34.凄まじい代物を呼び出してしまった。
「彼女が、土の聖霊……?」
フェル様が呆然としているのも、無理はない。呼び出した僕自身も、良く把握出来ていないんだもの。
「久しぶりじゃのう、具現化なぞ。うむ、実に心地が良い!」
「……あの、ノーム様?」
「分かっておる。少し待っておれ」
言うなり、ノーム様は両手を合わせる。精神集中をしているようだ。邪魔をするといけないから、一歩下がってフェル様とプリシラ様のところへ。
二人はかなり困惑しているみたいだった。けど、向けられる対象は違う。フェル様は現象そのものに向いているけれど……、プリシラ様は、明らかに僕の方を見ていた。どういうのだろう、神様とか仏様を崇める人の目。
「神官セス。貴女は、聖霊魔術の術式を有していたのですね」
「……聖霊魔術?」
何ですか、それ。名前のまんま、聖霊に関わってる、ていうのは分かるんだけど。ゲームでも聞いたことないぞ。
「古代術式の一つです。各地の「マナの泉」に宿る聖霊様と交信を可能とするものです」
つまり、聖霊と意思疎通が取れるようになる魔術、ってことでオーケー?
マナの泉。世界中を巡る魔力の源、マナを生産し、流出させている地点。水源みたいなものだ。そこには必ず、聖霊が一体存在する。と言うのも、聖霊は極端に高い濃度のマナが結晶体となり、そこに意思が宿ることによって誕生するものだとされている。マナの泉は彼らの発生地点の条件を満たしているから、ってことだ。
「ノーム様を始めとする聖霊様は、通常の人間や魔術師には存在を感知することは出来ません。それだけではなく、言葉のやり取りなども不可能です。力を借りることも、当然出来ません」
つまり、プリシラ様には聖霊魔術が扱える、ってことか。いや、多分、聖霊魔術を扱える人しか、巫女には選ばれないんだろう。だけど、さっきノーム様がプリシラ様には出来ないことがある、って言っていた。
「高位の術式になると、聖霊様を構成するマナを具現化させることが出来るのです。最も、それだけのことをこなせた人物は、八代前の聖殿の巫女が最後だったと伝えられていましたが……」
ああ……今になって、巫女でも何でもない僕に発現しちゃった、ってことね。
「アレ、でも、さっき祭壇でフェル様が……」
「……別に、僕がやったわけじゃない。僕の祈りの口上に合わせて、プリシラが聖霊魔術で語り掛けただけだ。「周辺のマナを少し活性化させて欲しい」ってな」
「ああ、成程」
つまり、皇帝の祈り自体はパフォーマンス。実際にはプリシラ様がノーム様に力を借りてた、ってことか。じゃあ、あのオベリスクはただのダミーじゃないんだね。ノーム様が地上に力を送り込むための中継地点みたいな役割も果たしてたのかな。
ん、それってマズくないか。もしも祭壇のオベリスクが、ヒューかエディに壊されたら。ノーム様の力、届くの?
(馬鹿にするでないわ。この聖殿周辺は我の領域。多少の力を届けるぐらい、容易きことよ)
あ、はい。すみませんでした。
どうも、思念を飛ばしての会話も出来るみたいだね。さっきからずっとしてたから、今更か。でも、聖霊魔術を扱えるらしいプリシラ様には聞こえていないみたいだ。全方位じゃなくて、双方向でしか出来ないのかな。それとも対象選択式? この辺は後で考えよう。
「フェル様には、ノーム様の声は?」
「……全く。そもそも、僕は、術式を持ってないんだ。アイツには、有るんだが」
後半は小声。……確かに、フェル様が魔術を使った場面は一度も見てないな。教えてもらってるところも、特に無い。そうでなくとも、プリシラ様を頼るしかなかったのか。ノーム様は、フェル様とアーノルド様、どちらも把握してるみたいだったけど。
「よし、やれるぞ。三人とも、少し離れよ。余波を受けたくなければ、そこで倒れ込んでいる男ぐらいまでな」
大人しく、僕たちは従う。聖霊は言ってしまえば、魔術に変換したマナの塊みたいなものでもある。そんな存在が、今、それを解放しようとしているんだ。
「ふむ。では、やるかの」
そう言うと、ノーム様が合わせた両手を大きく広げた。ベリーダンサーを思い出させる、非常に薄くて透けている、ゆったりした袖が大きく揺れる。
「ほれ、消えるとよいわ」
言いながら、彼女は勢い良く手を叩き合わせた。次いで、その手で石床を強く押す。
たったそれだけの動作。けれど、感じ取れる。大量のマナが、ノーム様を中心に渦巻いていることが。それが急速に変換されていっている。これは、土属性の攻撃魔術……?
……随分長く感じた。けど、実際には一分も掛かっていないんだろう。部屋の中心に佇むノーム様が、ヤケにスッキリした満足顔でうんうんと頷いている。
「うむ、終わったぞ」
「……ホントに?」
「我ら聖霊は、具現主の願いには一切逆らわぬし、違えることもない。それでも気になるのなら、一端祭壇に戻るのが良かろう。送ってやるから、の」
あっさり言ってくれる。
「どうしますか、フェル様、プリシラ様?」
「……戻ろう。お前の兄や、クリス達が気になる」
「そうですわ。一般客の皆様や侍女たちのことも、どうなっているのか確かめなくてはなりません」
お二人の言う通りである。だから、僕はノーム様に戻る旨を伝えた。
「それでは……そうじゃ、お主。セスとか言ったかの。これを渡しておく」
ん、何だろう。そう思いながら、僕は彼女から差し出された何かを受け取る。……ん、ペンダントだ。鎖の先に着いている涙型の結晶は、水晶柱と同じ素材で出来ているみたいだ。
「それがあれば、お主がこの地を離れても、我の声を届けられるでな。何かあったら存分に頼るが良いぞ。……それから、プリシラ」
「……ハイ」
「こうして声を届けられたのは、これが初めてか。其方の祈りには、多くの力を得られた。これからも我だけの巫女の役目、しっかり果たすのじゃぞ」
その言葉に、プリシラ様は面食らいながらも、嬉しそうに「ハイ!」と答えていた。何にも言われていないフェル様は、終始無表情。
と、ノーム様がそんな彼の顔を覗き込んできた。
「……ふむ。随分とまあ、変わったモノを背負っているようじゃの。「影」か」
「それが?」
「何があっても、しばし耐えよ。としか言えぬな。まあ、今は己が役割をこなせば良かろうて」
流石聖霊。フェル様が影武者、ってことは分かってるんだな。……ちょっと気になることも言ってるけど。今は、祭壇に戻してもらわなきゃ……。




