第80話 六人の答え
通路の隅、広間の入口から十メートルほど離れた位置。
蒼真は岩壁に背中を預け、メンテナンスノートを膝の上に広げた。ノートには広間の俯瞰図が描かれている。長径三十メートル強の楕円。中央やや奥に主。半円陣形の配下六体。壁際の段差と入口の位置。
五人が蒼真を囲むように座った。悠斗は左腕を慣らすように軽く動かしている。航は長剣の柄を撫でていた。紅葉は索敵の目をまだ落とさず、ときおり通路の奥へ視線を向ける。里奈は杖を膝に置き、蒼真のノートを覗き込んでいた。真帆は杖の先端を静かに撫でながら、自分の魔力残量を体の内側で確認しているようだった。
「順番に、手札を並べていく」
蒼真は、ペンを構えた。
「まず、配下六体の処理」
◇
蒼真は広間の俯瞰図に、六体の配下の位置を改めて書き込んだ。主を中心とした半円陣形。主の正面に配下二体、左右に各二体。
「配下は、主より先に処理したい。主との戦闘中に配下が絡むと、射線が塞がれて動きが取りづらくなる」
「でも、半円陣形だと、配下が主を守る形に動く可能性があるな」
航が指摘した。
「俺たちが配下を狙うと、配下が主の前に出て盾になる、というパターン」
「そうだ」
蒼真はペンで、半円陣形の中央の二体を丸で囲んだ。
「だから、配下の半円を物理的に分断する。里奈、《氷壁》を広間の中央に一枚置ける? 主と左半分の配下三体、右半分の配下三体を分ける形で」
「……」
里奈は、少しの間、考えた。それから、頷いた。
「はい。広間の中央を横切る幅なら、今日の残り魔力で、一枚出せます」
「主は、《氷壁》を壊せるか」
「壊せる、と思います。主の筋力なら、ハイゴブリンの一分持ちが、もっと短くなる可能性があります。……三十秒、もちません」
「三十秒あれば十分」
蒼真は頷いた。
「その三十秒で、配下の片半分。どっちの三体を先に処理するか決めて、六人で集中して片付ける」
「どっち側に集中する」
航が訊いた。
「……右側」
蒼真は、俯瞰図の右半分を指差した。
「配下の中でも、右側三体の方が、広間の壁の段差に近い。段差を使えば、悠斗と航が敵の動きを制限しやすい。左側は開けすぎてて、前衛二人だと捌ききれない可能性がある」
「了解した」
航が頷いた。
◇
「真帆」
「はい」
「配下の三体処理の時、《光矢》で一体の目を焼いてくれ。一体でいい。時間稼ぎ、視界封じ」
「分かりました」
「里奈、《氷壁》で主を分断した後は、《氷矢》で配下のうち一体の足を凍結。残り三発分の《氷矢》のうち、一発をここで使う」
「はい」
「悠斗、航、紅葉の前衛三人で配下三体を一気に片付ける。悠斗は突きで牽制。航が斬撃で仕留める。紅葉は側面から短剣で補助。目安は三十秒」
「やる」
悠斗が、右手で拳を握った。左腕の包帯を見てから、目線を上げた。「左腕は、支え程度に使う。突きなら、問題ねえ」
「俺も、斬撃強化で一気に削る。八割出力で三体。時間内に落とせる」
航が頷いた。
「私は、敵の足元を小剣でかき回す」
紅葉が笑った。「斥候の仕事」
「俺は、配下三体の処理中、後方待機」
蒼真は、自分の位置を、俯瞰図の広間の入口近くに描いた。
「射線で援護できる場面があれば通常射、なければ温存。配下は前衛三人で片付けきる」
「おお、蒼真が後方で待機って珍しいな」
悠斗がニッと笑った。
「主のために、力を残す」
蒼真は真顔で答えた。
「配下に矢を使いすぎたら、主戦闘で失速する」
◇
「じゃあ、主戦闘の話に入る」
蒼真は、俯瞰図の中央、主の位置を、ペンで太く丸く囲んだ。
「配下三体を処理した頃に、《氷壁》が壊れて、主と残り三体の配下が動き出す。そこからが、本番だ」
五人の表情が、一段、引き締まった。
「主の情報を整理する。体高二メートル級。角三本。筋肉質で素手。武器がないなら、角か拳を使う可能性が高い。動きの速さも耐久も攻撃パターンも未知数だ」
「素手ってのが、逆に怖いな」
悠斗が呟いた。
「棍棒だったら、リーチが読める。素手なら、どういう攻撃してくるか分からねえ」
「そうだ。だから、前衛は、距離を詰めすぎない」
蒼真は、前衛の配置を、俯瞰図に描き直した。
