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13/23

13話 男子五人、本気のコイバナ

 男子五人の今晩寝泊まりする部屋に戻った頃には、時計の針は夜九時をまわろうとしていた。


「また汗かいちゃったよ。体べたべたして気持ち悪りー」

 紘一郎がそんなことをぼやきながら二段ベッドの梯子を上っていく。

 二段ベッドが四つ置かれただけの狭い部屋で、やることももうない。

 あとは寝るだけだった。


「外の奴ら、まだ騒いでんの? うるせーな」

 洗面所が近いせいか行きかう他の部屋の連中の声がここにまで聞こえてくる。

 俺達はさっさと電気を消して眠る準備に入った。

 二段ベッドの上で俺はすぐ近くにある天井を見ていた。

 どこか湿っぽい匂いのするシーツ。慣れない硬い床板のベッド。

 外はまだ騒々しいが、暗い部屋にいると五人の息遣いが聞こえてきそうだ。


「なあ」

 紘一郎が口火を開くように呟いた。

 こんな場所ですぐに寝られるわけがない。みんなそれが分かってるんだ。


「肝試し面白かったな」

「紘一郎ビビってたよな。声めっちゃ聞こえてきた」

「マジ?」

 くすくす笑っているのは俺の向かい側で寝ている竜野だった。


「あれ、紘一郎が吠えてたのか」

「人を犬みたいに言うな」

 紘一郎がムスッとした声で言い返す。

 くすくすという笑い声はベッド以外何もない部屋の中でよく響いた。


「寝れないな」

「ああ。何か話せよ二見」

「は?」

 竜野が俺に話を振ってくる。いつもの教室でいじってくるときのノリだ。

 俺は普段からこういう場で自分から話すのは慣れてない。しばらく黙りこくっていたら、


「じゃあさ、コイバナしようぜ」

 桑園がそんな事を口にする。


「お、いいな!」

 紘一郎も乗り気だ。こういう状況を純粋に楽しもうとしている、多分寝るつもりはなさそうだった。


「なんだよそれ」

 一方で紘一郎の下のベッド、唯一の一段目で寝ている河野だけは嫌そうな声を出す。


「いいじゃん、コイバナ。しようぜ」

「よし二見。お前からな」

「なんで俺だよ」

 竜野に言い返すとクスクスとみんな笑う。今にも噴き出しそうなのは吹っかけてきた竜野だった。


「アキはそういうの言わないもんな」

「お前もだろ河野」

 同じように冷やかしてくる河野に紘一郎が突っ込む。その時、丁度ばたばたと大きな足音がした。

 俺達は阿吽の呼吸で黙り込む。


「寝てるかー?」

 確認しに来たのは担任だった。こうやって一つ一つ消灯時間になった部屋を周っているのだ。


「寝てまーす」

「起きてるじゃねえか」

 竜野の答えに担任がすかさず突っ込む、布団の中でみんなが笑いを零した。


「先生のせいでみんな起きちゃったんだよ」

「そうだったのか紘一郎。明日早いから早く寝ろよ」

 引き戸がゆっくりと閉じていく。


