出てきたらしい。自分ではやらないことを明言したせっちゃんが少し気になる。
「素晴らしい意気込みだ。それで、依頼内容なんだがね。もうすぐ、期末試験があるだろう? そこで、とある生徒の成績を上げてほしいんだ」
「そういうことなら、私の出番ですね」
「これでも私も教師のはしくれだからな」
七月の初旬。そろそろ、夏休みに差し掛かろうとし、生徒たちが全員そわそわし始めるこの季節。
しかしその休みを守る門番として存在するもの。それは、中間テストが無いこの学園において年に三回の大きなイベントである。
期末試験。学校に通ったことのある人ならほぼ確実に聞いたことのある単語であろう。
ある者にとってはそれは実力を測るための絶好の機会。また、ある者にとっては補習という名の監獄に収容されるかどうかを決めるための裁判。もちろん、割合で言うと前者よりも後者の方が多い。この学園においては意外と前者の割合が大きいのが流石、優良校といったところか。
前者の筆頭である美樹が、ここぞとばかりに名乗りでた。せっちゃんもここにいると忘れがちだが、教師なので本領発揮と言ったところだろう。
「それで、とある生徒というのは」
美樹が学園長に問うと、学園長は少し悲しそうな表情をしながら依頼の客体となる人物の名前を告げる。
「赤坂悠陽という生徒なんだがね」
期末試験の話題が出た瞬間から黙り込んでいた悠陽。被告人席へと案内された悠陽はそれでも抵抗しようと一言。
「あ、あたしはやってないっすよ!」
「勉強してないから、こうなってるんだよな」
場に飲まれて自白した悠陽は、はっとした表情を浮かべ、観念したように俯いた。