「航ワントップ、悠斗がやや後方、紅葉が側面。主の正面に三人で立ち、拳の間合いの外で、主の注意を引き続ける」
「注意を引き続ける、だけ?」
「ああ」
蒼真の目が、鋭くなった。
「主を倒すのは、前衛じゃない」
五人の視線が、蒼真に集中する。
「主を倒すのは、俺の『弐』だ」
◇
蒼真は、自分の位置を、俯瞰図に書き込み直した。
「魔力集中射『弐』、残り一発分。今日最後の一発を、主のこめかみに、叩き込む」
「最後の一発……」
航が復唱した。
「『弐』の貫通力なら、主の頭蓋を貫ける。それ以外の武装じゃ、主の耐久を抜けない」
蒼真は、ペンで、主の頭部を、丸く囲んだ。
「ただし、正面からじゃ、届かない」
「角、か」
航が即座に察した。
「三本の角が、前方から見たときの頭部の盾になる。特に中央の角は太くて長い。正面から『弐』を撃っても、角に弾かれる可能性が高い」
蒼真は、俯瞰図の主の横から、矢印を描いた。
「側面。主の真横からなら、角が邪魔にならず、こめかみが射線に入る」
「側面に、どうやって回る?」
航が訊いた。
「紅葉の索敵と、俺の小転移」
蒼真は、ナイフポーチを、軽く叩いた。
「紅葉、主の動きの中で、側面が完全に開く瞬間を見つけてくれ。主が視線を前衛に固定した瞬間、側面の死角が生まれる。その瞬間を、教えてくれ」
「――了解」
紅葉が、深く頷いた。
「索敵、主に集中する」
「紅葉が『右二時、死角あります』とか、方向と角度で教えてくれたら、俺が小転移で側面に飛ぶ。投擲するナイフは、事前に準備しておく」
「転移先は、どこに設定する?」
航が訊いた。
「広間の左右の段差の陰。地形として遮蔽物があって、転移直後に敵の視線から一瞬隠れられる位置。どっちの段差が死角になるかは、戦況次第」
「両側の段差、事前に投擲用のナイフを仕込んでおくのか?」
「ああ。広間突入の直前に俺が二本投げる。一本は左の段差、一本は右の段差。主の動きを見て、どちらかに飛ぶ」
「……蒼真、考えたな」
悠斗が、少し感心したように呟いた。
「配置さえ決まれば、あとは紅葉の索敵が教えてくれる『今』に、俺が反応するだけだ」
◇
「小転移後、どうする」
航が、さらに踏み込んだ。
「側面に飛んで、主のこめかみに射線が通った瞬間、『弐』を放つ。主が転移に気づく前に撃つ」
「気づかれたら?」
「気づかれたら、里奈」
蒼真は、里奈に顔を向けた。
「《氷床》、残り一発、主の足元に発動。主の動きを止めてくれ。俺の『弐』が命中するまでの、数秒」
「はい」
里奈の声は、細かったが、揺らがなかった。
「前衛が、同時に主を拘束する方向の動きに入る。悠斗と航と紅葉で、主の注意を分散させる。俺の『弐』が届くまでの、時間稼ぎだ」
「了解」
前衛三人が、声を揃えた。
「真帆」
「はい」
「主戦闘中、《光矢》は主の目を狙ってくれ。視界を奪えば、俺の転移に気づかれにくくなる」
「……魔力、ぎりぎりですが、使います」
「ぎりぎりになるな、確かに」
蒼真が、一度、真帆の目を見た。
「無理しなくていい。主戦闘後に《小回復》が一回分残せないなら、《光矢》はパスしていい」
「いえ」
真帆は、首を横に振った。
「使います。《光矢》一発で、神代さんの転移の安全が上がります。主戦闘後の《小回復》一回分は、誰に使うかは、状況次第で判断します」
真帆の声は、柔らかいが、決意が強かった。
蒼真は、真帆の目を見て、深く頷いた。
「――頼む」
◇
作戦の骨格が、揃った。
蒼真はノートの俯瞰図に、全員の動きを、時系列で整理していった。
【フェーズ1】(所要時間:約三十秒)
・蒼真が広間突入前に、左右の段差の陰にナイフ一本ずつ投擲
・里奈が《氷壁》を広間中央に展開、主と配下半分を分断
・真帆が《光矢》で配下一体の目を焼き
・里奈が《氷矢》で配下一体の足を凍結
・悠斗・航・紅葉の前衛三人が右側の配下三体を処理
・蒼真は後方で待機、援護射撃は最小限
【フェーズ2】(所要時間:主の動き次第)
・《氷壁》が壊れて主と残り配下三体が動き出す
・前衛三人が主の正面に立ち、拳の間合いの外で注意を引く
・残り配下三体は、悠斗・航・紅葉と、蒼真の通常射で、流しながら処理
