14話 この世界の答えを探す
宿泊研修を終えて数日が経った。
結局、あの晩に打ち明けたメンバー以外に転校の話はしていないままだ。
紘一郎たちも俺の気持ちを優先してくれているのか、他のクラスメートに漏らした風でもなかった。
中でも竜野が堅く秘密を守っているのは俺の中でも意外すぎた。
いつも、気の弱い俺を言い返さない事をいいことにいじってきたのに。こういうところで律義さがあるとは。
やっぱり、あいつ良いやつだったんだな。
ほっこりそんな事を思いながら、ノートを取るあいつの背中を見た。
今は数学の授業中だ。俺のもっとも嫌いで苦手な教科。
そのせいか、授業の話を聞いていてもあれこれ他の物事を考えてしまう。
このままでは、クラス全体に打ち明けるのはもう少し先の話になりそうだ。
もし、言ったらどんな反応をされるんだろう。
俺は自分自身のこれからについて真面目に考え始めていた。
確実に分かっているのは俺の転校時期だ。
いつ、あの時代にまた戻されるかもわからない。しかし、それ以前に二か月後に転校するのは差し迫った事実だ。
今日からの日々をどう生きるか、俺はちゃんと考えなくてはいけない。
――離れたくないな。
それが純粋な心の声だった。
せっかくあいつらとまたこうしてバカみたいにふざけ合えたのに、そして久瀬とも話をできるようになったのに。
前の人生で転校した日の細部はもう殆ど薄れかけている。
ただ、転校直前に急に打ち明けたこと。そのせいでみんなバタバタしていて話さないまま別れたクラスメートもいた事。そういう記憶だけはまだ残っている。
「二見、二見秋良」
「はい!」
前を見ると、少し苛立っている数学教師と目が合った。
「ここの問を答えろ。前に出て」
差し棒でぴしぴしと黒板を小突いた先にあるのは丁寧な字で書かれた数式の中の一つだった。
見ると、当てられた他の何人かは黒板に出てそれぞれの問題を解いている。
久瀬も割り当てられた数式をすらすらとチョークで書いている。迷うことなく答えへと到達しようとしている。
俺とは大違いだ。
結局俺は、当てられた問題が分からないまま。
苦し紛れに久瀬や他の男子の解法を真似してようやく解いたが、その答えは間違っていた。
「荷物、まとめてるか?」
夕食後、父が俺の部屋に来た。
「もう二か月も無いからな。要らないものは捨てるなり、片付けておけ」
「分かってる」
小学校時代に組み立ててから飾りっぱなしのロボットのプラモ、最近はめっきりやらなくなったカードゲームのバインダーは、まだ本棚に並んだままだ。
桑園と繋がるきっかけにもなったカードゲームの束を見ながら、俺は少し考えていた。
「なあ、父さん」
「なんだ?」
部屋を出ようとした父を引き留める。
「本当に転校するの? 俺辛いよ」
父はいつもの頑なさは表情に残したまま、しかし少しだけ眉を寄せて困ったような顔をした。
「すまんな。せっかく秋良にもいい友達ができたのに」
ここ数日の出来事は母にも話している。その経由で父ももしかしたら宿泊研修のことを耳にしたのかもしれない。
「俺だけここに残る事ってできないの? せめて高校に行くまで」
俺はそんな事を口にしていた。
未来を変えたい。そんな一縷の望みをかけたのだ。
もし、ここに残れるのなら。もう少しだけやり直すための時間があるのなら。
しかし、それがどれだけ無理難題かも知っているつもりだ。
高校ならともかく、中学校で下宿や部屋を借りてまで子供だけ残り続けるなんて聞いたことがない。
それでも――
「そんなことできるわけないだろう」
当然のように父は答えた。
俺の突拍子もない我儘だ。小さな頃はこういう事ばかりいってしょっちゅう怒られていた。
しかし、父はどこかしんみりした顔をして俺をじっと見ている。
「……」
今の自分なら自活するためのノウハウもある。金銭的に無理なら勉強しながらアルバイトでもすればいい。
でも、それはただここに残るためだけの行為だった。ここに物理的に残るためだけの。
何故、この時代に舞い戻れたのか。そして、俺は何をするべきなのか。
父の顔を見ていると何か違う気がする。
こういう事を言うのは『ルール違反』のような気がした。
「ごめん、父さん。ちょっと無理言った」
父はしばらくの間黙って俺を見ていたが、
「悪いな」
本当に疲れたようなため息をしながらただそれだけ漏らした。
「でもね、秋良の性格なら向こうでもすぐに友達は出来るよ」
「俺がお人好しだから?」
尋ねるとにっこりと皺まみれの笑みを浮かべた。
父はよく俺をお人好しだとか、人がいいとかそんな事を言って嬉しそうに笑う。
しかし、今日見せた父の笑顔はどこか寂しそうだった。
「じゃあ、とりあえず片付けとくよ」
「何か手伝ってほしかったら言えよ」
そう言って父は部屋を出ていった。
俺はまだ物であふれている思い出深い自分の部屋を見渡した。
埃を被って天井近くの棚の上に置いた地球儀も、友達が来てもあまり見せたくなくてビニールをかぶせた小さな頃のぬいぐるみも、開けっ放しのクローゼットから溢れかけている週刊漫画の山もあの頃の記憶のままだ。
この転校の未来を変えるために動こうとした。しかし、やっぱりこのリミットは変えられない。
今の世界の理を俺は知らないが、そのルールの根底を破る事だけはしてはいけない。
そんな気がしたのだ。
――転校まで、残された時間はもう一か月と半分だ。




