二話 守りたいと思うから
三人に事情を話した柚葉は、焚火を取り囲むその輪の中で、一人俯いていた。
本当は話さないほうがよかったんじゃないか、少しばかり後悔している。
だが、ルシトを始めとしたレイ、ライヤも、話してくれたことにほっとしているようだ。
それぞれの悩みはとりあえず置いておき、これからどうするかについて話し合うことになった。
「すみません、柚葉。知っていれば、こんなことは……」
「ううん、ルシトは悪くないよ。私だってつい最近知ったばかりだから」
戦神子の伝説の詳細を知らなかったルシトは、自分のせいで柚葉につらい思いをさせていたことに、心を痛める。
柚葉の隣で胡坐をかいたロッカスが、「それなら、俺も同罪だ」と言った。
「俺は、柚葉が悩んでいることを知っていたからな。でも、取り返しがつかなくなる前にこの話が出来て、よかったと思ってるぜ」
「……そうだな。だが、アゼ―レ超大国を救う方法は他にあるだろうか」
「パルテノン帝国の王を倒せばいいんじゃ。俺が思うに、奴はアゼ―レ超大国にいると思うんじゃが」
それぞれが意見を述べ、どうやってアゼ―レ超大国を救うかを考える。
「今の状況を考えれば、侵入はたやすいでしょう。ですが、王がいると思われるアゼ―レ城に入るのは難しいです。マール王国のように、抜け道などはありませんから」
「それなら、正面突破しかないんだね」
「心配することはないだろ。俺らには四護神の力がある。それを駆使すればいい」
ルシトが木の枝を拾って、地面に城の見取り図を描く。
地下、一階、二階、そして王の間がある三階の図面を細かく記していく。
「これは勘じゃが、アゼ―レの王は地下牢に捕えられているじゃろ。パルテノンの王はこの王の間にいるはずじゃ。二手に分かれるほうがいいじゃろ」
「……俺は、パルテノンの王をこの手で倒したい。だから、俺は王の間に向かいます」
ルシトはぐっと拳を握りながら、炎を見つめる。
復讐を思わせるような、そんな瞳をしていた。
だが、誰も止めようとしなかった。
「俺も、奴を倒す。悪いが、この中では俺が一番戦力になれると思うからな」
それは事実だ。
剣技ではルシトのほうが上かもしれないが、幼少期から格闘技を続け、多くの相手と戦ってきたのだ。
その分、戦い慣れもしている。
「ということは、決まりじゃな。俺とレイは地下に行くとするが、柚葉はどうする?」
「私は、ロッカスと一緒に行くよ」
その言葉に、四護神たちは一斉に柚葉を見た。
突き刺さる視線の理由が分からず、柚葉は首を傾げる。
変なことは言っていないと、本人は思っているだろうが、今の言葉は柚葉の思いをそのまま表したと言っても過言ではないだろう。
そう、柚葉はロッカスが好きだってことを。
目を見開いたロッカスだけが頬を赤く染めているが、それは炎の照り返しで上手く隠れている。
「……まあ、決まったことですし、いいじゃないですか」
「そうだな。じゃあ、とりあえず今日は寝よう」
一瞬だけ変わった妙な雰囲気は消え、皆が眠りについた。
皆で炎を囲んで寝るのは最後の夜になるが、人間として過ごす最後の夜ではなくなった。
こうなったのも、ロッカスのおかげだと、心から思っていた。
隣で背を向けて寝るロッカスに、誰にも聞こえないようにそっと「ありがとう」と口を動かす柚葉であった。
「……ここが、そうなの?」
「はい。ですが、以前はこんな――」
アゼ―レ超大国の領域に入った一行は、アゼ―レ城のある大きな街にたどり着いた。
いたるところにパルテノン兵が立っているも、注視されることはない。
ただ、花が咲いていた道端は今、ところどころ地面が禿げ、枯れている草花が一行を迎えた。
レンガを積み重ねてできた噴水も、今は止まっている。
行き交う住民たちも顔がこけ、お腹を鳴らす子供は文句ひとついうことなく、泣くのをこらえて親の手を握っていた。
空は青く、快晴と言ってもいいほどであるが、この街はどこか暗い。
ルシトから聞いていたアゼ―レ超大国のイメージと、まったくと言っていいほど合わない。
そして、ルシトの推測は当たっていた。
やはり、パルテノン帝国が裏からアゼ―レ超大国を操っていた。
その証拠に、以前城に仕えていたばあやと呼ばれる、ルシトの知り合いの女性が教えてくれたのだ。
「皆さんは早く、この国を出たほうがええ。ここはもはや国ではありませぬ。……死国、ですわい」
何とか死を逃れたことにほっとしていたのも束の間、高額の税を納めることを要求され、それができなかったときには体を鞭打ちされる。
老いた体には、その痕がしっかりと残っていた。
また、それを口外しようものなら、情報を提供した人だけでなく、それを貰った人、その家族が殺されるらしい。
ライヤが唱えた【水の気:治癒水】で傷を治し、持っていた食料を分け与える。
今できることはそれしかないが、ばあやは何度も頭を下げ、感謝を述べた。
ばあやの家を後にし、アゼ―レ城へと向かう。
「柚葉、大丈夫か」
「ううん。……絶対に、取り戻そうね」
この光景を見て、疑う者は誰もいなかった。
ルシトが頷き、それに続くように三人が頷く。
大通りに出て、その先にある広場を抜ければ、アゼ―レ城がある。
石畳の広い道を歩く途中で、何かに気付いたのはロッカスだった。
「人通りが少ないのは、気のせいか?」
