第86話 11月の対策会議
十一月の第二週、月曜日の放課後だった。
六時間目の授業を終えた一年一組の教室は、帰り支度の生徒たちのざわめきが少しずつ薄れて、窓の外の冬めいた光だけが床に長く伸びている。神代蒼真は自分の席で弓袋と矢筒を肩にかけた。すぐ前の席の宮瀬航と、目で合図を交わす。
「行くか」
「ああ」
航が短く頷いて立ち上がる。教室の入り口で、橘悠斗が両手で大きく伸びをしながら待っていた。
「おっせえぞ、お前ら。紅葉たち先行ってるってよ、もう着いてるんじゃねえか?」
「五分も経ってないだろ」
「五分は遅刻だ、五分は」
悠斗が言いながら蒼真の肩を一度だけ叩く。蒼真は鞄を肩にかけ直す。悠斗・航と三人で廊下に出た。屋内訓練場の二階に、ミーティングスペースとして開放されている小部屋がある。そこを六人で押さえたのは先週末のことだ。週明け一発目の放課後。一時間半。班員六人で対人戦に向けた最初の作戦会議を開く。その予定は、土曜の協会訪問を終えてマンションに戻った夜に提案した。グループメッセージには、五人全員から「やろう」の即答が返ってきた。
階段を降りて連絡通路を抜けると、屋内訓練場の冷えた空気がふわりと流れてきた。十一月の訓練場は夏場とはまるで別の場所だ。換気のために窓を開けてあるのか、矢場の天井近くの空気がひんやりしている。悠斗が両腕をさすって「うっわ、ここ寒っ。鷹丸のラーメンが恋しくなるな」と漏らす。航が「まだ三時だぞ」と短く返した。
ミーティングスペースに着くと、鬼塚紅葉と中村里奈と小林真帆の三人がもう揃っていた。長机を四つ寄せて作った中央の会議テーブルに、紅葉がタブレット端末、里奈と真帆が学院支給のノートをそれぞれ広げている。
「おっ、来た来た」
紅葉が最初に顔を上げ、片手をひらりと振る。
「神代さん、お疲れさまです」
真帆が顔を上げて柔らかく笑った。栗色のポニーテールが小さく揺れる。里奈もノートから視線を上げて、控えめに会釈する。
「悪い、待たせたか」
「うちらもさっき来たとこ。気にしなくていいって」
紅葉が言って、ペットボトルのお茶を一口飲む。蒼真は奥の席に弓袋と矢筒を立てかけ、班員五人を見渡しながら自分の席についた。悠斗が紅葉の隣にどかりと座って、机に肘をつく。
「紅葉、お前タブレットもう開いてんのかよ。気合入ってんな」
「だって、対人戦の話なら斥候の準備が最初に効いてくるでしょ。準備しないと格好つかないじゃん」
「言うね」
航がふっと息を漏らして、紅葉の向かい側に腰を下ろした。蒼真の正面、いつもの席だ。里奈と真帆は紅葉の隣、悠斗とは反対側に並んで座っている。
六人が揃ったのは、ほんのつい先ほどのようでもあり、ずいぶん前のことのようでもある。一年生の春に偶然組まされた即席パーティは、夏の前期実力考査と秋の探索実習を経た。いつのまにか「神代蒼真の班」と他班から呼ばれるようになっている。今日はその六人で、二月中旬の対人戦に向けて初めて顔を突き合わせる。
「じゃ、始めるか」
蒼真は鞄からメンテナンスノートと筆記具を取り出して、テーブルの自分の前に置いた。
「対人戦まで三ヶ月ちょっとある。今日は、勝つための前提条件を、まず六人で揃えたい」
悠斗が「おう」と短く応じ、椅子の背にもたれていた体を一度起こす。航が無言で頷いた。紅葉がタブレットを伏せて姿勢を正し、里奈と真帆は手元のノートにペンを構える。
蒼真は一拍置いて、口を開いた。
「先週の土曜、協会の立川支部に行ってきた。後藤先生にも同行してもらって、《小転移》の全仕様を、協会のデータベースに公開登録した」
