第95話 実施要項・正式版
冬休み明けの朝。
立川の街並みには正月明けの気配がまだ残っていた。駅前のロータリーから学院へ向かう道では、葉を落とした街路樹の枝先に冬の弱い日差しが通っている。蒼真は錦町のマンションを少し早めに出て、通学路を歩いていた。
通学路の角を曲がる時、蒼真は三日前に凛と別れた場所を見ないようにして通り過ぎた。あの時の感覚を今は引っ張り出さないと決めていた。
来月、対人戦。
その言葉だけを頭の中で繰り返した。
学院の正門をくぐって、教室棟の方へ向かう。冬休み明け二日目の朝だ。生徒たちの足取りには年末年始の余韻がまだ残っている。新学期の引き締めも混ざり、校舎へ向かう流れは独特の静けさを保っていた。
1-1教室の引き戸を開けると、悠斗が一番乗りで自分の席についていた。机の上にはコンビニの袋とホットコーヒーの紙コップ。コートも脱がず、半ば机に伏せている。
「おはよう、悠斗」
「おう、蒼真。……寒い」
「冬だからな」
「仙台帰りたかったわ。立川の冷え、舐めてた」
寮住まいの悠斗は、地元から戻ってきて二日目の蒼真よりも眠そうだった。蒼真は自分の席にカバンを置いて、椅子を引いた。
「結局、寮?」
「ああ。航と二人で近所の定食屋を回してた。寮の食堂が止まってたからな。鷹丸の年末年始は雑煮も出してくれたぞ」
「いいな。朝からそれ聞くと腹減るな」
「お前は実家でちゃんと食ってきたんだろ。母さんの飯とか爺ちゃんの畑の野菜とか」
「食ってきた。戻ってきたら冷蔵庫の中身が急に現実に戻った」
「鶏胸肉と卵か?」
「なんで分かるんだよ」
「お前の弁当だいたいそれだろ」
悠斗が紙コップを両手で包んだまま笑う。蒼真もつられて口元を緩めた。
「蒼真は、爺ちゃんとこか」
「うん。道場で矢を射ってた」
「相変わらずだな。正月から弓引いてるやつ、学院でもお前くらいだぞ」
「そっちもな。正月から鷹丸回してる寮生も、そう多くないだろ」
いつものテンポで、悠斗との朝の挨拶が日常の位置に戻った。
航は始業ぎりぎりに教室へ入ってきた。短く「おはよう」とだけ言って自分の席へ向かう。寮の隣室が深夜まで騒がしかったらしく、寝不足の顔をしていた。紅葉、里奈、真帆もそれぞれ別のタイミングで教室に入ってくる。紅葉はいつも通り中列中央の席へ。里奈は廊下側中程、真帆は廊下側後方へ向かった。
始業のチャイム。
1-1の朝のホームルームの最初に、後藤喜一郎が教室へ入ってきた。いつも通り少し気だるげな足取りだ。冬用のジャケットを片手に羽織り、教壇に立つ。出席簿を脇に置いて、一度だけ短く欠伸をした。
「おはよう」
「おはようございます」
生徒側の挨拶が一拍遅れて重なる。後藤はそれを聞くと、短く頷いて出席簿のページを開いた。出席確認の声が教室の上をいつもの拍子で流れていく。
出席確認が終わると、後藤はジャケットの内ポケットから一枚の白い紙を取り出した。A4の紙には細かい字が並んでいる。教壇から少し離れた席の蒼真にもそれが見えた。
「先週の金曜に、職員会議で、後期実力考査の正式実施要項が確定した。今日のホームルームで、これを伝える」
教室の空気がわずかに締まった。
「対人戦」
「2月、中旬」
悠斗が前の席で身体を一度だけ起こすのが、蒼真の視界の端に映った。航は手元に空いていたノートを開いた。紅葉が背筋を伸ばし、里奈が机の上の手をきゅっと一度握り直し、真帆が両手を膝の上で組み直した。
後藤は紙を顔の前に持ち上げた。姿勢を整えてから、抑揚を抑えた声で読み上げ始める。
「一年生後期実力考査・対人戦の概要。参加対象は一年生一般クラスの全25班。1組から5組まで、各クラス5班の合計25班だ」
