十四話 侵城
道で商人らとすれ違う際、ばれないように顔を隠し、宿に泊まることもできず、道から外れた森の中で、木の枝を集めて火を起こし、その周りで雑魚寝をする。
明日にはもう、ロセリア王国の領域に入る。
そこでロッカスが現在の状況を知るために宿の主に情報を聞き出すも、やはり良くない状況下にあった。
王が亡くなったことで、王位継承の儀式が行われ、ラシールが王となったこと、そして王を毒殺した一味が指名手配されていることがわかった。
この国にはカメラという機械がないため、柚葉、ルシト、レイ、ライヤの似顔絵が描かれた用紙が配られている。
「……」
レイはロッカスが宿主から貰って来た紙と睨めっこしている。
「……似てないにも程があるけど、どうしてライヤが載ってるの?」
自分の似顔絵が不細工に描かれていることにムッとしながらも、深夜に王国から去った際は、誰にも顔を見られていないはずだったことを思い出す。
昼時に城にいた三人ならまだしも、ライヤは顔を知られていないはずだ。
だが不可解なことに、このイラストの中で本人に一番似ているとすれば、なぜか特徴がはっきりと捉えられているライヤだった。
「……」
難しい顔をして、ライヤは何かを考えるように目を伏せる。
ため息をつくと、彼はおもむろに立ち上がり、「つきあたりに行ってくるぜよ。柚葉も来るか?」と卑猥な笑みを浮かべると、「つきあたり」の意味がわからなくとも嫌な予感がしたので、全力で首を振って否定する柚葉であった。
「絶対行かない!」
「……そうか、残念じゃの」
本当にそう思っているような上っ面で、火を囲った皆を背に、森の奥へと足を運ぶ。
「考えていても、仕方ないだろ。もう寝ようぜ」
「……そうだな」
柚葉同様に、レイも自身の似顔絵に腹を立てていた。
幼児の書く絵より、悪戯心があるその絵は、わざと鼻の穴を目より大きく書き、整った唇はたらこ唇に変形され、輪郭がひょうたんの形をしており、嫌味にしか見えない。
思わず笑いそうになったロッカスが、レイを見て慌てて口を押さえたのは言うまでもない。
「私もちょっと抜けるね」
「こんな暗い中、一人じゃ危ないだろ。俺も行くぜ」
「いや、俺が行こう」
柚葉は首を横に振って、二人がついてくることを拒んだ。
だが、暗い森の中を女性一人で歩かせるわけにはいかないと、それさえ拒否しようとしたとき。
「いや、本当に来ないで大丈夫だから! 私、風の力も得たし!」
「だが――」
「行かせてあげましょう、二人とも」
ルシトは苦笑を浮かべながら、柚葉の意見を尊重した。
事情を汲み取ったらしいルシトに「ありがとう」と礼を言うと、走ってその場を去っていく。
「ルシト、何で行かせたんだ?」
「あんまり言いたくないのですが……つきあたり、ですよ」
「……マジか」
その答えに、二人は自分たちの行いを悔いることになった。
事を済ませた柚葉は、皆の下へ戻ろうと歩みを進める。
(洋式のトイレがあればいいのになあ)
元居た世界の、文化の発達に改めてありがたみを感じていた。
風の力を得てから、実際に使ったことはなく、使い方もわからない。
手を無造作に振ったりして、動かしてみるも、辺りは何にも変わらない。
後でロッカスに聞いてみようと、考えていたときだった。
暗い森の中、焚火の光を探して歩いていたとき、木の根っこに躓き、前に転倒しそうになった柚葉は、後ろから肩をぐっと掴まれ、助けられる。
ライヤかと思い、振り返るとそこには、葉に遮られ、わずかに入ってくる月の光に照らされた、偽櫂人の姿があった。
「あっ――」
一度会ったくらいでは、慣れるわけがない。
一瞬、彼だと思って胸が躍るも、すぐに違うことがわかると、掴まれた手を離そうと大きく後ずさる。
だが、早まる鼓動は止まない。
「なっ、何しに来たの?」
「……伝えに来ました。貴女が次に行くべき場所を」
真っ直ぐに柚葉を見つめて離さない眼差しを逸らすことが出来ず、互いに見つめ合う。
柚葉が顔を赤く染めていることは、森の影に隠れて、男にはわからないだろう。
