第71話 六人の手札
放課後。屋内訓練場のミーティングスペース。
第5班の六人が、円形テーブルを囲んで座っていた。テーブルの上には蒼真のメンテナンスノート、それから秋の実習で蒼真自身がスケッチした第3層の地形図が広げられている。
夕方の訓練場では、他の生徒たちの声が遠くに響いていた。剣を振る音。魔法の詠唱。掛け声。日常の訓練の音だ。だが、第5班のテーブルの周りだけは、明らかに別の空気が張っていた。
「じゃ、作戦会議、始めるぞ」
蒼真の声で、五人が姿勢を正した。
「まず、今朝の派遣官の通達と、後藤先生のホームルームの内容を、全員で共有する。紅葉、メモは取ったよな」
「もちろん」
紅葉が手帳を開いた。
「動員体制は、一年生全三十班が第1〜3層に一斉投入。二年生が第4〜6層、三年生が第7〜10層。プロ探索者は第11層ゲート直接投入。想定日程は金曜日朝八時出撃、一日で制圧」
「そして、教官は、各班に随行しない」
蒼真が紅葉の言葉に続けた。
五人の表情が、そこで一段、引き締まった。
真帆が杖をきゅっと握り直して、静かに言った。
「……全員で、入るんですね。私たちだけで」
「そうだ」
蒼真は頷いた。
「教官は管理棟待機。魔導通信機で指揮を出してくれる。緊急時には救援班が来る。でも、ダンジョンの中で、その場で判断するのは、俺たちだ」
里奈の手が、杖を握り直す動きで、一瞬、止まった。
だがすぐに、また杖を、しっかりと握り直した。声は出さなかった。ただ、目は蒼真に向いていた。
「……班長」
紅葉がぽつりと言った。
「これ、ちょっと、違う空気だね」
「ああ」
「今回は、後ろに先生いないんだよね」
紅葉は小さく息を吐いた。
「何かあったら、班長が最初に決めるんだ」
紅葉の目に、斥候らしい観察の鋭さと、班員としての心配が混ざっていた。
「背負う」
蒼真は言葉を噛み締めた。
「正確には、背負いたい。六人分の命を」
蒼真は一度、五人の顔を順に見た。
「だから、今日、話しておく。俺が背負うために、お前たちが知っておかなきゃいけないことがある」
◇
五人の視線が、蒼真に集中した。
「基本方針の確認から行く」
蒼真は地形図を指で辿った。
「連携は、秋の実習で確認したフォーメーションBを基本形にする。前衛左右展開。里奈の《氷壁》で退路遮断。真帆の《光矢》で牽制。そこに俺の側面射を合わせる。『弐』はここぞの一撃として温存する」
五人が頷く。
「敵は、第2層でも第3層でも、動きが一段速い変異個体が混じる可能性がある。通常種より耐久と反応速度が上で、一撃も重い。油断しない。特に第3層は偵察で一回歩いただけで、本格戦闘は初めてになる」
「第3層、単体出現しないんだよな」
悠斗が確認した。
「しない。集団戦前提。三体以上で出てくる。紅葉の索敵がこれまで以上に重要になる」
「任せて」
紅葉が拳を軽く握った。
「他班との合流・救援判断についても話しておく」
蒼真は続けた。
「通路の奥から他班の戦闘音が聞こえる可能性がある。助けを求める声も、あり得る。そのとき、俺たちがどう動くか、全員で共有しておきたい」
「……班長はどう思ってるの」
紅葉が訊いた。
「俺は、救援に入れる状況なら、入るつもりだ」
蒼真は即答した。
「俺たちだけで戦場に出る今日、他の班も同じ立場で戦ってる。教官なしで三十班が散らばる中で、助け合える場面があれば、助ける。それが、俺の中での『判断』の方向性だ」
悠斗が「いいな、それ」と小さく頷いた。
「ただし」
蒼真は一拍置いた。
「それは、俺たち自身に余裕がある場合に限る。六人の誰かが危ない状況で他班を助けに行くのは、本末転倒だ。あくまで、俺たちが無事で、余力がある場合」
「了解」
航が頷いた。
「優先順位は、自班の安全。次に、余力があれば救援。筋が通ってる」
◇
蒼真は一度、目を閉じた。
四月の入学式後、演武場の百人の観客の前で、須藤の背後へ一瞬で転移した、あの午後。
