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蒼弓の軌跡 ~探索者学院唯一の弓術士は静かに頂を狙う~  作者: 七夜灯
第三章 イレギュラー編

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第85話 冬への助走

 十一月第一週、月曜日の朝。


 東京探索者学院の正門前の並木道は、ケヤキの葉が黄色く染まっていた。

 先週の夕方に感じた秋の気配は、一週間のうちに本格的な秋へ変わり、朝の空気には冬の手前の冷たさが混じり始めている。


 蒼真は、制服のシャツのボタンを上までしっかり留めて、正門をくぐった。

 吐く息は、まだ白くならない。だが、風が頬を撫でる感覚は、一ヶ月前とは明確に違う。


 新しい季節が、始まろうとしている。


   ◇


 一限目の前、教室に入るまでの短い時間。


 蒼真は、一年一組の教室棟の一階にある掲示板の前で、足を止めていた。

 掲示板に、新しい紙が一枚、貼り出されている。


『一年生後期対人戦 実施要項(予告)』


 二月中旬。日程は未確定の注記つき。

 一般クラスの班同士の対抗戦。勝利した班の人員について、Sクラス昇格審査の重要判断材料とする。


 来た。


 蒼真は、紙の内容を何度か読み直した。

 日程、ルール、勝敗の判定方法、勝利班の権利。細かな項目が淡々と並んでいる。実施要項の「予告」段階なので、詳細は後日配布される。だが、骨格はもう示されていた。


 蒼真は掲示板の前から離れて、教室に向かった。

 廊下を歩きながら、心の中で呟く。


 次は、Sクラスと同じ土俵に立つ。


 一般クラスの対抗戦で勝てば、Sクラス昇格の審査対象になる。昇格すれば、来年度からは須藤や凛と同じクラスで授業を受けることになる。

 そして、いつかは、同じSクラスで彼らと並んで戦う。


 その日を、蒼真は一年の春から、ずっと視界の奥に置いていた。遠くに置いたまま、日々の訓練を積み上げてきた。

 二月の対人戦が、その視界を現実の距離に引き寄せる。


   ◇


 昼休み。


 蒼真は昼食を持って、中庭のベンチに一人で座っていた。悠斗と航はどこかに行っている。学食で何か食べるとか言っていた。蒼真は朝、マンションで作ってきた弁当を持参していて、天気が良かったので外で食べることにした。


 ケヤキの葉が、風でひらひらと落ちている。

 一枚、蒼真の足元に黄色い葉が舞い降りた。


 そのとき。


「神代」


 声が、横から聞こえた。

 蒼真が顔を上げると、須藤大河(すどうたいが)がベンチの横に立っていた。


 Sクラスの校舎と一般クラスの校舎は、渡り廊下で繋がっている。ただ、普段Sクラスの生徒が一般クラスの中庭まで足を伸ばすことは少ない。蒼真と須藤が偶然すれ違うのは、むしろ渡り廊下や職員室の前などが多かった。


「須藤。どうした?」

「歩いてたら、お前を見かけた」


 須藤が短く答えた。

 手には缶コーヒーを持っている。自販機で買って、散歩がてら飲んでいる風情だった。


「隣、いいか」

「ああ」


 須藤が、ベンチの反対側の端に腰を下ろした。二人の間に、缶コーヒー一本分の距離を置いた、適度な座り方。

 須藤は缶コーヒーを一口飲んでから、蒼真の方には目を向けず、中庭のケヤキを見ながら口を開いた。


「秋は、面白かったな」


 須藤の、何気ない一言。

 蒼真は、その言葉の含みをすぐに受け取った。


 秋は、面白かった。


 秋の探索実習があり、イレギュラー対応があった。Sクラスも同じように第1〜3層の掃討に参加し、第3層の担当区域を歩いた。蒼真たちの班が核個体を討伐したことは、Sクラスにも既に情報として届いているはずだった。


「ああ」


 蒼真は、自分の弁当の卵焼きを一つ摘んで、口に放り込んだ。


「お前のほうはどうだった」


 蒼真が訊いた。

 須藤が考えてから答える。


「Sクラスでも手こずるのはいた」


 須藤の声は淡々としていた。自慢でも、愚痴でもない、ただの報告。


「第3層で、角二本だが一本が異様に長い個体が出た。通常の斬撃が角で受けられて、通らない。こっちの班の前衛が二人、手負いになった。最終的には僕の剣圧で角ごと断って粒子化させたが、時間がかかった」

