一話 真実
「……ロッカス」
何やら気まずそうにしながらも、柚葉の隣まで来ると、胡坐をかいて座った。
視線を逸らすように、俯いたまま、水面を見つめている。
まさか、ロッカスが現れるなんて思いもしなかった。
心の中で想っていた相手が、どうして、こうもタイミング良く来たのだろうか。
突然の出来事に、気持ちが高ぶってしまう。
だが、どうして俯いているのだろうか。
その理由を考えるうちに、柚葉は、ケイトのことを思い出す。
ケイトがいつか話してほしいと言っていた、真実というものを。
もしかして、知ってしまったのだろうか。いや、そんなことはないだろう。
どちらにせよ、彼に話すべきだと思い、口を開こうとしたそのとき。
「あのね――」
「そろそろ――」
言葉が被った。すぐさま、ロッカスが「さ、先に話せ」と促す。
ここで譲り合っても仕方ないので、ロッカスの話も気になるが、先に話すことにした。
「……実はね、ケイトさんが」
「あぁ、知ってるぜ」
「え?」
目を伏せたロッカスは、項垂れながらも答えた。
組まれた足の上に置かれた手は、拳をつくっている。
「どうも咳き込むことが多いと思ってな。口の固い医者に頼み込んで、母さんの命が長くないことを知った」
「じゃあ、どうしてこの旅に来てくれたの?」
母のことを理由に、最初は旅に行くのを拒んでいたロッカスが、一夜にして心変わりしたのだ。
そのことについて、柚葉は疑問に思っていた。
病を知っているならなおさら、いつ終わるかもわからない旅に来ないはずだと、そう考えていた。
「その理由を、話したいと思っていた」
一呼吸置いて、重々しく口を開いたロッカスから聞いたのは、思いもよらない事実だった。
「あの晩、背の高い男とお前のやり取りを聞いた。柚葉は、櫂人の彼女だったのか」
「そ、そうだけど、どうしてロッカスが」
まさか、ロッカスから櫂人という言葉を聞くとは思わなかった。
「ずいぶん前の話だが、前回の格闘技大会の予選で知り合った。あいつは本当に強かったが、俺にわざと負けた。勝ったのに負けたような気分になった試合だ、忘れるはずがない。櫂人は俺が優勝すると見込んで『アゼーレ王国に籍を置けるように、セシール王国の王に頼んでほしい』と言ってきた。後で本気で勝負することを条件に、俺は了承し、結果、あいつはアゼーレ王国に行った」
どうして櫂人は、アゼーレ王国に行く必要があったのだろうか。
柚葉は、ロッカスを見つめながら、話の続きを待った。
「だが、櫂人は死んだんだろ。それなら、俺にも責任がある。それに……」
「それに?」
顔を上げたロッカスは、ゆっくりと頭を回し、初めて柚葉と目を合わせる。
突然のことに柚葉は、思わず視線を逸らした。
見つめあっただけで、ドキドキしてしまった。
「重大なことを一人で抱え込む馬鹿がいるから」
「だ、誰のこと?」
もしかしてライヤのことだろうか。
いや、もしかしたレイかもしれない。
そう思った時、ロッカスが肩に手を置いた。
「お前だよ、柚葉」
「……へ?」
「お前が死んで国を救うよりも、他に方法があるだろ」
「ど、どうしてそれを――」
あの晩のやりとりを最初から聞いていたなら、確かに知っているはずだった。
ロッカスは柚葉の悩みを知りながら、今日まで旅をしてきたということだ。
「嫌なんだよ、命を犠牲にしてまで誰かを助けるなんて」
その言葉に、柚葉の動きが止まった。
ロッカスに話さなければならないもう一つの真実が、まさしくそれに当てはまるからだ。
「……確かに、嫌だよね。でもっ」
「母さんが助かるなら、代わりに消えた親父が病気になって死ねばいいのに」
ロッカスがこぼした言葉に、柚葉は何も言い返せなかった。
俯いた柚葉は代わりに、一粒の涙を流した。
「ど、どうした?」
「……ロッカスだって、ううん、ロッカスの方が私より、大馬鹿者だから」
誰かのために泣くことは、初めてじゃない。
だが、こんなにも心痛いのは、櫂人が死んだと知ったとき以来だった。
真実を知らないとはいえ、その言葉はあまりにも残酷だった。
「どういう意味だよ」
「いつか、わかるよ」
このことは、ロッカスが『命を賭けてまで大切なものを守る意味』がわかってから話そうと思った。
「ったく、まあいいや。とにかく、皆に話せよ。櫂人だってそんなのは望んでないだろ。他の方法を考えようぜ」
面倒くさそうに息を吐くと、ロッカスは立ち上がった。
他の方法なんて、あるのだろうか。
そう思いながらも、もしかしたら自分が死ななくてもアゼーレ超大国を助けられる可能性がある気がしてきた柚葉は、差しのべられた手をとって、ゆっくりと立ち上がった。
「ありがとう、ロッカス」
「な、なんだよいきなり」
照れくさそうに頭を掻くロッカスが、頬を赤く染めている。
だが、夜の闇がそれを隠したため、柚葉は知らなかった。




