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僕(女)、脱・ボスキャラを宣言します!  作者: 氷翠
第二章 十歳。就職三年目の受難。
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29.身内の心配性も困りもの。

「……で? どういうことですか?」


 全く想像もしていなかった再会から、十数分は経った、のかな。気付かれた以上、猛ダッシュで逃げても意味無しと判断した僕は、同じく驚いて固まってた二人を連れて、回廊の片隅に移動した。外に出られないし、入り口ホールなんかは邪魔だし、ここもそうだけど、まだマシレベル、ってことで。

 まあ、そんなことは良いんだよ。何か、ただの参拝とは思えないんだよ。お兄様のことだから。


「……」

「お兄様」

「……いや、何だ、その……」


 歯切れが悪い。何となく言いたいことは分かるけど、本人の口からビシッと聞きたいんだよ。というわけで、さあ吐け、お兄様。


「……お前のことが、心配で、つい、だな。やってしまった」

「はあ。私が今日、ここに訪れることを知れたのは?」

「……それは、私が悪いんです。その、久しぶりにロレッタから手紙が来まして。それが嬉しくてですね、その中の内容、少しだけ漏らしてしまって。そしたら、全部見られちゃいました」

「つまり、ロレッタちゃんの手紙の中に書いてあったと?」

「そうだ」


 お兄様、人の手紙を勝手に見るとか、サイテー。……じゃなくて、ちょっと聞き捨てならないな。僕、ロレッタちゃんには全然何にも話してないんだけど。そもそもこの三年間、会ってすらないけど。ソフィアさんかな。宮廷神官には、今年の豊穣祈願の付き添いに僕も行く、っていうのは伝わってる事項だし。うーん。ま、いっか。


「取りあえず、お兄様。いい加減、私の心配ばかりなさるのは止めてください。ハッキリ言って、迷惑です」

「う……」


 あ、自覚あったんだ。だけど許さない。


「これから成人して、家督を継ぐ者の行動とは思えませんわ。私を思っての行動なのは分かりますが、自重してください。それに、何時まで経ってもこうしてお兄様に纏わりつかれていては、私のみならず、ジェラード家までもが周囲の方々に、笑いものにされてしまいます」

「……済まない。今後は努力する」

「本当に?」

「ああ。約束する、いや誓う」


 真剣な目の時のお兄様は、信用して良い、ハズ。にしても、もうちょっと何か言ってくると思ったのに、案外あっさり聞き入れてくれた。少しは卒業出来たのかな。

 まあ、お兄様はこれで良いだろう。カリンにも少し、釘打っとかないとね。


「それと、カリン」

「は、はいっ!」

「貴女も貴女です。喜ばしいことがあった時ほど、口は堅く閉ざすべきですわ。今回のように、何かしらの事に発展してしまうことも少なくありません。今後の発言は慎重にしなさい」

「こ、心得ましたぁ!」


 うん、カリンは素直に聞いてくれて助かる。


「それで、お兄様たちはこれからどうするのですか?」

「豊穣の祈願までは、グラスゴーに滞在する予定だ」

「どうせなら、祈願の様子も見たいですからねぇ~」


 ちゃっかりしてるなぁ。一応途中までは、一般人でも回廊からなら見学オッケーだから大丈夫だろうけど。


※※


 マナの聖殿は円状の回廊とそれに囲われた球形のドームをメインに、街道から見て正面部に玄関ホールが、後方部に凹型状の修道館が縦に並ぶ構造となっている。周辺に広がるのは極めて人工的な草原と、切り崩されて狭められた森林。


 本来ならば、この地は魔物の楽園であったに違いない。鬱蒼と生い茂る山林は、日の光を嫌い生気を拒む彼等にとって、洞穴と同じく格好の住みかであるからだ。

 それが、今はあの水晶柱に込められた祈りによって変えられてしまった。かつての住人達は遥か彼方に追いやられ、巨大な石造りの建物を中心に、人間達に盛り上げられている。


『オイラ、そんなの納得いかないゾ!』

「分かってる。だけどちょっと待って。そのまま結界に突っ込んでも、やられちゃうだけだよ」


 唸り声をあげる赤銅色の鱗の子竜を、高枝に座った少年が制止する。千里眼の人工術式が組み込まれた眼鏡を掛けている彼の眼に映るは、日の光を余すことなく浴びているマナの聖殿。

 かの建物は、実に三層の結界と各出入口に配された手練れの騎士によって固く守られている。どうも、敷地内を巡回して回っている者もいるようだ。この分だと、感知魔術も張り巡らされているかもしれない。


「正面突破は得策じゃないね。面倒くさっ」

『じゃあ、どうするんだ? オイラがアイツらの近くで暴れて誘き出す?』

「んー、それもちょっとね。簡単だけど、つまらないじゃん」

『もっと面白い方法があるのか?』

「まーね。大体、一大イベントは盛大にぶっ壊してナンボでしょ」

『それって……』


 子竜のラピスラズリにも似た瞳がキラリと輝く。屈託のない、まるきり人間の子供のように。


『ほーじょーのきがん、ってやつか?』

「そ。そこにこの国で一番偉い人と、あの女が気に入ってるって言う、神官の可愛い娘ちゃんが来るんだってさ。巫女様も堂々と表に出てくる訳だし、復活の狼煙を上げるには最適でしょ?」

『でもさ。あんまりハデにやるなって言われたよなー。すいしょーちゅーさえどうにかすれば良い、って……』

「具体的にどうやれ、とは言われてないじゃない。それに、あの人の娘だからって、ボクたちは従う義理無いんだし」


 少年は一片の邪気も含まない、快活な笑みを浮かべたままそう言い放つ。それを聞いた子竜もまた、楽しそうに頷く。


『そーだよな! オイラ、楽しみ! がんばろーな』

「うん。思いっきりやっちゃおうね」


 カラカラと笑い合う二人の首には、大木を模した十字架に絡み付く蛇の入れ墨が刻み込まれている――それが意味するものを知る他人は、当然この場にはいなかったのだけれども。

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