9話 坂道を懐かしいみんなと上る。
もう昼下がりの頃合いだった。
資料館での見学を終えた俺達はその近くにある長い坂道を上っていた。
ここを上った先、徐々に舗装された道は山道になっていく。そしてその先にあるのが今晩泊まる自然の家なのだ。
「あーつかれたー」
紘一郎がそんな事をぼやきながら先頭を歩いている。
海が近いせいか風も強い。おまけに湿っぽくて顔が妙にべたつく。
紘一郎はシャツをしきりにぱたぱた扇いでいる。
「あいつ、一番元気じゃん」
桑園がそんな事を言って笑いかけてきた。意図してか意図せずか、その横を歩いているのは美原灯子だった。
俺はそんな二人を見ながら後ろも気にした。少し離れて白石と久瀬が並びながら歩いている。
途中市電に乗ったけど基本ずっと歩きっぱなし。バド部で鍛えられている美原と違って女子二人にはこたえるはずだ。
懸命に追ってくる二人の後ろにはこれまで上ってきた景色が見えた。緩やかな傾斜の向こうには青い海が見えていて、対岸の街並みがミニチュアみたいに敷き詰められている。
「久瀬さんたち、疲れた?」
「大丈夫大丈夫」
そうは言うけれど、二人ともうっすら額に汗が浮かんでいる。
携帯を開くと集合時間にはまだ全然間に合う時間だった。
「どっかで休まない?」
前を行く三人に声を掛ける。
程なくして辿り着いた公園の四阿に俺達は転がり込んだ。
「結構疲れたな」
「でも全然間に合うでしょ、私ちょっとジュース買ってきていい?」
美原たちは相変わらず元気だ。
一方で白石と久瀬は資料館にいた時よりもおとなしくなっている。
「ほんと大丈夫?」
「坂道がね……」
白石が座りながらスカートの裾を摘まんでぱたぱた。紘一郎のように風を送っている。そういう仕草はやめてほしいので俺は露骨に顔を逸らした。
「あとどれくらい上るの?」
「山道も少し歩くみたい。でも、三十分くらいじゃない?」
しおりに丁寧に印刷された地図を見ながら答える。聞いていた白石は天を仰ぐようにして絶望していた。
「でも、まあそれが終わったらあとはご飯でしょ? ゆっくりできるかなあ」
「結構ハードだったよな」
久瀬が隣でごくごくとスポーツドリンクを飲みだす。
「おいしい?」
「うん。二見君は飲まないの?」
「水筒に入れてきたから」
取り出して俺も飲む。二人でラッパ飲みしていたら、離れたベンチの紘一郎が立ち上がり手を振り始めた。
「おーい!」
見ると、公園にやってきたのは同じクラスの班だった。その中には豊川もいる。
「おー、みんないるじゃん。どうだった?
「余裕そうだなお前ら。俺達あの坂上ってきたんだけど」
そう言う紘一郎も余裕そうなんだけどな。やり取りを見ながら俺は笑いがこみ上げた。
「うちらはこの近くの教会見てたんだよね。めっちゃ綺麗だったよ? そっちの班は行かなかったの?」
豊川は四阿ですっかりくつろいでいる俺達を見て笑いながら言った。
「もういいって。はやく休みてー」
俺達の代わりに紘一郎が答える。豊川は呆れたように笑いながら、俺たちの方にやってくる。
「秋良―!」
豊川は四阿までやってくると空いているスペースにすぐに座る。相変わらず自由奔放だった。
「豊川たち、教会見てきたんだって?」
「うんうん。びざんちんなんとかの建物なんだって。綺麗だった」
ビザンチンな。言い方がたどたどしい。
豊川は目じりを細めながら俺達を微笑ましいものでも見るような視線を向けてくる。
「ここの班はどこ見てきたの?」
「領事館でしょ? あと資料館も見てきたよ」
「資料館?」
白石が答えるが豊川はそういう場所がある事すら知らないようだ。首をかしげるとポニーテールが傾いた重みで勢いよく垂れる。
「博物館みたいな感じ。剥製とか化石もあった」
「へー! 楽しそう、あと涼しそう!」
俺が答えると豊川が目の色を変えてはしゃぐ。
久瀬もそれを見て楽しそうに身を乗り出した。
「いろいろあったよね」
「へえ。結月は何見たの?」
「私は掛け軸かなあ。なんか古くて雰囲気がすごいの。ドラゴンが描かれてて綺麗だったなあ」
「ドラゴンって」
俺は思わず吹き出してしまった。
久瀬の口から出てくる言葉じゃないなと思ったのだ。
「結月渋いの好きだねえ」
女子たちはそんな事をテンション高く話している。
