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戦神子と六人の彼  作者: 火渡ユウ
二章 未来を決める旅
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二十話 運命の人

「柚葉」


 何度も呼びかけ、体を揺すり起こそうとする。

 やっと目覚めた柚葉は、視界に入ったルシトと見つめあう。


「……おはよう」


 寝ぼけ眼で目をこすりながら起き上がれば、きょろきょろと辺りを見回す。


「ここ、どこ!?」

「わかりませんが、おそらく――」


 (まほろ)が言っていたことを思い出す。


『目が覚めれば、すでにそこは、天の護神の力を得られる場所』


 その証拠に、レイ、ライヤ、ロッカスの姿が見当たらない。

 何処を見ても白、白、白。

 どうやら、白一色で覆われた空間にいるようだ。


「ルシト」


 可愛らしい声が、二人の耳に入る。

 誰かと思い、声のする方へ目を向けると、ルシト越しに一人の女性が見えた。

 茶髪のショートカットで、ワンピースを着た女性が、こちらに向かって手を振っている。

 振り返った瞬間、ルシトが硬直した。


「あの人は、知り合いなの?」

「……ディア!」


 立ち上がったと思いきや、女性に向かって走り出すルシト。

 顔をほころばせ、あんなに嬉しそうな彼は見たことがない。

 その様子から、ルシトにとってあの女性がどのような存在なのかがわかる。


 柚葉は、ディアと呼ばれた女性と目が合った。

 ルシトに抱きしめられる彼女は、なぜかにやりと口元を歪めたのだ。

 次の瞬間、柚葉の目には信じられないものが映る。


「ル、ルシト! 彼女から離れて!」

「……」


 首を横に振るルシトが抱きしめているものは、女の形をした妖怪だった。

 頭に何千もの触角を生やし、緑色の大きな一つ目が顔の中央にあり、鋭い牙を剥き出している。

 体だけは、女性そのものだ。

 だが、ルシトには妖怪ではなく、それがディアに見えるらしい。

 柚葉は駆け出し、ルシトを離そうとする。


「ダメ、ルシト! それはディアじゃない! 化け物だよ!」


 ルシトの肩を掴んだ瞬間、自分に向けられた鋭い眼光を感じ、気付いた時には倒れていた。

 腹に肘鉄を食らっていた柚葉は、痛みに顔を歪めて、うずくまる。


「いくら戦神子(メイデン)とはいえ、ディアを化け物扱いするなんて、本気で許しませんよ?」


 抱擁を解いたルシトは、いつの間にか手に持っていた剣の先を柚葉に向ける。

 本気で、敵視されている。

 思いもよらない展開に焦るも、どうすればルシトを正気に戻せるのだろうか考える。

 妖怪を倒すという手もあるが、ルシトにはディアが殺されるという場面を見せつけることになるだろう。

 そんなことをしては、聞く耳を持たなくなり、殺しにかかってくるはずだ。

 それでは、ダメだ。


「ルシトがね、妖怪に、うつつを抜かしているなら、アゼーレ超大国は、救えないよ」

「――そこまで言うなら、仕方ないですね。ディア、下がってください」


 ディアを背に匿い、ルシトは柚葉を見下しながら剣を振るおうとする。

 後ろで、気持ちの悪い笑みを浮かべている妖怪に気付かずに。


「【水の気:水流粋護(アクアシールド)】!」

「なっ」


 勝手に口から出た言葉により、どこからともなくシャボン玉の形をした水膜が現れ、柚葉を包んだ。

 それにより、ルシトの剣は弾かれ、何度刺すことを試みても、貫通できない。

 何が起こったのか理解できないでいるも、それより先に怖い形相をしたルシトが気にかかる。

 水膜に包まれているとはいえ、二人の表情ははっきりと見える。

 妖怪は、変わらず笑みを浮かべ続けている。


(ディア)は、この世界には存在しない』


 心話で柚葉に伝えるのは、誰かはわからない。

 だが、それを疑うことなく柚葉は、思ったことを聞いた。

 戦う以外の方法で、ルシトを説得するには、どうすればいいのか。


『どういうこと?』

『女は、死した』


 それなら、納得がいく。

 ディアを見たときに目を丸くし、硬直した理由が。

 ルシトが、ディアが存在することが信じられないとでも言ったような表情を、垣間見せた理由が。


「彼女は、亡くなったんだよ。もう、生きていない。ルシトは幻を見せられているだけ」

「な、何を――」


 諭すように言う柚葉に、ルシトは眉を顰める。

 彼自身も、心のどこかで自覚しているらしい。

 ディアは、もう死んだのだと。


「何を言っているの、私はここにいるよ、ルシト」

「ディア……」


 妖怪の手がルシトの服をぎゅっと掴む。

 今にも泣きそうな表情が、彼の目には映っているのだろうが、柚葉には笑っているようにしか見えない。

 この状況を楽しんでいるようだった。


「確かに、受け入れたくない気持ちはわかる」


 ルシトを真っ直ぐに見つめながら、脳裏には櫂人を浮かべる。

 柚葉も、昔のことと言えど、未だに癒えない心の傷がある。


「でも、それは現実逃避しているだけ。前には、進めない」

