28.まさかこんな所で遭遇するとは。
グラスゴーはマナの聖殿を参拝する人々をターゲットにした宿場町。元々は農業で発展していたのが、今や立派な商業の街。宿の間では、宿泊客の取り合いがとんでもないとか。僕たちは皇族ご指名の高級宿屋に一泊
。他にもう一人、宮廷神官の人もいるんだけど、その人とは別室。流石に男女同室は、ね。もちろん師匠やフェル様、ここまで護衛として着いて来ている近衛騎士団の精鋭さん達とも別。だからって個室と言うわけでもない。つまり、クリスさんと……。空気に関しては、察して欲しい。
そんな風に過ごした翌日である今日、晴天の中を出発した二頭立ての皇族専用馬車の中、僕は何故だかフェル様に見詰められている。あのー、何でしょうか。
「いや、出発したばかりなのに、もう疲れているのかと思ってだな……」
「そんなこと、ありませんわ」
ちょっと空気が悪いだけでーす。正確には、近衛騎士団の皆様方から「羨ま、いやけしからん!」とか言われたり、先輩(五年目らしい。祈願参加は二回目とのこと)から「そうか、君はそんなに偉くなったのか、うん……」とか、そんな風にしょんぼりされただけです。前者は全ての男性騎士憧れの的、クリスさんと同室だったこと、後者は僕が常にフェル様と行動を共にしてるから、かな。部屋のことはともかく、フェル様に張り付いているのは、そうするようにオフィーリア様に「お願い」されたからだけど。頑張れ先輩、きっとチャンスはある。
「そう、か? 何かあったのなら、言ってくれて良いんだぞ」
「いえ、ホントに、大丈夫なんで……」
フェル様、案外心配性。あの逆ハの字眉がしょぼんと垂れ下がってる。あの、流石にそんな心配されるほど弱くないんで……。そこまで敵視されてるわけじゃないし。宮廷神官にとって貴方様とアーノルド様のお隣で仕事が出来る、っていうのは最大の名誉だから、羨ましくなるのも分かるし……。
「そろそろ着くぞ」
何でかニヤニヤしてる師匠の言葉に従って、窓を覗く。切り開かれた森林の向こう側、円状に広がる平地と、そこにそびえ立つ、石造りの巨大な神殿。――マナの聖殿。
聖殿の入り口にまで繋がる石畳の道の脇には、そりゃもうたくさんの人、人、人。皇帝陛下の姿を少しでも拝みたい、って言う人たちが集まってるみたい。警備の人たちが道に入り込まないように注意しているのが見える。お勤めご苦労様です。
歓声を上げるギャラリーに、フェル様はさっきまでのショボン顔を対人専用微笑に即変化。窓越しに手を振ってらっしゃる。僕はどうしましょうか、とりあえず見えないように小さくなっておこう。
馬車は神殿の入り口前でストップ。先に降りたクリスさんが、まずはフェル様を、次に僕を誘導する。師匠は放置プレイ。まあ、勝手に降りるでしょ。後続馬車も次々着いてることだし。
僕たち(というかフェル様)は群衆に軽く会釈したり手を振ったりしながら、素早く神殿内に上り込む。外観よろしく円状の中庭には、噴水をバックにして五人の女性が待ち構えていた。中央の、高校生ぐらいに見える人は若草色のエンパイアラインのワンピースの上に、シルク製っぽいケープを羽織っている。他の四人は年齢や印象はバラバラ、ただ服装は軒並み同じ、くすんだ深草色のローブとベール。
「この度は、遠路はるばるありがとうございます、陛下」
「プリシラ。息災だったか」
「この一年は、変わりなく。陛下こそ、息災だったようでなによりです」
中央の、プリシラと呼ばれた女性がここの巫女かな。ゲームでは名前は出てなかった。「聖霊からのお告げが聞こえる」とか何とか、そういう設定が着いてたけど。さあ、現実ではいかなものか。
「そうだ。プリシラ、今の内に紹介しておく。こちらが件の神官セスだ」
「セス・カタリナ・ジェラードと申します。ご指導のほど、よろしくお願いいたします」
僕はペコリとお辞儀する。もちろん宮廷スタイルで。
「ああ……、貴女が将来、陛下の補佐官になるという宮廷神官ですね? 話は聞いております。私は土の聖霊の巫女を務めている、プリシラ・メディウムという者です。こちらこそ、よろしくお願いしますね」
「はい、プリシラ様」
ここにも僕のことはバッチリ伝わってると。何かもう、慣れてきた。
プリシラ様は早速、フェル様を連れて応接室へ向かう。僕たちは神殿内の宿泊施設へご案内。到着初日と言うことで、本格的な打ち合わせは明日からになるらしい。僕と先輩も端っことはいえ参加する形。見て回るのなら今日の内、かな?
「あの、聖殿内を見学して回っても良いのでしょうか?」
「立ち入り禁止区域に近付かないこと、聖殿の外に出ないこと。この二つを守っていただけるのなら」
よし。言質取ったぞ。
そういうわけで、宿泊の準備を終えた僕は、早速聖殿を見て回ることにした。まあ、豊穣の祈願の準備期間中は参拝客が来れる時間帯を通常時以上に狭めるらしいし、警備も厳重だし、監視カメラ代わりの透視魔術(体魔術の一種で、視力強化の上位版だとか。やろうと思えば僕も出来るかも)の使い手も常に複数人体勢で配備されてる。ゲーム通りなら。これ以上言及するとフラグになっちゃいそうだから、止めとこう。
それにしても、フェル様達から離れると、ちょっと気楽。流石に神経も気も遣うからなぁ。考えてみれば、こうやって部屋以外で一人きりなのは、今が初めてかも? まあ、何となく視線は感じるんだけどね。多分、師匠。そうじゃなかったら、近衛騎士団の誰か。色々と知ってる上で守ってもらってる立場だから、陰日向で「護衛」されてることには文句は言わない。せめて姿ぐらいは見せて欲しいけど。
とりあえず、まずはさっきの入り口ホールから。そう思いながら、僕は回廊を進む。まだお昼時にもなってないし、そうでなくとも人払いされていたからか、参拝客の数は少ない。まあ、来にくいよね。うん。
「……様ぁ、流石に今日来たのは……いんじゃあ……ですかね~? ……かった……」
「何を言って……が……れてたら、どうす……!」
ん。何か聞こえたぞ。噴水の辺り? ま、こんだけ人影がないんだから、直ぐに分かるでしょ。
と言うわけで、僕は何の気兼ねもなしに入り口ホールに入り込む。おお、いますねぇ、言い争ってる……ふた……り?
「そんなに心配しなくても、セス様なら絶対大丈夫ですよぉ~」
「この世に絶対などあるものか! 万が一陛下や護衛の男共がアイツを狙ってたらどうする、ほいほい乗せられてあらぬ事に発展したら――」
……華麗に優雅に、繊細かつ静音に百八十度ターン。見なかった、聞かなかった、うん。帰ろう! 物凄く身近で見知った人が何でか二人もいて、こんなところでマナーガン無視の言い争いしてるだなんて、そんな現場は知らない!
「セス様!」
「セス!」
うわぁぁぁ! 気付かないでぇ! てか何でここにいるの、カリン、お兄様!?