「剣圧?」


 蒼真が、驚いた顔で須藤を見た。


「習得したのか?」

「……ぎりぎりだ。七割くらいの精度で、まだ実戦で安定して撃てない。あのときは運良く一撃で仕留められたが、次もこうは行かない」

「それでも、凄いじゃないか。Sクラスの白瀬さん、無事?」

「無事だ。白瀬(しらせ)が《回復(ヒール)》で前衛を二人とも完治させた。白瀬も、《回復(ヒール)》を習得したばかりだが、実戦で問題なく機能した」

「良かった」


 蒼真は、素直に応じた。

 須藤は缶コーヒーを一口、ゆっくり飲んでから続けた。


「だが」


 須藤の声が低くなる。


「お前のほうが、面白そうだった」


 蒼真は卵焼きを飲み込んでから、首を傾げた。


「面白そう?」

「第3層の異常個体の核となるヤツを倒したんだろ」

「……まあ、倒した」

「Sクラスの僕たちが遭遇した変異個体より、お前が倒した核のほうが、はるかに大きい。角三本、体高二メートル級、素手。Sクラスでも、あのサイズとの単独交戦は手こずる」

「単独じゃない。六人で倒した」

「六人で、あのサイズを一年生の班が倒した。それ自体が、面白い」


 須藤が、缶コーヒーの底を指で軽く叩いた。


「Sクラスの中には、個の強さで押し切る奴が多い。僕もそのタイプだ。お前の班は違うよな。六人の連携で、強敵を倒す設計をしてる」

「……そう、かもしれない」

「それが、面白い」


 須藤の声には、嘘がなかった。

 蒼真は、須藤の横顔を見た。


 お前のほうが、面白そうだった。


 Sクラスのトップ層である須藤が、わざわざ中庭で蒼真を見つけて、この一言を言いに来た。それだけで、蒼真にとってはかなり重い。


「須藤」

「ん?」

「ありがとう」

「礼はいい」


 須藤は、珍しく口元を緩めた。


「次は、お前ともう一度、直接やり合いたい。一年の春に一度負けたまま、そのままは気持ち悪い」

「対人戦、か」

「二月。お前の班が勝ち上がれば、Sクラス昇格の審査に入る。審査で、僕はお前を推す側に回る」

「推す、って」

「昇格の候補者をSクラス側が評価する段階がある。僕の意見は、それなりに通る。推す」

「……助かる」

「ただ、」


 須藤が、缶コーヒーを飲み干して立ち上がった。


「昇格したら、お前と同じクラスで授業を受けることになる。そのとき、僕は全力でお前を試す。覚悟しとけ」

「望むところだ」


 蒼真が、にっと笑った。

 須藤も、珍しく笑顔に近い表情を返した。


 須藤はそのまま、中庭を出てSクラスの校舎のほうへ戻っていった。

 蒼真は、弁当の続きを食べながら、須藤の背中を見送った。


   ◇◆◇


 同じ昼休み、Sクラスの教室。


 天城凛(あまぎりん)は、自分の席で、職員会議で配布された一枚の紙を机の上に広げていた。


『立川ダンジョン全層異常個体発生事案 事後総括報告(抜粋)』


 A4一枚の抜粋資料。動員の全体像、各学年の担当階層、制圧の概要が淡々と記されている。

 そして、下半分に。


『第3層核個体討伐:第一組5班(神代蒼真班長)』


 その一行を、凛は、もう何度目か読み返していた。

 先週の終わりに、Sクラスの担任教員から、職員会議で配布された資料として一年生全員に配られた。イレギュラー対応の総括を、学院生にも共有するためのもの。内容は淡々としているが、一部に特筆事項として、この記述があった。


 神代蒼真。


 凛は、その名前を瞼の裏で一度なぞった。


 一般クラスの、弓使い。一年生で唯一の弓術士適性持ち。春の入学当初は、Sクラスの凛から見れば「存在を知っている」程度の相手だった。

 夏休みの終わりに、錦町のコンビニの前で偶然すれ違って、一対一で会話した。そのとき、凛は「まあ、努力はしてるみたいだけど」と、評価するような、しないような、微妙な言葉を返して去った。