「で、アキは誰が好きなんだよ」

 数秒様子を見た後で、紘一郎が口を開いた。


「俺? いないよ」

「嘘つけ」

「本当だって」

「中二だぞ俺ら、流石にいるだろ」

「いや、本当に――」

「じゃあ、俺言っていいか?」

 唐突に、これまで聞き手に徹していた桑園が声を発する。 

 言い出しっぺの突然の宣言に皆が押し黙り、そこから出てくる言葉に耳を澄ました。



「俺、美原好きなんだよね」

「……マジか!」

「うるさいぞ、タツ」

 また先生が戻ってくるぞと、紘一郎が竜野を黙らせる。

 しかし、竜野はこういう話に割と乗ってくるタイプだ。このまま黙って引き下がろうとはしない。


「いやでもさ、美原? マジで?」

「ここで嘘言ってどうするんだよ。それに、二見には前言ったもんな?」

「ああ。前に教えてもらった」

 その後の一瞬の沈黙で、桑園が安堵したように思えた。


「美原って男子とあんま話さないけどさ。めっちゃ可愛い顔で笑うんだ」

「それが理由? それだけじゃないだろ。胸とか」

「タツ、ほんとお前さあ」

「八雲もわかんだろ? 身長は女子の中じゃ小柄なほうだけど、それであの胸は反則だぜ」

「いやわかるけど」

 元々男子とあまり関わらない美原グループ。顔は結構可愛い方だが話題に上がることすらなかった。

 けれど、こうやって話すと何人も反応するあたり、男子の間では密かに人気があるんだろう。

 そんな事を考えながら、布団の中で耳を傾け続けた。


「そうか、美原か。上手くいくといいな、桑園」

 紘一郎は桑園を冷やかしたりはしない。

 こいつはこいつなりに人の本音を尊重するやつだ。


「で、どうだったんだよ? 肝試し一緒だったろ?」

「うーん。微妙かな。ぶっちゃけあの場でコクる予定だったんだけど」

「あの場で? 成功してたんじゃね」

「どうだろ」

 すっとぼける桑園。それを聞いている竜野と紘一郎は終始楽しそうだった。

 

 そして、桑園の腹を割った発言に心を動かされたのか竜野の番に回る。挙げられたのは俺も名前しか知らない他クラスの女子だった。

 同じ小学校の頃から好きだったらしく、割と本気ぽく語っていた。

 次に話し出した紘一郎は良いなと思う女子は数人いるとのことだった。しかし、自分でも誰が本気で好きかよく分からないらしい。

 男女問わず分け隔てなく接するこいつの性格らしいと思った。

 聞いていた桑園は、そんなものでいいんじゃないのと言った。恋愛に妙に慣れた感のあるナルシストのこいつらしいアドバイスだ。

 その後も誰がいいとか誰々と誰々は付き合ってるんだろうとか、そういう話が交わされていく。

 そんなやり取りを聞きながら、俺は一人考えていた。

 もし、俺の番に回ってきたら。誰か挙げるなら誰だ?

 心の中で挙げるとしたら何人かは浮かぶ。俺によく構ってくれる女子、それがきっかけで何か良いなと思った豊川。それに今は違うが一年の頃に隣の席で気になっていた女子もいた。