「ロセリア王国城下に広がる、リウム洞窟。そこで、海の護神の力が得られます」
「……わざわざ、ありがとう。でも、どうしてあなたが知っているの? あなたは、何者なの?」
一メートルという近距離を保ったまま、冷静になるよう自分に言い聞かせながら、柚葉は男に尋ねる。
どうして櫂人と全く同じ容姿をしているのか、世界に三人は同じ顔がいるように、それは偶然なのだろうか。
だが、男は答えることなく、肩を落とし、ようやく柚葉から視線を外すと、ぎゅっと口を結んで、俯いた。
「言えないなら、無理して言わなくても――」
「正しく貴女を導くのが、私の役目」
それだけ告げると、男は踵を返し、歩みを早めてその場から去ろうとする。
「答えてくれて、ありがとう」
去って行く男の背中を見つめながら、柚葉は呟いた。
聞きたいことは山ほどあるが、男にはきっと言えない事情があるのだろう。
そう考えて、無理に問いただすこともないと、また会えるだろうとも思ったので、追うのを止めた。
だが、その呟きは、しっかり男の耳に入っていた。
(私は貴女に優しくされる資格がないのに、どうして、そんな……)
振り返ることなく、森の暗闇に溶けるように消える男は、黒いコートの裾をぐっと掴んだ。
「ありがとさん、ウィーグ」
時同じくして、森の奥にある開けた広場では、ライヤは横たわった大木に背を預け、座っていた。
ライヤの肩に止まっているのは、それは珍しい鳥、鷹のウィーグである。
鋭い嘴は黄色く、凛とした瞳は、眉根を寄せた主人を映し、汚れのない白い翼をしまって、少しずつ主人に近づき、その頬に頭を擦りつけては元気になってほしいと、思っていることを伝える。
ライヤの手には文字が書かれた白い紙が握られており、ため息をついては空を見上げていた。
「どうしてこんなことに、なってしまったんじゃろな」
キキッと鳴き声で返事をするウィーグは、ライヤの視線の先にある夜空を見つめた。
雲がないわりには、視力の良いウィーグでさえ三つの星しか捉えられない程、星の数が少なかった。
「奴じゃないと、信じたかったんじゃ……って、ウィーグに言ってもわからんよな。すまんの」
そう言って頭を優しく撫でながらも、心ここにあらずと言った様子のライヤは、再び視線を下ろし、ウィーグが持ってきた手紙を読む。
「――とにかく、もう俺のところに来るんじゃなか。ウィーグは生きたいように、生きるぜよ」
いつまでも一人でいると、仲間に怪しまれてしまうかもしれないと思い、ライヤが立ち上がるとき、肩に乗っていたウィーグは重荷にならないようにと羽を広げて宙に浮く。
久しぶりに再会できたのが嬉しかったのか、ウィーグは後をついていこうとするが、それをライヤが追い払うようにしてわざと遠ざける。
寂しそうに、キキーッと鳴くも、ライヤは「すまん」とだけ言うと、ウィーグを背に、森へと闇へと消えていく。
(……もう、誰も傷つけたくないんじゃ)
小鳥の囀りが朝を告げる森の中で、すでに消火された焚火の炭を囲い、五人は頭を悩ませていた。
「はぁ、運が悪いぜ」
柚葉から次の目的地の話を聞いた彼らは、顔を曇らせては、ため息をつく。
ライヤによればロセリア王国の城内に、リウム洞窟への入り口があるらしい。
「それに、干潮のときしか入れん。加えて、一時間もすれば浸水で満たされ、息もできないんよ」
ロセリア王国はセシール王国と同じように、海に面した立地に建国している。
なので、城下に広がる洞窟も海と繋がっている。
洞窟内は迷路となっており、一度迷えば戻ってこられない。
実際に一騎士団がリウム洞窟の調査を行ったが、誰も帰って来ず、それから半年も経過した時点で死亡したとされている。
そのため危険領域と指定されており、それ以来誰も入っていないと言う。
「やけに詳しいな」
「……ま、ロセリア一の情報屋とも呼ばれているからの」
「本当に!?」
「さあの?」
一瞬、目を輝かせた柚葉であったが、はぐらかされたため、その話の信憑性が薄くなった。
だが、それ以上誰もライヤに深入りはしなかった。