 新学期の初日、立川の通学路で、また偶然すれ違った。矢を何本引いたかを訊いた。凛としては、珍しく自分から踏み込んだ質問だった。

 「一万二千」という答えは、凛の予想のやや上を行っていた。


 そして、この総括報告。


 第3層の核個体を、一般クラスの班が討伐した。

 しかも、班長が、あの弓使い。


「凛ちゃん」


 横の席から、ほのかが声をかけてきた。

 白瀬ほのか。小柄な白魔法使いで、凛の唯一と言っていい親友。


「また、その報告書、見てる」

「……見てるだけよ」

「朝から、もう三回目じゃない」


 ほのかが笑った。

 凛は「三回目じゃないわよ、二回目」と小声で訂正した。ほのかは「二回目でも多すぎ」と、また笑った。


「ねえ、凛ちゃん」


 ほのかが、声のトーンを落とした。


「聞いた? 一年の弓使いの子の話」


 凛の肩が、一瞬こわばった。

 だが、すぐに普通の声で答えた。


「何の話」

「噂。学内で、最近、結構広がってる」


 ほのかが、周りの席に聞こえないくらいの音量で続けた。


「三組のほうから回ってる話なんだけど、『弓使いの子が、《小転移》ってスキルで広間の奥に現れた』って」

「……小転移」

「そう、《小転移》。他班の後衛が苦戦してるときに、いきなり広間の奥に出てきて、異常個体を一発で倒したらしいんだって。スキル名は、本人が助けに来たとき、助けられた班に直接教えたらしいよ。どの程度飛べるのかとか、仕様の詳細までは分からないんだけど」

「……」

「で、それで終わらないの。別の目撃情報も出回ってて、『一人で核個体の死角を取った』って話もある。核個体の後ろに回り込んで、一撃で倒したって。そこでも《小転移》を使ったんじゃないか、って」


 凛は、机の上の資料をもう一度見下ろした。


 報告書には、「六人の連携による三段階の作戦」という記述がある。一人で倒したわけではなく、班全員の連携で倒した、という冷静な事実。

 でも、学内の噂は、事実の周りで違う形に膨らんでいる。


 「《小転移》で広間の奥に現れた」

 「一人で核個体の死角を取った」


 噂のほうが、余計な勢いを持っている。


「……小転移、って」


 凛は、ぽつりと呟いた。


 記憶の奥で、四月の演武場の風景が蘇った。

 入学式から五日目。百人近い観客の中で、蒼真が須藤の背後に、一瞬で、消えて、現れた。あのとき凛は「油断しただけ」と自分に言い聞かせた。でも、本当は、あれが普通の動きじゃなかったことは、凛にも分かっていた。


