定期試験②
「それでは、青山さん。よろしくお願いします」
ちゃぶ台の窓側に座るスーパーせっちゃんが首から下げられた「裁判官」と書かれている胸元のプレートを、鬱陶しそうにしながら美樹を促した。
「検察官」と書かれたプレートを自分の目の前に置いた美樹は起立し、せっちゃんに一礼。既に部室を去った学園長から渡された資料に目を落とした。
「被告人はその類稀なる運動能力に胡坐をかき、学生の本分ともいうべき学業をおろそかにしております。その結果、日々の授業における小テストにおいて零点を連発。本期末テストにおいて赤点を回避せねば、本校の規定により夏休みの大半を補習に費やすこととなります。部活ありきでの奨学生である赤坂さんにおいては、夏休みが潰れるということで、奨学生の取消しも視野に入れる必要が出てきます。よって、期末テストまでの一週間、私たちが作った宿題を毎日解いてくるの刑を求刑いたします」
「そんな!」
「被告人、お静かに。被告人には黙秘権があります。被告人は答えたくない質問に対する陳述を拒むことができます。反対に、陳述することもできます。陳述をすれば、あなたにとって有利不利に関係なく、証拠となります」
「わかったっす」
首から「被告人」と書かれたプレートを下げている悠陽が、大きく頷く。
非常に雑な検察の主張にに対しても、悠陽は真摯に向き合うつもりのようだ。
「時間もないので、手続きをもろもろ省略させていただきます。それでは、弁護人、何か反論等はありますか?」
既にこの茶番に飽きたのであろうせっちゃんが結審に向けて、駒を一気に進める。弁護人というプレートを事前に渡されていた俺は、隣にいる涙目の悠陽を一度見てからその場に起立した。
「特にありません」
「克人さん!?」
何やら不服そうな顔をしているが、俺に言えることは何もない。
「弁護人って、弁をもって護る人のことだと思うんっすけど」
「弁護人にも、投げ出したくなるような事件はあるんだよ」
優しく諭そうとする俺に、悠陽はやはり不満げな表情だ。
そんな悠陽には目もくれず、せっちゃんは一つ咳払いをした後に判決を口にした。
「主文、被告人を期末テストまで一週間部室に収容及び強制勉強の刑に処す。なお、この学園にはここ以上の上級裁判所は存在しないため、控訴、上告共にこれを認めない。以上」
検察の主張を上回る量刑。さらにはこの国の三審制も全否定という、だからあんた社会科教員だろって。
「という訳だ赤坂。貴様は期末テストまで学校に泊まり込んで勉強してもらう。ちなみに、親御さんは了承済みだ。というよりむしろ非常に喜んでいらしゃったな。泣いてお礼を言ってたぞ、家でどれだけ勉強してないんだ」
首から下げられたプレートをせっちゃんが取ったことでこの茶番は終了。こんなことをしている暇があるなら、今すぐにでも勉強しろって話なのだが。
茶番は茶番でも判決は有効なようで、先ほど部屋を出たはずの学園長が部室に戻ってきた。顔を隠すほどの布団をもって。
「それじゃあ、君たち頼んだよ」
学園長はそれだけ言って、再度部屋を後にする。
「だそうだ二人とも。悪いな、付き合ってくれ」
せっちゃんは何の感情もなさそうに、俺と美樹に視線を送った。
「「マジっすか?」」
どこかの赤点娘のような口調がついつい口をついた俺と美樹。人間何も考えられなくなると皆、この口調になるだろう。きっとそうに違いない。
「緑川先生が一人で対応すればよいのでは?」
美樹がも最もなことを言って保釈を試みるが、せっちゃんは逃がすつもりはないらしい。
流石に、というか当たり前だがせっちゃんも一人で悠陽の面倒を見るのは御免といった表情である。