会議室の空気がわずかに動いた。里奈がペンを持つ手を止める。真帆が「あ……」と呟いた。紅葉だけが「うん」と頷いた。金曜の昼に、蒼真は三人組のグループメッセージへ送っていた。「明日、協会行ってくる。スキルの登録」と。悠斗が「了解」と返し、航が「分かった」と続けた。その一連の流れを、紅葉も別ルートで知っていたのだろう。
「触媒は爪や髪。距離は最大十メートル。視界外には転移できない。ナイフの本数だけ回数が制限される。そういう仕様を全部、開示した。三営業日以内に本部のデータベースに反映されて、全国の協会支部、それから全登録探索者から閲覧できる状態になる」
蒼真は意識して、淡々と告げた。
「つまり二月中旬の対人戦の頃には、相手班の班長全員が俺の《小転移》の仕様を知ってる。事前にデータベースから読み込める。何ができて、何ができないか、全部な」
真帆が小さく息を吸って、ノートに何かを書き留める仕草をした。里奈の視線がテーブルの一点に落ちて、それからまっすぐ蒼真に戻ってくる。
「俺たちが今まで強かった理由のひとつが、この奥の手だった。不意の側面射。遠距離からの急所抜き。《小転移》での連携の最終ピース。どれも、相手が想定してない位置から仕掛けるから決まってた。けど、それが対人戦では使えなくなる」
悠斗が両腕を組んで、椅子の背に体重を預けた。
「ふーん。読まれる前提、ってことか」
「そう」
蒼真は頷いた。
「『対策される側』に、回った。そういう自覚を、まず、六人で共有したい」
言葉にしてみると、土曜の帰り道に錦町のマンションへ歩きながら考えていた時よりも、ずっと重く響いた。班員五人の前で改めて口にすることで、ようやく事実として腰を据えてくれる類の重さだった。
短い沈黙のあと、最初に動いたのは航だった。
「蒼真」
ベリーショートの頭を一度傾けて、机の上で指を組み直す。
「協会のデータベースの登録内容は、俺たちも閲覧できるよな」
「ああ。学院生の登録IDで誰でも見れる」
「じゃ、まず六人で同じものを読んでおこう。お前のスキルが外側からどう見えてるか。俺たちが先に把握しとくのが、たぶん一番早い」
航がタブレットを取り出して、慣れた手つきで協会のポータルにアクセスする。「神代蒼真 弓術士 《小転移》」と検索枠に打ち込んで、表示された登録票を全員に見えるよう中央に向けて置いた。
仕様欄には、土曜に蒼真が口で説明した内容が、協会の正式な書式で整理されて並んでいる。触媒。距離。視界要件。回数制限。発動速度〇・三秒。他者巻き込みの可否。蒼真自身が初めて見る、自分の言葉が文書化された姿だった。
「うわ、もう反映されてんの?」
紅葉が画面を覗き込んで、最後の一行を指でなぞった。
「土曜に登録して、月曜にはこれって、協会の中の人働きすぎじゃない?」
「『公開登録』のステータスが出てる」
航が画面の上部を指差して言った。
「全国の探索者から閲覧可能ってことだ。この表示が出た時点で、二月中旬の対人戦に出る一年生はここを読みに来る。自分の班の対戦相手として蒼真の名前が出た瞬間にな」
「来るね。絶対」
紅葉がきっぱり言った。
「私が相手の斥候だったら真っ先に開く。班長のレアスキル、しかも公開登録したてって、もう『読んでくれ』って言ってるようなものじゃん」
蒼真はその二人のやり取りを聞きながら、自分の登録票を改めて眺めた。半年以上、自分だけの奥の手として握り続けていたものが、文書の形で誰でも読めるようになっている。土曜の帰路で噛み締めたものは二つある。「肩の荷が降りた感覚」と「奥の手喪失の自覚」だ。今は後者の方が前に出てきていた。
