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本編終了後のエピローグ、第一話:冬が来る

このお話は本編終了後の話となります。

出来れば本編を読んだ後に読むことを推奨します。


 北方の小国、ガートランド。

 ここは国土の大半が山と森で覆われている。

 民はほとんど皆、狩猟や採集に山岳地帯での酪農、あるいはわずかに開けている平地での農業で暮らしている。

 小さな国ではあれど、侵略されたことは数少ない。

 森と山を平地の民が進むには慣れておらず、防衛側である我らに大きな分がある。

 そして国境となっている場所はすべて高山に囲まれている。

 何より支配できた所で利益となる物がほとんどない。

 苦労し多大な犠牲を払って得るものが少ないとなれば、攻める理由など無いだろう。


 だが、この国が山に囲まれているとはいえ、山歩きの心得さえあれば実は国を越えるのはそこまで難しくはない。

 実際、この国の男どもは国外に日々の糧を求めに行くこともあるのだから。

 かつての俺のように。


 今、俺は森の奥深くに入っている。

 鬱蒼と木々が生えており、昼であるにも関わらず日光を遮り、常に薄暗い。

 その隙間から陽光が差し込んでくるくらいの明かりしかない。

 小鳥のさえずりと虫の鳴き声が響き渡るほかに、獣の鳴き声が時折聞こえてくる。

 人の気配は一切ない。

 森の中は、人の世界ではない。

 人間などはここでは余所者なのだ。

 森の中に糧を得に行く俺たちでさえ、招かれざる客だという意識を忘れてはならない。

 忘れて我が物顔で入れば、森はあっという間に牙を剥く。

 

 人が歩くような整備された道はもちろん無い。

 だから歩きやすい所は、獣が何匹か歩いて均され、いつしか出来ている道らしき道、けものみちくらいしかない。


 俺は「けものみち」を辿って森の奥の奥へさらに進む。


 目的はただ一つ、狩るためだ。

 森の中に仕掛けた罠の見回りをしている。

 いくらか罠を仕掛けたが、今のところ見回った罠はすべて空振りだった。

 そろそろ雪の降る季節が来る。

 朝晩の冷え込みがだいぶ厳しくなり、森の中の木々の葉が色づいて落ち始めている。

 ベリーや木の実類の採集できる時間もそろそろ終わりが近い。

 俺が住んでいる国、ガートランドは大陸でもかなり北の方に存在する。

 特に山の、森の奥地ともなれば驚くほどに冬は早く訪れる。

 なぜ先祖たちはここに住む事を決めたのかと、冬の厳しさが身に染みる度に思うものだ。


 備えなければ、生き延びられない。

 

 幾度となく祖父母から、両親から、親類たちからしつこく言われた。

 その言葉は俺の脳髄に深く刻み込まれ、子供たちにも同じように口酸っぱくいつの間にか言っている。

 

 ある獣たちは冬が来る前にしこたま餌を食べて脂肪を蓄え、穴倉にこもって冬を乗り切ろうとする。

 またある獣は、木の実をそこら中に埋めて冬に掘り出して食べる。半分以上は記憶から消えてそのままほったらかしになり、残った木の実は厳しい冬を乗り越えて春にその芽が息吹く。

