奨学生部⑤
日曜日の午前中。本来ならば部活をしている生徒が、ちらほらいるだけであるはずの時間。しかし、今日はとある事情があって多くの生徒がグラウンドに詰め掛けていた。練習試合のために来た相手高校の生徒は、なんだなんだと騒ぎだしている。
「すげぇ、女の子がいっぱいだ……」
相手高校の選手がグラウンドでウォーミングアップをしつつ感嘆の声をあげていた。嬉しそうな表情をしているのが唯一の救いだろう。
反対に彩華学園側の監督は相手監督のところで、申し訳なさそうに頭を下げてるし。
「迷惑な人たちね」
ここでいう「人たち」に、私自身が含まれていることくらい十分に自覚している。迷惑だと気づいていないよりかは幾分かマシだと思いたい。
選手の多くがパス回しをしている中、公助くんはほかのチームメイトとは違う服を着て、ゴール前に立っている。コーチらしき人がボールを投げ、それに飛びつく公助くん。そのたびに上がる黄色い歓声に辟易してしまう。
一通りの練習を終えると、選手がグラウンドの外へ出てきた。スタンドで席についていた女生徒も休憩中に突撃するほど非常識ではないのだろう。
私が公助くんに近づくと、すべての目が私に注がれているのが分かった。でも、そんな目はもう気にしていられない。
「内藤先輩、いや公助くん。試合が終わったら話があるの。時間作ってきてもらえないかな」
「良いけど、どうしたの?」
「ちょっとね。昔の公園、覚えてるでしょ? そこで待ってるから」
公園とはもちろん、昔私がフラれた公園。私の気持ちにけりをつけるなら、そこしかない。どの公園なのかは公助くんにも正確に伝わったようで、なんとも言えない顔をしている。
「ごめん、まずは試合に集中しないとね。これ、試合前に食べて」
私がそう言うと、公助くんはなぜかギョッとした表情を浮かべた。そうか、試合前に私ががっつりしたお弁当を持ってきたとでも思っているのか。お腹いっぱいで動けなくなって困るから、こんな嫌そうな顔をしているのだろう。事実、私がお弁当を持ってきたら優しい公助くんは試合前だろうがかまわずに全部食べてしまうはずだ。
でも大丈夫。アドバイスをもらった私はちゃんと公助くんのことを考えているのだから。私は持っていた保冷バッグから市販のゼリー飲料を取り出し、公助くんに差し出した。
その刹那、いたたまれない表情をしていた公助くんの目が生気を取り戻し、パッと輝く。
「ありがとう! 頑張るよ」
志島君の言う通り、試合前はやはりゼリー飲料が正解だったらしい。手料理は今度別の機会に食べてもらうことにしよう。
「それじゃ、試合頑張ってね」
私はそう言って、女生徒たちが待ちかねるスタンドへと歩を向けた。
お弁当を渡してから数時間が立ったこの時刻。私は一人、例の公園にいた。
試合結果は二対一。公助くんに向けられた女子陣の声援を、チームへのものと勘違いした彩華学園サッカー部の勝利。プライドを見せた相手高校の一点は、公助くんのミスから生まれた失点だった。
「ごめんおまたせ」
公助くんはベンチに座っている私を見るや否や、上がっている息を整えることなく駆け寄ってきた。
「カッコ悪いところを見せちゃったね」
自嘲を浮かべた公助くんは、いつもの優しい声で申し訳なさそうにこう言った。
「味方のバックパスを蹴り返したら、それがそのまま相手のもとへ。その結果、そのまま相手と一対一になって、見事に逆を突かれて失点。確かにカッコ悪いね」
「面目ない……」
私の指摘に否定できる部分はなく、落ち込む公助くんを、私は一応フォローする。
「でも、そのおかげで他の女の子が寄ってこなかったんでしょ」
「ははは。その通りだね。みんな気を使ってくれたのかな」
私のこんな軽口にも、公助くんは嫌な顔一つせずに首肯した。
「やっぱり、公助くんは変わってないね。優しい」
「俺のミスに優しさなんて関係ない」
「そんなことないでしょ。今回のミスだって、元をたどれば味方のバックパスの精度が悪かったから、公助くんのミスが出た」
