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戦神子と六人の彼  作者: 火渡ユウ
二章 未来を決める旅
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十八話 繰り返される過去

 気付けば、マール王国にいた。

 それは、溶岩流に呑みこまれる前の平和な王国だった。

 自分の家の前で立っていたレイは、遠くを歩く町人の冷めた視線を感じながらも、少しだけ喜びを感じていた。

 久しぶりに帰って来たのだ。

 だが、いつまでもそれに浸かっている場合ではない。

 レイの直感ではあるが、今は国王リットンが剣を取りに行く前の時間で、大男がそこにレイを送り込んだのだろう。


(早く奴を止めないと――)


 策が思いつかないレイは、その足を城へと向けることにした。

 逢瀬さえ拒まれるだろうと思ったが、直接会って話さなければ、リットンには伝わらない。

 何年も会っていないが、彼が昔のままの性格なら、なおさらそうだ。

 城下町の街並みから外れた場所にある家から、大通りを通り、まず城門へ向かう。

 拒まれれば、仕方ないが、抜け道を使うしかあるまい。


「……様、ご病気みたいよ」

「回復なさるといいわね」


 ふと、そんな声が聞こえた。

 レイが歩けば、誰もが避けるように通りの端へと移動するが、前から歩いてくる二人の中年の女性は、世間話に夢中の様で、彼に気付くことはない。

 不思議なこともあったもんだと、でも、久しぶりに、普通に歩いてくる二人に安堵している自分を知ると、嬉しく思い、ふと、笑みを浮かべた。

 大きな声で話しているため、聞きたくなくても聞こえてしまうが、どうか病気が治りますように。

 そう、心から願った。


 太陽が真頂点に昇った頃、レイは立ち塞がる兵士に、面会を頼んでいた。

 だが、取り次いでくれない。

 レイが嫌われ者という立場であり、国王が最も嫌う男であることを知っているからこそ、断固として断る態勢を崩さない。


「何度も言うが、無理だ。 早く退けろ!」

「……そうか、わかった」


 以前の態度とは正反対で、明らかに怒りのこもった罵声を浴びせられ、この心はいつかのように、また傷つく。

 だが、どうして罵声を浴びせられるのか、その理由をわかっていたからこそ、反抗できない。

 リットンが嫌う理由も、町人に嫌われる理由も、すべてはあの事件のせいだ。

 あの事件さえなければ、自傷するほど追いつめられることもなく、今もきっと、幸せに過ごしていただろう。

 昔を思い返すように、踵を返すレイは、抜け道へと歩みを進める。


 そして、何度も入った応接間に出る。

 幸い、この部屋には人がいなかった。

 だが、ここから王の間へと行ける気がしなかった。

 一階では兵士が見回っており、もちろん二階にも配置されている。

 皆がレイの顔を知っているのだ、見つからずに行けるとは思わない。

 どうしようか考えていたとき、ギギィと音を鳴り、扉が開く。

 その瞬間に、レイは縦に長いテーブルの下に隠れ、息を潜める。

 もしクレールなら、取り次いでくれるだろう。

 どうか、あのときのように、彼女であってほしいと祈りながら、入ってきた人の正体を探る。

 だが、入って来たのは貴族の男性二人だった。


「私は反対したが、やはり行くようだな」

「仕方ないだろう。本当に、我が国にパルテノン帝国が侵攻してきたら、ひとたまりもないからな」


 レイの直感が当たったことを知る。

 この二人がひそひそと、壁に背を預けながら話しているのは、おそらく剣の話だろう。


「だが、他にも手立てはあるだろう。いくらご乱心とはいえ、何も考えずにあの危険と謳われる破滅の剣(デッドエンドソード)を取りに行くなんてどうかしている」

「ま、我らが取りに行くわけではないから、いいじゃないか。兵士の一人、二人が死んであの剣を持って帰れるなら、死んだ兵士も喜ぶだろうさ」


 貴族がどんな考えを持っているかを知り、レイはただただ驚いた。

 自分が安全なら誰が死んだって構わない、そんな意味に受け取れた言葉に、悲しく思う。

 少なくとも、レイが知っている貴族は、そんな人ではなかった。

 国のことを、民のことを考え、何事も責任を持って行動する人だった。

 命を軽視するような人ではなかった。

 だから、裏切られた気分だった。


