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戦神子と六人の彼  作者: 火渡ユウ
四ノ彼 レイ
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一話 王妃の愛

 視線が合うより早く、彼は踵を返した。

 その足音は、早いリズムで遠ざかろうとしていた。


「レイっ」


 涙を拭いながら、立ち上がる。名前を呼べば、レイも振り返った。表情はどこか、気まずそうだ。

 柚葉も、引き留めたいという一心で声をかけたため、言葉に詰まる。


「……っ」


 次の瞬間、レイは走り出した。その場から逃げ出すように、全速力で駆け去っていく。

 追いかけようと一歩踏み出すも、男の全力疾走に追い付けるはずがない。補助魔法【風の気:足速上昇(フットバースト)】を唱えようかとも思ったが、それは止めた。


(どう、して)


 力を授かる試練を受けて以来、彼は変わった。冷静で優しい以前の姿は、今はない。皆と一定の距離を置くようになった。

 柚葉は自分の近い将来の死と同じくらい、レイのことを気にかけていた。故郷であるマール王国は消滅し、親しき仲であった王妃クレールを失い、彼にとって一度に悲しい出来事が重なりすぎた。それがショックで、まるで魂が抜けたような様子だった。だが、試練を受けてから、さらに悪化した。


 柚葉は、レイの行動の原因を知りたかった。

 そこで、イズナ岩窟での試練が終わった後を思い出す。確か、眠りから覚めたレイは、マール王国の亡き国王”リットン”の名を口にした直後、突然叫び泣きだした。もしかしたら、負の感情が積りにつもって、爆発したのかもしれない。普段感情を表に出さないレイだから、悲しみに耐えきれず、涙を流したのかもしれない。

 けれど、不可解な点があった。レイは、国の嫌われ者という立場にあり、王や兵士、民からも軽蔑な眼差しを向けられながら過ごしていた。柚葉がレイの立場なら、王が死んだことを喜びはしないが、悲しみもしないだろう。

 そもそも、なぜ嫌われ者になったのか。その理由がわからない。民に避けられ、国王にはクズ呼ばわりされるほどのことを、レイがしたのだろうか。普段包帯で隠している腕の自傷の痕も、嫌われる理由が原因なのだろうか。


(私、死ぬ前に、彼を助けたい)


 柚葉は、既に去ったレイの居た場所を見つめ続ける。

 なぜそんな決心をするのか、理由は一つ。レイを想っているからだ。

 好きな人だからこそ、死ぬ前に助けたい。重荷を少しでも、軽くしたい。稀に見せる笑顔を、取り戻したい。

 そのためには、レイのことを知らなければならない。レイの過去も、“亡き国をレイの手で蘇らせる”試練の詳細も。彼のことを、すべて知りたい。


 明日、柚葉はパルテノン帝国に行き、その身を捧げなければならない。時間は、ほとんど残されていない。


「【風の気:足速上昇(フットバースト)】」


 皆が眠る場所には戻らず、柚葉は全速力にさらに全速力を重ね、フレア湖を駆け発った。
















 旧マール王国跡地、地下深くのイズナ岩窟の最奥。

 溶岩が上から下へと壁伝いに流れ、尋常じゃない程の熱気にさらされながら、なんとか立っていた。


戦神子(メイデン)、此処に用はないはずだが」

「お願いします、教えてください! 私、レイを助けたいんです!」

「助ける、だと? 笑止、四護神(ガーディアン)に守られる立場にある戦神子が、彼を守る必要などない」


 胡坐をかいて座る大男は、ふん、と鼻で笑った。


「私、彼が好きなんです! だから、死ぬ前に、彼の苦しみを無くしてあげたいんです! お願いします、最初で最後の頼みを聞いてください!」


 必死の覚悟で伝えると、柚葉はその場で土下座した。沸点を越えた熱湯よりもさらに熱い地面に頭を着け、膝を折り曲げれば、直に接触している部分から発煙し、焦げるような音がする。


「……やめろ、戦神子」

「教えてくれるまで、やめません!」


 元々、我慢強い性格ではない柚葉だが、好きな人のためなら、額に火傷の痕ができようが、怪我をしようが構わない。強火で肉が焼かれるような音と共に痛みも増し、それでも呻き声の一つもあげず、頭を下げ続ける。ここで焼け死ぬくらいの覚悟で、大男の言葉を待つ。


「頭を、上げろ」

「嫌です! 教えてくれるまでは――」

「話すから、上げろと言っている!」


 大男は見るに見かねなくなったのか、腕を伸ばして柚葉を摘まみ、地面から無理やり引き剥がした。


「あっ、ありがとうございます!」


 満面の笑みを見せる柚葉の額は、焼け爛れ、血も滲み出ている。手から肘にかけて、膝も同様の大火傷の痕が残っている。そこから煙が上がり、細やかな泡を吹いている。

 見るからに、痛々しい姿に、大男は諦めたように再び鎮座した。掌に、柚葉を乗せて。


「百聞は、一見に如かず」

「へ?」


 瞬きした直後、目の前の風景が変わった。そこは、壊滅する前のマール王国城内、応接間。貴族が二人、何やら話している。そして、長テーブルの下に気配を殺しながら隠れているレイがいた。