普段、豊川はクラスの誰とでもこんな風に打ち解けられる。だからだろうか、おとなしかった久瀬や白石も影響されてよく喋るようになっていた。
「秋良は?」
「俺? 化石かなあ。骨格標本」
「なに化石って」
男子の一人がやってきた。興味津々の顔をしている。
「化石あるんだって。カ・セ・キ」
豊川がすぐに伝えるとその男子は俺の方を見た。
「へえ。恐竜とか? 俺らも行けばよかったー」
「マンモスとかあったよ。あと首長竜の骨だっけ?」
「えっ」
白石と久瀬に確認するけど、二人ともそこまで化石は好きじゃないのか少し困っているようだった。
久瀬に掛け軸のドラゴンは好きなのにマンモスの骨はだめなのかと問い詰めたくなった。
「それってこの辺に住んでたの?」
「そうみたい。信じられないけどな」
豊川にそう答える。豊川は聞いた途端、何か悪戯でも思いついたように口元を吊り上げてみせた。
「へえ、じゃあハルキモニアの化石は? あった?」
「あそこに今も生きてるのがいるよ」
桑園を指さすと豊川が思いきり笑った。
「あはは! 秋良! 桑園のことハルキモニアって言ってる!」
何が面白いのか俺の背中をばんばんと何度も叩いてくる。シャツ越しでも柔らかな手のひらで弾かれる度にバチバチ痛む。
「桑園君ってハルキモニアって呼ばれてるの?」
「そうそう、誰が言い出したんだっけ!?」
そう言って久瀬たちに一学期の頃の話を始める豊川。
俺は今まさに女子たち話題になっているかわいそうな桑園の様子を見てみた。
合流した他の班も加えて何か楽しそうだ。その中には美原もいる。
そんな風に俺達は小一時間休憩する。
「そろそろ行かねえ?」
化石の話に興味を持っていた男子の提案で俺達は二班で公園を出る。
さっきまではたった六人だったけど、こんなに人がいると頼もしい。ここから先に待ち受けているという山道も全然不安じゃなかった。
「面白いね、豊川さん」
「あいつらのグループ、桑園に酷いんだ」
久瀬に教えてやると苦笑いしている。でも、さっきほどじゃない。
多分、クラスの他の男子を簡単に笑っていいのか、判断に困っているんだろう。
「桑園のやつ、カッコつけすぎなんだよ。久瀬さんもそう思わない?」
「面白いけどやりすぎだよね、あれは」
くすくすと笑いながら久瀬は前を見ている。
と、不意にその顔がこちらを向いた。
「二見君はそういう風にしないよね」
「え?」
切れ長の瞳は真上からの陽光に当たって明るい琥珀色に透かされている。
「いつもみんなに優しいし、すごく気を使ってると思う」
「そう見えるの?」
久瀬はきゅっと唇を緩ませて頷いた。
「でも二見君って話したらすごい楽しいよね」
その笑顔も言葉もあまりに自然と久瀬から出てきたので俺は少し固まってしまった。
「そ、そう?」
「うん。あんまりがつがつしてないし。結構女子の間でも人気だよ」
「え、そうなの? 冗談だろ」
それを聞いた久瀬は少し困ったように笑った。
――そうか、そうなんだな。
「マジか」
俺はこれ以上久瀬に問いただすのは何となく良くない気がして笑ってごまかした。
女子同士いつもいる久瀬が言うなら本当にそうなのかもしれなかった。
歩きながら、いつか見た寄せ書きの光景を脳裏に浮かべる。
確かに、最後の寄せ書きで女子も割とフレンドリーな事を書いていてくれた。殆ど俺は女子とは接点なかったのに、いろんなメッセージで普通に労ったり励ましたりしてくれていたんだ。
俺が転校するからの社交辞令とか気遣いなのかもしれない。そう思っていた。
でも、俺は自分で思っていたほど女子に嫌われていたりしなかったんだな。
それ自体が自惚れみたいに思えたけど、久瀬の顔を見ているとそんな風に考えられてしまう。
「もう少しで自主見学も終わりだな」
「まだ、あるよ」
坂の終わりを見つめながら久瀬が呟く。
「キャンプファイアーに肝試し。あるんでしょ? 私、そういうの結構好き」
「そうか」
にこりと肩を竦める久瀬。
「あ、灯子!」
そんな久瀬は美原たちの方に行ってしまった。
確かにこの行事はまだ半日以上残ってる。
でも、俺にとってはこのたった数時間が楽しかった。
こうやって、限られたメンバーだけの班で街をまわる、それだけでも十分過ぎるくらいに楽しかったんだ。