 森の木々も草木も冬のために自らの葉を落とし、あるいは枯れさせて実を残し、春まで耐え抜こうとする。

 人間とて例外ではない。

 本格的な冬が訪れる前に――雪が降り積もる前に、できる限りの食料は貯めこんでおきたかった。


「これが最後の罠だ。掛かっていてほしいが、でなければもう一度罠を仕掛けなおしていかねばならん」


 けものみちを辿り、行く手を遮る木の枝を鉈剣で払いながら進んでいく。

 その時、何かが地面を蹴っている音が聞こえた。

 荒い息遣いも同時に聞こえてくる。

 ぶほっ、ぶほっという声。

 罠に近づいていく度に、それらの音は大きくなっていく。


「何とか一匹は確保出来てたか。これで冬は何とか越せそうだな」


 罠のある場所にたどり着くと、獲物は確かにかかっていた。

 それはこちらの気配に気づくと、こちらを敵意のある目で睨みつける。

 ワイルド・ボア。

 いわゆるイノシシだ。

 こいつをうまいこと飼いならし、家畜化したのがいわゆる豚という品種だ。

 山や森の中ならどこにでも居るが、特にこの北方ではよく見られる獣だ。

 山や森を縦横無尽に駆け巡り、強く匂いに敏感な鼻先で地面を掘り返して食えるものなら何でも食ってしまう。

 時々人里にも現れて畑の作物を食い荒らすので害獣として疎んじられてもいるが、狩猟の対象としてはメジャーな獣である。

 鹿と並んでよく獲られるが、肉と脂のバランスがよく個体にもよるが美味である事が多い。特に木の実を食べるこの時期はメスは特に美味く、自分が食うだけでなく人に振る舞うのにもおすすめだ。

 肉だけでなく、皮も加工して服や鞄にできるし、胆嚢は薬として使われ、脂肪も塗り薬として需要がある。

 要は利用できない所がないくらい便利な奴だ。

 出会えたら猟師であればまず嬉しい相手だ。


 ワイルド・ボアの足には細長く編まれた金属のワイヤーが絡んでいる。

 くくり罠だ。

 獣の足を絡めとるために、特注で鍛冶屋に頼んで作ってもらった金属の細い線をより合わせて簡単に切られないようにしてもらった。

 ワイヤーは肉に食い込み、血がにじんでいる。


 俺は鉈剣を両手で構えた。

 ワイルド・ボアはこちらの殺気を感じ取り、さらに暴れる。

 何周かしたのか、ワイヤーが樹木に巻き付いていてギシギシと木が揺れている。

 この個体はかなりでかい。

 あまり時を掛けていると、木をへし折って逃げ出してしまうかもしれない。


「森の神よ、今日の恵みに感謝します」

 

 首から下げた十字架を模したネックレスに祈りを捧げ、俺はワイルド・ボアに向かっていく。

 ワイルド・ボアは逃げようと身じろぎするが、足をワイヤーに絡め取れているために思ったようには動けない。


 轟。

 


 鈍い衝突音が響いた。

 剣の峰の方で脳天を叩き、ワイルド・ボアを気絶させた。

 地面に倒れるボアの首に、腰に提げていた肉厚のナイフを当てて皮膚を切り裂いていく。

 首元の頸動脈を探り当て、切ると鮮血がこぼれだす。

 前足を掴んで前後に動かしてやると、更に勢いよく噴出する。

 ワイルド・ボアの荒い息遣いが徐々に小さくなっていく。

 白い呼気が森の中に消えていく。

 荒々しい獣の熱が、徐々に失われていくのをこの手で感じた。


 命が失われる。


 だがそれは、ただ失われていくばかりではない。

 俺に食われ、家族に食われ、血肉となる事でお前の命は紡がれていく。

 無駄になどしない。

 するものか。

 

 命は尊い。

 命は大事だ。

 何物にも代えがたい。

 何物にも代えられるものではない。

 失ってしまったら、それはもう人間ではどうしようもできないものだ。

 天へ召される事はこの世の生き物である以上、誰もが逃れえない。

 

 俺は一度、命を失った。

 

 だが、神の思し召しとしか言えない奇跡によって現世に舞い戻る事が出来た。

 この命は、今度こそ無駄に失いたくはない。

 天寿を全うし、天に帰り神に感謝を捧ぐまで。


「さて、小川が近くにあったはずだが……」


 ふいに、頬にひやりとした感覚を覚えた。

 天を仰ぐ。

 白いふわふわしたものが、空から舞い降りている。

 

「紙一重だったな」


 冬は既に、俺たちの下に訪れていた。

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