十二話 毒爪《ポイズンクロー》
「……」
『マッカート・ローレン』『ディア・ローレン』と名が連ねて書かれた墓碑に花束を添えるのは、銀髪の男。
黒いコートを身に纏い、顔以外の全てを覆い隠している。
顔を歪め、何かに耐えるように奥歯を噛みしめるが、決して泣かなかった。
そして、自責の念に駆られてとった行動により、コートの中に隠された、腰に携えた剣は、鮮血で塗られていた。
城の空中庭園は墓場になっており、多くの墓碑が立てられている。
至る所に色とりどりの花が咲き乱れ、四季折々様々な顔を見せる。
その中でも白い鉱石で造られた、ひときわ目立つ墓の前で、男は膝を折り、手を合わせた。
「やはり、ここか」
背後から、男にとって聞き慣れた低く太い声が聞こえる。
だが、振り向かず、黙祷を続けた。
男の隣に来ると、手に持っていた花束を添え、より色鮮やかになった墓碑の前で、同じように手を合わせる。
「……復讐をしても、彼らは喜んだりしない。フェスト」
フェストと呼ばれた男は、言葉を無視するように黙祷を続ける。
隣に並ぶ男もまた、フェストと全く同じ格好をしているが、彼に比べて背が高く、年齢も二十歳程上回っており、若くない年齢にしては、髪は明るい茶色に染まっている。
「あと、二人」
それだけ告げると、すくっと立ち上がり、フェストは墓地を去っていく。
彼が告げた『二人』が誰を示すのか、それを知っている男、ジプシーは悔いているのか、目を閉じ、拳を強く握り、奥歯をギリっと噛みしめる。
「……また俺は、止められないのか」
翌朝、地平線から太陽が顔を出し始めたとき、一行は宿を出て、パルマ山へと向かった。
セシール王国からパルマ山へと続く砂利道は、山の麓まで続いている。
他国に繋がっていないこの道を通る者はいなかったため、土は乾燥し、ところどころ盛り上がり、荒れていたため、決して足には良くなかった。
そんな中、柚葉は先頭をきって歩いていた。そのすぐ後ろを歩くのはロッカスである。
最初はルシト、レイに猛反対された。だが、ライヤは「させたいようにさせんしゃい」と柚葉を気遣い、ロッカスはその言い合いを他人事のように、眺めていた。
結果、今に至る。
複雑な表情をしていることは自分でもわかっていた柚葉は、昨日の話を整理するために、一人になりたいと、そう思っていた。
明らかに様子がおかしい柚葉の背を見つめるロッカスもまた、考えごとをしていた。
「あの二人、何かあったんか」
「知らん」
「昨夜からじゃもんな。聞いてみるかの」
「……首を突っ込むのは、止めましょう」
ライヤがチッと舌打ちすると、レイは柚葉を心配してか「休憩するか」と聞くが、「大丈夫!」と明るい声音が返ってくる。
やりとりが終わり、一行を沈黙が包んだ。
けれど、誰も気まずいとは思わなかった。考えごとを始めたからだ。
だが、ルシトだけは違った。
なぜか胸が曇るような、むしゃくしゃするような、そんな気持ちが生まれ、それを対処するため心を鎮めることに集中していた。こんな気持ちになる原因はわからないが、突き止めてはいけない気がしていた。
今すぐにでも話した方がいいと、最初はそう考えていた。
だが、アゼ―レ超大国を救うためには、彼が四護神という欠かせない存在であることは、百も承知している。
きっと話せば、帰国するに違いない。
だからといって、旅が終わってから話しては、考えたくもないが、ケイトが亡くなっている可能性だってある。誰だって、親の死に目には会いたいだろうし、一人息子に会えずに天に召されるケイトの立場になって考えれば、やはり、今すぐにでも話すべきだと、そう思った。
ロッカスに話すタイミングを考えていた矢先、後ろから肩を掴まれる。
誰かと思い振り返ると、そこには悩みの種でもあるロッカスがいた。
「どうしたの?」
「本当に、覚悟があるのか」
真剣な眼差しを向けられながら問い詰められるも、柚葉はできるだけの笑みを浮かべて頷いた。
「もちろん!」
「故郷でも母国でもないのに、なぜそう言えるんだ」
「だって、大切な人の母国でしょ。それなら、私にとっても同じだから」
掴んでいた手を下ろし、ロッカスは何かを見据えるように柚葉を凝視する。
その視線から逃れるように前を向くと、視界いっぱいに木々がそびえ立っていることに気付く。
すでに、二人はパルマ山に着いていたのだ。
「あれ、皆は?」
ロッカスの背後にいるはずの三人の姿が見当たらない。
呆れたようにため息をつくと、渋々と答えた。
「さっきからいなかっただろ。本当に気付かなかったのか?」
「さっきって、いつ頃?」
「山を登り始めてからだな。俺の推測ではあるが、三人はループを繰り返しているだろう」
いくら登っても頂上には着かず、代わりに元いた場所に戻ってきてしまうというあれだ。
山の護神であるロッカスと戦神子のみが、ループせずに、頂上へと登れるらしい。