25という数字が、教室の上を流れた。
「予選リーグは25班を5グループに分ける。各グループ4戦総当たり戦。各グループ上位2班が決勝トーナメントに進出する」
「決勝トーナメントは進出した10班での段階制。1回戦は5試合で勝ち上がりは5班。次の2回戦は4班で2試合を行い、勝ち上がりは2班。ここで対戦相手のいない班が1班出る」
「この余る1班が、2回戦不戦勝枠だ。準決勝に直接進出する」
「2回戦不戦勝枠は予選リーグを勝ち上がった10班の中から優勝候補と判断された1班に与えられる。基準は前期試験、十一月のイレギュラー対応、毎月の探索実習の評価だ。決勝トーナメントの組み合わせ発表時に併せて通知する」
航がノートにペンを走らせる音が、蒼真の前の席から聞こえてきた。
「2回戦勝ち上がりの2班と不戦勝枠の1班。合計3班から準決勝に進む。準決勝1試合と決勝1試合。これで決まる」
「グループ分けは各クラスから1班ずつの抽選編成。同じクラス同士の対戦が予選で発生しないように組まれている。同じクラスの班とは決勝トーナメントで初めて当たる構造だ」
「以上が試合形式」
後藤は紙の上の指の位置を一度だけずらした。
「次に、ルール詳細」
教室がもう一段、静かになった。
「6人1班で6対6の集団戦。試合フィールドは学院演武場。可変フィールド形式で石造りの床に石柱、瓦礫、足場が設置される。視線と射線が複雑になる構造だ」
「制限時間は15分」
「KO判定は致死打相当の威力なら一発でKO。それ以外は審判が累積判定する。所定値到達でKO」
「時間切れ時の判定は複数の教官による審判団の審議。残存人数が多い方が勝ち。同数なら、より優勢だった方。残存人数が同じで防戦一方だった側は負けだ」
悠斗が「ふうん」と短く息を吐いた。
「実ダメージは特殊魔導具で試合後に無効化される。だが、戦闘中のフィードバックは幻覚として来る。軽減はされているが、ある程度はリアルだ。流血こそないが痛みは感じる」
「KOされた選手は、精神フィードバックで気絶する。試合後に魔導具を解除して、医務室で回復する」
里奈の手が、机の上で、もう一度小さく握られた。
「魔法・スキルの使用は可。協会データベースに登録済みのスキルは、相手班も仕様を閲覧できる。致死級魔法も使用可だ。魔導具で実ダメージは無効化されるから、エグい勝ち方も認められる。むしろ対戦相手の想定を超える戦い方は評価される。本番はダンジョンの対魔物戦だからな」
協会データベース、という言葉が出た瞬間、蒼真は自分の頬の内側を軽く噛んだ。
《小転移》。協会公開登録済み。仕様は相手班に閲覧可能。
二ヶ月前の対策会議で班員と整理した事実が、後藤の声によって教室全体の前提として置き直されていく。
「ナイフ等の装備品の使用は、可」
「教官は、競技進行管理のみだ。戦闘介入はしない」
蒼真の前の席で、航がペンを止めた。航がペンを止める時は、書いたものを読み返している時だ。
「以上がルール詳細」
後藤は紙を一度下ろして、教室をぐるりと見渡した。
「次に進行スケジュール」
「予選リーグの初戦は、二月の第二週から順次実施。各班の試合日程は、来週の第三週ホームルームで個別に伝える。グループ分けの抽選は、今週の金曜に職員会議で実施する予定だ」
「以上が、正式実施要項だ。質問は」
質問者は出なかった。
後藤は紙を二つ折りにしてジャケットの内ポケットに戻した。教壇の前で肩の力を抜くように短く息を吐く。
それから出席簿を脇に持ち直し、もう一言だけ付け加えた。
「お前たちは――勝てばSクラス昇格審査の、対象になる」
教室の空気が、しんと、一拍だけ止まった。