その時だった。
「――ま、それ込みで強くなりゃいいだろ」
悠斗が頭の後ろで手を組んだまま、椅子をぎしと一度鳴らした。
顔を上げると、悠斗は両手を頭の後ろで組んでいた。椅子の背に体重を預けたまま、にやっと笑って蒼真の方を見ている。
「読まれるの前提なんだろ? じゃあ、しょうがねえじゃん。そっから先で勝てる班になりゃいいだけの話だよ。スキル登録ごときでびびる蒼真じゃねえだろ、お前も」
「びびってるとは言ってねえよ」
「言ってないけど顔がちょっとそんな感じだったぞ」
「……」
簡単に言うなと返したくなる。その一方で、それが正しいんだろうなとも思う。二つの気持ちが、蒼真の中で同時に動いた。後者の方が、ほんのわずかに早く声になった。
「……そうだな」
「そうだろ?」
悠斗がにやりと笑って、ようやく椅子を真っ当な座り方に直した。
「だいたいさ、お前の《小転移》が読まれててもだぞ? 俺の槍は読まれてねえ。航の剣もある。紅葉の索敵もある。里奈の氷も、真帆の白魔法もある。相手から見れば初見の手札はまだいくらでも残ってるんだよ。お前ばっかり対策される側じゃねえじゃん。班全体で見たら、まだ初見の手札ばっか残ってるって話だ」
「悠斗」
紅葉がタブレットから目を上げて、にやりと笑った。
「あんた、たまに鋭いね」
「たまに、ってなんだよ」
「いつもじゃないってこと」
「お前なあ」
悠斗が顔をしかめてみせるが、本気で怒っているわけではない。航が小さく息を漏らして、悠斗と紅葉のやり取りが落ち着くのを一拍待ってから言った。
「悠斗の言うとおりだ。視点を一段引けば、対策される側は蒼真だけじゃない――全員だ。それと、《小転移》が読まれる前提に立つなら、その前提を逆に利用する考え方も出てくる。読まれてるからこそ、囮として転用できる」
航がペンを走らせて、ノートに簡単な配置図を書き始めた。
「相手は蒼真が一瞬でも視界から消えたら、『どこかに転移した』と判断する。視界の外を反射的に警戒する。でも蒼真が実際には転移してなくて、ただ柱の陰に走り込んだだけだったら? 相手は転移先を探しに行く。そこに隙が生まれる」
「……あ、それいいね」
紅葉が即座に乗って、テーブルに身を乗り出した。
「相手の視線が外側に逸れる時間って、たぶんコンマ何秒の世界だけど、私の索敵で捕まえられたら充分な時間になる。そこで悠斗と航が詰めれば、もう仕留めるだけの形になるんじゃない?」
「あの……」
ずっと黙ってメモを取っていた里奈が、控えめに口を開いた。けれど顔は、しっかり上がっていた。
「《小転移》を、撃つための囮に使うっていうことですか」
「そういうことだ」
航が頷いた。
「実際に《小転移》しなくても、《小転移》のスキル登録があるだけで相手は警戒する。警戒する分だけ、別の場所に隙が生まれる。スキルの公開登録が、逆に相手の判断を縛る材料になる」
「……すごい発想ですね」
里奈が言って、自分のノートに何かを素早く書き付ける。航がノートの配置図に矢印を一本書き加えた。
「奥の手が、奥の手じゃなくなった代わりに――」
蒼真は航の言葉を引き取って、自分のメンテナンスノートを開いた。
「囮として、もう一度使える、ってことか」
ノートの新しいページに、黒インクのペンで一行、書く。
『対人戦は知略戦。読まれた上で、勝つ』
書き終えてから、自分でその一行を眺めた。土曜の夜、協会から帰ってメンテナンスノートにメモを記した。
