最終話 星空と海に守られて
「ルシト!」
王の間に着けば、既に気を失ったパルテノンの王、アーネストを縄で縛り、柱に拘束していたルシトがいた。
四護神の力を使った形跡が残った、焦げた赤絨毯の上を歩き、二人に近寄る柚葉とロッカス。
涙を流した痕があるルシトに、何があったのかを聞こうとするも、それは止めた。
自分が踏み入っていいようなことではない気がした。
「本当に、良かった……あとは、国王を見つけるのみですね」
「そうだな。じゃあ、俺が地下に――」
「その必要はなか。三人が無事で何よりじゃ」
タイミング良く開いていた扉から入って来たのは、ライヤとレイ、そして、体格のいい一人の男であった。
赤いマントで背を隠し、ところどころ破れている服装からして、王様だと判断できる。
「そなたは……ルシト! ルシトではないか!」
二人に肩を貸してもらっていた王は、目を丸くしてルシトを見つめる。
「お、王様!」
互いに駆け寄り、ルシトは王の前で膝をついた。
王は「頭を上げよ」と言うも、ルシトは首を振る。
「王様が、本当に無事で何よりです」
「そなたもな。この国を救ってくれるとは、心より感謝するぞ」
一筋の涙を流す王は、自分でそれを拭うと、背後にいる柚葉、ロッカス、レイ、ライヤに頭を下げる。
「本当に、ありがとう」
「そ、そんな、顔を上げてください!」
「仲間が困っていたんじゃ、それを助けるのが友達ってもんよ」
「ライヤ、そんな言葉遣いは王様に失礼だ!」
レイに怒られ、頭を無理やり下げられるライヤ。
仕方なくそれに従う様子に、王は土ぼこりがついた痩せこけた顔を、くしゃっと歪める。
「王様、この方が戦神子です」
ルシトが立ち上がり、柚葉のもとに来ると、王の前に行くようにそっと背中を押した。
「そなたが、あの伝説の……」
「いいえ、私は、何もしてないです。四護神の皆が、この国を――」
「何言ってんだよ、柚葉。俺は柚葉がいなければ、死んでいた」
「この力が使えるのも、柚葉のおかげなんじゃよ。柚葉がいなければ、試練は乗り越えられんかった」
「だから、謙遜しないでください」
皆の言葉に、柚葉は顔を真っ赤にする。
まさか、そこまで言われるとは思っていなかった。
自分はちゃんと、皆の役に立てたのだと思うと、胸を撫で下ろした。
自分は、必要とされていたんだ。
ロッカスに目を向けると、優しい笑みを浮かべている。
それにつられるように、柚葉も笑った。
「さあ、国の皆に知らせよう。そして、そなたたちを讃えるための式を挙げよう」
地下牢に捕らわれていたアゼ―レ超大国の兵士たちが、残りのパルテノン兵を追い出した。
飢えていた民には城に備蓄していた食料を分け、治療が必要な民にはライヤと柚葉も協力して、治療にあたった。
そうして国民の心身が回復した頃、城に留まっていた四護神と柚葉の働きを称賛するために、アゼ―レ城謁見の間にて式が行われた。
賞状と少しばかりのお金を貰うも、五人は復興に使ってほしいと頼み、結果、アゼ―レ超大国の復興に使われることになった。
式が終了し、五人が共に過ごす最後の夜、ロッカスに呼び出された柚葉が、城のバルコニーで彼を待っていた。
(伝えるなら、今だよね)
心の中で覚悟を決めていた柚葉は、覚悟を決めるように頷いた。
大丈夫、きっと上手くいくと、何の根拠もないけれど、そう思うしかなかった。
気持ちが高揚するのを、深呼吸で抑える。
「柚葉」
「あっ……」
風が涼しく、少し寒く感じていた柚葉を気遣ってか、毛布を持ってきたロッカスは、それをそっと掛ける。
「ありがとう」
「待たせてごめんな」
と言いながらも俯くロッカスは、なぜか柚葉と視線を合わせようとしない。
柵に背を預け、腕を組んでいた。
互いに口を開くタイミングを失ったのか、沈黙が続く。
そのとき、柚葉は決意を固めたのか、意を決してロッカスに身体を向き直す。
「あのね」
「俺は」
息が合って、言葉が重なった。
すると、今度は柚葉が「さ、先に話して」と促した。
こくりと頷くと、ロッカスは柚葉の前に立ち、その視界の中心に柚葉を置いた。
騒がしい城内とは打って変わり、静かな夜更けに想い人が前に立っているのだ。
柚葉の鼓動が早まるのは無理もなく、それを押さえようと試みるも、止めることはできない。
話の内容なんて気に掛ける余裕はなかった。
「俺は、一人で俺を育ててくれた母親を守る力が欲しくて、格闘技大会に出ていた。優勝して、貧しい生活を脱して、母親を幸せにしたいと思っていた」
「そう、なんだ」
