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戦神子と六人の彼  作者: 火渡ユウ
三ノ彼 幻《まほろ》
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最終話 新世界で、あなたと

 目を開けば、そこはいつもの仕事現場だった。柚葉のデスクの上は資料で山積みになっており、それを目の前にして座っていた。服装はスーツ、握っていた命の花はなく、代わりに愛用しているボールペンを持っていた。

 どうして、此処に居るのだろうか。此処に座る前までの出来事を、思い出す。


「おーい! 柚葉ってば、ボーッとするなし!」


 聞き慣れた声が、背後から聞こえる。これは、同僚であり、親友でもある石井(いしい)由実(ゆみ)だ。名前を呼ばれたので、慌てて振り返る。


「働きすぎだよ、柚葉。もう帰りなよ」

「あっ、うん、じゃあそろそろ」


 デスクに置いてある時計の針は、23時を指していた。今日は、何月何日なんだろう。どうして、この世界に戻ってきたんだろう。疑問は多く残るが、とりあえず、帰宅してゆっくり考えたい。

 辺りを見回すと、他の社員はほとんどが帰宅している。残っているのは、柚葉、石井、そして柚葉の彼氏である川崎(かわさき)雄太(ゆうた)の三人。


「よし、続きは月曜にやろう。石井は先に帰れ」

「ちょっ、ひどいじゃないですかあ! 私はか弱い女ですよ、一人で帰らせるんですか?」

「自宅は此処から歩いて3分だろ。蒼山は俺が送るから安心しろ」


 久しぶりに帰還した世界は、懐かしい。けれど、肝心な彼の姿がどこにも見当たらない。いや、そうだ、見当たるはずがないのかもしれない。なぜなら、柚葉は(まほろ)の真の姿を知らないからだ。


「私も柚葉みたいに、社内に恋人がいたらなぁ」


 口を尖らせながら言う石井の言葉に、はっとする。そう、柚葉には恋人がいる。想いなどなく、流れに流され付き合っている恋人が。

 柚葉の心にいるのは、幻だ。川崎ではない。けれど、もしかしたら、川崎が幻なのだろうか。その可能性だってある。

 川崎は「早く帰れ」と言わんばかりに咳払いをする。


「じゃあ、また月曜ね。そうだ、近くに美味しい店あったから行こうね」

「わかった。じゃあね」


 石井がこのセリフを言うときは、決まって金曜日の夜だ。ということは、明日明後日は休日だ。どちらにせよ、有給休暇をとってでも幻を探そう。そう意気込んだとき、(うつつ)の言葉を思い出す。


『死ねば確実に会えるわけではない』


 そう、この世界に幻はいないのかもしれない。でも、そんなことは信じたくない。悪い可能性を考えるのを止めよう。

 石井がオフィスから出ると、柚葉はパソコンの電源を切り、資料を片づけ終えてから川崎のデスクに向かう。いつもなら、一緒に帰ろうと言うのだけれど、今日は違う。川崎に、別れを告げる。

 そんな柚葉の胸中を知っているのか知らないのか、不機嫌な表情で迎えると、大きくため息をついた。

 

「川崎さん、私――」

「月曜は、俺とランチの約束をしただろ」

「えっ……」

「いいよ。明日は楽しい一日にしような」


 そんな約束した覚えはないけれど、そう言われれば、したような気がする。いや、まったく同じ場面を一度、体験した。異世界に召喚される前の時間に戻っているのだろうか。それならば、明日は柚葉の誕生日だ。川崎はそのことを言っていた。


「じゃあ、帰ろうか」


 川崎に手を引かれ、会社を後にする。助手席へと乗せられれば、断ることもできず、自宅まで送ってもらった。車中では、他愛もない話をされるが、その言葉は柚葉の耳を右から左へと抜けていく。なんて言えばいいか、初めての別れ話のきっかけ作りを、ずっと考える。