「レイ!」


 柚葉は近寄って声をかけるも、レイは聞こえていないらしい。同じく、壁に寄りかかりながら談話の最中である中年の貴族たちも、気付かない。どうやら、こちらの姿は見えず、声も聞こえないらしい。


 そのとき、扉から箒を持ったメイドが現われた。何やら気まずそうに出て行った二人を余所に、メイドはテーブルの下を覗き込もうとする。


(やばい、レイが見つかっちゃう!)


 何とかしようと柚葉はメイドの背後に回り込み、気を逸らすために肩を叩く。だが、その手はすり抜けてしまい、触れることができない。結果、レイは見つかってしまった。


 柚葉の眼前で起きている出来事は、レイの試練の最中なのだろう。それゆえ、第三者は手出しできない。傍観しているしかない柚葉は、どこかもどかしい思いを抱えながら、二人の話を聞くことにする。


「俺は、国王に会いたい」

「あなた、国王に嫌われていることは知ってるでしょ? 無理だと思わないの?」


 マール王国の誰もがレイを嫌っているわけではない事実に、安堵のため息をつく。同時に、このメイドはレイが嫌われている理由を知っているのだろうかと疑問が浮かぶ。


「良い方法だと思うが……クレール王妃に会わせてくれないか」


 国王リットンが破滅の剣(デッドエンドソード)を取りに行くのを、王妃なら止めさせることができるだろう。さすがレイ、どんなときも冷静に行動できるだけのことはある。感心しながら、瞬きする。


 すると突然、目の前の光景が変化した。今度は、クイーンベッドの背もたれに身を預け、胸下まで毛布を掛けたクレール王妃がいた。高級な布でカバーを掛けられた日記帳に、何やら書き綴っている。牢屋で会ったときよりも、明らかに血色が悪い。


(もしかして、脱獄を手伝ってくれたから、何かされたのかな)


 悪い考えが過るが、国王は王妃を愛しているのは一目見てわかった。そんな愛する人を罪に問い、処刑する悪逆非道な男ではないだろう。

 それなら、たまに咳き込む理由は何なのか。ベッド横のテーブルに置かれた錠剤、水、タオル。それが示唆するのは、病。


「会いたいわ、レイ」


 クレール王妃の独り言が、静かな部屋に響いた。


(レイに、会いたいの?)


 目には涙を浮かべ、流れ落ちる前に指で掬う王妃の姿に、柚葉はレイと王妃の関係が気になった。

 レイいわく、クレール王妃は友達だと言っていた。だからてっきり、友人関係だと思っていたのだ。友達だからこそ、窮地を救ってくれたのだと思っていた。

 今になって思い返せば、二人の間に深い事情がありそうだった。嫌われ者のレイが王妃と友人関係にあることも疑問に思うが、牢屋でのレイのクレールに対する発言も、気になっていた。断片的ではあるが、助けられる資格がどうのこうの、と言っていた気がする。


(もしかして、かつて愛を誓い合った仲、とか?)


 レイの心には、クレール王妃がいる。そう思うと、ぎゅっと胸が締め付けられる。レイが彼女を愛しているなら、なおさら彼女の死を受け入れ難いに決まっている。櫂人を亡くしたときの感情を思い出しながらも、二人の間に柚葉が入る隙間などないことを実感する。


 それでも、レイを助けたいという思いは変わらない。苦しみを理解するためにも、彼のことを知らなくてはいけない。


(ごめんなさい、クレール王妃)


 心の中で謝罪しつつ、柚葉はクレール王妃の日記帳を覗き見た。すると、そこには一日三行のペースで、びっしりと文字が書かれていた。


 ○月×日

 久しぶりに彼に会えた。もう二度と、叶わないと思っていたから、とっても嬉しかった。

 そんなレイは、未だ昔のことを引きずっていた。あれは、彼のせいじゃない。誰のせいでもないのに。

 リットンも、わかっているはず。だからきっと、私がやったことも見逃してくれたのね。


 ○月△日

 どんなことをしていても、彼のことを考えてしまう。昔から、ずっとそうだった。

 けれど、あれから夢にまで出て来るようになった。もう、彼にはあの女性がいるのに。叶わないのに。

 最近、体調も悪くなりつつある。このまま、死んでしまいたい……なんて、思っては駄目よ。

 

 ○月□日

 レイを、心から愛してます。だから、私は彼の幸せを願います。やっと、死ぬ前に決心できた。

 この世界に、生きる希望なんてない。籠の中の鳥は、もう嫌。だから、治療は受けないことにした。

 生まれ変わるなら、レイがいない世界がいい。そこで、本当の愛を教えてくれる人に、出会えますように。


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