第二話:手紙の主
獲物を無事に獲れたなら、次は小川まで引きずっていく。
大物だっただけに相当な重さだが、そんなときのためにソリを持ってきている。
とはいえ、一人で運んでいくのはやはり難儀である事に変わりはない。
一人歩きなら村から一日でこの森まではたどり着けるくらいの距離だが、重い荷物を運びながらとなると話は変わってくる。
今日は血抜きをした後は適当な場所で野宿をし、二日がかりで俺の村まで運んでいくつもりだ。
ちょうど森の奥から村までの中間地点に、小川はさらさらと流れている。
小川の水はいつでも冷たく、澄み切っている。
ここで魚を獲るのも悪くはない。
季節になれば北方鮭の群れが海から大量に遡上してくる。
が、残念ながらそいつらの季節は過ぎ去ってしまっていた。
冷たい川の水に獲物を浸して血抜きをする。
そうしなければ、肉は血生臭くて食えたものじゃない。
仕留めた後、血抜きもせずにそのまま喰らい付くのは野生の獣のやることだ。
どうせ食うなら美味くしたいのが人情ってものだ。
小川の傍で火を起こしながら、血抜きついでに昼食を取る。
パンとバターを取り出して、パンにバターを塗りつけて大口を開けて齧りつく。
そして干し肉を鞄から取り出し、鍋に水を張って放り込む。
干し肉の塩味はきついから、そこらで取ってきた野草もぶち込めばそれで簡素な汁ものが出来る。
鍋のほかに茶を飲むための小さいケトルを同じく火にかける。
パンに肉入りの汁、そして茶。
外で食う飯としてはこれだけあれば上等だろう。
火にかけている小鍋の水が煮えるまでの間、不意に思い出して懐に手を入れた。
今朝方、狩猟に出かける前に妻から手渡された手紙だ。
なんでも昨日届いた手紙で、俺宛になっている。
俺に手紙なんぞを書く筆まめな奴が親類や知り合いにいたっけか?
用事があるならどいつもこいつも直接来るような奴らばかりだ。
その手紙の文字は実際、几帳面かつ丁寧な性格だろうと思わせる綺麗な文字であった。
「こんな文字を書ける奴、俺の知り合いにはおらんはずだがなあ」
手紙の封を切る前に、手紙の主の名前を読む。
一応俺とて、文字の読み書きと簡単な計算くらいはできる。
冒険者の頃、これが出来ないと依頼を受けるどころか報酬をピンハネされるとか、そもそもの契約をひっくり返されるとかあるからな。
冒険者は馬鹿にされがちだが、馬鹿では冒険者にすらなれない。
……こちらでは使わない文字体系の字だ。
記憶の闇鍋をひっくり返しながら、何処の文字だっけと首をひねっていると、急にピンとくるものがあった。
「イル=カザレム周辺で使われてた文字だな、これ」
送り主の名前を見ると、そこには見知った名前があった。
「ソウイチロウ=ミフネ……。おお!?」
あいつからの手紙だと!?