その証拠に、先程から目印として細い枝を折り、柔らかく湿った土に突き刺していたが、それはまだ見当たらない。
「……じゃ、行くか」
「うん!」
二人きりだと余計に考えてしまいそうになるが、黙ったまま歩くのも気まずいと感じ、話題を振ろうと思う。
こういうときに限って、なかなか出てこない。
柚葉の好きな映画やドラマの話なんてできないし、共通する話題を探そうと考えていたとき、右手が温かくてごつごつした手に包まれるように握られる。
何が起こったのか一瞬、理解できなかった柚葉は、握られた手、血管が浮き上がった逞しい腕、そしてロッカスの顔へと視線を移す。
恥ずかしさからか、振り払おうとするも、男の力には勝てない。
「ろ、ロッカス、いきなりどうしたの?」
「……来る!」
その瞬間、ぐいっと柚葉を引き寄せ、自分の身で何かから覆い隠すようにして抱きしめる。
力強い抱擁に、思考回路がショートする柚葉の体温が上昇していく。
脈打ちも早くなり、心臓の鼓動がわかるくらいに、高揚している。
「ぐっ……」
様子がおかしいロッカスに気付くと、やっと解放してもらえた柚葉は、その場に崩れ落ちるようにして屈む彼の背中を見た。
「ロ、ロッカス!」
そこには何かの爪痕が三本、鋭く抉り込んだような傷跡がつけられていた。
出血は酷くないものの、止血しなくてはと思うが、気が動転してしまい、名を呼ぶことしかできない。
『さすが、我が護神よ』
心に直接響く言葉が、ロッカスの名を呼んだ。
この声の主は話せないらしく、心にリンクして言葉を発している。
「心話」というものだろう。
「誰なの!出てきてよ!」
『そう言われて易々と出てくる馬鹿者がいるか?』
息を荒げるロッカスは立ちあがると、気を落ち着かせるように目を伏せた。
そして、爪痕をつけた人物がどこにいるのか気配を察知しようと試みるが、それは失敗に終わる。
すでにここにはいないらしい。
「まさか、ケイル?」
「いや、違う。それよりもきっと、強い奴だ」
『フン、人間無勢と一緒にされては困る。しかし、我が護神よ、小娘さえいなければ傷を負うこともなかっただろうに』
ハッと何かに気付いたように柚葉はロッカスを見上げる。
体を張って、自分を守ってくれたことに気付くと、申し訳ない気持ちが溢れ、一筋の涙が流れる。
だが、こんなところで泣いても、何も解決しない。
「ご、ごめんね、ロッカス。私のせいでこんな……」
「戦神子を守るのが四護神の役目だ。気にするな、どうってことない」
と言いつつも、苦しそうな表情を浮かべるロッカスに、何もできない自分に、彼に話さなければならないことを言えない自分に苛立つ。
『強がるのはいいが、果たしていつまで持つかな。この爪には、毒が仕込んである。二時間もすれば、我が護神に死が訪れるだろう』
「お願い、ロッカスを助けて! 私がその役目を負うべきだったんでしょう、それなら私が――」
「俺は大丈夫だ、柚葉、心配するな」
「でもっ……」
『頂上に湧き出る聖水を飲まない限り、我が護神は助からんが、二時間以内で着けるような場所ではあるまい。諦めるのだな』
その言葉を最後に、心話が途切れた。
霧が辺りを覆い始め、気温が下がる中ロッカスは、額から噴き出る嫌な汗を拭うと、歩き始める。
「本当に、ごめんなさい。お願いだから、無理しないで」
「柚葉、これは試練だ。乗り越えられない試練を与えるはずがないだろ」
自信満々に言い切って見せると、霧で隠された頂上を見上げるようにして顔を上げた。
その言葉に頷き、二人は頂上を目指すことにする。
少しでも負担が軽くなる様に、傷口に触れないよう、彼に肩を貸す。
「柚葉こそ、無理するなよ」
「私は大丈夫だよ。力さえあれば、ロッカスを背負って歩きたいくらいだもん」
「……この馬鹿。女がそういうこと言うな」
鼻で笑われるも、話せば少しでも痛みを紛らわすことができるかもしれないと考え、柚葉は絶え間なく話し続ける。
そのほとんどが質問であるが、ロッカスは嫌な顔一つせずに答える。
もちろん、逆質問もあり、それに対して柚葉が答えることもある。
時には他愛もない会話を交えながらも、歩みは止めずに、着実に登って行く。
だが、毒が回り始めたロッカスの息は荒くなり、足取りが重くなる一方で、時間は刻々と迫ってくる。
互いの顔が霞みながらも判別できる位の濃霧で、頂上は見えない。
「絶対に助けるからね」
「……柚葉……」
制限時間まで、残り二十分という追い詰められた状況でも、柚葉は希望を捨てなかった。
ロッカスの体調はどんどん悪くなり、血色も良くない。
何度か休憩しようと話を持ちかけたが、その度に断られた。
だが、次第にロッカスの息遣いが細くなると、意識を失うかのように項垂れては、気力で何とか頭を持ち上げる行為を繰り返すのを見て、強引に休憩を取ろうと考えたそのとき。
さらなる危機が、二人を襲った。




