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戦神子と六人の彼  作者: 火渡ユウ
二章 未来を決める旅
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十三話 風の力を得し者

 突如響いた、鼓膜劈くような叫び声に、思わず二人は耳を塞いだ。

 嘘のように霧が晴れていく中で、二人の視界に映ったのは、体長三メートルもある獣だった。

 人の手くらいの大きさをした耳が、ぴんと立っており、赤い液体が付着した太く鋭い爪を舐め、牙から涎を垂らし、餌を見つけ歓喜しているように見えた。


「あ、あれがロッカスの背中を?」

「……らしいな」


 チッと舌打ちするも、この獣を何とかしない限り頂上には行けそうにない。


「ここは、俺に任せろ」

「何言ってんの!?」

「奴が現れたということはきっと、頂上は近い」

「だから頂上に行って聖水を持って来いっていうの?!」


 霧が無くなったおかげで、獣を見越して頂上が見える。

 だが、ざっと見積もっても、片道で走ったとしても二十分はかかるだろう。


「試練が終わる条件は、俺が聖水を飲むことじゃないだろう。きっと、頂上に着くことだ。俺か柚葉のどちらかがな」

「絶対にダメ! たとえそれが終了条件だとしても絶対にそんなことできない!」

「この試練を乗り越えなきゃアゼ―レ超大国を救えないことはわかっているだろう!」


 声を荒げて、柚葉を突き放すロッカスは、胸をぐっと掴み、痛みに顔を歪めながらも、キッと獣を睨んだ。

 殺意を纏った視線を向けられた獣は、低く唸っている。


「行け!」

「馬鹿っ!」


 尻もちをついていた柚葉が起き上がると、ロッカスに駆け寄った。

 そして再度、肩を貸そうと、腕を背中に回す。


「ロッカスだって、私にとって大切な人だよ! 絶対、見捨てるなんてできない!」

「……柚葉」


 心にスッと馴染んでいくその言葉に、ロッカスは呆れるフリを見せるも、内心では嬉しいと、そう感じていた。

 そして、想起するかのように、ある情景が脳裏に浮かぶ。

 幼い頃、誰かが傍に居て、事情の知らないロッカスに満面の笑みを見せ、自信満々に言ったセリフが、柚葉の言葉と重なる。


『こいつは……だ、……に見捨てねぇ! 俺の……』


 誰かはわからないが、その人に大切にされていることだけはわかる。

 これは、実際に起こったことなのだろうか。


 だが、今はそんなことを考えている場合ではない。

 薄れつつある意識の中で、ロッカスは、最後の力を振り絞り、柚葉から離れて獣に一歩ずつ近づいていく。


「ダメだよ、ロッカス!」

「……俺を、信じろ」


 ロッカスに近寄ろうとするも、柚葉はその言葉を受け止め、内心では心配しながらも一歩下がった。

 重傷の上にただでさえ毒が回っているのだ。

 激しい動きをすればその分、毒は効力を増し、制限時間も縮まる。


 次の瞬間、ロッカスは獣を挑発するように口笛を鳴らした。

 激昂した獣は、人を丸飲みできるくらいの大きな口を開け、ロッカスに向かって走ってくる。

 だが、それに動じず、冷静に構え、時が来るのを待つ。

 距離が三、二、一メートルと迫った瞬間、獣が大きな爪を振り下ろす前に、腹に二突き打ち込んだ。

 それは目に見えないほどの速さであり、あと数十発は打ち込めたであろうに、ロッカスは急所だけを狙った。

 突きを制限することで、毒の侵攻を早めることなく、攻撃したのだ。


 あまりにも力強い突きに、獣はそのまま後ろに反り、木々を巻き込んで豪快に倒れた。

 全身を駆け回る激痛に、おぞましい叫び声を発した後、静かに息絶える。

 何が起こったのかわからない柚葉は、力を失い、後ろに倒れるロッカスに駆け寄る。


「大丈夫!?」

「……あぁ、大丈夫だ」


 神経や筋肉が麻痺しつつある状況で、心配させないよう必死に笑みを浮かべる。

 だが、それが作り笑いであることはわかっていた。


「ロッカス、ごめん。私が強ければ……」

「……るせぇ。女は男に守られる生き物なんだよ。……謝るな」


 そう言って起き上がろうとするが、腕や腹筋に力が入らず、それさえも不可能だった。

 柚葉が手を貸して、筋肉質の重い体を起こすも、足にさえ力が入らないため、もはや歩くことはできない。

 ここで死ぬのだと、ロッカスは察知した。

 ただその前に、柚葉に言いたいことがある。

 それだけは伝えたいと、目に映る柚葉の輪郭が歪み始める中で、決意し、口に出そうとしたそのとき。


『さすが、我が護神(ロッカス)だな』

「お願い! ロッカスを助けて!」

「……っ」


 何もできない自分が悔しくて、ロッカスが死んでしまうのではないかと思うと悲しくて、涙を流す柚葉は大声で何処にいるかもわからぬ者に頼む。

 ロッカスは言い返そうとしたが、言葉を発する力もないことに気付く。

 制限時間(リミットタイム)、残り一分。


『俺が死んでも、柚葉には力を与えろ。無事に、三人の四護神の元へ返してくれ』


 心話で相手の心話を返す。

 すると、予想外の返事が返ってきた。


『試練は終わった。我がその毒を清めよう。そして頂上に来い、我はそなたたちを待っている』


 起き上がるのさえ苦痛だった体は、羽のように軽くなり、すぐに立ち上がることが出来た。

