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11/23

11話 肝試しの夜の森で、彼女だけが意外とはりきっている。

 俺と久瀬は夜の森へと足を踏み入れた。


 すっかり陽も落ちて完全に闇だ。人がたくさんいる広場から離れると、辺りはすっかり虫の声や葉擦れの音だけの世界になっていた。


「二見君、歩くの早くない? 灯子たちに追いついちゃうよ?」

「べつに、怖くないよ」

 久瀬がそんな事を言ってくる。こんな物寂しい林道を歩いてもまったく物怖じしている様子はなかった。むしろ、この状況を俺よりも楽しんでいる。

 俺はふと、不安に駆られて森の中をライトで照らしてみた。光の筋が夜の森を鋭く突き抜け木々を明るくさせる。


「二見君どうかした?」

「いや……」

 気になっていた一本の木を注視していると、何かの影がするすると幹を上っていった。


「え、何かいない!?」

 久瀬が思わず俺のジャージの裾を掴んだ。

 リス……いや、ムササビだろうか。

 身軽な勢いで木登りしていった何者かは枝先で動きを止めた。丸まったそのシルエットは長いふさふさの尻尾をしていた。

 丸い瞳がライトを反射して怪しく光ったかと思いきや、その動物は一瞬の動きで夜の森に消えていった。 

 後に残るのは木の枝とがさがさ揺れる暗い緑色の葉っぱだけだ。


「かわいかったね」

 久瀬の声から焦燥が消えていた。動物だと分かって安心したんだろう。

 この調子だと誰かが驚かせるために隠れているとかはないみたいだ。

 一回りして広場に戻ってくるだけ、これはきっとそんなナイトウォークみたいなものだ。

 ほっと胸をなでおろしながら前に向き直った。


 そこから先は落ち着いて歩を進めることが出来た。

 時々足元の小枝がぱきっと折れる感触。あとはひたすらに土を踏む湿った音だけだった。


「こういうの、すごい久しぶりなんだ」

「確かに。林間学校は小学校でもあったけど」

「ああ、久瀬さんのところもやったんだ」

 久瀬は暗がりでもにこっと笑みを浮かべていた。


「でも、あのときは何人もいる班でやったし。二人だけで歩くのは初めてかも」

「その割に全然怖そうじゃないよ、久瀬さんの顔」 

 ふふ、と笑いながら久瀬が俺のライトを触りたそうにする。貸してやると、空の上やあちこちを楽しそうに照らし始めた。


「楽しいんだ?」

「うん。学校だと勉強ばっかりだから」

 久瀬はそう言ってから俺にライトを返した。


「そうだね」

 すっかり冷えた空気が感情を落ち着かせてくれる。

 俺達は落ち着いてその後も一歩ずつ確実に夜の森を進む。

 しかし、


「オオオオオオオオ――ッ!!」

 突然の咆哮。


「え、何!?」

 それを聞いた久瀬が真っ先に身体をこわばらせる。


「大丈夫」

 ライトの光を足元に照らして安心させようとする。

 前を歩いている誰かの声がここまで聞こえてきただけだ。

 怖がるようなものじゃ――


「うわーーーっ!」

「「!?」」

 がさがさと茂みの音が下かと思うと、鬼のお面を被った誰かが顔を出した。

 心臓が縮こまりそうになるが、俺は戸惑っている久瀬の手を取った。


「久瀬さん!」

 一気に駆ける。こんな驚かすような仕掛けがあるなんてわかるわけがなかった。


「なに、あれ!?」

 夜の道を走りながら、久瀬の声は弾んでいた。

 鬼は特に追ってこない。俺達は少し走ったところで立ち止まった。

 はあはあと息の音が繰り返される。


「二見君」

 不意に久瀬が声をかけてくる。

 こちらを見る瞳はうっすらと輝きを蓄えている。


「手つないだまんま……」

「ごめ――」

 俺は急いで久瀬の手を離した。

 完全に意識してなかった。気づいたら久瀬の手を掴んで逃げ出していたのだ。


「ほんっと、ごめん」

「いいよ」

 にこっと久瀬は微笑む。前髪は走ってきたせいか汗でぺたんとおでこに張り付いていた。


「こういうの初めてだけど楽しいから」

 久瀬はその前髪を指先でそっと払いながら、にっこりと微笑む。

 所々に張り巡らされた丸太の柵を頼りに、道沿いに進むと程なくして道はどんどん開けていく。

 鬱蒼としていた木々もまばらになり、遠くにグラウンドの焚火がぼんやりと見えた。


「このへん一周してきたんだ」

「あっという間だったね」

 久瀬は泥だらけになった靴を少し気にしながら、


「こういうのもうやらないよね、多分」

 少しだけ寂しそうに言った。

 修学旅行と違って、こういう自然の場所で肝試しとかレクリエーションをするのは中二の今をおいて果たして何回あるんだろう。

 俺も久瀬の意見には同意だった。


「そうだね」

 久瀬は俺の方に身を寄せてくる。

 こちらを見上げる久瀬。暗いせいか実際の距離以上に近くに感じられる。


「ねえ、桑園君って美原さんの事好きなの?」

「ええ!?」

 不意に久瀬から飛んできたその質問に俺は思わずさっき以上の悲鳴が出かけた。


「なんでいきなり?」

「だって、昼間とかずっと話しかけてなかった? 千歳がきもいって言ってた」

「ああ」

 やっぱ女子はそういうの敏感らしい。まあ、桑園はその辺遠慮しなくてやりすぎだと俺も思うけど。