「全員、勝つ気で挑め」
後藤はそれだけ言って、出席簿を抱え直した。扉へ向かう途中で、ふと思い出したように振り返る。
「ただし、勝つ気と無茶する気は別物だ。そこを間違えた班は、俺が後で面倒を見る。面倒を見るのは嫌いなんで、できればやめてくれ」
気の抜けた言い方に、教室の緊張が少し緩んだ。後藤はもう一度欠伸をして、今度こそ教室を出ていく。教壇の上にはチョークの粉が一筋だけ残っていた。引き戸が閉まる音。
しばらく、誰も声を出さなかった。
悠斗が前の席で、ゆっくり首の後ろを片手で揉んだ。
「……最後だけ、先生っぽかったな」
「普段から先生だろ」
蒼真が返すと、悠斗は「そうなんだけどさ」と小さく笑った。航がノートのメモを読み返す指の動きが蒼真の目に入った。紅葉が蒼真の方をちらりと見て、目が合う。
「来月だね」
今度は、紅葉の声がちゃんと届いた。里奈が机の下で膝に置いた手を握り直し、真帆が小さく息を吸う。
「うん」
蒼真は頷いた。
「来月だ」
◇
一限と二限の合間の、十分間の休み時間。
蒼真は教室を出て、二階の渡り廊下の先にある掲示板の方へ向かった。職員会議で確定した正式実施要項は、ホームルームでの口頭通達と並行して掲示板にも紙で貼り出されている。そう後藤が伝えていた。
二階の掲示板の前には、すでに他の組の生徒たちが何人か集まっていた。1組から5組まで、25班分の生徒が同じ実施要項を見にくる最初の朝だ。蒼真は人混みの後ろから、掲示板の白い紙を眺めた。
ホームルームで後藤が読み上げた内容と、ほぼ、同じ。
ただ、紙の右下の小さな枠の中に、後藤が口頭では触れなかった一行があった。
『各班はグループ抽選結果通知(一月第二週金曜)以降、対戦相手の協会公開スキル情報を閲覧の上、戦術設計を進めること』
蒼真はその一行を自分の目で確かめてから、半歩後ろに下がった。
「蒼真」
後ろから声がして、振り向くと、航だった。
航もこの掲示板を見にきたらしい。コートの内ポケットからメモ帳を出しかけたところで、蒼真と目が合った。
「読んだか」
「読んだ。右下の一行も」
「そこが一番厄介だな。全員が相手の公開情報を見る前提なら隠し球はほとんど残らない」
「だから隠すんじゃなくて、見せた上で迷わせる」
「お前、もう昼の話の結論を言ってるぞ」
航が口角を上げた。蒼真も肩の力を抜く。
「俺は、書き写してから戻る。昼に六人で確認しよう」
「分かった。先に教室戻ってる」
航は頷き、メモ帳を開いた。掲示板の前で書き写しの作業に入る。実施要項全文を自分の手で一度書き写して、頭の中に入れる。航がいつもやる情報整理の最初のステップだ。
蒼真は航の背中を一度だけ見てから、教室へ戻った。
◇
昼休み。1-1教室の蒼真の席に、悠斗・航・紅葉・里奈・真帆の五人がそれぞれ弁当やパンを持って集まってきた。机を二つ並べ、六人で囲む形にする。
冬休み明けの最初の昼休みに、班員六人が同じ場所で食事を取る。その当たり前の事実が、今日に限って少し特別な意味を持っていた。
「集まれって言わなくても、集まったな」
悠斗がコンビニのおにぎりの包装を剥がしながら、笑った。
「言わなくていいタイミングだったから」
「あと、蒼真の机なら人が集まっても怒られにくい」
紅葉がパンの袋を開けながら言う。
「俺の机、そういう扱いなのか」
「班長席」
「窓際最後列の班長席か。響きだけは強そうだな」
悠斗が笑い、里奈もつられて口元を緩めた。真帆が「でも、集まりやすいです」と小さく付け加える。
蒼真は弁当箱の蓋を開けた。昨夜、自分で詰めた簡素な弁当だ。中身は鶏胸肉と卵焼きと冷凍ブロッコリー。母の弁当ではない、立川の自分の弁当。