『――奥の手ではなくなった。通常射と集中射を、もっと強くする』
その続きの一行になる気がした。通常射と集中射を強くする。それと並走して、知略の方も鍛える。両輪だ。
「あの……すみません、いいですか」
顔を上げると、里奈が、ノートにペンを構えたままおずおずと手を挙げかけていた。
「『対策される側』って、神代さんだけじゃないですよね? 私たち全員、協会登録のスキルは相手から読まれるってことですよね」
「そうなる」
航が頷いた。
「《脚力強化》《斬撃強化》《視力強化》。それから里奈の《氷矢》《氷壁》《氷床》。真帆の《小回復》《光矢》。登録済みのスキルは全部、相手も同じデータベースで仕様を確認できる」
「じゃあ、私たちも対策される側なんですね」
里奈が言って、ふっと小さく笑った。気弱さからではない。納得した上で苦笑する、大人びた笑い方だった。秋のイレギュラー対応で覚醒して以降、里奈の表情には、こういう種類の落ち着きが混じるようになっていた。
「あ、里奈、ちょっと笑い方変わってきてない?」
紅葉が目ざとく言って、里奈が「そう、ですか?」と頬を赤くする。
「いい笑い方になってきた。前のオドオドした感じより、こっちの方が私は好き」
「紅葉ちゃん、もう……」
「褒めてんだよ、褒めてんの」
紅葉が笑いながら、タブレットの画面を里奈の方に向ける。協会のスキル登録ページの一覧が表示されていた。
「で、里奈の言うとおりなの。対人戦って、相手の登録スキルを全部前提にして組まれた戦術が、ぶつかり合う場所なんだよね。お互いに『読まれてる』前提。どっちが、その上をいけるかの勝負」
紅葉が画面を一度伏せて、テーブルに肘をつく。視線を里奈・真帆・悠斗・航・蒼真と順番に巡らせる。最後にもう一度、蒼真に戻した。
「――ねえ、班長」
「ん?」
「対人戦の相手って、人間だよ。魔物じゃない」
蒼真は、紅葉のその言葉が落ちる瞬間を、はっきりと耳で捉えた。
「人間が人間を読みに来るの。私たちは、相手の班員六人がそれぞれ何を考えているか、どう動こうとしているかを試合中ずっと探り続けないといけない。スキルの仕様を読むだけじゃ全然足りないの。相手の班長がどういう人間なのか。どういう判断の癖があって、追い詰められた時にどっちへ動くタイプなのか。そこを読みに行く」
紅葉が、タブレットを脇に寄せて、両手を机の上で軽く組んだ。
「私さ、斥候じゃん。これまで魔物相手の索敵って、気配察知とか魔力感知で動きを読む仕事だったんだよね。けど対人戦は、相手の頭の中を読む仕事になる。私の役割がたぶん、ちょっと変わる」
短い沈黙が降りた。
悠斗が両腕を組んだまま、ぽかんと口を開けた。それから「うっわ……紅葉、お前、それめちゃくちゃ大事なやつじゃん」と漏らす。航がぽつりと「斥候の仕事の再定義だな」と頷いた。里奈と真帆も自分のノートにペンを走らせる。真帆が「紅葉ちゃん、すごい……」と呟いた。
蒼真は、紅葉の言葉をメンテナンスノートに書き写した。『相手は人間。スキルじゃなく、思考を読む』。一行を書き終えて、紅葉に目を向ける。
「紅葉、それ、たぶん班全体の戦術設計の根っこになる」
「えへへ、そう? まあ斥候だしね、私」
紅葉が初めて少し照れたように肩をすくめて、それからすぐに真顔に戻った。
「だからさ、対戦相手が決まったら私、相手のクラスを見に行くね。班長が普段どう振る舞ってるか。廊下ですれ違った時の歩き方とか、購買で何を選ぶかとか。そういう小さい癖を拾えるだけ拾ってくる」
「斥候のフィールドが学院全体になるな」
航が苦笑した。
