7話 見知った街、懐かしい景色。
バスに揺られる事、約一時間半。
俺達の宿泊研修が始まった。
学年全体がバスの広場の隅に集められ学年主任が拡声器から無駄に大声を飛ばす。
集合時間には必ず間に合うように、もし計画に無理があったら行程を切り上げてもいい。あとは迷惑にならないようにといったマナーの諸注意が終わる。
「よし、終わった?」
俺の隣で体育座りをしながら狸寝入りをしていた紘一郎がとぼけた事を言う。
「それでは生活指導の中野先生――お願いします」
がっくりと紘一郎が肩を落とす仕草に俺達の周りだけで小さな笑いが起きた。
そうそう、これなんだよな。ようやく長い話が終わったと思ったら第二弾があるんだ。
さっき聞いた話を薄めて伸ばしまくったような似たような注意の後に、俺達はようやく自由に行動することを許される。
「よし、行こ!」
リーダー格の女子、美原が進んでいく。その後ろにはもう一人の女子と久瀬。みんな並んで歩道を歩いていく。
ちらと横を見ると、竜野たちの班は早速別方向に行くようでどんどん離れていく。
他のいくつかの班も最初こそ同じ道を歩いていたが、徐々にまばらになっていった。
♦ ♦ ♦
第一の見学場所、領事館に着いた。
なんでも明治時代にイギリスからやってきた使節が使った建物らしい。
この街は大人になっても暮らしていて、もしかしたら出かけるついでに足を運んだこともある。それでもこうやって当時のクラスメートと訪れるのは胸がわくわくした。
「二見君もこれね」
美原から言われるまま頷いて受け取る。
二つ折りの小さなパンフレットを見ながら、思った。
「俺、ほんと自分でこういうの取らないな」
同じクラスの他の班も来ているようだった。
ルートは違っても目的地が同じだとこんな風に鉢合わせする。
紘一郎は早速他の班の体育系とツルんでいた。俺達の方に戻ってくる気配がない。
「これすごくない?」
美原が天井に下がるシャンデリアを見て歓声をあげた。
女子たちはこういうお城みたいな内装が好きなのか、みんな表情が明るい。
ふと、彼女たちの背中を追っていたら、久瀬の笑った横顔が見える。
「ゆづ、千歳! こっちこっち」
「かわいいー」
公開されている応接室にはアンティークのテディベアが飾られている。それを見て女子たちは黄色い声を上げていた。
久瀬も二人に負けないくらいにテンションが高い。
そして、見たものをバインダー付きのノートに書きこんでいる。
この光景をメモしているんだ。ずっとあとの時代ならみんなスマホで撮るだけだけど、この時代は違うんだと再認識させられた。
「全然話しかける隙ねー」
桑園が苦笑いしながら言った。
美原と組みたくてこの班を作ったのに、今のところ俺と桑園は後ろから追いかけるだけだ。
唯一、大柄で男女分け隔てなく好かれている紘一郎だけがあの三人と対等に渡り合っている。
俺はそんな班メンバーの様子を眺めていた。
「でさ。あの三人なら秋良は誰がタイプ?」
「またそういうの?」
「いいじゃん。言えって」
桑園が冗談交じりに小突いてくる。
「……美原」
俺は少し考えたあとでそんな事を口にしてみた。
「……マジ、か」
桑園は露骨に動揺したように口をパクパクさせていた。中性的な顔立ちが台無しだ。
「ごめん、嘘」
「秋良ってそういう冗談いう奴だったっけ?」
多分この頃の俺なら絶対言わない。だけど敢えて言ってみたのだ。
予想しない展開に桑園は少し混乱しているようだった。
「ほんと嘘だから。冗談。だいたい、桑園が美原の事好きなら邪魔したくないし」
「元々好きだったとかないよな?」
「それもない。そもそも面識ないし」
「ほんと?」
「ほんとだって」
何故か何度も確認される。いつも軽口を飛ばして飄々としている桑園の顔が割と真面目になっていた。ほんとに美原の事好きなんだな。そんな迫真の表情だ。
小さく息を吐く。
「俺、美原と話したことないんだよ。確かに顔は可愛いと思うけど、好きになるかっていうと話は違わない? 俺それにそういう感情まだよくわかんないし」
「うわ、めんどくさいなあ」
桑園は言うが本当だ。ちなみに向こうの世界でも独身を貫いていたような気がする。
「大体さ。桑園は俺がそういう性格なの知ってるだろ?」
「シャイだなあ。遠足の時もお前だけ教えてくれなかったもんな」
そう言いながら桑園は笑った。
確かに、俺はシャイだと思う。あれこれ考えて自分の思い上がりだと感じてしまう。
だから、異性にしろ同性にしろ腹を割った話があまりできないまま青春時代を終えてしまったのだ。
でも、今度はいろいろちゃんと話そうと思って生きている。
「よし、絶対今回の研修でお前のタイプ聞き出してやるぜ」
桑園はそんな風にかっこつけたセリフを吐きながら、美原たちを追いかけていった。
切符で市電に乗るのは二度の人生を合わせても初めての経験だった。
そもそもこの街での暮らしは車か自転車で十分なので、子供の頃はこういう路面電車に乗る機会がそもそもなかった。
大人になったら交通ICが当たり前だったのでなおさらだ。
「うわー、すげえ」
紘一郎が感嘆しながら車窓に張り付いている。周囲に地元のじいちゃんばあちゃんがいてもお構いなしだった。
美原が座っているその正面につり革を持った桑園が立っている。美原に話しかけているが苦心しているようだった。
「二見君、楽しい?」
不意に隣にいた同じ班の女子、白石千歳が俺に尋ねた。その更に横では久瀬が俺の様子を窺うように顔を出していた。
「なんで?」
「疲れてない?」
白石は探るように言うが、確かに俺は相当眠かった。
「昨日あんま寝れなかった」
「わくわくしたの? かわいい」
白石はそう言って久瀬と顔を合わせる。かわいいって……
「バスで寝れば良かったのに」
「ずっと横で河野たちがうるさいから寝れなかった」
「二見君、河野君たちと仲いいよね」
白石は言いながら市電をぐるりと見渡した。周囲を見渡しても、同じ中学の制服を着ているのは俺達六人だけだ。
「いつも男子で固まってるからこうやって話す機会なくない?」
「そう?」
「河野君たち、女子と話してるの見たことない」
白石はそう言って久瀬にも振る。二人は何かにやにやしていた。
「確かに。あいつそういうの苦手かもな」
俺もなんだけどな。思ってはいたが口を出して出てきたのは他人事の言葉だ。
「二見君も女子苦手でしょ?」
「そう見えるの?」
「うん。緊張しなくていいからね?」
そう気遣われた。
「緊張してないけど」
「あはは。二見君ってこんな感じなんだね」
答えると久瀬にまで笑われた。河野たちと楽しくやっているつもりだったけど、こういう女子だけのグループからしたら近づきにくい存在だったのかもしれない。
久瀬と白石は二人してしばらく俺にそんな冗談を話しかけていた。