「実施要項、読んだ。ホームルームで聞いた通りだが、紙で残してある」
航がメモ帳を机の上に開いて、書き写した内容のページを六人の方へ向けた。
六人が順番に航のメモ帳を覗き込む。紅葉が「ありがと、航」と言い、里奈が「読みやすい字」と続ける。真帆も「助かります」と声をかけた。航は少し目を伏せる。
「読める字で書くのは、情報共有の最低条件だ」
「照れてる?」
「照れてない。お前が余計なことを言う前に話を進める」
紅葉の軽口を航がいつもの調子で受け流す。悠斗が「俺まだ何も言ってねえ」と抗議したが、誰も味方しなかった。
「今週の金曜、グループ抽選。で、来週、対戦相手が確定する」
悠斗がおにぎりを片手に目を上げた。
「四戦総当たり、上位2班が決勝トーナメント進出。予選2勝で、ほぼ通過圏。3勝なら確実」
航が書き写した紙の予選ルールの行を指で押さえた。
「うちの班は予選2勝必須。いや、3勝を目指す。2勝で通過する確率と3勝で通過する確率は、グループの構成次第で変わる。安全圏を自分たちで作る」
蒼真は箸を一度止めて、五人の顔をゆっくり見た。
「了解」
「分かった」
「うん」
悠斗、航、紅葉が返事を重ねた。里奈と真帆も、蒼真の方を見てしっかり頷く。
「三勝、って言われると怖いですけど」
里奈が自分の水筒を両手で包みながら言った。
「でも、二勝できればいいって考えるより、三勝取りに行く方が私たちらしいと思います」
「うん。回復役としては全試合無事に戻ってきてほしいですけど……勝ちに行かない理由には、ならないです」
真帆も穏やかに続けた。
「教官は、戦闘介入なし。秋の実習までは戦闘評価のために随行があった。十一月の動員でも、教官は管理棟で待機する形式だった。あの時と、似てる」
航が紙の上の別の行を指で押さえた。蒼真は箸の動きを止めず、航の整理の早さを内心で確認した。
二ヶ月前の動員。立川ダンジョンの大規模イレギュラー対応。あの時、後藤は管理棟のテントにいた。通信機の向こうから「了解した」とだけ返し、蒼真の判断を信じて広間の中には入ってこなかった。
今度は通信機もない。
演武場の床の上で六人だけで判断する。
その違いを航は短い一言の中ですでに整理し終えていた。
「協会データベース。相手班が、《小転移》の仕様を見てから、対策を組んでくる」
紅葉がメモ帳の別の行を指で押さえた。
「対策される側に、いる」
蒼真は短く言った。
二ヶ月前の対策会議で初めて口にした言葉が、今また班員六人の前に置き直された。
「だから《小転移》は、切り札じゃなくて囮として使う。使うかもしれないという顔だけで、相手の視線を縛る。実際に出すかどうかは後で決める」
悠斗がおにぎりの最後の一口を放り込んで続けた。
「使う時は使う。使わない時は使わない。混ぜれば、相手の判断が迷う」
里奈がいつもよりはっきりした声で補足した。
以前なら、そこで自分の言葉を引っ込めていたかもしれない。だが今の里奈は、言い切った後も視線を落とさなかった。蒼真はそれを意識的にノートには取らなかった。班員の成長は、もう班全体の常態として確かに立ち上がっていた。
「フォーメーションC。対人戦専用の、新しいやつですね」
真帆が控えめな声で、しかし迷わずに言った。
真帆の口にした「対人戦専用」の一語が、班員六人の意識を切り替えた。十二月までの「魔物戦の対策」から、「人間との対人戦」へ。
「来週から訓練場で組み直す。明日からはまず感覚戻し。俺は素引きと通常射。みんなもそれぞれの自主訓練。週末、土曜の午後に訓練場で六人集合しよう。冬休み明けの最初の連携訓練をそこでやる」
蒼真は五人の顔をもう一度見渡した。
