第三話:待ち人来たる
手紙が届いてから一か月が過ぎた。
初雪が訪れてすぐに山と森には分厚い雪化粧が施される。
子供たちは雪を見てすぐさま犬と共に野を駆け回り始め、ソリやスキーで滑って遊んだり雪合戦をしたり、様々な雪像を造ったりしている。
子供は風の子とはよく言ったものだ。
身を切るほどに冷たい寒気に晒されてなお、ひるまずに元気に遊びまわっている。
頬を真っ赤に染めて。
子供らに触れるとわかるが、大人よりも体温が高い。
大人たちは寒さにやられて縮こまってしまうが、子供らは自らの持つ生命エネルギーの熱が迸っているから寒さに耐える事が出来る。
あるいは、雪に対する好奇心と何でも遊びに出来る貪欲さがあるからかもしれない。
俺たちはもう、雪に対しては慣れすぎてしまった。
雪が降るからこそ、春以降の恵みがあると理解はしていても、やはり雪そのものには憎しみを抱かずにはいられない。
一体先祖はなぜ、この土地に根を下ろそうと決めたのかと大雪や吹雪に見舞われるたびに思う。
だがそれでも、ここが俺たちのふるさとだ。
如何に不便で苦労があろうとも。
ここしばらくは雪が降り続き、中々外に出れるような状況ではなかった。
狩りに行くことすらままならない。
こういう時は、女たちは編み物や手芸に励み、男たちは保存食を仕込んだり、狩猟道具の手入れに勤しむ。
家仕事ばかりで気が滅入ったら、暖炉を囲んで茶や温めた酒を飲んでくつろいだり、楽器を演奏したり歌を歌ったりして気分を高める。
そして雪が積もりに積もったら、いよいよ雪降ろしをしなければならない。
雪の降る量によるが、降雪が多いときは一日に二回、三回以上雪降ろしをしなければならない。
雪降ろしは途轍もない重労働だ。
雪降ろしを済ませた後は、勿論体中に鉛がまとわりついたように疲れがこびりつく。
そんな時は茶にたっぷりの蜂蜜を入れて飲む。
甘すぎると思うかもしれないが、体が糖分を求めているからこそ格別に美味い。
時には強めの酒を少し混ぜたりもする。
茶と言えば、こちらではハーブを入れたものや紅茶がメインに飲むが、たまに東方から輸入された珍しい緑茶や南方から来た珈琲など、まあ茶がつくものだったら何でも飲むくらいには目がない。
茶は寒さをしのぐためだけではなく、香りを楽しんで張り詰めた気持ちを緩める為の飲み物でもある。
何せ、寒いと気づかぬうちに体と心が縮こまって固くなる。
その時こそ熱い茶を飲んで、寒さで凝り固まった心身をほぐしてくれるのだ。
もちろん茶を飲むときは菓子も欠かせない。
特に焼き菓子はなければ茶を飲むなと言うくらいには。
クッキーやフィナンシェ、パウンドケーキなどはどの家庭でも独自のレシピがあり、各々の味が連綿と歴史を紡いでいる。
長い冬を乗り切る為に蓄えた食料を少しずつ消費していく日々。
勿論、冬を乗り切る為に毎年十二分に蓄えを用意してはいるが、それでも代り映えのしない陰鬱な冬の日々が続くたびに、あとどれくらい食料は残っているのだろうかと言う考えが頭をよぎる。
雪国である以上、雪には慣れている。
日常だからだ。
しかし如何に慣れているといっても、それは生まれながらに付き合っているから耐えられているだけに過ぎない。
耐えられなくなったら終わりだ。
それが雪国を故郷に持つ者の寿命なのだ。
きっと南国の人々より、俺たちの寿命は短いんだろうな。
……吹雪が一時、止んだ。
雪の合間の晴れ間が覗く朝。
一週間に及ぶ降雪が終わり、束の間の晴れが訪れる。
外に出て、いつものように住居の雪降ろしや周辺の除雪を始める。
村の他の住人も俺と同じようにぞろぞろと作業を始めている。
雪降ろしをしていると、遠くから数人が歩いてくる姿が見えた。
誰だ?