 スキル名が分からないまま、学院の裏掲示板でも「何かの転移系スキル?」と噂だけが燻っていた、あの現象。


「それ、春の、須藤戦で消えたやつ、だよね」


 凛の声は小さかった。


「そう、たぶん、あれ。あのときはスキル名が分からなかったけど、《小転移》って名前が付いたら、もう繋がるよね」


 ほのかが、静かに頷いた。


「具体的な仕様は、分からないけど。ねえ、凛ちゃん、知ってた? その弓使いの子」


 凛は、しばらく答えなかった。

 知ってた、とも、知らなかった、とも、言い難かった。


 存在は知っていた。名前も顔も知っていた。一度、放課後のサンサンロードで偶然すれ違って、会話したこともある。先月の新学期の日にも、通学路で偶然会った。


 でも。


 凛の知っている「神代蒼真」は、弓の的に千発単位で矢を引き込み続ける、地味な努力家の一年生だった。「努力はしてる」と、凛が評する程度の、一般クラスの弓使い。


 その子が、第3層の核個体を討伐した。

 その子が、《小転移》で広間の奥に現れた、と噂される。

 それは、凛の頭の中の「神代蒼真」とは、すぐには繋がらない絵だった。


 あり得ないんだけどな、普通。

 凛は、心の中でそう呟いた。


 一般クラスの、弓術士一人の、一年生。その子が、第3層の核を倒す。学内で噂になる。Sクラスの担任教員が、わざわざ職員会議の資料として共有する。


 普通、そんなこと、ない。

 でも、事実として、起こっている。


 凛は、報告書のA4一枚をもう一度、指先で撫でた。紙の感触が、現実の重みを伝えてくる。


 そして。


 凛の瞼の裏に、一筋、蒼い軌跡が蘇った。

 夏休みの終わりのコンビニの前。「魔力集中射、安定した」と、あの子が言った。そのときの、気負わない答え方。

 新学期の日の通学路。「一万二千」と、あの子が答えた。バカみたいな量、と凛が返したときの、苦笑い。


 あの、地味な努力家の一年生が、第3層の核を倒した。


「……凛ちゃん?」


 ほのかが、凛の横顔を覗き込んだ。

 凛は、ほのかの方に顔を向けて、小さく笑った。

 いつもの、ちょっと素っ気ない、凛らしい笑み。


「別に。気にしてない」

「嘘だぁー」


 ほのかが即答した。


「気にしてるでしょ。絶対」

「……気にしてないわよ」


 凛は、資料を静かに閉じた。

 次、矢を見ることが、あるだろうか。

 その子の蒼い軌跡を、もう一度、近くで見ることがあるだろうか。


 凛は答えを出さずに、資料をバッグにしまった。

 昼休みが終わるチャイムが鳴っていた。


   ◇◆◇


 放課後。


 蒼真は訓練場で一時間ほど弓を引いた後、錦町のマンションへ帰った。

 新学期が始まって二ヶ月ほど。日々の訓練のリズムが、再び定着し始めている。


 朝の授業、昼の休憩、午後の授業、放課後の訓練、夕方の帰路、夜のメンテナンスノートへの記録。

 全部が、日常の形に戻っていた。


 夕食を軽く済ませて、シャワーを浴びて、机の前に座った。

 メンテナンスノートの今日のページに、一行書く。


『十一月第一週。対人戦の実施要項が掲示された。二月。三ヶ月ある』


 書いた後、蒼真はスマホを手に取った。

 連絡先のリストから、「爺ちゃん」を選ぶ。


 玄蔵(げんぞう)。祖父。

 この半年間、ダンジョン関係の出来事は、全部、祖父には報告している。簡潔な一文で、そのときそのときの大きな出来事を伝える。祖父からの返信は、いつも「そうか」の三文字。寡黙な人。


 だが、今日は送るべきことが多かった。

 蒼真は、スマホの画面に向かって文字を打ち始めた。


『立川で異変があった。

 班で一番大きな魔物を倒した。

 俺の判断で悠斗に怪我させた。

 でもちゃんと戻ってこれた。』


 四行。

 蒼真は一度、画面を見下ろして、文面を確認した。


 大事件を、四行で。

 玄蔵への報告は、いつもこういう短い形になる。祖父に細かい状況を伝えても仕方ない。結果と、自分の中で消化した要点だけを伝える。


 送信ボタンを押した。


 ふう。


 蒼真は、スマホを机に置いて背伸びをした。

 祖父からの返信は、いつも数時間から一日後に来る。祖父はスマホを頻繁に見るタイプではない。だから、今夜中に返信が来るかは分からない。


 シャワーの続きというわけでもないが、蒼真はお湯を沸かして、インスタントのコーヒーを作った。

 錦町のマンションの、静かな夜。秋の虫の声は、もうほとんど聞こえなくなっていた。代わりに、外を走る車の音と、マンションのエアコンの低い音だけが部屋に流れていた。


   ◇


 コーヒーを飲み干して、ノートに今日の訓練の記録を書き込んで、読書をしていたら。


 スマホが、振動した。

 メッセージの通知。

 蒼真はスマホを手に取った。


 差出人:爺ちゃん

 画面を開く。


『お前が判断を誤ったことを自分で認めたのは、いいことだ。

 次は誤らんようにしろ。

 悠斗君にはいずれ礼をしなさい』


 三行。

 蒼真は、画面をしばらく見つめた。

 爺ちゃんが、三行書いた。


 蒼真は、画面をもう一度読み直した。

 一行目。お前が判断を誤ったことを自分で認めたのは、いいことだ。

 二行目。次は誤らんようにしろ。

 三行目。悠斗君にはいずれ礼をしなさい。


 蒼真は、声に出して呟いた。


「……爺ちゃんが、三行書いた」


 祖父は、これまでどんな大きな出来事を報告しても、「そうか」の三文字で返してきた人だった。蒼真が初ダンジョン実習を終えたときも、前期実力考査で暫定一位を取ったときも、魔力集中射『弐』を習得したときも、全部、「そうか」の三文字。


