6話 居残り計画
その日の放課後は早速、班行動の話し合いになった。
全員ではないが教室は帰りのHRが終わっても賑やかさを保っていた。
九月のそれもまだ初め。窓の外の木々の間延びした影が教室を覆っているが全体的にまだ明るい。
「じゃあ、始めよっか」
桑園がこの班を主導していた。
組みたいと言っていた美原は部活でこの場にはいない。美原以外の五人が机を合わせて話し合いのテーブルについていた。
紘一郎と、女子一人、それから久瀬。俺は相次いで班メンバーを見渡した。
「先生からもらったプリントに行ける場所書いてるけど――」
会社の会議とは違って、同じ学校でずっと顔を合わせてきたメンバー同士の集まりだ。特に挨拶もなく話し合いは始まる。
進行役は桑園だった。
「男子はどこ行きたいとかあるの? 灯子は領事館見てみたいって言ってたけど」
美原と仲のいい女子がそう主張する。久瀬はその横で穏やかな表情で状況を見守っていた。
「俺、ここの市電の乗り方わかんねーんだけど、お前ら乗ったことあんの?」
紘一郎がそんな質問を飛ばす。
俺はこの街を知っているはずだった。有名な観光スポットは変わらないけれど細かい部分は全く変わってしまっているところも多いだろう。
市電だってそうだ。俺がいた時代は交通系ICカードになっていたけど、この頃ってそういうの対応してるんだろうか。
「ああ、それね。一応一日自由に使える切符配られるって。だからこの路線の範囲内で周ったほういいと思う」
「じゃあ、ここもよくない? 郷土資料館だって」
机の上に広げた観光マップを指さすその女子。久瀬はその横でうんうんと頷いていた。
こうやってみると、久瀬はグループ内でもやっぱりおとなしい女子なんだな。普段美原たちとは割と談笑してるイメージがあったけどこうやって五人で集まっても発言は自分からしない。
「秋良」
不意に、向かい側に座っていた紘一郎が俺の机に手を伸ばしてきた。
「お前、どっか行きたいとことかねーの?」
でっかい手のひらがとんとんと机の上を小突く。
俺は観光マップをじっと見る。そしてよく考えてみた。
「ラーメン」
「は?」
「いや、ラーメン食いたい。ここの名物だし」
班全員が俺の方を見た。何だこの間。
「二見君さ」
その女子は苦笑いをしながら、
「おじさん臭くない?」
そう言って可笑しそうに笑った。
教室の時計は五時を回ろうとしていた。
まだクラスメートの多くは残っていて計画を立てている。今日決めたものを各班の計画としてしおりにまとめるらしい。しおりね。懐かしいな。
途中にやってきた担任がそんな事を言っていたのを思い出す。
「秋良ー!」
ひと段落ついてそろそろ帰る準備も始めようかというタイミングで離れた席から豊川あさひがやってきた。
豊川の班も計画は順調に決まったらしく、どこか開放された表情をしていた。
「お、ハルキモニアいるじゃん」
そう言って隣でノートをまとめていた桑園にも絡む。ハルキモニアというのは桑園の下の名前の春紀と当時何故か流行っていた古生物のハルキゲニアを掛けたものだ。なんか女子に対して軽くてキモい春紀へのあだ名だった。ひでえ……
「あさひの班決まったの? どこまわるの?」
「んとね。迎賓館でしょ? あと近くにある教会何個か。あのへんアイス美味しいんだって、そっちは?」
桑園は変なあだ名が定着していても全く気にせず豊川と話している。こいつは男の俺から見ても顔はかっこいいし全然余裕って雰囲気がいつも出ている。
「大体同じだな。まあみんな行きたいところってかぶるか。あ、でもこいつさ、ラーメン屋行きたいんだって」
そう言って桑園は聞いているだけだった俺も会話に加わらせてくる。
「らぁめん?」
「ほら、ここに書いてんじゃん」
そう言って観光マップに確かに書かれている店を指さした。
豊川がちょっと興味ありありな目線でそれを見ていた。
「秋良。ラーメン、好き?」
「まあ……」
「えでも見学でこういうとこって行っていいの?」
「昼飯食べるの自由だし良いんじゃない? な?」
桑園はそう言って俺に同意を求めてきた。
「ふーん。てか秋良の班楽しそうでいいなあ」
マップを見ていた豊川が不意に身を起こす。
俺や桑園を見ながら結わえられたポニーテールをぷるんと揺らして見せた。
「班自由に作ろうって提案したのうちらだけどさ、何か思ってたのと違うんだよね」
「え?」
「いや、ここの班は灯子でしょ? あと千歳も結月もいるし、しっかりしてんじゃん? でもうちらはほんと大丈夫なのかなあって」
ずっと遠くを見ると、確かに豊川の班は活発そうなメンバーが揃っている。しかし、明確なリーダータイプは不在だ。引っ張っていくのが誰なのか見当がイマイチつかなかった。
「一応予定組んでみたけどさあ……なんか頼りないんだよね」
そう言って自虐気味に笑う。
普段豊川と一緒にいるリーダータイプの女子は他の班に行ってしまっているようで豊川が多分あの中じゃ一番しっかりしている。それが重荷になっていそうだった。
「ダメなら俺らと周れば。多分いけるっしょ」
「あははー」
そう言って、豊川は笑うのだった。
夕陽が豊川の髪をオレンジに照らしている。
けど、その笑顔にはいつも見せる太陽のような突き抜けた明るさは何となく感じられなかった。
どこか無理に表情を作っている。俺にはそう見えた。