 これから国王の行動を止めなくてはいけないレイは、自分が何をすべきか考える。

 直接会って話せたら、それが一番いいだろう。

 だが、他に方法を考える必要がありそうだ。

 この二人を気絶させて、服を奪い、貴族に成りすまして王に近づこうか。


「それに、国王は民を騙してまで真実を隠すんだ。可哀そうに――」

「あっ」


 二人の愚痴話が、応接室に入ってきた一人の女性によって中断される。


「な、なんだ、君は」

「私はこの部屋を掃除しに参りました、スフィアと申します」

「ちっ。出るとするか」


 これから盛り上がりそうな愚痴話を聞かずに済み、レイは安堵した。

 けれど、このままでは見つかってしまうだろう。


 貴族たちが出て行き、扉を閉める女性は、「……誰ですか」と問いかけるように呟いた。

 焦ったレイは、すぐに顔を出すわけにもいかず、そのまま、息を潜めていた。

 よく考えれば、見つかったときのことを考えていなかった。

 このままでは、牢屋に送りこまれてしまい、この国を助けられなくなる。


「そこね」


 女性は、全てを見透かしているかのように、テーブルの下を覗き込む。

 もちろん、ばっちりと目が合ってしまう。


「……レイ・ウルコフ?」


 覗き込んできたのは、メイドの姿をしたスフィアだった。

 初対面なのに、名前を呼ばれることに慣れてしまったレイは、仕方ないと思い、女性に手を上げるわけにもいかず、のこのこと出てくる。

 もし扉を出たり、叫ぼうとしたときは、速やかに黙らせるため、静かに警戒態勢に入りつつ、彼女に近づいていく。


「どうして、ここに?」

「……嫌わないのか」

「何で? だって、カッコいいじゃん」


 ニッと笑うスフィアは可愛らしく、透き通るような白い肌をしている。

 頬紅をつける程度の化粧であるが、見とれてしまうほど、充分に綺麗だった。

 そんな彼女から、カッコいいと言われ、照れないわけがなかった。


「でも、片目しか見えないでしょ。その前髪、切った方がいいと思うんだけどな」


 持っていた箒の柄の端に顎を乗せ、上目遣いで見つめてくる。

 だが、それを振り払うようにふいと視線を背け、無理やり話題を変える。


「俺は、国王に会いたい」

「あなた、国王に嫌われていることは知ってるでしょ? 無理だと思わないの?」

「どうしても、止めなくちゃいけない。あの剣を取りに行ったら、この国は滅ぶからな」


 話しているうちにとっくに、警戒を解いていたレイは、彼女にすべてを話していた。

 もちろん、信じられないと疑うような目でレイを見上げるスフィアは、同時に、「うーん」と口にした。

 顎を外して、箒をぱたぱたと横に動かし、床のゴミを掃く振りをしているが、何かを考えているらしい。

 そして、小さなゴミがあちこちに飛び散らかり、逆に汚していた。


「……信じるよ。会わせるのは無理だけど、良い方法がある」

「良い方法とは?」

「兵士たちより先に剣を取りに行って、破壊しちゃえばいい……なんて、無理かな」


 思いつかなかったレイは、その方法があったかと、納得するように頷く。

 それならば、なにも自ら国王に会わなくてもいいのだ。

 だが、本当にそれでいいのだろうか。それで、この国を救えるのだろうか。

 正解は一つではないだろうが、選択を誤れば、マール王国の皆が死ぬ。

 命の重さを知っているレイだからこそ、慎重になって考える。


「良い方法だと思うが……クレール王妃に会わせてくれないか?」

「えっ」


 本当なら、彼女には会ってはいけないのだと、思っていた。

 彼女に助けを請うてはいけないとも、思っていた。

 だが、この国の一大事だ。クレールを助けるためにも、後悔はしたくない。

 クレールにも事実を話し、助言を貰おうと、そう考えた。

 だが、スフィアの動きが止まるのを見て、三人の脱獄を手伝った罪で何らかの罪を被ったのかもしれないと、悪い考えが過ぎった。


 現実は、それ以上に酷かった。
















 イズナ岩窟に入れるのは、地の護神であるレイと、戦神子の柚葉だけである。

 そのことを考えると、破滅の剣は岩窟外であることが考えられる。

『この剣を奪おうとした』と言っていた大男のセリフを思い出し、リットンたちが剣の近くまで来たことがわかると、どう考えてもやはりイズナ岩窟にあるとは考えられないのだ。