「私は社会科の教員なのでな。他の教科を生徒に教えるのは憚られる。生徒に教えることはプライド、というか職業倫理上できない、だろう?」
「そんなプライド捨ててしまえばいいのに」
小さな声で呟いた美樹に対し、せっちゃんはどうしても一人は嫌なのだろう、最後の手段に打って出た。
「これでも、私だけで赤坂の面倒を見ろと?」
そう言ったせっちゃんはおもむろに自分のメガネに手をかけ、足元に投げつけて自らの足でもって踏みつけた。
「「あっ」」
二人そろって気の抜けた声をあげてしまう。
「ふふふ、これでいよいよゴミクズ同然になった私なんて、役立たずですよね……ふふっ」
「分かりましたよ。……残りますよ」
教師としてあるまじき覚悟の見せ方をしたせっちゃんに対し、美樹は諦めたようである。
「流石美樹ちゃん、頼りになります……私なんかよりもずっと。役立たずの私は帰りますね……」
「逃がさないですよ?」
言葉と共に部屋を出ようとしたせっちゃんの首根っこを掴んだ美樹が、力に任せてせっちゃんを畳の上に投げ捨てる。ポンコツせっちゃんもせっちゃんはせっちゃんのようで策士である。おもむろに自らのかばんへと手を伸ばし、何事もなかったかのようにスペアのメガネをかけた。
「一人確保」
ニマっと笑ったせっちゃんは妖艶というよりも狂気を感じさせる。
「俺は帰っていいですよね?」
俺は無謀な保釈を試みるが、せっちゃん裁判所は案の定認める気はないらしい。
「ダメだ」
一言で一蹴されそうになるがここで諦めるわけにはいかない。
「いや、でも俺男ですし。女性陣と夜な夜な同じ部屋にいるのはいかがなものかと」
「ダメだ」
「いや、先生は大人ですしそうかもしれないですけど。JK的には嫌なんじゃないですか?」
「私は別に構いません」
もう教師としての倫理観などどこかに置いてきたせっちゃんはどうでもいいとして、美樹までが納得するとは……この顔はただ犠牲者を一人でも増やしたいとのことなのだろう。
「諦めたらどうだ? 貴様は既に檻の中だ」
「いや、まだ悠陽が納得してない……悠陽はどこだ?」
俺たちが犠牲者を増やそうと互いの理屈で突き合っているうちに悠陽の姿はどこかに消えている。三人そろって空気の流れ出ている方向、ドアを見た。学園長がしっかりと閉めてから帰っていたはずなのに開け放たれているドアが指し示すもの——。
「総員! 赤坂の捜索! 見つけ出し次第、確保!!」
せっちゃんの号令と共に総員——といっても俺と美樹だけだが、は姿勢を正しせっちゃんに向かって敬礼をした。
そもそも今回の依頼報酬は俺たちにとって必要不可欠とっても過言ではない。
ここは校舎の三階。他の学校と比べると低いかもしれないがここ三階の上は屋上である。真上から照り付ける太陽のエネルギーは屋上を経由し、下の階、つまりは部室の気温上昇へと回される。太陽得エネルギーの凄まじさについてを語る意味はないだろうから割愛するが、つまり暑くて暑くて仕方がない訳である。だからこそ、俺たちはなんだかんだ言いつつも、悠陽を逃がすなどという選択肢は存在しないのだ。
そんなことを考えていると、美樹が切羽詰まったようにように今まだ聞いたことがないくらいに声を張り上げた。
「対象発見! 中庭を逃走中! このままでは、校外に逃げます!」
「志島ぁ! 確保だ!」
茶番にはまりだすとなかなか抜けられなくなる残念美人二人は綺麗にそろって、俺と窓を順番に見ている。
「いやいやここ三階ですよ?」
「「君ならできる!」」
無責任なことを言う二人は俺が普段二階から飛び降りている事なんて知らないはずだ。普段飛び降りているのはまぁ、あれだ、うん、その……。それに彼女らが仮に知っていたとしても、何度も言うがここは三階である。
「「じー」」
