22話 放課後のいつも
「秋良。今日はバスケして帰ろう」
その日の帰りのHRが終わってすぐ、俺の席に一人の男子がやってきた。
よく一緒に遊んでいた仲間の一人だった。
「もう何日も無いんだろ? やろう」
そいつは真新しいバスケットボールを既に持っていて、俺が断る前提を想定すらしていない。
「ありがとう」
ふと、結月の方を気にしたが、離れた席でも聞こえるこのやり取りだ。
視線で『大丈夫だよ』そんな風な微笑で小さく頷いてくれているのが見えた。
「よし、やろう」
さっさと帰ってしまいたい気分だったけど、せっかくの友人たちの誘いだ。俺はそれに乗っからせてもらうことにした。
「まわせ、秋良にだ!」
「ほら、アキ。撃て!」
すっかり葉も枯れて少なくなった並木の向こう。人のいない広い公園の、一つしかないバスケットゴール前は大盛況だった。
集まったのは十人近くの同じクラスの男子だ。学年トップの我がクラスが誇る天才の岸や、俺たちのグループとはあまりツルまない桑園なども来ていた。
今までは部活や習い事で誰かが来たり来なかったりだった。ここまで集まるのは珍しい事だ。
「秋良とやれるのももうそんなにないからな。今日は好きなだけシュート決めろよ」
そう言って、みんなが俺にパスを回してくる。
「ちょっと待ってくれ、流石にきつい」
いつもならパスの中継ばかりだった。こんな風にみんなの中心でプレイするなんてやった事がない。疲労感の他に妙な恥ずかしさもあった。
「相変わらず入んないね、秋良のシュート」
流石にきつくなって抜けた俺はベンチで休憩していた。そうしていたら桑園もやってきた。
二人で買ってきたペットボトルのジュースを飲む。俺はコーラ、桑園はこの辺の自販機にしかないキワモノの炭酸飲料だ。
「桑園、ほんとお前そのジュース好きだな?」
「え? だって美味しいじゃん。秋良飲んだことないの?」
「なんか匂い独特じゃない? 俺は苦手だな」
独特な芳香が隣の俺の辺りにまで漂ってくる。
俺達は今も賑わっているバスケットゴールを眺めた。
「うおおおお!」
紘一郎がダンクを決めると一気に沸き立つ。人のいない公園は寒空の下、どこか物悲しいけど活気に溢れていた。
それが俺の胸奥を少しだけ満たしてくれる。
紘一郎に河野に、他のみんなも今までこうやって一緒に遊んできた。一様に笑顔で縛りのない自由なバスケットを楽しんでいる。
あの中に俺もいた。
そして、これから先は俺だけいなくなるんだ。
そう思うとやっぱり寂しかった。
「寂しいの? 秋良」
桑園がぽつりと呟くように問いかける。
「もう少ししたら俺はあそこからいなくなるんだなって」
「悲観的でしょ。どうせ受験が近くなったらやらなくなるよ。二年の今だけだって」
桑園はどこか達観したような口調だった。
今という時間がずっとこのまま続くものではない。こいつもそれを知っているのだ。
「転校するの言わないほう良かったかな」
「え?」
飲み口から離しながら、桑園が俺を見る。
宿泊研修の夜、何となくあの場のメンバーだけに言い放った秘密はもう少し秘密のままにしておくつもりだった。
でも、打ち明けた事でみんながこんな風に俺に温かくしてくれる。
その中には今まで些細なことでで口論になったやつもいる。ほんとにくだらない理由だ。でも、今はこうして俺と一緒に思い出を作ろうとしてくれている。
「いろいろ気にしてる? 秋良はほんとお人好しだなあ」
「そう思う?」
「ああ。お人好しだよ」
ぐびりとボトルを呷りながら桑園は柔和な笑みを見せつける。
「桑園だから言うぞ、俺告白されたよ」
俺は唐突に桑園に打ち明ける。桑園とはいつもべったり行動を共にしてきたわけじゃない。でも、俺は誰かに言うべきか迷っていたことを桑園に言っていた。
柔らかな髪が秋風に揺れる。鼻梁に垂れた前髪の奥で、桑園は穏やかな目の色をしていた。
「そうか」
いつものように乗ってくることはなかった。
誰からだ? どう答えた? そんな風に食い気味に来るかと思っていたけれど、予想とは真逆のあっさりとした反応だった。
「豊川に呼び出された。その前にラブレターももらってたんだ。でも俺行かなくて、そうしたら告白された」
だからだろうか。俺は聞かれてもいないのにそうなった経緯を語っていた。
ラブレターを面白がっていた竜野にも、まして結月にすら打ち明けていない俺たちの間だけの秘密みたいに。
「ああ、豊川か。思い切ったことするな」
しばらくの間遠くの紘一郎たちのバスケを見ていたが、桑園は思い出したように言った。
まだ夕空は明るいが、ちょうど公園の街灯がちかちかと点灯する。
「春の遠足の時に同じ班だったろ? 俺と桑園とそれから今はあんまり話したりしなくなったけど稲葉だっけ?」
「女子の方は豊川のグループだったな。面白かったよな」
「ああ」
「あいつら明るいからな。話してて楽しいよ」
桑園はその頃の事を思い出して少し声が弾んでいた。
「俺、断ったよ」
「豊川の告白?」
「うん」
桑園は何も言わない。ただ俺の言葉をしんみりとした表情で聞いていた。
多分、これ以上理由を聞く気はないんだ、そう思った。
「だから、桑園は上手くやれよ。美原と」
「告白断っといてよく言うな。縁起悪いよ」
そう言って苦笑いしながら、もう一口飲むとそっとボトルのキャップを締める。
風に乗って作られたジュースの甘い香りが漂ってくる。
「俺、もう後悔したくないんだ」
「ああ」
「だから、転校する話もしたつもりだったけど」
でも、やっぱりもうちょっとここに残っていたいな。
切実に思う。
けど、それはもう無理な話だ。
「まあ、そっちも後悔しないように、さ」
かっこつけた風にタメを作りながら、
「上手くやれよ、秋良も」
そう言って桑園は白い歯を見せつけるようにして笑った。