 しかし、今の俺の中で真っ先に意識してしまうのは久瀬結月だった。

 あのメッセージから気づけば心を惹かれている。

 それが恋なのかは分からない。あくまでも強い興味と関心、そしてどこか切なくなる『謎』だ。

 その『謎』に俺は惹きつけられている。


 ――ずっとずっと、忘れないでいてください。


 あのメッセージのフレーズが頭から離れない。

 今まで気にもとめなかったのに、こうして意識してしまっている。

 それは恋なのか、それとももっと別の感情なのか。今の俺の心ではどうしてもわからなかった。


 意識はすっかり覚醒していた。

 暗くて見えなかった目の前の景色はすっかり慣らされて壁紙の柄まで見えるようになっている。


「二見、寝た?」

 竜野が久々に俺の名を呼ぶ。


「起きてるよ」

「よし、じゃあ次は河野な。お前も言えよ」

「ええ、嫌だし」

 またもクスクスと笑いが起きた。

 もうそろそろ他の部屋も寝静まっている頃合いだ。あまり大きな声は出せない。

 それでも誰もまだ寝る気配はなかった。


「おいおい、そんなんでできんのか?」

「竜野、お前うるせえよ」

 普段いじられる側の河野の反撃だけど、竜野はそれを軽く流していた。

 こうやって気兼ねなく話せる仲間はやっぱりいいなと思った。

 そうだ、間違いなく彼らは俺にとって大切な存在だ。


「いいか?」

 少し迷ったが、俺は口を開いた。


「お、なにアキ。いよいよ喋るのか?」

「二見マジで想像つかねえからな。聞きてー」

「ごめん、違う。でも、ここで一応みんなに言っておきたいことがあるんだ」

 沈黙に包まれる。

 何事かという感じで竜野の顔がこちらを見ているのが分かった。


「……俺さ、転校するんだ」

 決心して言ったはずなのに、口を開いて飛び出た声には拍子抜けするくらいに感情が乗らなかった。


「は? いつ? ほんとかよ」

「二か月くらい後になると思う。父さんが転勤する」

 再び部屋が静寂に包まれる。


「どこの街?」

「ここ」

「は? いやどこ?」

 河野は少し困惑しているようだった。良く話す俺がいきなりこんなことを言うものだから仕方ないのかもしれない。


「ここ、この街」

「マジで? 転校先ここなの? △△市?」

「うん。宿泊研修の意味ないよ」

「ほんとにな」

 俺が自虐的に言うと河野が諦めたように笑った。

 それで、堅苦しかった空気がほぐれる。


「そっか、転校かー」

 竜野はどこか感慨深げにぼやいた。


「河野、ごめんな」

「なにが」

「もっと早く言うべきだった。紘一郎にも」

「いいよ。気にすんな」

 みんな反応は穏やかなものだった。この場がこれから寝入る場所だからだろうか。


「二見のタイプ、まだ聞いてなかったのにそりゃないぜ」

 唯一、桑園だけが本気で残念そうな声を出す。

 こいつは同じクラスで仲良くなってから事あるごとに聞いてきたからな。本当に気になるんだろう。

 俺は悪いなと思いながらも笑って誤魔化した。

 そして、気持ちを落ち着けようと小さく息を吐く。


「気になってる人はいるよ。けど、わかんないんだ。やっぱ」

「なにがだよ?」

「それが恋なのかって。紘一郎みたいな感じ」

「おお、アキも分かる?」

 紘一郎が乗ってくる。

 俺は少し身を起こしながら同じようにこちらを見ている四人を見渡した。

 

「桑園みたいにませてないからな、俺は」

「桑園は変態なだけだろ」

「竜野、うるっさい」

 桑園の冷静な一言に竜野が黙りこくる。


「それに俺。みんなみたいにモテないし。おとなしすぎて女子とそもそも話さなかった」

 本当にここ最近になってからだ。でも、それだって今男女混合の班で活動するから接点が無理やり増えてるだけ。

 この宿泊研修が終わったあとどうなるか怪しいものだった。


「そうなの? でもお前結構女子に好かれてない?」

 そこで竜野が思いもしなかった一言を発した。


「豊川とか絶対好きだろあれ。あとは――」

「は? 豊川――?」

「あ、これ言わなきゃよかったな」

「ううん。続けて竜野」

 促したのは桑園だった。


「豊川は元々あんな奴だけど、男子であそこまで絡みに行くのは二見相手だけだって話」

「そうなのか?」

 俺は聞き返した。

 確かに、豊川はよく俺にちょっかいを出してくる。距離感も近い。でも、元々そういう女子だという事も知ってるつもりだった。

 それに、俺も女子に照れて変な反応になるから面白いんだろう。でも、竜野の話しぶりからすると違うらしい。


「良かったじゃん秋良、脈ありで」

 やめろ、もう言わせるな。

 俺はこれ以上、この話題が盛り上がらないことを祈った。ここで反論したら意識してんのかと言われるのが嫌だった。


「でもさ、いざコクったら撃沈するかも。森みたいに」

「え、森が? 誰にコクったの?」

「四組の三島。知らない?」

「うおお知らない。竜野もっと聞かせろ」

 そこから先、勝手に盛り上がる紘一郎と竜野のせいで言いかけた俺の言葉は有耶無耶になった。

 俺が眠りにつくまでこの下らない話は続いた。






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