「やるよ。それが、対人戦の斥候の仕事だから」
紅葉がきっぱりと言って、タブレットを再び起動した。
「あの……紅葉ちゃん」
ずっと聞き役だった真帆が、ぽつりと声を上げる。
「私も回復役として、相手の白魔法使いの動きや回復のタイミングの癖を、観察した方がいいですよね? 紅葉ちゃんと、役割分担して……」
「あ、それいい」
紅葉が即答する。
「真帆、白魔法使いの目で見ないと分からないことあるじゃん。私と一緒に動こ。真帆ちゃんには『気配り』のセンスがあるから、たぶん私が見落とすとこ拾える」
「そんな……でも、できる限り頑張ります」
真帆が小さくお辞儀するように頭を下げて、ノートにそれを書き留めた。
会議は、そこから一時間ほど続いた。六人は登録票を読み合わせ、自分たちが相手からどう見えるかを一つずつ潰していった。蒼真は《小転移》の囮運用、航は隊列の組み替え、紅葉は相手班の観察。それぞれの宿題がノートに増えていく頃には、窓の外の光がすっかり薄くなっていた。
窓の外で訓練場の照明が一段強く落ち、屋内の蛍光灯の白さが目立つ。蒼真はメンテナンスノートを閉じて、班員五人を見渡した。
「今日は、ここまでにしよう」
「っしゃー、終わった終わった」
悠斗が大きく伸びをして、椅子をがたっと鳴らす。
「腹減った。なあ、誰か鷹丸付き合わねえ?」
「鷹丸?」
「お前、鷹丸って言うだろうと思ったよ」
紅葉と航がほぼ同時に返す。悠斗が「だってもう二時間近く座ってんだぞ」と頬を膨らませる。航が苦笑して「もう六時過ぎだ。並ぶぞ、あの店」と言った。紅葉は「あー、月曜の六時って一番混む時間じゃん。三十分は待つよ」とタブレットをしまいながら笑う。里奈と真帆は顔を見合わせて、控えめに笑った。
「神代さんは? ご一緒します?」
真帆が顔を上げて訊く。
「いや、俺は明日朝練ある。今日はもう帰る」
「蒼真、お前、最近朝練の頻度上がってんな」
航がぼそりと言った。
「『参』、入ったか?」
「……まだ着手したばっかだ。話せるとこまで行ってない」
「分かった。話せるとこまで行ったら、また聞かせろ」
「ああ」
短いやり取りが、今日の会議の最後に残った。
蒼真は和弓と矢筒を肩にかけ直し、メンテナンスノートを鞄に戻す。今日書き留めた二行が、鞄の奥でかすかな輪郭を持っているようだった。『対人戦は知略戦。読まれた上で、勝つ』『相手は人間。スキルじゃなく、思考を読む』。
ミーティングスペースを出る時、紅葉が一番後ろを振り返って、明かりの落ちかけた室内を一度見回した。
「ここ、これから何回も使うね、絶対」
「だな」
蒼真は答えた。
「三ヶ月ちょっと、何回も来る」
「予約、まとめて押さえとこっか。私、明日にでも事務行ってくる」
「頼む」
紅葉が頷いて、扉を閉める。連絡通路の冷たい空気を六人で歩き抜ける。蒼真は、前を行く悠斗の背中を見ていた。その隣では航と紅葉が「鷹丸並ぶ前にコンビニ寄ってけよ、お前すぐ腹減るんだから」「うっせえな」とやり合っている。自分の少し後ろでは、里奈と真帆の足音が並んでいた。
六人で、対人戦に向けた最初の一日が終わった。
奥の手は、もう、奥の手ではない。
でも、奥の手じゃなくなった代わりに。蒼真は、悠斗の「強くなりゃいい」を思い出す。航の「囮として転用できる」も、紅葉の「相手は人間」も、頭の中でもう一度繰り返した。
奥の手じゃなくなった代わりに、ここから先は六人の頭で勝ちに行く。
外に出ると、十一月の冷えた空気が首筋に触れた。蒼真は襟元のジャージを一度、軽く整えた。立川駅の方向の空が暮れていた。