・紅葉が主の視線を観察、側面が開く瞬間を待つ
・真帆が《光矢》で主の目を焼く
【フェーズ3】(所要時間:数秒)
・紅葉が「方向+二時方向」等で死角の位置を伝達
・蒼真が小転移で対応する段差の陰に飛ぶ
・里奈が《氷床》で主の足元を拘束
・蒼真が『弐』を主のこめかみに撃ち込む
「これが、今回の作戦だ」
蒼真は、ペンを置いて、五人を見渡した。
「それぞれの役割が、嵌まれば、主は倒せる。嵌まらなければ、危ない」
「一人で仕留めない、だな」
航が、呟いた。
「そうだ」
蒼真が頷いた。
「俺一人では絶対に無理な相手だ。でも六人の手札が全部揃えば、俺の『弐』が主を貫く。主を倒すのは俺の矢だけじゃない。六人の連携だ」
◇
五人の反応は、それぞれ違った。
悠斗は「よっしゃ、やるぞ」と拳を右手で握って、明るく言った。左腕を気遣いながらも、声に張りがある。
航は「配置は筋が通ってる。後は実戦で噛み合わせるだけだ」と冷静に頷いた。
紅葉は「班長、死角の通知、任せて。私、主を見逃さない」と、斥候としての自信を見せた。
真帆は「私も、最後まで魔力を調整します。悠斗さんの左腕、戦闘後も責任持って見ます」と、穏やかな決意を見せた。
そして、里奈。
里奈は、杖を両手で握って、蒼真の目を、まっすぐに見た。
「班長」
「ん?」
「……《氷床》は、最後の一発を必ず主の足元に届けます」
「わかった」
里奈の声は、細い。でも、揺らぎがない。
「さっきは、班長を助けるために出ました。今度は班長の矢を届けるために、出します」
蒼真は、里奈の目を、見つめた。
一年の春、震えていた里奈。
今、その里奈が、自分の魔法を「班長の矢を届けるための足場」として提供しようとしている。
里奈の中で、何かが、確実に、変わっていた。
「……頼む、里奈」
「はい」
◇
作戦会議が終わった。
蒼真は、通信機を持ち上げて、もう一度、管理棟の通常チャンネルに接続した。
「第5班、神代。作戦概要の報告を入れます」
『聞いている』
後藤の声。
「第3層核個体の討伐作戦。六人の連携で、配下を先に処理、主には最後に魔力集中射を側面から撃ち込む計画です。《小転移》を死角取りの最終ピースとして組み込みます。所要時間の目安は、五分から十分を想定」
後藤の返事は、一拍置いてから来た。
『分かった。判断は、神代に委ねる』
これで二度目、「判断は、神代に委ねる」の言葉だった。
さらに、一拍置いて、後藤はもう一言、付け加えた。
『神代。全員で、帰ってこい』
出撃前の訓示と、同じ言葉。
「はい」
蒼真は、通信機に向かって、はっきりと答えた。
通信が切れた。
◇
蒼真は、腰のポーチから、ナイフを二本、手に取った。
触媒、確認。両方とも、柄の溝に、髪と爪の触媒がしっかりと巻かれている。
ナイフを握り直して、蒼真は五人に向き直った。
「――行くぞ」
「はい」
「了解」
「おう」
「了解」
「任せて」
六人分の返事が、重なった。
蒼真は立ち上がり、弓ケースから矢筒を再確認した。矢残十二本。『弐』を撃てる魔力は一発分。
ナイフ六本のうち、二本を手に持ち、残り四本はポーチに収まっている。
「広間突入の前に、段差の陰にナイフを投擲する」
蒼真は五人に確認した。
「投擲した瞬間、紅葉の『静音索敵』で主と配下の反応を確認してくれ。気づかれる前に、次のフェーズに入る」
「了解」
「里奈、《氷壁》の詠唱開始のタイミングは、俺が『行く』と言った瞬間」
「はい」
「真帆、《光矢》の最初のターゲットは、俺が『左手前の配下』と指示した個体。すぐに反応してくれ」
「はい」
「悠斗、航、紅葉の前衛は、《氷壁》が展開した瞬間に右半分へ突入」
「了解」
「了解」
「任せて」
六人が、広間の入口に向かって、静かに歩き始めた。
蒼真は、先頭に立って、壁沿いを進んだ。広間の入口まで、十メートル。
配下六体、主一体。
頭の中で、作戦の全フェーズを、もう一度、なぞった。
嵌まれば、主は倒せる。嵌まらなければ、危ない。
嵌めるしかない。
蒼真は、ナイフを両手に構え、広間の入口の手前で、一度だけ、深く息を吸った。
――六人で、行く。
ナイフを投擲するための一歩を、踏み出した。