俺は齧っていたパンを危うく取りこぼしそうになり、何も持ってない左手でパンを拾い上げようとして失敗して小鍋に手をひっかけ、煮えかけた湯をぶちまける失態を犯す。
「あっちい!!!!」
あまりの驚きに体がついていかなかった。
小鍋に水を張り直し、パンに着いた埃を払って再び齧りつく。
三船宗一郎。
風変わりな男だった。
東の果ての国から来たと言い、実際その風貌はこちらの大陸では奇異に見られるものであった。
侍。
東の果ての国の、領主に命がけで仕える者だと聞いている。
宗一郎は、その主を失った果てにイル=カザレムに流れ着き、死体を回収する仕事に従事していた。
かくいう俺は、とある依頼で宗一郎と他二名とパーティを組んで迷宮を探索するという仕事を請け負った。
迷宮に入ってしばらくしたのち、手強い敵と遭遇し、俺は力が足らず命を落とす羽目となった。
だが宗一郎は敵を打ち倒した。
更にパーティの他二名がアサシンギルドの刺客であり、その罠にハメられたにも関わらず生き延びて復讐を果たし、次いで俺の遺体を回収した。
その上、俺の娘のアデーレと組んで資金を集めて蘇生させてくれた。
紛れもない命の恩人である。
そんな男が一体何の用事で手紙を出すのだろう。
宗一郎の他にはアデーレの名前も連ねて記載されている。
アデーレは女だてらに好奇心と反発心が強く、故郷から抜け出してイル=カザレムで冒険者をやっていた。あっちでは男を装うためにアーダルと名乗っていたようだ。
しかし冒険者となって早々に死にかけた所を宗一郎に救われ、以後そのまま仲間になったという経緯がある。
あの男なら、娘は任せられる。
むしろ是非もらってほしい。
東国から来た得体の知れぬ男と、彼を知らぬ者は思うだろう。
実際俺とてそう思っていた。
彼と相対し話をし、その戦いぶりを目の当たりにすれば考えは180度変わる。
彼こそが真の男だ。
侍とはかくあるべし。
それを体現している気持ちの良い男である。
多少融通が利かない所はあれど、人間誰でも多少の欠点はある。
そこは目を瞑れる程度のかわいい欠点というものだ。
手紙の封を切り、中身を取り出した。
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拝啓
師走の候、寒さが厳しくなる頃合いですがいかがお過ごしでしょうか。
この度、私はイル=カザレムの迷宮の主をついに打倒する事に成功いたしました。
迷宮の最深部においては、魔界の門が今まさに開かれようとしておりました。
まさに世界の危機でありましたが、未然に防ぐことが出来たのはまさに冒険者としては感無量です。
この偉業を達成できたのは自らの力のみならず、神の御加護と共に仲間の力があってこそだったと思っております。
その中には勿論、ゼフ=ゼハード殿の娘たるアーダル、もといアデーレ殿の助力があったのは言うまでもないでしょう。
しかし、良い事ばかりでもありません。
迷宮の主を倒す際に、邪な野心を抱いたイル=カザレムの王、フェディン=エシュアが迷宮に軍を引き連れて現れ、戦いの最中に迷宮の主と共に死んでしまったのです。
イル=カザレムの大臣どもは私たちが王を殺したと決めつけ、我々はお尋ね者として国を追われる事となってしまいました。
やむを得ず王は倒す羽目になってしまいましたが、もちろん弁解する余地はありません。
事実として、王を殺したことに変わりはないのですから。
故に、イル=カザレムからは脱出せねばなりません。
とはいえ、既に国外に逃げる為の渡りはつけてあります。
ダークエルフの大商人、ラフィス=フォルトと話をし、彼が所有している貿易用の帆船に便乗して脱出する手筈になっています。
この手紙がそちらに届くころには、私たちは既に海の遥か彼方に居る事でしょう。
これからは諸国を巡り、様々な国を見て回るつもりです。
そのついでと言っては何ですが、アデーレ殿は一度故郷に戻りたいと言っていました。
私もアデーレ殿の故郷がどのような所であるか、非常に興味があります。
そして、私どもは貴方に伝えなければならない事があります。
近いうちにお伺いする事になるでしょう。
これよりますます寒さが厳しくなります。
体調を崩される事のないよう、ご自愛下さい。
敬具
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* * * * *
「おお、おお……!」
俺は手紙を握りしめ、天を仰いだ。
アデーレが戻ってくる。
宗一郎を伴って。
間違いなく、話は一つしかあるまい。
真の男と認めた者に、俺ごときが何の異論があろうか。
さて、どのように祝ってやるべきか。
これはもはや、俺一人で抱えているような事案ではない。
親類すべて巻き込んで計画しなければ。
「おっと」
気づけばすでに、水は激しく沸騰し湯気を立てていた。
久しく嬉しい知らせがなかったものだから、ひどく心が逸ってしまっている。
これが落ち着いていられるなら、もはやそいつには心が無いだろう。
未来の旦那となる男は、一族全員で盛大に迎えてやらねばな。




