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5、優しさの中に隠したもの





「美味かった。ごちそうさま!」

「ん、パスタまだあるから使うてええで」

「えー、俺パスタ湯がいてる時間嫌いだからやだ」


 じと、と高坂さんは軽く俺を睨んだけど、その顔はすぐにやれやれと呆れた表情(かお)に変わった。

 そして、わざとらしく盛大に溜め息をついた。


「いいじゃん。それに先輩が作った方が絶対美味いし」

「……克己の甘えん坊め」


 俺が甘えん坊なのは今に始まった事じゃないし、それに嫌いなものは嫌いなんだから仕方がない。

 そんな風に睨まれたって怒っていない事は分かっているし、またパスタを作りに来てくれるのも分かっている。


「先輩にしか甘えないから良いんだよ」

「なんでやねん」

 

 そう言いながらも高坂さんはテーブルを片付けながら、今度はどんなパスタが良いかと聞いてきてくれる。

 なんだかんだ言いながら、高坂さんは俺を甘やかしてくれるって分かってるから、つい調子に乗ってしまう。


「そうだ。先輩、甘えついでにもう一個いい?」

「今更やな。なんや」


 俺はソファの上に置きっぱなしにしていたゲーム機を持ち上げて、指をさした。


「もっとゲームしたいから、泊まっていかない? で、明日は先輩のしたい事しようぜ?」


 今日は土曜日だ。と言うことは、当然週末休みのサラリーマンは明日も休みという事だ。

 構って欲しいのを隠さずに誘うが、流石に高坂さんに予定があるなら仕方がないと諦める。

 だが、予定が無いのなら俺と遊んで欲しいし、あわよくばまた美味い飯を作って欲しい。


 そんな俺の考えはお見通しだと言わんばかりに、高坂さんは小さく微笑んだ。


「……そう言われるんちゃうか思たわ」


 苦笑交じりにそう言いながら、高坂さんは自分の鞄から小さなトラベルポーチのような物を取り出した。

 何かと思って見ていると、どうやら中身は替えの下着のようだった。


 なんだよ、高坂さんこそ泊まる気満々だし、遊び倒す気満々じゃん。


「着替えは貸せよ」

「もちろん」


 身長は俺の方が少し高いけれど、鍛えていてがっしりとした体格の高坂さんとは服のサイズは殆ど変わらない。 

 学生の頃から服の貸し借りは良くしていたし、社会人になってからも泊まる時はいつもお互いに下着しか持ってこない。

 服は貸し借りするのが俺たちの定番だ。 


 よしよし、そうと決まれば早速、とゲームに手を伸ばそうとした俺に高坂さんは腕を組んで眉毛を上げた。


「どーせ、夜更かししよ思てんねやろ?」

「……さすが高坂さん。お見通しか」

「当たり前や。まぁええけど、先風呂入って来い」


 いつでも寝落ちれるように先に寝る準備を整えておけ、って事だな。

 俺は掴みかけていたゲーム機をそのままソファに置き去りにし、浴室へと足を向けた。


「分かった。先輩も入るだろ?」

「おん」

「湯船浸かる?」

「どっちでもええで」


 うーん、俺だけならシャワーで済ませるけど、今日は湯を張るか。

 高坂さんにはゆっくりと疲れを取ってもらわないといけないからな。

 明日も存分に遊んでもらう予定だし。

 

 俺はお湯が溜まるのを待つ間、テレビを流し見しつつ寝室に着替えを取りに行った。

 テキトーなスウェットを手に取って、リビングへと戻る。


「先輩、はいコレ」

「ん、サンキュ」


 テレビを見ながら雑談していると、浴室の方からお湯張りが完了したメロディが流れた。

 俺はある作戦を決行するため、高坂さんに声を掛けた。


「先輩先に入ってきていいよ」

「……ん。ほな、そうさせてもらうわ」


 一瞬、高坂さんの動きが止まった気がした。

  

 ん? なんだろ? ……まぁ、いいか。

 待ってる間に、ゲーム機を充電しておこう。


 高坂さんを待つ間、コーヒーを飲みながらテレビをぼーっと見ていたらいつの間にか意識が微睡みの中へと沈んでいた。

 ガチャリ、とリビングのドアが開いた音にハッとして意識を急浮上させる。


「待たせたな、克己」

「今、テレビ見ながら寝てたかも」

「……目ぇ開けてか?」

「ふふっ、うん」

「んな器用なことせんでええから、風呂入って来い」


 浴室に向かう俺とすれ違いざまに、高坂さんに頭をポンと撫でられた。

 ふわりと微かに香る、石鹸の柔らかな匂い。

 いつもの高坂さんの香りと、全く違う香りに思わず心がくすぐられる。

 