「それに一年生の頃から一緒なんでしょ?」

「美原はどう思ってるんだろう?」

「桑園君のこと?」

「うん」

 俺は逆に久瀬に尋ねてみた。

 俺なんかよりずっと美原の事知ってそうだったし、女子の口から聞くほうが確実だと思ったのだ。

 それに、こういう事を聞き出す機会はなかなか無い。あとで桑園に教えてやろう。


「わかんない」

 しかし、久瀬はぼかしたように悪戯っぽく笑う。

 どう見ても何か知っていそうなたくらみ顔だ。


「ほんと?」

「ほんとだよ。それに知ってても二見君には教えなーい」

 そう言ってくるりと体を翻す。

 意外だった。久瀬ならちゃんと聞けば正直に話してくれそうだと思ったのに。


「二見君、気になるの?」

 じっと見ていた俺に振り返りながら、久瀬はそう問いかけてくる。


「久瀬さんが知らないなら俺は聞かないよ」

 俺はライトの灯りを前方に向けながら答えた。


「聞かないんだ」

「聞いたら教えてくれるの?」

「やだ」

 やっぱりそうなんじゃないか。久瀬はにこっと微笑む。


「でも、あの二人って気が合いそう」

「なんで?」

「なんとなく。千歳も言ってるし私もそう思うんだ」

 試しに俺はライトでずっと先を照らしてみた。結構走ったし距離も詰めたと思うけど、前を行く筈の桑園達は見えなかった。

 もしかしたら怖くて、さっきの鬼に遭遇した瞬間に猛ダッシュしてさっさとゴールしてしまったんだろうか。

 久瀬が歩き出し、俺もそれを追う。


「女子から見るのと男子から見るのって違うんだね」

「違うよ。私だって二見君のこともっと違う人だと思ってたし」

「えっ」

 思わず立ち止まる。

 久瀬はこちらを振り返りながら、


「話せばすごい落ち着いてて、優しい人だって分かるもん。普段はふざけてるけど」

「河野とか紘一郎のせいだよ」

 俺は合わせてるだけ、結果的にいつも男子同士でバカやってる風に見られてるんだと思う。


「女子に話しかけられてるときの二見君、なんかいつも困ってそうだったから。違うのかなあって」

「それは単に恥ずかしいだけだよ」

 なぜかこの暗闇が、普段言えない言葉を引き出す。

 俺は割と真面目な口調で久瀬に相対していた。


「そうなの?」

「うん。これからは久瀬に話しかけられてももう少しちゃんと返せるようにする」

 こういう話を久瀬とかわすとは思っていなかった。男子同士でもしない話を今俺はしている。


「そっか……それなら安心だね」

 久瀬は後ろ手を組みながら笑みを向けてくる。


「じゃあ。他に聞きたいこと、ある?」

「桑園のこと?」

「もういいよ、それは」

 久瀬が呆れるように言った。少しこの話題から離れてよと言いたげな苦笑いだ。


「うーん。あるにはあるけど――」

「どんな?」

 俺は木々に覆われた先にある深い瑠璃色をした夜空を見上げた。星々がいくつも瞬いている。

 その星明かりがこの夜の森も薄く照らしていて、離れたところに立つ久瀬の瞳はその淡い輝きを溜め込んでうっすら輝いていた。


「なんで、あの時――」

 続きを言おうとすると、すっと冷えた空気の感触が喉奥に走る。


「え」

「いや……」

 しかし、久瀬のきょとんとした表情を見たとき、俺はその言葉の続きを言うのを止めてしまった。


「ごめん。何でもない」

「おーい!」

 ゴール地点からだろうか、先に到着した竜野や桑園たちが手を振っているのが見えた。

 それに気づいた久瀬は元気いっぱいに進んでいく。


「みんないるね。いこっ」

 こうやってみると、俺と久瀬が二人で歩いているのをクラスメートに見られるのが何となく照れ臭くなってくる。

 これは男女で組んで歩くのがルールだし、竜野も桑園もそういうのをいちいち気にする奴じゃない。

 俺の自意識過剰だ。

 気を取り直してゴールへと向かう。


「灯子。すっごいげっそりしてる」

 久瀬はゴール前で今も顔面蒼白のまま呆然としている美原を見ながらおかしそうだ。


「お前ら余裕すぎだって。一番怖がりそうなのに!」

 竜野がそんな軽口を飛ばしてくる。

 みんな笑顔で出迎えてくれてた。

 薄明かりに浮かぶいくつもの笑顔は間違いなく、俺の人生の記憶に残る光景になった。

 たった十分にも満たないのに、このどきどきした時間はかけがえがなくて濃密なものだった。

 こうやって一つ一つ新しい尊い思い出を積み重ねていく今はとても手放したくなかった。

 それなのに――。


「なあ、久瀬。なんで……」

 言いかけた言葉。

 あまりに小さすぎて、先を行く久瀬には届かない。


 ――あの遠い未来の寄せ書きにしっかり記されていた一文。

 他のクラスメートよりも明らかに大きく、はっきりと記された丁寧な優しい字。

 あのメッセージを俺は聞きたかった。


 ――ずっとずっと、忘れないでいてください。


 なんで、あの時お前はあんな風に書いたんだ?

 あの頃、たいして関わりもしなかったはずの俺に。

 今こうやって、話すようになったからこそ聞いてみたい。

 しかし、今の彼女に聞いても何も分からない。分かるはずが無い。


 それでも、どんな答えが返ってくるのか知りたかった。





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