 いきなり立ったロッカスに驚きながらも、良かったと心から安心した柚葉であった。


「よかった、本当によかった」

「あっ、おい! 柚葉!」


 ギュッと抱きしめてくる柚葉を、突き離すことができず、困惑するロッカス。

 そして服が涙と鼻水で濡れていくのを見て、ふと笑みをこぼした。
















「結局、試練の終了条件ってあれを倒すことだったのかな」

「何を言っている。そんな生易しいものではないぞ」


 白い髭を垂らし、登って来た二人をその細目で見ると、柚葉より身長が低い老人は、白いローブに身を包み、大きな岩の上に足を組んで座っていた。


「うわっ、すごい光景だよ!」

「……」


 老人を無視した目を輝かせる彼女の視線を追うと、眼下では雲が空を泳いでいる。その隙間から、地上が見える。

 太陽が燦々と輝き、青い空がどこまでも続いている。


「聖水は嘘だな」

「え?」


 壮大な光景に心を打たれていた柚葉は、それに気付かなかった。

 毒を治療する唯一の薬である聖水らしきものは、山頂には見当たらない。

 老人が住む一戸建ての藁でできた家と、老人が座っている大きなごつごつした岩が、そこにある。


「あぁ、そうだとも。確かに毒は塗っていたがな」

「それに、あの獣はもっと迅速な動きができたはずだ。ということは、終了条件は獣を倒すことではないだろ」

「よく気付いたな、さすが我が護神(ロッカス)よ。戦い慣れているだけのことはある」


 岩から飛び降りると、二人に近づく老人は、皺々の手をロッカスの額に当てる。

 払い退ける寸前に、老人は手を離し、一歩退いた。


「何をした?」

「力を与えてやったんだ、感謝するんだな。……そして、娘よ」


 無表情を崩さなかった老人が初めて、寂しげな表情を見せた。


戦神子(メイデン)の運命を受け入れて此処まで来たのだな』

『……もちろんです』


 いつになく真剣な顔で老人と見つめ合う。

 互いに心話を交わしていることを知らないロッカスは、怪訝そうにそれを見ていた。

 死ぬことがわかっていてもなお、戦神子として国を救う役目を果たす決意は変わらない。

 どうせ元の世界に戻っても、櫂人はいないのだから、死ぬことが本望なのだ。

 そうすれば櫂人に会えるのだから。


「あの岩の窪みに、手を当てるがよい。そなたもまた、風の力を得よう」

「わかりました」


 山の護神が授けられた力は、風属性であり、風を自由自在に操れる。

 一礼すると、柚葉は大きな岩に近寄り、手形に彫られた窪みに、手の平を重ねる。


「我が護神よ、娘を頼んだぞ」

「……フン。言われなくても」


 そして、二人は瞬く間にその場から消え去った。

 四護神が待つ(ふもと)へと送られたのだ。

 柚葉が立っていた場所を横目に、老人は家の敷居を跨ぐ。


(……我らの力では、哀なる運命は変えられんことを、許せ)















「柚葉!」


 突然目の前に現れた柚葉に、真っ先に駆け寄るレイ。

 続いてライヤ、ルシトが柚葉とロッカスの下に集まったところで、簡単に経緯(いきさつ)を話した。


「とにかく、無事でよかったの」


 ライヤが柚葉を抱きしめようと両手を広げるが、ロッカスがその胸に飛び込む。

 げっ、と声を漏らした後で、すぐさま離れた。


「何でお前さんが入ってくるんじゃ。気色悪い」

「てっきり俺がいなくて寂しいのかと思ってたぜ」

「怪我はありませんか?」


 二人を気遣うルシトは、重傷を負っていたというロッカスの背中を見せてもらうが、そのような傷跡は残っていなかった。


「大丈夫だ」


 それに同調するように頷く柚葉は、ロッカスに「ありがとう」と感謝を述べる。

 パルマ山へ来る途中の、あの暗い表情はそこにはなく、柚葉は前向きで明るい顔をしていた。

 だが、「道中は、……ありがとな」と照れ隠すように言い残して、次に行こうと皆を促すロッカスの気持ちはまだ、晴れていなかった。


(アゼ―レ超大国に着く直前に、話せたら、話そう)


 ロッカスと共に試練を乗り越え、そう決意した柚葉であった。


「じゃあ、次はどこに向かうかの?」


 その言葉に、ルシトは重々しく口を開いた。


「ロセリア王国の領地のどこか、でしょうね」


 ルシトの返答に、ライヤとレイ、そして柚葉も口を紡ぐ。

 事情を知らないロッカスは何のことかわからず、眉根を寄せる。

 説明すると、驚きのあまり「マジかよ」と漏らした。


「まあ、いずれにせよ真犯人を捕まえなくちゃいけないだろ。絶好の機会でもあるんじゃないか」

「そう簡単に、上手くいくものとは思えません。何しろ、ロセリア王国全国民が私たちを敵として見ているわけですから」

「だからといって、後回しにもできない。マール王国に行く方法はロセリア王国、パルテノン帝国のどちらかを通らなければ行けないのだからな。それに、その話は他国に伝わっていてもおかしくないだろう」


 結局、一行はロセリア王国に行き、ライヤの四護神としての力が手に入る場所を探すことにする。

 柚葉に場所を尋ねるも、「わからない」と言われてしまえば、他に手立てもない。

 ライヤの表情に一瞬だけ、影が差したことには、誰も気づいていなかった。


 パルマ山を後にし、一行はロセリア王国を目指して歩き始める。

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