観客席から湧いた驚きのどよめき。あの日から、学院のあちこちで「弓術士の子は一瞬で消えた」「何かの転移系スキルらしい」という噂が燻り続けている。だが、スキル名も仕様も、蒼真は誰にも明かしてこなかった。
五月。第5班が編成された日。初ダンジョン実習で第2層に降りた、あの混乱。里奈が逃げ、蒼真が追って、角一本のハイゴブリンと対峙したあの夜。
七月の前期実力考査。「弓術士の壁」にぶつかって、ノートに「一人では仕留められない。仲間の力で撃つ」と書いた夜。
夏休み。叔父の家で、夕日を見ながら「いつか班員に話そう」と呟いた夜。
そして今日。
一人で抱えてきた「奥の手」の意味が、自分の中で、もう変わっていることに、はっきり気づいた今日。
これまでは、《小転移》は「自分だけの切り札」だった。隠しておくことで対戦相手の予測を裏切り、自分一人で局面をひっくり返す。個人の最終手段として扱ってきた。
でも、もう違う。
第5班が第3層の核に挑もうとしている今、《小転移》は「自分だけの奥の手」じゃない。「仲間と一緒に勝利を掴むための手段」に、変わっている。
だとしたら、隠しておく理由は、もう、どこにもない。
ここまで辿り着くのに、半年近くかかった。
蒼真は目を開け、ナイフポーチを腰から外してテーブルの真ん中に置いた。
六本のスローイングナイフが、カランと小さな音を立てた。
「――もう一つ、みんなに話しておきたいことがある」
「これが、俺の最後の手札だ」
五人の視線がポーチに集中する。最初に気づいたのは悠斗だった。ポーチの中のナイフが、ただのナイフではないことに。
柄の細い溝に、何か細い糸のようなものが、きっちりと巻き付けられている。
「――スキル名は、《小転移》」
蒼真は一つ、深く息を吸った。
「須藤戦で、俺が一瞬消えた。あれだ」
五人が、揃って頷いた。四月の百人の観客の前で見せたあの現象が、何のスキルだったのか。ずっと名前の付いていなかった疑問に、今、名前が付いた瞬間だった。
「名前も仕様も、俺は誰にも話してこなかった。悠斗にも航にも、紅葉にも里奈にも真帆にも」
テーブルが一瞬、静まった。
◇
「……転移?」
里奈が先に反芻した。
「ああ、転移スキル」
蒼真が頷いた。
「ナイフに、触媒を括り付ける。そのナイフを投げた場所に、俺自身が転移する。それだけだ」
「それだけって」
悠斗の目が、みるみる丸くなっていった。
「それだけって、それ、めちゃくちゃすげえスキルじゃねえか!」
「『めちゃくちゃすげえ』は、ちょっと盛りすぎだ」
蒼真は苦笑した。
「制約がいくつかある。一つ目、回数制限。ナイフ六本だから、一回の出撃で最大六回。触媒は一度使うと消費する」
「触媒って?」
紅葉が訊いた。
蒼真は一拍置いた。このスキルを他人に話すとき、一番抵抗がある部分。でも、もう、伏せる理由はない。
ポーチから、ナイフを一本、取り出した。柄の細い溝に巻き付けられた、黒い細い糸のようなもの。
「――俺の、髪の毛だ」
紅葉の眉が、わずかに動いた。
「もう一つのパターンは、爪」
蒼真は、もう一本のナイフを取り出してテーブルに置いた。こちらの柄の溝には、小さな布の小袋が結び付けられている。中には、爪の欠片が数片。
「この袋の中に、俺の爪の欠片が入ってる。小さく割ったやつを、触媒として使う」
里奈が目を見開いた。真帆の杖を握る手にも、力が入る。
「《小転移》は、転移するために『自分の体の一部』を触媒に要求する。他人のものじゃ発動しない。人工物でも駄目だ。俺の髪か、俺の爪だけが、触媒になる」
「……それ、」
紅葉が、言葉を探した。
「それを、他人に言うのが、抵抗あったの?」
「……ああ」
蒼真は素直に頷いた。
「体の一部、っていうのが説明しづらかった。気味悪がられるかな、とか色々考えた。中3で仕様に気づいてから、祖父と両親以外には話してな――」
「気味悪くなんか、ないよ」
