24話 二度とないこと
それからも俺と久瀬は付き合っている事は周囲には公表せず、日々を過ごしていった。
学校の授業での接点はなかなかなかったが、放課後は図書室で落ち合って勉強した。
人の来ることの少ない図書室最奥のスペースで密かに語らったり、そして一緒に帰ったり。残り少なくなっていく日々をそうやって消化していく。
美原や白石といった久瀬と仲の良い女子は放課後も彼女と一緒にいるものだと思っていた。
しかし、美原は部活、白石は委員会に出ることが多く、俺たち二人の間に割り込むものはいなかった。
そんな穏やかな限りある毎日を一週間ほど過ごした頃だろうか。
思ってもいなかったことがおきた。
「あっ」
廊下を歩いていたら、女子の気まずそうな声。気づいた俺も顔を上げると目が合った。
――豊川あさひだった。
俺達は足を止め互いを見たまま、硬直したような時間が流れた。
「よっ」
口火を切ったのは豊川の方だった。冬服のセーラーのタイを触りながら、俺に軽く手を掲げてくる。
俺もそれを小さく首肯で返した。
いつもそれぞれのグループで行き交うときは意識したことはなかった。
しかし、ちょうどこの昼休みの時間は一人で歩いていたからだろうか。
「おう」
自然と足を止めながら微妙な時間が流れた。
こういうとき、『じゃあ』とか言ってすれ違うのが無難な返し方なんだろうか。
だけど、俺はそのまま豊川の横を通り過ぎるのを躊躇していた。
「……」
せめて、転校するまでは。
豊川とは仲のいい女友達でいたい。
都合のいい話かもしれないけど、それが今の俺の正直な気持ちだ。
豊川は戸惑う俺をじっと見ていた。
けっして逸らすことは無い。何か言いたげな視線に俺はようやく声を絞り出す。
「こうやって話するの、久しぶりだね」
久瀬との事には触れない。豊川は薄々勘づいているかもしれないけれど、敢えて言う話でも無いだろうと思った。
「そうだね。いきなり転校するなんて言うんだもん」
豊川は少し寂しそうに笑う。
それ以上は言わない。
互いに言葉は交わさず、言いたいことだけは理解できているような、そんなやり取りが続いた。
転校したらきっと豊川ともう会うことはない。
ほんの半年だけど俺のことを想っていてくれた、好きでいてくれたこの女子。
そんな彼女に俺が返せるものは何も無いだろう。
でも……
「ごめんな、豊川。俺、豊川を傷つけた」
こういうのってほんとはダメなんだろうけど、それでも言わずにはいられなかった。
「あの時のこと、悪かったってずっと思ってる」
「謝んないでよ」
豊川は少し不満げだった。
「でも俺、豊川に何もしてやれなかった」
「いいよ。私も秋良の気持ち、捻じ曲げたく無いし。だいたい……」
人の気持ちは掻き乱すことはできても操ったり、考えをまるごと変えてしまうなんて無理だ。
豊川が小さく呟くのを黙って聞いていた。
ふと、こちらを見ている豊川のまっすぐな視線に気づいた。
「でも、秋良がそんなに悪いって思ってんなら……」
「え?」
耳の横から伸びた髪の房をそっと触りながら、豊川が上目で見つめてくる。
「じゃ、じゃあさ。遊ぼうよ」
「は?」
「で、デートとかじゃなくて! 私と秋良の二人で遊ぶの」
意を決したような、豊川の顔は真っ赤に染まっている。
「これから好きな人と本当のデートするんでしょ? なら、困らないように。どう?」
「ま、まあ……」
ほんとは分かってるんだ。
互いにこれは絶対にこの先もう二度と来ることのない時間だって。そういう時間の使い方を必死に考えて、豊川はこんな風な提案をしてきたんだ。
それに乗ることは結月に対して不誠実なのかもしれない。
でも、豊川をこのまま突っぱねることも俺にはできなかった。
結月とはこれからも会うことはできる。でも、豊川とは……
俺は――これからいなくなる俺は。
豊川あさひという女子に何を残してあげられるだろうか。
そんな考えが巡った瞬間、なぜか男友達の紘一郎や河野、桑園といった顔が浮かんだ。
それが、今ここではありがたかった。
彼女と俺の間に恋愛とは異なる、しかし何物にも代え難い思い出をひっそりと残しておきたかった。
「ああ、そうだね」
だから、俺は頷き返す。
豊川の瞳に色が戻った、そんな変化を感じた。
「どこ行きたい?」
短くてすみません。
ようやく執筆できる環境に戻ってきたので早めに続きを出したいです。