「あぁ。だが、俺は一度優勝しただけでは、満足できなかった。もっと強い奴と戦いたい、そう思うようになった」
「だから、優勝したにもかかわらずまた大会に出たんだね」
セシール王国の宿主に聞いた話によると、格闘技大会に出る人は、優勝賞金と約束された豊かな生活を目当てに出る人がほとんどだったと言う。
だから、一度優勝すれば、危険を伴う大会になんて出ないのが普通だと話していたのを覚えている。
その中で例外が、ガイアとロッカスであった。
「体ばっかり鍛えて、俺は他人が言う『好き』『愛』なんて感情がわからなかった。そこで柚葉、お前が現れてから、何かがおかしくなった」
「……え?」
真っ直ぐに見つめるロッカスは、一度だけ視線を逸らし、拳を握った。
その手に汗をかいていることを、柚葉は知らない。
再び、ゆっくりと柚葉に視線を向け、一呼吸置いた。
「あのとき浜辺で一目見ただけなのに、気になったんだ、お前のことが。だから、夜のトレーニング中に柚葉が一人で歩く姿を見たとき、気になって、後をつけるなんて女々しいことをしてしまった」
「そう、だったんだね」
もしかして、そのことに対する謝罪を言いたいのだろうか。
そのためにわざわざ、呼びだされたのだろうか。
「俺は、お前のことをもっと知りたいって思うようになった。試練のときは、正直毒を受けて、死ぬほど苦しかった。あんな苦痛は二度と味わいたくないと思ったが、それよりも、お前を守れてよかったと安心している俺がいた。それに、俺の為に泣いてくれたことが、嬉しかった」
「う、うん……」
彼が、何が言いたいのかを、その先を予測出来てしまう自分は、自惚れているのだろうか。
「グストーとの戦いで、はっきりしたんだ。あのとき、ほら、柚葉が奴の手に握られたとき、もの凄い焦燥にかられた。お前を死なせないためには、どうすればいいのか、必死に考えた。柚葉が自分を犠牲にしようとしたあのときも、お前を守らなくちゃってことしか考えられず、無鉄砲な行動に出た。普段の俺なら、あり得ない行動だったと思う」
格闘技大会では二連覇するほど常勝しているからこそ、どのような行動をとれば敗戦するかを熟知している。
だが、勝負関係なく、柚葉の為に二度も身を呈して、彼女を守るための行動を最優先に動いた。
それは、今までのロッカスにとっては、あり得ない行動だった。
「好きだ、柚葉」
「……っ!」
甘い痺れが、体中を駆け巡る。
柚葉の視界は涙で揺らぎ、ロッカスは慌てて顔を窺った。
「な、泣いてるのか?」
「うん。だって、嬉しくて」
次の瞬間、柚葉の視界からロッカスが消える。
何が起こったのかわからず、ただただ、ロッカスに身を委ねていた。
柚葉は、ロッカスにそっと、次第に離すまいと力強く抱きしめられる。
「断られると、思ってた」
自信ありげなロッカスにない発言と、小刻みに震えている身体に、柚葉は涙を流しながら笑った。
「断るわけないよ、だって私、ロッカスが好きだから」
自分より大きな身体を抱き返す。
筋肉が隆々とした胸板に顔を埋め、両想いという喜びに浸る。
互いに抱き合ったまま、しばらくそのままでいると、柚葉がロッカスを上目遣いで見上げた。
「私、ロッカスに言わなくちゃいけないの」
「……何だ?」
ロッカスに伝えなければならない、もう一つの真実。
それは、ロッカスの父親に関することだった。
「お父さんの名前、知ってる?」
「いいや、知らない。何で、そんな奴の話を――」
「じゃあ、質問を変えるね。憧れている人は、いる?」
「あぁ。尊敬する人ならな。出場した格闘技大会は必ず優勝してきた、ガイアだ」
まるで予測していたように、柚葉は一つ頷いた。
もう一度見上げると、ロッカスと視線が合う。
「ロッカスのお父さん、ガイアだよ」
「はぁ? 何言って――」
眉間に皺を寄せるロッカスだが、思い当たる節があるらしく、途中で止めた。
ロッカスはガイアを見たことがない。
幼少期に行方不明になったという話を聞いただけだ。
ちょうどその頃、父さんが消えたという話をケイトから聞いていた。
考えたこともなかったが、辻褄は合う。
「……何で、柚葉がそんなことを知ってるんだよ」
「ケイトさんから聞いたんだ。その先を、話してもいいかな」
怪訝な表情を浮かべつつも、拒まずに柚葉の話を聞くロッカス。
ロッカスは小さい頃、難病にかかっていた。
余命もわからず、いつ死ぬのかさえわからないと言われていた。
だが、治療する方法は一つだけあった。
それは、強靭な心臓を小さな身体に移植させること。
ガイアは自分の心臓を差し出そうとしたけれど、それをケイトが許さなかった。