紅葉が、即答した。
「ちょっと珍しいけど、それだけ」
「……ありがとう」
蒼真は、小さく笑った。
「触媒を仕込むのには時間がかかる。ナイフの溝に髪を巻き付けるか、爪の欠片を入れた袋を柄尻に結わえる。戦闘中には補充できないから、ナイフ六本が一日の上限と考えておいてくれ」
紅葉は「なるほど」と頷いた。さっきまでの「そっか」よりも、深い納得の声だった。
「二つ目、転移できる距離は最大十メートル」
「十メートル」
航が冷静に復唱した。
「弓の射線の代替にはならないが、戦術的移動には十分な距離だ」
「そう。三つ目、転移先を視界に収めていること。どこにでも飛べるわけじゃない。見えている範囲の十メートル以内にナイフを投げて、そこに飛ぶ」
蒼真はポーチを軽く叩いた。
「四つ目、ナイフ自体は使い捨てじゃない。戦闘後に回収できる。回収できれば、触媒は消耗してるけど、次の戦闘で再び使える」
「一戦ごとに、触媒補充込みの準備をすれば、また六回使えるってことか」
「そうだ。ただ、今回の動員は一日の話だから、触媒補充の時間はない。一日で六回。それが俺の上限だ」
五人が、ポーチの中の六本のナイフをじっと見つめた。
◇
航が、ゆっくり口を開いた。
「だから、須藤戦で消えたのか」
航の声には、責める色はなかった。半年前に百人の観客と一緒に目撃した、あの「一瞬で消えた」現象。その中身が今ようやく腑に落ちた、という響きだった。
「ああ」
蒼真は頷いた。
「あのとき、最後のナイフが『当てるつもり』じゃなく、『転移先の目印』だった。須藤が俺を斬ろうとした一瞬の前に、転移して、須藤の背後に回った」
「……合点がいった」
航はそう言って、しばらく黙った。
「学院の裏掲示板でも、あの一件はずっと燻ってた。『弓使いの子は何かの転移スキルを持ってるらしい』って。でも、スキル名も仕様も、誰にも分からないまま、半年が経った」
「ああ」
「俺は、お前と一緒にいたのに、それを訊かなかった」
航の声には、静かな自責の色が混じっていた。
「班長には班長の事情がある、って思ってた。だから、踏み込まなかった」
「航」
蒼真は、航をまっすぐに見た。
「踏み込まなかったのは、俺が踏み込ませなかったからだ。お前のせいじゃない」
航は、一度だけ頷いて、もう何も言わなかった。
「班長」
紅葉が手をテーブルに軽く載せた。
「なんで、今まで言ってくれなかったの?」
紅葉の声は、責める調子ではなかった。ただ、疑問をまっすぐにぶつける声だった。
蒼真は、紅葉の目をまっすぐに受け止めた。頭の中で言葉を探す。この問いには、今日、ちゃんと答えたい。
「……中3で仕様に気づいてから、ずっと、《小転移》は『自分だけの奥の手』だった」
蒼真は、静かに話し始めた。
「対戦相手の予測を裏切って、自分一人で勝負を決める。そのための隠し札。入学直後の須藤戦でも、そうやって使った。手札を全部切った最後に《小転移》で背後を取る。『自分一人で局面をひっくり返す道具』として、温存してきた」
五人が、静かに聞いていた。
「でも、五月に第5班が組まれて、七月の前期考査で『一人では仕留められない』って気づいた。夏休みに『仲間の力で撃つ』って腹を括った。そこから、《小転移》の位置づけが俺の中で変わり始めてた」
蒼真は、ナイフポーチを一度、撫でた。
「『自分だけの切り札』じゃなくて、『仲間と一緒に勝利を掴むための手段』に、変わってきてた」
紅葉の瞳が、静かに蒼真を見ていた。
「でも、言い出すタイミングが掴めなくて、ずるずる来た。連携に穴があるのは自分でも分かってた。それでも、話さないまま半年経った。俺の落ち度だ」
「落ち度、って」
紅葉が、ちょっと困ったように笑った。
「班長が自分で『落ち度』って認めるの、珍しい」
「認める場面だからな、今」
蒼真は真顔で頷いた。
「教官が今回、ダンジョンに入らない。俺たち六人が自分たちだけで戦う。その状況で《小転移》を『自分だけの奥の手』のまま隠しておくのは、もう意味が違う」
