8話 昼下がりの彼女はどこか眠たげ
「二見君」
はっとして起きると、寝汗をびっしょりかいていた。
「え、あれ?」
ぼやけた視界はすぐに戻り、目の前にいたのは美原だった。
いつもは気丈そうな顔をしている美原が心配そうにこちらを見ている。
「ごめん。寝てた?」
「すやすやしてたよね」
そう言った途端美原の表情がほぐれる。すぐ近くの久瀬や白石も笑顔だった。
そうか、俺あのまま寝てたのか。
「そろそろ降りるけど大丈夫?」
「うん」
窓の景色は海沿いを走っていた。そろそろ目的地らしい。
どれくらい寝てたんだろう。俺は携帯を取り出す。市電に乗る時刻から逆算したらほんの十分にも満たないらしかった。
「二見君ケータイ持ってるんだ」
「え? ああ」
美原は興味深そうに言った。なんだろう、自分も欲しそうなそんな言い方だった。
そこでようやく、この頃はまだ誰もが携帯電話を持っていたわけじゃなかったことを思い出した。
「この班、他に携帯持ちいる?」
「八雲君くらいじゃない?」
「え、そうなの?」
意外だ。あの文明の利器と縁遠そうな紘一郎がこの時代最新のガジェットをいち早く持ち歩いているなんて。
そう考えたらここがかなり『現在』と異なる時代だったんだなあと実感させられる。
「もし何かあっても携帯あったらすぐ連絡つくし安心だよな」
桑園がそう言って美原に同意を促すような笑みを浮かべた。
その瞬間、次降りますの音声が響く。
紘一郎は得意げな顔で天井のボタンに長い腕を伸ばしていた。
「じゃあ降りよっか」
さっさと降りていく美原を見送りながら、桑園は苦笑いしてそれに続く。
「そうか、いろいろ違うんだよな……」
「二見君。まだ寝ぼけてる?」
久瀬にそんな冗談を言われるのが何となく嬉しい。そんな風に思ってしまう自分がいた。
俺の提案したラーメン屋で本当に昼食を済ませたこの班のメンバー。
午後の郷土資料館の場所を確認しようという話になった。
「とりあえずここなら記事にできるの、たくさんあるよね」
テーブル席では桑園と美原、そして白石が中心になって『しおり』に印刷された地図とにらめっこしている。
「二見君」
すみっこで話し合いに混ざらず聞いていた俺に久瀬が話しかける。
「ラーメン美味しかった」
目を合わせるとそんな事を言ってにっこりと微笑んだ。
小柄な久瀬には量が多かったのかどことなく眠そうだ。満腹なんだろうか。
「まさか本当にラーメン屋行くことになるとは思わなかった」
「灯子が却下するって?」
「うん」
美原ははっきり意志を表示する女子だ。それは知っていたので最初の話し合いの後にダメ出しされると思っていたが通ったのは意外だった。
「この後きつくない?」
「私? だいじょうぶだよ」
久瀬は弛緩したような笑みを浮かべた。ラーメンの満腹感のせいかいつも以上にのんびりしている。
何となく、この時間がとても失いたくないものに感じられた。
今この時間だけは、これまでの事とか一度目の時間とか、そういう過去のしがらみを考えないように、そういう風に本気で思えてくるのだ。
「眠そうに見えるけど?」
「二見君みたいにすやすや眠らないよ」
「やめてくれ」
嫌がると久瀬が笑う。こんな会話をすることになるなんて。
「久瀬さんってこういう女子だったんだ」
「え?」
「なんか、こういう冗談言うんだなって」
それを聞いた久瀬はちょっと不満げだった。
「どういう意味?」
「真面目で頭もいいし。何か意外だった――ラーメン食べるのとか」
「食べるよ」
久瀬が笑う、俺も笑う。なんだこれ。
こんなバカみたいな会話をしている自分がおかしかった。
「二見君、河野君たちと話してる時みたいだね」
「えっ?」
「ほら、女子とあんまり話してるの見たことないから」
久瀬からそういう言葉が出てくるのは意外だった。
河野達とバカやってるの見られてたんだな。
いつも美原たちと一緒にいて固まって話してるからそんな風に見られてるとは思ってもいなかった。
「俺も――」
「なに?」
「おーい」
そこで紘一郎が俺達を呼ぶ。
隣の桑園たちもそれに気づいて俺達を見た。
「聞いてんのお前ら」
「「えっ」」
微妙な空気が流れる。
「二人して仲良さそうじゃねえか?」
「八雲!」
直後、美原が紘一郎にしおりを押し付けると笑いが起こった。
「そういう風に茶化すな!」
「ええ!?」
そう言えば、八雲と美原は小学校同じだったんだよな。
このやり取りを見て思い出した。
テーブルのみんなが笑う。
くすくすと口元を隠している久瀬を見ながら、俺はさっき言いかけた言葉の続きを反芻した。
――俺も。
俺も同じだよ、久瀬。
ずっとずっと知らなかった。美原たちと一緒にいるところ、遠くから見たことはあったけど。
お前がこんな女子だってこと、知ろうともしなかったんだ。
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