 そこで、スフィアが教えてくれた『炎に近し深淵(フレイムアビス)』が候補としてあがる。

 それはロセリアのリウム洞窟のように、マール王国城の地下に存在するらしい。

 スフィアが調達してくれたメイド服を嫌々ながらも着せられ、今は炎に近し深淵への入り口を探していた。

 そんなレイの頭の中は、クレール王妃のことでいっぱいだった。


(――自ら死を望んだのも、俺のせいなのか?)


 スフィアは王妃専属メイド(=メイド長)と仲が良く、王妃の死について詳細を聞けたのだという。

 彼女が言うには、先日、病気が原因で亡くなったとのこと。

 だが、その病は早い段階で気付いたため、治療が可能だったという。

 けれど、王妃は治療を拒んだ。

 メイド長いわく、王妃が「生きているのはつらい」と、一人呟いていたらしい。


(――あのときの行動は、間違っていたのか)


 レイの悩みが増えた。

 しかも、解決できそうにない悩みだから、たちが悪い。


「おい、そこのメイド、お茶を二階まで運んでくれ」


 すれ違いざまに、横を通った貴族の男性が、メイドに変装したレイに頼む。

 男が騙されるほど、女装が似合っているレイは振り返り、できる限りの笑みを浮かべて「かしこまりました」と伝えた。

 そして、前に向き直ったときには、お茶のことなどすっかり忘れていた。


 だが、クレールのことを思う時間は、今はない。

 一刻も早く、炎に近し深淵に行かなければ、あの剣を破壊しなければならない。

 ――あの大剣をこの手で破壊なんて、できるのだろうか。


 不安が過ぎる中、レイは階下へと続く道を探し当てる。

 広間の奥にある小部屋のそのまた奥に、下へと続く階段が大棚によって隠されていた。

 隠し部屋ならぬ、隠し階段である。


(進むしかない。行こう)


 壁に掛けられた、火の灯ったランプを手に取り、延々にも思える暗闇の中を下りていく。

 階段の段差の高さがばらついており、足元に気を配って歩かなければならなかった。

 思ったより時間をとられたが、下りきると、目の前には洞穴が現れた。

 それなりに整備されていた石畳の床と、黒っぽい地面の境を跨ぎ、レイは一人で中へと入って行く。


(剣はどこにあるんだ)


 洞窟内は、やけに静かだった。

 そして、気温が上昇していくのを感じ、レイは汗をかいていた。

 同時に、焦りを感じてもいた。


(早く探さないと……)