「了解。土曜の午後な」
「分かった。午前に素振りを済ませておく」
「土曜、空けときます」
「私も。氷床の帯、もう一回調整しておきます」
「私もです。《光盾》の位置、ずれないように練習してきます」
五人の返事がいつもの拍子で机の上を流れた。緊張した空気が、昼休みの教室の音に少し溶けた。
蒼真は箸を取り直して、卵焼きを一切れ口に入れた。母の卵焼きとは、出汁の分量がまだ少し違う。
◇
六限終了後、放課後。
蒼真は教室を出る前に、一度だけ教壇の方を見た。一限のホームルームで後藤が立っていた場所だ。チョークの粉の跡はもう誰かに拭かれていて、教壇は綺麗な板の色に戻っていた。
『お前たちは、勝てばSクラス昇格審査の対象になる』
『全員、勝つ気で挑め』
後藤は普段、通信機の向こうで「了解した」とだけ返してくる人だった。十一月の動員の時は、加藤班救援の判断に対して「神代、悪くない判断だった」と珍しい一言を追加してきた。蒼真は今でもその言葉を覚えている。
今朝の言葉にも、あの時の「悪くない判断だった」と同じ重みがあった。
後藤が普段は省略する、生徒への「期待」をはっきり口にした。それは昼行灯の奥にある切れ者の顔が、一瞬だけ教壇の上に出ていたということだった。
蒼真は教室の引き戸を開けて、廊下に出た。
窓の外では立川の冬の午後の空が広がっていた。雲は薄く、夕方の色はまだ少し遠かった。
訓練場へは、向かわなかった。
明日からはまた訓練の日々が始まる。今日は感覚戻しの前日として、家でメンテナンスノートを開く。十一月から十二月までの射のデータを、もう一度頭の中で整理する日にすると決めていた。
学院の正門を出て、錦町の方へ歩く。
◇
錦町のマンションの六階。自室の和室で机の前に座り、メンテナンスノートを開いた。
大晦日の夜に書いた『家族のためにも、強くなる』。
新幹線の中で書いた『二月。六人で勝つ』。
三日前に書いた『一月三日。立川に、戻った』。
三行を上から順に読み返してから、蒼真は新しいページを開いた。ボールペンで一行だけ書き加える。
『一月第二週・月曜。実施要項、正式版、確定』
書いてから、もう一行書き足した。
『6vs6・15分・教官介入なし・協会公開スキル閲覧可・予選2〜3勝・決勝トーナメント・本戦2月中旬』
最低限の事実だけを書いた。自分の言葉ではなく、ホームルームの後藤の声と二階の掲示板の文言を、ほぼそのまま写した。
書き終えてから、ボールペンの先をしばらく紙の上に止めた。
Sクラス昇格審査、という言葉も書こうか迷った。
書かなかった。
今、自分が書くべきなのはそっちじゃないと思ったから。
代わりに、ノートの一番下へ短く書き足した。
『勝つ』
書き終えてから、蒼真はノートをそっと閉じた。
窓の外で、立川の冬の月曜日の夕陽が街並みの向こうへ沈み始めていた。地元の母屋の縁側で雪を眺めた夜から、まだ数日しか経っていない。今は立川の自分の机の前で、和弓と矢筒の隣にメンテナンスノートが置かれている。
来月。
六人で、勝つ。
その先に、たぶんSクラス昇格審査がある。
蒼真は机の前から立ち上がり、和室の隅の弓立てまで歩いた。立てかけてある自分の和弓に軽く手を当てる。地元から立川へ持って戻ってきて、すでに数日が経っている。和弓の握りは、立川の自分の部屋にもう一度馴染み始めていた。指先でそれが分かった。
明日の朝、訓練場でもう一度この弓を引く。
蒼真は和弓の握りから手を離し、机の前に戻った。ノートを引き出しの一番上に丁寧にしまって、明日の準備に取り掛かる。
冬の助走は、終わった。
ここからは、対人戦準備の一ヶ月半が始まる。