村にはたまに行商人がやってくるが、こんな雪深い季節に訪れる物好きな商人は居ない。
では首都に出稼ぎに行った村民が帰ってきたのかと思ったが、出稼ぎの民は冬が終わって春が訪れる頃合いにならないと基本的に帰ってこない。
徐々に近づいてくるその姿は、見慣れぬ三人組に一人のガイドがついたパーティであった。
ガイドはこの村の若い衆だ。
ガートランドの首都で出稼ぎ村民を捕まえて、高い報酬でも掴ませてガイドさせたのだろう。
三人組の中の一人の男は、この辺りでは見ない特異な服装をしていた。
もちろん、寒さをしのぐためのコートや手袋、スノーシューと言った装備はしているが、とりわけ特徴的だったのは腰に差した二本の大小の刀と、別に背負っているひときわ大振りな極東の剣「野太刀」である。
「もしや……」
俺は雪かきのスコップを積み重ねた雪の塊に放り投げ、集団へと向かい歩き始める。
三人組の方も俺に気づいたようだ。
三人組は東洋の男の他に、二人の女がいる。
男が声を上げた。
「もし、そこの御方。この村の人ですか」
やはり。
「ああ、俺だ。宗一郎!」
思い切り叫ぶと、宗一郎は遠くからでもわかるくらいに笑った。
「ゼフ殿ではないか! 変わりないようで何よりだ!」
駆け出し、お互いにガッと抱き合った。
ともすれば体当たりにもなりかねない勢いだったが、そこはそれ、相手も鍛え上げた冒険者だ。がっしりと俺の勢いを受け止めた。
前に会った時よりも、更に筋肉の密度が上がっているような気がする。
体にまとう雰囲気も全く違っていた。
前は張り詰めた糸のような緊張感を漂わせていたが、今は程よく力が抜けている。
それでいて決して油断はしていない。
「はじめに出会った時も相当な実力者だとは感じていたが、更に強くなったな。まさかサルヴィの迷宮の主すら倒すとは驚いたよ。もはや冒険者としては殿堂入りだろう」
「俺だけで勝てるような相手では無かったよ。仲間たちがいなければとてもとても」
「その、仲間たちなんだが」
俺は宗一郎が連れてきた二人の女性に目をやる。
一人は言うまでもない、俺の娘のアデーレだ。
もう一人の見慣れぬハーフエルフの女性は誰だったかな。
「父さん、久しぶり」
「ああ、よく帰ってきたな、アデーレ」
やはりアデーレも、サルヴィで見た時とは大きく雰囲気が変わっている。
駆け出しの不安の残るあどけない冒険者から、自信に満ちた冒険者の姿へと変わっているではないか。
故郷を飛び出してからそれほど時は経っていないはずなのに。
どれほど冒険を積み重ねてきたのか、俺には計り知れない。
「あー、それで宗一郎。君の傍らにいるもう一人の女性は誰かな? 俺はてっきり、アデーレと二人で来るものだと思っていたのだが」
「ああ、彼女はノエル。俺の伴侶です」
「よろしくお願いします。ゼフさん」
ノエルは片手を差し出し、握手を交わした。
伴侶か。
それはよいのだが、ではアデーレはどういう立ち位置になるのだ?
俺が首を傾げているとアデーレが口を開いた。
「父さん、僕も宗一郎の奥さんになるんだよ。以前言ってたでしょ、父さん。もう一人嫁を貰ってもいいんじゃないかって。僕もそう思ったから」
「ああ~」
そういえばそんな事口走った覚えがあるなぁ~。
しかし、二人の嫁を同時に娶るってかぁ。
相当な甲斐性が無ければできないがなぁ。
「宗一郎、二人の嫁を同時に持つなんて大丈夫か? 俺は一人でも手を焼いているのだが」
「言い出しっぺのゼフ殿が言う事か」
「や、まあそれはそうなんだが」
は、と宗一郎は破顔する。
「俺の故郷では、国の領主は正室と呼ばれる主たる嫁のほかに、側室と呼ばれるいわば妾的な存在の女性も居た。もちろん妾であるので、扱いに差はあったし付けなければ正室に示しがつかぬものだった。だが俺は、ノエルもアーダル、もといアデーレもお互い平等に扱うべきだと思っている」
「宗一郎……!」
やはりこの男を見込んだのは正しかった。
今、俺は猛烈に気の昂りを感じている。
家の中に駆け込み、鉈剣と大楯を取り出して構えた。
「来て早々すまないが、俺の故郷では婿に迎える者の力を見定めるという、くだらないしきたりがある。くだらないとは思うが、手合わせを願いたい。疲れているようなら明日以降でもいいが、どうだ?」
宗一郎は一瞬驚いたが、しかしすぐにまた笑って背中の野太刀を抜いた。
「いや、この程度で疲れていては侍の名折れ。やりましょう」