二人そろって同じ言葉を、そして、同じ視線を突きつけていた。
「あー、もう分りましたよ」
俺は窓際に立ち、外を確認。ちなみに悠陽は俺たちの靴がある昇降口の方をチラチラとみており、こちらに気づいている様子はない。
校舎の外壁に取り付けられた、雨水か何かを通すための管を注視する。見たところ金属製のようで、もちろんひび割れなどもない。——行けるか。
「え? ほんとに行くの?」
「志島、すまん冗だ……」
俺は後ろから聞こえてくるなんとも気の抜けた声に、一瞬躊躇いを覚えるが、これも全てはクーラーのため。二階も三階も変わらんだろう。
俺はいつもしているように、窓枠に手をかけ足をかけた。いつもと違うのは飛び出す方向。普段なら前に向かうが今回ばかりはそれでいくと足が折れる。俺は覚悟を決め、例の管に向かって飛び込んだ。
強烈な重力に、垂直抗力のありがたみを思い出しつつ、身体を半回転させる。管を視認し、まずは左手でそれを掴む。次に右手を添え、そのまま両足を外壁についた。ドスっという鈍い音が壁から響き、上からは「やばっ」と自分たちの悪ノリを後悔しているのであろう声が聞こえてくる。俺はその声を無視し、一歩一歩ゆっくりと下へ向かい、ちょうど真右に二階の窓を捉えたその時、俺はパッと手を放した。気持ち良いとは言い難い浮遊感を感じる中、先ほどと同じ方向に身体を半回転。ここまで来れば、いつもと変わらないので普段通りに足で大地を掴む。勢いを殺しきれず前転の要領で力を霧散させるが、身体に異常はない。
悠陽まだ昇降口に気を取られはこちらに気づいていないようなので、俺は木々に隠れつつ悠陽の背後にそっとたどり着いた。
「やぁ、悠陽。お帰りかい?」
最大限爽やかさを醸し出して声をかけるが悠陽は幽霊でも見たかのような表情でギョッとしている。
「え、どこから!? ……ん!?」
最小の驚きは俺がどこからともなく現れたことに対する驚き。二つ目は部室の窓から二人がこちらを見ていることに気づき、すべて悟ったうえでの驚きだろう。
「やっぱり幽霊っすか?」
「正真正銘、みんな大好きな本物の志島克人だ」
「あ、頭打ったんすね」
「失礼な奴だな」
俺はジトっと見てくる悠陽の首根っこを捕らえ、部室へと引きずって行った。
「志島君、二度とこのような真似はしないでください」
悠陽を捕まえた功労者であるはずの俺は、現在座布団もなく正座をさせられている。びっくりしたのか、軽く涙目になった美樹が直立のまま俺を睨んでいる。
「いや、飛べっていう目で見るから……」
「あなたは私が死ねって言ったら死ぬんですか!?」
「死なないよ!? 普段言われてるけど、俺まだピンピンしてるし」
「頼むから、心配かけんでくれ」
心配してくれたらしい美樹とせっちゃん。いくら自分で行けると判断しているとはいえ、突然飛び降りれば確かに驚かせてしまうだろう。今回ばかりは俺も反省せねば。
「ごめん。今度から気を付ける」
「分かってくれればいいんです。流石にはやし立てて飛び降りられたとあれば、自殺関与ですから。刑事事件に発展しなくてよかったです」
「そうだな。顧問を務める部活動で死人が出たとあれば、私の教師としての経歴に傷がつくからな」
うん。どうせそんなこったろうとは思っていやしたよ。誰も俺の心配なんてしちゃいねぇのな。
「だからもうこんなことは二度としないでください。お願いしますよ」
「二度とするなよ。分かったな?」
「へいへい」
「「ほんとに」」
優しい表情の二人。まさに俺のことを心配していたかのような表情で、部屋の空気はほんのりと暖かくなる。
「そんなに怒ることっすか?」
冷静に考えてそこまで無理なことでもないと感じたのであろう悠陽の周りは除いてではあったが。