「でも、ミスったのは俺だ」
「相手のプレスに耐えきれなくなったディフェンスが、パスとは思えない速度で、ボールを蹴ってきた。触らなきゃそのままゴールに入っちゃってたし、相手も詰めてきてたし、どうしようもなかったよあれは」
「ほんと、よく見てるね。でも、俺はそれでも守護神だから。何があってもゴールを守らなきゃいけないんだ」
「そこが優しいって言ってるの」
私はやれやれとわざとらしく首を横に振る。先日どこかで見たような気がする。
「それで、話って?」
公助くんは緊張した様子で本題を切り出す。
「うん、ここで私が告白したの覚えてる?」
「覚えてる」
「こ、公助くん、私と付き合ってくだひゃい! 一言一句覚えてるよ私は。でも、公助くんにフラれちゃって……」
私が茶化しながらそう言うと、公助くんは不思議そうな顔をして首をかしげる。自分の記憶を手繰り寄せているのだろう。自分の記憶を確かめ終えた公助くんは、表情を変えることなくこちらを見た。
「フラれた? 俺はフッてないぞ?」
「え、だって、公助くんに付きまとわないって言ったら、よろしくって言ったじゃん」
「いや、それは……タイミングというか」
「タイミング!?」
「俺だって、楓ちゃんと付き合いたいって思ってたよ。でも、あんな感じで逃げたから、判断の遅い俺に嫌気がさしたのかと……」
よくよく聞くと、私がテンパって公助くんの言葉を遮ってしまったようである。その勘違いでずっと避けていたのか……。
空がオレンジに染まり、どこの家庭かは分からないが魚の焼ける匂いが漂う中、私たち二人は何とも言えない時間を過ごした。
こんなにも長く二人の時間を過ごすのはあの日の公園以来である。あの日の時間は、公助くんが何を思っているのか分からず、不安な時間を過ごした。でも、今は違う。
目の前にいる青年は、背格好は大きく変わったようで、記憶の中よりも私は上を向いている。でも、彼の柔和な、そして困ったような微笑みは記憶の中と完全に一致した。
ずっと遠くに行ってしまったと思っていた公助くんが自分の中の公助くんと変わっていないという事実に、心の中で喜悦を感じずにはいられない。それは、目の前にいる公助くんも同じようで。
そして、私は数年間ずっと温め続けていた思いを変わらぬ思いをそのまま口に出した。
「公助くん、私と付き合ってください」
「は、はい!」
ずっと溜めてきた想い。これが成長なのか、以前よりも落ち着いて口にすることができた。それに対して目の前の青年は過去のミスを繰り返さないように、間髪入れずに答えを口にする。声が上ずっていたのはご愛敬ということにしてあげよう。
『よろしく』
数年前は互いの気持ちを取り違えるきっかけとなった公助くんの言葉。それを今は二人で一緒に口に出す。
——ぐぅぅぅぅ。
さらに強くなるどこかの夕飯の匂いに、目の前の青年のお腹が鳴った。
「一緒にご飯食べよっか」
「うん、そうしよう」
私の提案に公助くんはすぐさま肯定の意を示した。急いできてくれたのであろう彼は、学校備え付けのシャワーは浴びていないようで顔が砂で汚れている。流石にこのまま、どこかのファミレスに入る訳にもいかない。そうだ、今日は両親は出かけていたはず。せっかく家が近いんだし、うちで食べてもらおう。
「今日、私の家に来ない? 両親出かけてて今日は帰ってこないの」
「え? それって……」
「うちでご飯食べない? 腕によりをかけて作るよ」
「あ、結構です」
恥ずかしがっているらしい公助くんの腕を抱え、私は公助くんを我が家へと引っ張った。
「何が食べたい?」
「お、俺、試合後はゼリー飲料って決めてるんだ」
「そうなんだぁ」
私は、溜め続けた想いを遠慮なく彼にぶつけることにする。気持ちはすべてぶつける。二度と誤解を生まないように。
結局私が公助くんに手料理を食べさせるのはずいぶんと後のことになるのだが、それはまた別のお話ということにしておこう。