 それが、今日は三行。

 大事件だ。


 蒼真は、一人で小さく笑った。

 メンテナンスノートを開いて、三行のメッセージを一字一句、書き写した。スマホの画面と、ノートの上。二つの場所に、祖父の言葉が刻まれた。


 判断を誤ったことを自分で認めたのは、いいこと。


 蒼真は、一行目を指でなぞった。

 判断ミスを班員に認めて頭を下げた夜、あの時、蒼真は「班長として失格かもしれない」と思っていた。自分が班長でいることの意味を、問い直した。


 でも、祖父は違う見方をしていた。

 判断を誤ることは、誰にでもある。それを自分で認められたことが大事だ、と。

 古武術の道場を営んでいた祖父の視線は、こういう場面で、いつも蒼真の想定の外から届いてくる。


 次は誤らんようにしろ。

 二行目。

 これが、祖父らしい厳しさ。認めたからといって、許されたわけではない。次は、誤るな。


 悠斗君にはいずれ礼をしなさい。

 三行目。

 蒼真は、この一行で頬が緩んだ。

 鷹丸でから揚げを奢った。あれで、とりあえず「一回目の礼」は済ませたと思っていた。


 でも、祖父の言う「いずれ礼をしなさい」は、から揚げ一回分で足りる話ではないのかもしれない。

 いつか。何か別の形で、悠斗にもう一度礼をする場面が来るのだろう。祖父の「いずれ」の中には、そういう先の未来への含みがあるように思えた。


   ◇


 蒼真は、スマホに返信を打った。


『分かった。次は、誤らない。悠斗にも、ちゃんと、礼をする。爺ちゃん、ありがとう』


 送信。

 祖父からの返信は、もう来なかった。

 二往復目を求めない、いつもの祖父。

 蒼真は、スマホを閉じて机の上に置いた。


 部屋の照明を落として、ベッドに横になった。天井を見上げながら、今日一日のことを頭の中で反芻した。

 対人戦の掲示板。

 昼休みの須藤との会話。「お前のほうが、面白そうだった」。

 放課後の訓練場での弓の感触。


 そして。

 祖父からの、三行のメッセージ。


 季節が、変わる。

 蒼真は、天井を見上げながら思った。

 夏の終わりから秋にかけて、濃密な時間が流れた。判断ミスもした。仲間に助けられた。核個体を倒した。噂になった。須藤が「面白そうだった」と評価してくれた。祖父が三行書いた。

 全部、繋がっている。

 そして、この全部が、次の二月の対人戦に繋がっていく。


 冬が、来る。

 蒼真は目を閉じた。

 外の空に、本格的な冷たさが降り始めている。秋の虫の声は消え、代わりに、冬の風が強くなっていく。

 訓練場の床は、きっと来週にはもう一段冷たくなる。弓を引く指先も、寒さで硬くなる。


 でも、それでいい。

 冬の冷たさの中で、次の射撃の精度を上げる。フォーメーションを磨く。六人の連携を、さらに深める。《小転移》の使い方をもっと自在にする。そして、魔力集中射『弐』の安定率を九割に、できれば九十五パーセントまで引き上げ、『参』の制御にも手をつけ始める。

 三ヶ月で、できることはたくさんある。


 二月。

 Sクラスと同じ土俵に立つための、最後の一歩。

 その一歩を、六人で踏み出す。


 蒼真は、ゆっくりと眠りに落ちていった。

 錦町のマンションの外で、秋の最後の風が静かに吹いていた。


 明日の朝には、冬がもう一歩、近づいているはずだった。

ここまでお読みくださり、誠にありがとうございます。

本話で第三章イレギュラー編の完結となります。いかがでしたでしょうか?

次回からは第四章が開始しますのでお待ちください。

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