口が笑っていても、目は笑っていなかったからだ。
「最優先すべきは、二人が海の護神の力を得ることです。昨日のことを考えれば、おそらくライヤと柚葉しかリウム洞窟に入れないでしょう」
「そうだね。同時に、事件の真犯人は見つけられなさそうだもんね」
眉ひとつ動かさずに、ライヤはその言葉を聞いていた。
「顔を知られていないロッカスは城下町に待機し、俺とレイは町の外で待機しましょう」
「その案に乗った!」
「ただ、二人が安全に、しかも城内に入れるのかどうか……」
レイが不安をこぼしたとき、ライヤは「大丈夫じゃ」とそれを制した。
どうやら、何か策があるらしい。
立ち上がると、背後に隠していたルシトのナップザックから、ある衣装を取り出す。
それは、ロセリア王国の兵士の服装である革鎧やら小手などであった。
覚えのない持ちものがでてきて、ルシトは目を丸くする。
「な、いつのまに……」
「ちょうど二人分あるぜよ。これで切り抜けられるはずじゃ。柚葉、一緒にあっちで着替えるぜ――」
隣で胡坐をかいていたレイが右膝の関節部に蹴りを食らわし、反対隣りにいたロッカスが得意の突きを、左膝の関節部に見舞う。
その後、ライヤがどうなったのかは言うまでもなかった。
ロセリア王国に来るのは二度目だが、前回とはうってかわって雰囲気が違う。
明るく陽気な音楽が流れていた城下町は今や、人気がなく、歩いている人は皆が俯いている。
(国王が亡くなれば、こうなるのも無理はないだろうけど)
皆がみんな、喪に服したとしてもあれから数日は経過したのだ。
それでも誰もが暗い雰囲気を纏いながら、必要最低限の買い物だけをするために外出したような、お洒落とは程遠い格好をしている。
音楽がなければ、踊る人もいない。
柚葉は、この原因が他にあるのではないかと考え始めていた。
噴水広場を通り抜け、ゆるい坂を上って行くと、城門の後ろに大きな城がそびえ立っているのが見える。
ばれてしまえば、一巻の終わりだ。
「もしものときは、風の力があるから大丈夫じゃ」なんてライヤに期待させてしまい、「実は使い方がわからない」なんて言えるはずがなかった。
明るく振る舞い、「任せて」と言って自信ありげな笑みを浮かべた自分を悔いても、もう遅い。
兵士は皆が男性であり、女性の兵士なんてものはないらしい。
なので、柚葉は一切喋らないようにと、ライヤに何度も釘を刺された。
城門前には、検問するための兵士が二人で立っていた。
マール王国のような抜け道はなく、城内への入り口は此処しかないため、正面突破するほかなかった。
突き刺さるような視線を感じる柚葉であったが、それに怯える様子を見せずに、正々堂々と歩いて見せた。
二人が城門をくぐろうとしたところで、予想通り兵士に止められる。
「何ですか?」
「暗号を言え」
普段よくわからない口調をしているライヤでも、このときばかりは標準語で話している。
だが、いきなり暗号と言われてもわかるはずがないと、柚葉は黙っていながらも手に汗を握っていた。
「国王ラシールに栄光あれ」
淡々と言い切ると、「お疲れ様です」と手を額にかざし、ポーズをとって見せた。
ライヤが暗号を知っていたことに安堵した柚葉が、思わずため息をつくと、同じようにして兵士を労った。
これで通り抜けられると思い、二人は城内に入ろうとするも、眼前に槍を突きだした兵士が、通せんぼする。
「それは昨日の暗号だ。事件が起こってから日替わりしていることは、今朝説明していたではないか」
「……あぁ、そうだったな」
再度窮地に立たされる二人を救ったのは、風だった。
ピュゥゥゥと吹く風が、変装した柚葉とライヤを吹き飛ばし、城内へと強制的に入城させる。
検問を行っていた兵士が後を追おうとすると、それ以上の追跡は強風が許さなかった。
突如吹き荒れた強風に立ち止まっているのがやっとで、踏ん張らなければその場にいられず、兵士は保身を優先し、追うのを諦めた。
「あれは、柚葉かの」
「ううん、ロッカスだと思う」
改めて、ロッカスに風の力の使い方を教えてもらおうと、そう思った。