「この女の人の言うことを信じないで、ルシト!」

「も、もちろんです。何も知らないくせに、戯言を言わないでくだ――」


 バシッ


 水流粋護を解除した柚葉が、ルシトの頬を引っぱたいた。

 端正な顔立ちの頬が、赤く熱を帯びる。


「ルシトっ!」


 妖怪が甲高い悲鳴を上げ、ルシトの名を呼んだ。

 ルシトが引っぱたかれた頬を手で押さえ、前に出てきた妖怪がそっと手を添える。


「そう、ディアとルシトの間に何があったのかはわからない。でも、これだけはわかる」


 叩かれた頬に手を添えながら、辛辣な視線を向けるルシトは、涙を浮かべる柚葉を直視する。



「愛する人を失った、悲しみだけは」

「……柚葉」


 ルシトは、真っ直ぐに見つめながら、涙を目に溜めた柚葉が、自分と同じ経験をしたことがあるのだと知り、無礼なことを言ったと心を痛める。


「ルシト、私はここにいるんだよ。なのにどうして、泣きそうなの?」

「……あなたは、ディアであって、ディアではないんです」

「嫌だ、私はディアだよ! 私のこと、また置いていくの? 私、もう一人ぼっちは嫌だ! イヤ、イヤアアアアアアアアア!!」


 うずくまったかと思いきや、妖怪はルシトに襲い掛かってきた。

 鋭い爪が振り下ろされる瞬間、ルシトは一太刀で、妖怪の腹部を深く抉り突き、斬りつけた。

 同時に、悲鳴を上げながら煙となって、妖怪が消えていく。


「……傷つけて、すみません」


 剣を捨て、そっと壊れ物を扱うように柚葉を抱きしめる。

 その言葉がどちらに向けられたものかはわからなくとも、柚葉は安堵したのか、抱き返した。


「見事、終えましたね」


 凛とした女性の声が聞こえる。

 きっと、柚葉に心話で語りかけた人だろう。


我が護神(ルシト)は、力を得るだけの試練は乗り越えた、と言ってもいいでしょう。そして、その力を用いて立ち向かわなければならない試練が、この先に待っています」

「……それは、どういうことですか?」


 相変わらず姿を見せない女性は、ルシトの問いに答えることなく、その代わりに、どこからともなく吹いた風が二人の肌を撫でた。

 触れた瞬間、ピリッとした痛みを感じるも、それはすぐに収まった。


「私は、あなたが幸せになれることを、願っています。……心から」


 その言葉を最後に、突如現れた光に包まれ、二人は皆の下へと帰した。
















 四護神が、そして柚葉が力を得た。

 次にするべきことは、パルテノン帝国に行き、戦神子である柚葉を古の神に捧げること。

 つまり、柚葉が死ぬ代わりに、アゼーレ超大国を救うのだ。

 だが、その事実は柚葉しか知らない。


 その夜、パルテノン帝国に行くことだけを皆に伝えた柚葉は、フェアリーフォレストの南部にある、フレア湖にいた。

 水面は月光を反射して光っていて、その中を魚たちが泳いでいる。

 冷たい湖に足を浸しながら、淵に座っていた。

 今日が異世界での、そして人間としての最後の夜だ。

 色々と物思いにふけたい、そう思って皆のもとを離れた。

 前回同様、皆は何も言わなかった。

 ライヤは、人を寄せ付けないような雰囲気を纏って、その場に胡坐をかいて座っていた。

 レイもまた、大木に背を預けて、考え事をしているように見えた。

 ロッカスは柚葉が行くのを止めようと手を伸ばすも、結局何も言わなかった。

 ルシトは、ディアのことを思っているのか、珍しく焚火の前でうずくまっている。


 その中で柚葉は、俯いていた。

 死ぬことへの覚悟は、できている。

 いや、本当のことを言えば少し怖い。

 普通に考えたら、自分にはまったく縁のない国を、命を懸けて守るということはできないだろう。

 だが、櫂人が関わっているから、柚葉にはそれができる。

 櫂人のせいで、こんなことになってしまったのなら、元とは言え彼女である自分がけりをつけなければならない。


 だが、心の中にある感情は、嘘をつかない。

 この想いだけは、嘘をつけない。

 できることなら、彼と共にいることを願っている。

 そう思うのは、好きだから、なんだと思う。

 そしてできることなら、彼のために生きたいと思ってしまっている。

 これじゃあ、戦神子失格だなと思い、ひとつため息をつきながらも、ぐっと堪えていた涙を流した。

 今なら、誰にも気づかれない。

 だから、今だけは泣かせてほしい。

 明日死ぬ人間の、この想いの行き場は、どこにもないのだから。


 そんなとき、後ろから近づいてくる足音が聞こえた。

 地面に生えた草を踏みながら、確実に音は大きくなる。

 柚葉は、誰だろうと思い、涙を拭ってそっと振り返った。

 そこにいたのは――



前半終わりました(^^)こんな文章でも、ここまで読んでいただきありがとうございます!

そして、ここから各ルートに分かれます。このまま読み進めますと、ロッカスルートに進みます。他ルートを読みたい場合、お手数ですが一度、目次に戻ってください。

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