柚葉が辺りを見回す。
少ないなんてものではなく、パルテノン兵もいなければ、この国の民も歩いていなかった。
後ろに振りかえれば、人がいるも、誰もが柚葉たちを見ないようにしている。
小さな子供に指される柚葉であるが、親が「止めなさい!」と叱り、わざと遠ざけるように行ってしまう。
「城に近づくのが、怖いのかな」
「……それなら、いいんじゃがの」
不安を隠せない柚葉の隣で、ロッカスは気を研ぎ澄ませる。
先頭を歩くルシトも、警戒を怠らない。
そして、人が一人も見当たらない広場にたどり着いた。
半壊した家が円状の広場の淵に並んでいる。
それだけではなく、ところどころに赤い染みが点々と残っている。
紛れもなく、人の血である。
柚葉が思わず、ロッカスの腕をつかんだ。
彼女の思いを知ってか、少しでも心が落ち着くようにと、優しく背中を撫でる。
そんなときだった。
「やっと会えたなあ! ロッカス!」
いつの間に、城へと続く道を塞ぐように立つ男がいた。
黒いコートで身を隠し、顔だけを出して、気味の悪い笑みを浮かべている。
「……ケイル!」
身構えるルシトの前に立つロッカスは、小声で「隙を作るから、先に行け」と言った。
やけに冷静なロッカスもまた、戦えることが楽しみなのか、笑みを浮かべていた。
「尻尾巻いて逃げた奴が、どうした? 何で此処にいるんだよ」
「ハハハ! 面白いこと言うじゃねえか。俺はパルテノン帝国に仕える黒騎士、グストーだ。いやあ、それにしてもお前らが軌道を外れてくれて感謝するぜ!」
ケイルという偽名を使って格闘技大会に出ていたグストーは、拳を唸らせ、真っすぐにロッカスを見つめる。
隙を窺うルシトは態勢を解くことなく、柚葉の前に立つ。
ライヤ、レイもまた柚葉を守るように囲み、グストーの出方を見ている。
だが、グストーはくいっと親指を立てて城の方を指す。
「戦神子以外は用済みだ、さっさとこの先に行って死んでこい」
「……それなら、お言葉に甘えますよ」
グストー以外にも黒騎士と呼ばれる人がいることを示唆した言葉に、柚葉はぐっと息をのんだ。
彼を警戒しながらも、その場を離れようとするルシトたち。
「死ぬなよ」
「ロッカスなら、絶対に勝てます」
「心配すんな。……柚葉を、頼む」
「待って、私、此処に残る!」
ひょいと簡単に抱え上げられた柚葉は、足をばたつかせ、レイの背中を叩く。
「ダメじゃ、柚葉! 此処にいるほうが危険じゃよ」
グストーの横を通り、ルシト、ライヤ、レイと抱えられた柚葉が、城に向かって走って行く。
「ロッカスのもとに残る」と言い続けた柚葉の声も、聞こえなくなる。
「邪魔者はいなくなった。さっさと始めようじゃねえか!」
「言っとくが、後で泣くことさえできなくなっても、知らないからな」
「フン、戯言を……!」
「お願い、離してよ!」
「そうかそうか、レイが嫌なんじゃろ。仕方ないの、俺が持つぜよ」
「こんなときに冗談言うな!」
走り続ける一行は、城と街を隔てる城門に辿り着くと、その足を止めた。
「……私、歩けるから。もう、下ろして」
諦めたように言う柚葉に、ルシトはため息をついた。
何を考えているのかを見透かしているようなライヤは、「下ろしてやりんしゃい」と呆れ顔で言った。
ルシトも頷いて賛同したため、レイは渋々柚葉を下ろした。
が、すぐさま駆け出そうとする柚葉の行動を読んでいたライヤが、肩を掴んだ。
振り返る柚葉の顔には、不安が滲み出ていた。
「気持ちはわかるが、信じてやることはできんのか」
「……ううん、ライヤは私の気持ちなんて、何にもわかってない!」
「あっ、柚葉!」
ライヤの手を振り切り、柚葉は来た道を戻って行く。
レイが追いかけようとするも、それはルシトによって制される。
「おい、いいのか?」
「柚葉の、好きなようにさせてあげましょう」
ライヤの言うように、ロッカスを信じていないわけじゃない。
信じてる、信じてるからこそ、彼の側にいたい。
あれ以来、初めて心寄せる人に出会えたのだ。
確かに四護神のルシト、レイ、ライヤも柚葉にとって大切であるが、ロッカスはそれ以上に、大切な人だ。
元々、伝えるつもりなんてなかったのだから、彼に同じように想われなくてもいい。
そう思っていたが、戦神子の使命に抗った今は、違う。
自分が想っているように、いや、それ以上に想われたいと願っている。
アゼ―レ超大国を救ったら、この想いを伝えたい。
できるなら、あの真実を伝えて、ロッカスの誤解を解きたい。
それは柚葉だけでなく、ケイトの願いでもある。
叶えるためには、彼がいなくてはならない。
だから、この力でできることがあるなら、ロッカスの為に使いたい。
彼を、守りたい。
どれくらい走ったかわからない柚葉は、息を切らしながらも足を止めることはなかった。
ようやく辿り着いた広場に足を踏み入れると、そこには家の壁にもたれかかるグストーがいた。
腹を押さえ、傷だらけの顔を歪めている。
そんな彼女の目に映った光景の中で、ロッカスは、地面に倒れていた。
体中の傷から血が出て、乾いた地面に染みわたっていく。
同時にフラッシュバックするように、櫂人の事故現場を思い出す。
致死量と判断されるほどの血だまりが、こびりついた事故現場を。
最悪の事態を感じさせる、とてつもなく嫌な予感に襲われる。
「ロッカス!」