二人は入城し、入口を守っている兵士に一礼すると、大広間へと足を踏み入れる。
先を歩くライヤの後を、柚葉がついていく。
リウム洞窟の入り口がどこにあるのか知っているライヤは、大広間の突きあたりまで歩くと、右手に階下へと続く石畳の階段を下りていく。
ランプが一定の距離で壁に掛けられており、その灯りが暗い階段と牢屋を照らしていた。
洞窟が近いせいか、少しだけ湿っているのが靴底を通してわかる。
「何の用だ」
階段を下りきったところで、一人の兵士が眠そうな目をこすりながら聞いてくる。
「交代するよう、隊長に仰せつかった」
「……助かるが、二人でか?」
牢屋の守衛は、兵士一人が行うものであるため、不審に思うのも仕方ない。
「あのランプが壊れたため、修理に来た兵士だ。用を済ませば、すぐに出ていく」
守衛の背後に見える、一つだけランプが灯っていない箇所を指さしたライヤの言葉に、柚葉は頷く。
渋々頷きながら、とにかく眠りにつきたい兵士は腰に下げた牢屋の鍵をライヤに渡すと、「よろしく」と言ってその場を去って行った。
それを見届けると、ライヤは柚葉を奥へと誘い、一人だけ収監されていた牢屋を過ぎて、さらに階下へと続く階段を降りていく。
「こんなところ、よく知ってるね」
「情報屋に不可能なんてないんよ」
振り返ることなく、螺旋状の階段を降りていくと、水滴が固い岩に当たる音が聞こえてくる。
下りきった先には、『危険領域のため、立ち入り禁止』と書かれた看板が立てられており、その向こうには人一人が身を屈めて入れるくらいの小さな扉が閉ざされている。
「……じゃ、行くぜよ」
リウム洞窟へと続く頑丈な扉は、鍵がかかっておらず、二人がかりで開けば何とか開きそうだ。
鍵をかけなかったのは、おそらく、この洞窟で行方不明となり、すでに死者として扱われた騎士が戻って来た時の為に、開けておいてあると言う。
ギィ――と重々しい音を鳴らしながら、扉を開いた二人が見た光景は、不思議なものだった。
洞窟だと言うのに、照明がなくても、湿った地面に残る水たまりが煌めいて、それが洞窟を照らしていたのだ。
迷宮とも言われるリウム洞窟は、入口からすでに三手に分かれていた。
ライヤは湿気のある洞窟に足を踏み入れ、藻が生えている地面で転ばないようにと柚葉の手をとり、こちら側へと来させた。
その後、ポケットからかなりの長さがある丈夫な紐を取り出し、扉のドアノブ部分にぐるぐる巻きにして取り付ける。
「さすがライヤ! 準備万端だね」
柚葉が感心しているも、この洞窟は干潮から一時間で、海水で満たされてしまうため、ライヤは返事をすることなく、先へ行こうと急かした。
珍しく、彼が余裕を見せなかったことに、今置かれている状況を改めて知る。
不思議な光景に目を奪われている場合ではなく、煌めく海水に触れてみたいのを我慢して、ライヤと扉をつなぐ紐を手に取り、真ん中の道を進んでいくライヤに続いていこうとしたそのとき。
『よくぞ参った、我が護神と戦神子よ』
「……これが、例のあれかの」
「うん」
ライヤは、正体不明の誰かによる心話を初めて体験した。
パルマ山でも同じことがあった柚葉は、驚くことなく冷静に聞いている。
『試練は既に始まっておる。まあ、せいぜい死なないことだな』
「俺たちはどうすればいいんじゃ」
『俺たちだと? 誰が二人で行動しろと言った?』
嫌な予感がしたライヤが、後ろにいるはずの柚葉に振り返ると、既に彼女の姿がなかった。
「柚葉を何処にやったんじゃ? 今すぐ返すぜよ」
『我が護神が戦神子を見つけたらな。まあ、こんな広大かつ入り組んでいる洞窟で、一時間もない中で見つけられるとは到底思えないがな。怖いなら、今すぐ引き返すがよい。今なら、見逃してやる』
「ククク……何を言っとる。俺の覚悟も知らんで、そんなこと言うもんじゃなか」
誰も傷つけない、そう決意したライヤは、どこで見ているかわからない者に対し、余裕の笑みを浮かべながらも内心、焦っているのを隠していた。
『それならよかろう。試練開始だ』