 気づけば、自宅前に着いていた。


「明日、迎えに来るから」

「……」


 唇を噛み締め、改めて覚悟を決めると、柚葉は川崎を見つめた。初めて見る表情に、もしかしてとその先を期待する川崎が、動揺する。


「ど、どうした?」

「私、好きな人ができました。だから、別れてください」

「……急に、なんでそんなこと言うの?」


 信じられない、というように眉間に皺を寄せる。


「ごめんなさい。でも、はっきり言って私――」

「知ってる、知ってるよ。俺に、気がないってこと。それでも、俺は君が好きだから、君を幸せにできる自信があったから」

「本当に、ごめんなさい!」


 そう言うと、柚葉はシートベルトを外し、ドアを開けた。


「今まで、ありがとうございました!」


 運転席に座る川崎に一礼する。すると、川崎も車外へと出て、前から回り込み柚葉の前に立つ。


「納得できないよ、好きな人って、誰なの?」

「そ、それは――」


 一言で、説明できない。召喚された世界で出会って、柚葉に優しく接して、次第に惹かれて、私を守って死んでしまった大切な人。

 だが、此処に存在するかも知らず、彼の容姿さえ知らない。彼だって断定できるものは、何一つない。その名の通り、(まぼろし)なのかもしれない。


「俺は、君が好きだ。心から、愛してる。だから、いつかでいい。俺は、君を離したくない!」


 そこにいつもの優しさはなく、柚葉の腕を血が止まるんじゃないかというくらい強く握る。


「い、痛いよ」

蒼山(あおやま)、いや、柚葉。俺は、君を――」


 その手に抱こうとしたとき、誰かの手が間に割って入る。川崎の腕を掴み、柚葉から離す。一体、誰だと思い、その方を見ると一人の男性がいた。

 ライムグリーンの綺麗な髪を束ね、柔和な雰囲気をまとった長身の男は、川崎を睨んでいた。


「離してください、彼女が嫌がっています」


 すると、渋々手を離し、川崎もまた男を睨んだ。


「君は誰だい? これは二人の問題なんだ、口を挟まないでくれるかな」

「私は……」


 問いに口詰まり、男は一歩下がった。ぎゅっと唇を噛み締め、俯き、どこか悔しそうだ。

 そのとき、柚葉は違和感を感じた。言葉遣いといい、不思議な雰囲気といい、誰かに似ている。優しい性格、どこか儚げな瞳、そう、これは――


「ま、ほろ?」


 柚葉は、男に訊いた。驚いたのか、はっと顔を上げ、少しだけ口を開いている。


(まほろ)、だよね!?」

「あ、……どう、して」


 この人に、間違いない。そう確信した柚葉は、川崎の前にも関わらず、幻を抱きついた。二度と離すまいというくらい、力強く。


「な、どういうことだ?」

「私、この人が好きなの! うん、私、あなたに会えると思ってた!」


 感極まって、涙を流した。それを人差し指で掬うのは、幻。


「……貴女は、気づかないはずなのに」


 召喚される前、柚葉は一度会っていた。川崎に送ってもらい、自宅に入ろうとした時に、幻とぶつかったことがある。あのときは、まだ何も知らなかった。


「……そう、か」


 初めて見た柚葉の心からの笑顔に、川崎は諦めたようにため息をついた。自分といるときには、見たことのないほどの明るい笑みを目の前で見せつけられては、敵わない。それに、昔も今も、柚葉の眼中に川崎はいない。

 力無い笑みを浮かべると、川崎は何も言わずに車へと戻る。


「本当に、ごめんなさい。でも、ありがとうございました」


 会社の上司でもある川崎に対し、深く頭を下げた。その様を見て、川崎は何も言わずに、車を発進させた。もう、今までのようにはなれないだろう。もしかしたら、社内で嫌がらせを受けたり、厳しく接されるかもしれない。他の社員にも、愚痴を散々言われるかもしれない。それでも、今は、幻が目の前に居るだけで心は満たされている。

 彼が、隣に居るだけで、幸せだ。


「私は、貴女の好きだった櫂人じゃない。それに、私は罪を――」

「うん。知ってるよ、全部知ってる」


 様々な思いが交わって、抱き返すことができない幻は、顔を上げ、涙目になりながらも真っ直ぐに見詰める柚葉から、顔を逸らした。


「それなら、なぜ貴女は私を」

「幻は、正しいことをしたんだよ。お母さんを救ってあげたんだから、罪悪感に苛まれることはないの」

「……いいえ、私がこの手で殺したことに変わりはないんです。私は、怖いんですよ。だから、貴女みたいな純粋無垢な人が、近づいていい男じゃないんです」


 柚葉から離れるために後ずさるが、ぐっとしがみついて離さない。


「そんなこと、言わないで。幻しか、お母さんを助けてあげられなかったんでしょう? それに、凛も幻のこと、許してくれたよ」

「凛を、知っているんですか? あの凛が、私を許した……?」


 思い出す限り、妹の凛には恨まれた記憶しかなかった。罪悪感から口も聞けず、目が合えば必ず睨まれ、大きなガラスの破片を握りしめながら近づいて来たときもあった。あのときは、自分を殺すのだとばかり思っていた。今思えば、あれは、兄に殺されないようにという、警戒心からの行動だったのかもしれない。


「そうだよ、凛は分かってたよ。ただ、母親の死の受け止め方がわからなくて、ああいう風に接するしかなかったんだと思うの。別れるとき、兄によろしく、って言ってたよ」

「凛が、そんなことを……」


 あり得ないと思った。けれど、柚葉は素直で、嘘をつくような人じゃない。だから、事実なんだろうと理解できる。いや、少し時間はかかるかもしれない。


「私はね、櫂人の姿をしていたから好きになったんじゃないよ。確かに、きっかけにはなったかもしれないけど、私は幻の優しさに惚れて、惹かれて、好きになったんだ。だからね、どんな姿でも、それが幻なら受け入れられると思ったし、実際に、今の幻の方が何百倍も好きだよ」

「柚葉、私は――」


 心の底では、柚葉と共に生きる未来を望んでいた。でも、それは叶わないと思っていた。今までに起こした自分の所為による罪悪感から、人を殺せる自分が怖くなって、この手では誰も幸せにできないと思っていた。そんな黒く染まった手を、柚葉が白に染めてくれる。優しく包み込んで、癒してくれる。

 たとえ二度と会えなくても、妹から、ずっと恨まれながら生きていくのだろうと思っていた。だが、それは違った。柚葉がいなければ、兄妹はすれ違い続けていただろう。

 言葉にできない感謝の思いを示すように、幻は力強く抱き返し、小さな頭を自分の方に寄せ、頬を擦り寄せる。


「わっ、ま、幻!?」


 いつにない大胆な幻の行為に驚くも、柚葉は嬉しそうに抱きしめられる。


「私は、貴女を心から愛しています。ああもう、本当に、好きだ!」

「すっごく嬉しいけど……今、夜だから」


 今は深夜。大声で愛を叫ぶ幻は気にしていないだろうが、きっと、近所の家々に丸聞こえしているだろう。人差し指を口に当て、しーっと注意する。


「寒いから、中に入ろう。そうだ、鍋でも作ろうか? 冷えた身体を温めてくれるよ」

「そうですね。ですが、私は……いや、何でもありません」


 貴女に温めてほしい、なんて自分らしくない言葉を飲み込んだ幻は、柚葉と手を繋いで、家の中へと入って行った。

 一度は死に別れた二人だが、世界を超えて、再び出会った。そして今度こそ、幸せな未来を築いていくことだろう。


 その絆、どうか永遠に。

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