 いつもスパイシーで格好良い大人の男を感じさせる香水を纏(まと)っている人から隙のある柔らかな香りがすると、なんとなく特別感を感じてしまう。

 ワックスで髪をきっちり整えていない見た目も相まって、俺はこの風呂上がりの隙のある高坂さんも、結構好きだったりする。


 俺はいつもより短めに湯船に浸かり、さっさと洗って風呂を出た。

 タオルで髪をテキトーに拭いたあとメガネを掛け直し、肩にタオルを引っ掛けたままリビングに行くと、待っていたとでも言いたげな高坂さんと目が合った。


「克己」


 なに、と言おうとした時、高坂さんの手にドライヤーが握られているのが見えた。


「乾かしたるから、こっち来い」

「やったー」


 昔から髪を乾かすのが面倒で、よくテキトーに拭いたままにして怒られていた。

 だから、今日は髪を乾かしてって甘えようと思っていたんだけど、頼む前に言ってくれるとは……もしかしてあの間、読まれてたのかも。


 ソファの前に腰を下ろすと、高坂さんの大きな手が濡れた俺の髪を掬った。

 俺の考えが読まれていたとしても、この高坂さんの申し出は素直に嬉しい。

 

「先輩、今日優しいじゃん。どうしたの?」

「今日は、甘やかしたる」

「良いのー? じゃあ後でコーヒー淹れてあげるよ」

「ん」


 朝から優しかった気はするけど、散歩の後からは更に高坂さんの纏う空気が柔らかくなったような気がする。

 優しいと言うか、過保護気味と言うか。

 まぁ、甘えたい俺からしたらありがたい事なんだけど。


 甘えたがりな俺を甘やかしてくれるから、学生の時から本当に世話になりっぱなしなんだよなぁ。

 だからせめて会社では、頼れる同僚でありたいと思う。


 なんて決意を固めたものの、髪を撫でる高坂さんの大きな手がいつもより優しく感じて心地良く、ドライヤーの暖かさと相まって俺はいつの間にか意識が遠のいてしまっていた。


「克己?」

「……ん?」

「寝とったんか。眠いならベッド行け」

「なんか、撫でられてたら眠くなってきた……」


 まだまだ高坂さんとゲームもしたいし、他愛ない話で笑い合ったりしたいのに、どうやら俺の瞼は言うことを聞きたくないらしい。

 俺は重くなる瞼を擦りながら、何度目かの大きな欠伸をした。


「ゲームは明日やればええ。今日はもう寝よか?」

「……うん」


 子供をあやすように、ポンポンと頭を撫でながら優しい声でそう言われると、余計に眠たくなってくる。 

 俺は眠い目を擦りながら、ふらふらと寝室に向かった。


「無駄に背ぇ高いんやから、目開けとかんと頭打つで?」


 呆れたような言い方だけど、高坂さんの声は優しく柔らかい。

 高坂さんは、フラつきながら歩く俺の身体が壁にぶつからないようにそっと支えながら、寝室まで手を引いてくれた。


 寝室に入ってベッドに転がるなり身体の力がどんどん抜けてゆき、重くなる瞼の重さに抗えない。

 もう少し遊びたかったなぁと思いながらも、俺の意識は闇へ溶けてゆき深い眠りに落ちて行った。



 ◆ ◆ ◆



「おやすみ、克己」


 ベッドに寝転ぶなり、一度も目を開ける事なく深い眠りに落ちた克己を見下ろしながら、寝顔にかかる前髪を払う。


 夕方、散歩に誘ったのは自分からやったくせに、少し、後悔した。 

 セットしていないふわふわの髪にメガネ、緩めの服を着た隙だらけな高身長のイケメン。 

 やっぱ、目立ってたな。


 普段、俺が連れ出さんと碌(ろく)に運動せぇへんからたまに散歩に連れて行ったりするが、やはりこの隙だらけな高身長のイケメンは目立ってまう。

 そして、その度に克己のこの見た目や無防備な雰囲気に、誰かが欲を滲ませた視線を送ってくるのが目に入る。


 それが、昔からたまらなく嫌や。


 安定した寝息を立てながら、寝返りを打った克己の額がそばに座っていた俺の足に寄ってくる。

 克己の体温が、そこからじんわりと伝わる。


「……かわええやつ」

 

 言いながら、口の端が微かに上がるのに、同時に眉間に皺が寄った。

 矛盾した感情が、胸の中で渦巻いていく。


 ……ずっとこのままでおりたい。

 こんな無防備なお前を誰にも知られたないし、誰にも触れさせたくない。

 お前の一番近くを、隣を、俺に独占させて欲しい。

 だけど、こんなお前を俺だけが知っていると自慢したい。

 

「……はぁ」

 

 家族や恋人に対してだけやないとは聞いとったけど……まさか、ここまでとはな。

 自分の感情に呆れて溜息が漏れた。

 

「俺の独占欲も、困ったもんやで」


 薄暗い部屋に、ポツリと言葉が溢れる。

 安定した寝息を立てている克己だけが、俺の中の隠したい感情(もの)を、何も知らん。

 でも、何も知らんままでいて欲しい。

 このままなんも知らんままでおってくれ、とそう願いながら克己の柔らかな髪を何度も撫で続けた。


 こんな独占欲、普通やないのは分かっとるつもりや。

 でも、小さい頃からずっと一緒におったんや、特別視するんは当たり前やろ。

 

「可愛い弟分を守りたい」と思う気持ちは、俺の中で当たり前なことで仕方がないことやと言い聞かせながら、俺はいつものように克己を起こさないよう、その隣へと身体を滑り込ませて眠りについた。

 

 

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