五人の表情が、一段、真剣になった。
「『自分だけの切り札』から『仲間と勝利を掴む手段』に変わったなら、隠しておく理由はもうどこにもない。話すなら今日だと、今朝、腹が決まった」
紅葉は口を尖らせかけて、それから、ふと表情を緩めた。
「まあ、いいよ。今話してくれたんだから」
「紅葉……」
「でも、覚えといて。班長が隠し事してたら、私、気づくから」
「たぶん、気づくんだろうな」
蒼真は素直に認めた。紅葉の斥候としての観察眼は、こういう場面でも鋭い。
◇
悠斗が、ふいに、口を開いた。
「蒼真」
「うん」
「俺、なんか……嬉しいんだけど、今」
「嬉しい?」
「うん。蒼真が、俺たちに話してくれたこと。それが、嬉しい」
悠斗が照れたように鼻の下をこすった。
「俺、お前がどこかで何か隠してる感じは、うっすら気づいてたんだ。斥候みたいに鋭いわけじゃねえけど、一緒にダンジョン潜ってるとなんとなく分かる。でも、それが嫌だったとかじゃない。班長には班長の事情があるって思ってた」
悠斗はテーブルのナイフを指先で軽く突いた。
「でも、今日、話してくれた。それが、嬉しい」
蒼真は、喉の奥が少し詰まるのを感じた。
悠斗の率直な「嬉しい」は、紅葉の「なんで言ってくれなかったの」と同じくらい、蒼真に深く届いた。
「……悠斗」
「だから、俺、めちゃくちゃ頑張る。今回の動員」
悠斗が拳を握った。
「蒼真の最後の手札を、ちゃんと活かせるように、前衛で頑張る。お前が転移で飛んだ先で、俺たちが敵を抑えてる。そういう形、作れるように」
「……頼む」
蒼真は、素直に頭を下げた。
◇
里奈と真帆が、お互いに一度、顔を見合わせた。
それから、それぞれ蒼真を見た。
「神代さん」
真帆が先に口を開いた。柔らかい声。
「使いどころは、どう考えてるんですか?」
真帆の質問は的確だった。蒼真は一拍置いて、身を乗り出した。
「今回の動員では、俺は小転移を、積極的に使うつもりだ」
五人の目が、揃って蒼真を見た。
「これまでの訓練や実習なら、手札を温存する判断もある。でも、今回は実戦だ。訓練じゃない。教官も一緒に入らない。温存して全員が危ない目に遭う方が本末転倒だ。必要な場面で、遠慮なく使う」
蒼真は、ナイフポーチを一度、撫でた。
「使い方は、三つ想定してる」
指を一本立てる。
「一つ、救援。誰かが危ないときに、射線が届かない位置から側面に飛んで、援護する」
二本目。
「二つ、射線確保。通常射では角度が取れない相手に、側面に飛んで角度を作る」
三本目。
「三つ、死角取り。強い敵の死角に飛んで、一撃を入れる」
蒼真は指を降ろした。
「どれも、『自分を前に出す道具』じゃなくて、『連携の最終ピースを届ける道具』として使う」
自分の口から出た言葉が、頭の中で響いた。
夏休みの間、何度もノートに書いた言葉だった。それが今、六人の前で、はっきりと声になった。
「だから、使いどころは俺が判断する。けど、救援に使うこともある。そのときは、合わせてほしい」
「合わせる、って、具体的には?」
航が訊いた。
「転移先の周辺の敵を前衛で抑えてくれ。俺が転移した先で射線を取って撃つまで、数秒から十数秒。敵の注意が俺以外に向いてると助かる」
「了解した。合図はどうする」
「『行く』と短く言う。それが転移の合図だ。聞いたら、全員、転移先周辺の敵を抑えるモードに切り替えてくれ」
「分かった」
航が頷いた。
◇
里奈が、静かに口を開いた。
普段の里奈なら、こういう場面で発言することは少ない。だが今日の里奈は、杖を膝の上に置いて、蒼真をまっすぐに見ていた。
「班長」
「ん?」
「……話してくれて、ありがとう、ございます」
蒼真は一拍、里奈を見た。
里奈は言葉を選びながら、続けた。
「ずっと、一人で背負ってたのは、班長らしいとは、思います」