 最初は一本道だったが、やがて分岐点に辿り着く。

 右か、左か、どちらに進むべきか悩んでいたレイの目の前に、どこからともなく一人の女性がやってきた。

 両手を前に添え、ゆっくりと歩み、右の道の前に止まる。


「クレール!」


 レイはその女性の名を叫び、クレールに近寄ろうと足を前に出したとき、左の道の前にも、一人の女性が立っているのが視界に入る。

 それは、心配しているような柚葉だった。


「ダメだよ、レイ! こっちに来て!」

「私は、あなたなしには、幸せになれません。どんなにつらかろうが、あのとき、レイが私を受け入れてくれたなら、生きる望みを捨てたりしなかったわ」


 悲しげな瞳を向けてくるクレールが、痛みを抑えるように胸に手を当て、その場に座り込む。

 そのとき、レイは冷静さを失っていた。

 どうしてこの場で二人が出てきたのかなんて、考えられなかった。

 死んだはずのクレールが目の前に居るのだ。


「クレール、俺は――」

「たとえ傷つこうが、つらかろうが、レイはクレールさんの死を受け止めなくちゃいけないの! 現実から目を背けないで!」


 柚葉の精一杯の声が、波紋が広がる様に、その脆く弱い心に響く。

 我に返り、冷静さを取り戻していくレイの目の前には、すでにクレールはいなかった。

 やっと、現実を受け止められた。


「レイならできるって、信じてたよ」


 柚葉が笑うと、レイも口角を上げた。

 そして、煙のように消えていく柚葉に心の中で、『ありがとう』と言った。

 左の道に進めば、そこからは緩やかな下り坂にさしかかった。

 破滅の剣から人を遠ざけるように、様々なトラップが仕掛けられていた。

 大きな岩が背後から、徐々にスピードを上げながら転がってきたり、リウム洞窟程複雑ではないが、迷路があり、やっとのことで抜けれれば、何十種類もの見たことがない虫が襲いかかって来たりした。

 奥へと進むにつれ、徐々に上がっていた気温が急上昇し、暑苦しいなんてものでは表現できない熱が、レイから水分を奪い取る。呼吸するのさえ苦しい。

 だが、確信していた。

 破滅の剣は、もう近いと。


 そして、最奥までやってきたレイは、岩の台座に横たわっている大剣を見つける。

 やはり、黒くくすんだ色をしていて、何もかもを呑み込んでしまうような闇を連想させる。


(どうやって破壊しようか)


 とりあえず、台座に近づいてみる。

 ランプを近づけ、ひび割れている箇所があれば、何とかして割ることができるかもしれない。

 けれど、どこにも入っておらず、試しに転がっていた手の平サイズの石を持ち、剣に思い切り叩きつけてみる。

 次の瞬間、ジュ―ッと音を立てたあと、すぐに石が熱くなり、思わず手を離した。

 剣は傷ついていないが、石が半分溶けている。

 この大剣には、直に触れてはならないことがわかった。


(どうすればいいんだ)


 見るからに、これは両手で持っても、持ち上げられそうにないほどの重量感がある。

 でもそれは外見だけであって、実際はわからない。

 もしかしたら、手が焼けただれるかもしれないが、今は試さなければならない。

 持てるなら、これを壁に突き刺すなり、体重を思い切りかけるなり、破壊できる手段が増える。

 幸いに、とは思いたくないが、メイド服を着ていたレイは、フリルのついた白いエプロンを外し、それを手に巻き、できるだけ直に触れないようにして大剣の柄を掴む。

 すると、不思議なことに、思ったより熱くなかった。

 この温度なら、直に触っても充分に触れられるだろう。


 エプロンを手に巻いては持ちにくいため、これを外し、そっと大剣を掴む。

 大丈夫であることを確認すると、両手で思いっきり上にあげようと力んだ瞬間、レイは後ろにそのまま倒れた。


 何が起こったのかわからず、一瞬だけ呆然としていたレイは、何かを握っていることに気付く。

 それに目をやると、黒くくすんでいた大剣はなく、姿形を変えた双剣が両手に握られていた。

 燃え盛る炎のように、紅に染まった細身の剣は、剣筋に黄色い線が入っている。

 柄は金色に輝き、レイの腕に現れた紋章と同じ形が、描かれている。

 炎を模った、赤い紋章が。


「……クズが。なぜここにいる?」


 聞き覚えのある声に振り向けば、そこにはマール王国の国王、リットンがいた。

 銀で造られた鎧を身につけ、剣の柄に手を添え、地面に座っていたレイを凝視する。

 そして、レイが握っている剣に目をつけると、それが破滅の剣であることを察知し、剣を抜き、戦闘態勢に入る。


「リットン、この剣は使ってはならない!」

「クズが、国の事情も知らないでよくもぬけぬけと……!」


 説得なんて、到底無理らしい。

 以前より痩せ、目の下にクマが出来ているリットンは、百人ほど連れてきた兵士たちとはぐれ、亡くし、それだけでなく愛するクレール王妃を亡くしたことで、精神的にかなりのダメージを受けていた。

 皆の為に、マール王国のために、唯一の目的だけは達成しなければならないと、責任を感じている。

 剣を構えながら、レイに近づいていく。


「ダメだ、リットン!」 

「……貴様は、本当にこの上なく邪魔だった。今日で、終わりにしてやる!」



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