また、大きさが合わなければ移植もできない。
そのため、心臓を縮小させる薬が必要だった。
ケイトとロッカスをセシール王国に残し、ガイアは単身で旅に出て、薬草を手に入れた。
すぐに帰郷したガイアは、医者に頼んで心臓移植手術を頼み、ロッカスの命を救う代わりにガイアは死したのだ。
「嘘、だろ。そんな話、聞いたことがない」
「でも、これが事実なんだよ。ケイトさんが言ってた」
柚葉は、左胸に手を当てる。
少し下にずらせば、強く鼓動を打つ心臓の音が肌越しに伝わる。
恐る恐る柚葉の手の上に、自分の手を重ねる。
その瞬間、一度脳裏に浮かんだ光景が、今度ははっきりと映った。
窓から海が見える病室で、白いベッドに横たわっているロッカス。
小さな手を握り締めるのは、マメや一生傷のついた、ごつごつとした大きな手。
眠りについたばかりの息子を、愛しそうに見つめる眼差しは、とても温かい。
『これが最後です。本当に、いいのですか。この国では、あれは違法とされています』
扉から入って来た白衣を着た医者が、ガイアに問い詰める。
これから行うのは、セシール王国で、いや、どの国でも禁じられている手術である。
人を死なしてまで、人を生かす手術は、絶対に行ってはいけない。
『こいつは俺の息子だ、絶対に見捨てねぇ! 俺の大切な、たった一人の息子なんだからな』
満面の笑みで自信満々に言い切るガイアに、悔いはない。
この小さな命を守るためなら、自分の命がどうなろうが構わない。
唯一の治療法を聞いたとき、既に覚悟を決めていた。
薄目を開け、意味を理解できない会話に耳を傾けていたロッカス。
だが、そのとき父親が見せた笑顔に、酷く安心していたことを思い出す。
「ロッカス?」
自然と笑みを浮かべていたロッカスの瞳から、一筋の涙が流れ、柚葉の頬に落ちた。
「……ありがとう、柚葉」
はっきりと思い出すことが出来たロッカスは、涙が落ちないようにと、顔を拭った。
だが、その手を止めたのは柚葉だった。
「泣いていいんだよ」
「……っ!」
その優しい言葉に、塞き止めようとしていたものが消失し、涙はとめどなくあふれる。
拭うことはせず、思い切り泣いた。
生きている証拠でもある、脈打つ心臓の鼓動を感じながら。
「俺は、ずっと、勘違いしていた……ごめん、父さん……」
ギュッと柚葉を抱きしめながら、枯れるまで泣き続けるロッカス。
自責の念に駆られる彼の背を、慰めるようにそっと撫でる柚葉。
どんなに長い夜でも、いつしか明ける。
やがて、抱き合う二人を照らしたのは、昇りかける太陽だった。
皆と別れた二人は、急いでセシール王国に戻った。
だが時は既に遅く、ケイトは病により死していた。
けれど、その死に顔は安らかで、今にも起きそうな表情をしていた。
悲しみに明け暮れるロッカスの側で、柚葉はひたすら慰め続けた。
葬儀の手続きなどは、執事のセバスが行い、皆の知らないガイアの墓に、ケイトも一緒に入れた。
何十年ぶりに、夫婦は天国で出会い、きっと今は笑顔で過ごしているだろう。
そうして一通り終わった後、ロッカスは柚葉に尋ねた。
星空の下、煌めく海を見つめながら、二人は手を繋いで歩いていた。
「お前は、どうしたい?」
セシール王国で暮らすか、それとも旅に出るか。
正直言えば、落ちつける場所があればそこにいたいと思っていた。
だが、それではロッカスの為にならないとも考える。
自分の意見より第一に、ロッカスの意見を尊重したかった。
「私は、ロッカスと一緒だったらそれで十分だよ」
ロッカスの隣にいるだけで、幸せだと感じられる。
柚葉は、笑みを浮かべながら答えた。
「俺もだ、柚葉」
人気のない海辺で、ロッカスは自然と足を止める。
どうしたのかと顔を窺う柚葉を抱き寄せ、紅いルージュを塗った唇に、少し強引に口づけた。
「……!?」
最初は身体を強張らせる柚葉だったが、自然にその不慣れなキスに心を溶かしていく。
緊張のあまり、波の揺れる音より、自分の鼓動が煩く感じる。
時間感覚さえ狂い、どれくらい時が経ったのかさえわからない。
「俺と、共に来てくれ」
「……はい」
一枚の絵になるようなシーンに、顔を綻ばせる柚葉は、今度は自分から口づける。
ロッカスの押しつけるようなキスとは正反対の、触れるだけの優しいキス。
頬を真っ赤に染めながら、互いの存在を確かめあう。
そうして柚葉は、戦神子としての役目を果たし、四護神の一人であるロッカスとの幸せを掴んだ。
その絆、どうか永遠に。
ロッカス編、完結です!
ここまで読んでいただき、ありがとうございます(^^)