――里奈のその一言が、蒼真の中に深く残った。
「でも、今、話してくれた。それ、大事だと、思います」
「……里奈」
「私たち、六人で、戦います」
里奈の声は細かった。だが、細さの中に、明確な芯があった。
蒼真は、言葉がすぐに出てこなかった。
五月、第2層で震えながら逃げ出した里奈。前期試験で「……当たり……ました」と泣きそうな声で告げた里奈。その里奈が今、班長の自分に「話してくれて、ありがとう」と言っている。
紅葉が隣で里奈の背中を、軽く叩いた。
「里奈、いいこと言った」
「い、いえ、そんな……」
里奈の頬が、少し赤くなった。
◇
悠斗が「よーし!」と両手を広げた。
「蒼真の最終手札が、ついに明らかになった! 俺たちの班、ちょっと厚くなったな」
「厚くなったって言うのは、誤解があるな」
蒼真は笑いながら訂正した。
「制約が多い。万能じゃない。基本は今まで通り、フォーメーションBで戦う。小転移は、要所の切り札だ」
「それでも、切り札が一つ増えたってことだろ?」
「まあ、そうなるか」
「じゃ、厚くなったでいいじゃん」
悠斗の結論付けに、紅葉が「単純」と笑った。
航が「結論は悠斗が正しい。表現は粗いが」と冷静に付け加えた。
真帆は杖をきゅっと握り直して、静かに言った。
「私も、神代さんが小転移を使いやすいように、合わせます」
「私も索敵で転移先の安全を先に取るようにする」
紅葉が続いた。
「里奈、無理はしなくていいからな」
蒼真が里奈に言った。
「無理、しません」
里奈はそれ以上、言葉を重ねなかった。だが、その声には震えない決意があった。
◇
「改めて、だが」
航が口を開いた。冷静な整理モード。
「確認する。明日は、俺たち六人だけで第1層から第3層まで入る。教官は随行しない。救援班は来るが、呼んでも即到着とは限らない。通信で相談はできる。小転移の用途は三つ。救援、射線確保、死角取り。合図は『行く』。転移先の周囲は前衛が抑える」
「その通り」
蒼真が頷いた。
「六人の命を、班長の判断で預かる。その判断に、小転移も含まれる。俺が隠していたら、お前たちは正確な判断材料を持てない。だから、話した」
「納得した」
航の短い同意。
紅葉も頷いた。里奈も真帆も、それぞれの形で頷いた。悠斗は「よし、頑張る」と拳を握った。
◇
テーブルの上の六本のナイフを、蒼真は一本ずつ、五人の前で掲げて見せた。
「六本。触媒仕込み済み。実家から送ってもらった予備も含めてこの数だ。これで、金曜日の出撃に臨む」
「よっしゃ、金曜日だな」
悠斗が拳を突き上げた。
「やるぞ、六人で」
「六人で」
六人分の「六人で」が、少しだけずれながら重なった。
蒼真はポーチを閉じ、腰に戻した。
――やっと、話せた。
心のどこかで、長く溜め込んでいたものが、すっと軽くなった。
半年近く、一人で抱えていた切り札を、今、六人と分け合った。
それは、単なる情報の共有ではなかった。
「弓術士は、一人では仕留められない」。その命題の、もう一段深い実践だった。
「自分だけの奥の手」から、「仲間と勝利を掴むための手段」へ。
《小転移》の意味が、今日、蒼真の中ではっきり切り替わった。それも、「仲間の力で撃つ」の一部だった。
◇
テーブル上の地形図に、蒼真はペンで新しい記号を描き込んだ。
フォーメーションBの配置図。前衛左右展開、里奈の《氷壁》、真帆の《光矢》、蒼真の側面射。その中央やや外れた位置に、小さな丸印と矢印。
小転移。
「連携の最終ピース」を、配置図の中に、初めて描き込んだ。
頭の中の配置図ではなく、六人が見える場所に置かれた紙の上に。
「――これで、俺たちの手札、全部出た」
蒼真が言った。
「金曜日、六人で、やる。教官がいなくても、俺たちで、帰ってくる」
五人が頷いた。
訓練場の音が、遠くから聞こえている。剣の音。魔法の声。掛け声。第5班のテーブルの上では、六本のナイフが夕方の光を受けて鈍く輝いていた。




