表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蒼弓の軌跡 ~探索者学院唯一の弓術士は静かに頂を狙う~  作者: 七夜灯
入学編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
5/28

第5話 1-1の面々

 目覚ましが鳴る前に目が覚めた。

 四月二日、午前六時十五分。授業初日。蒼真はベッドの上で一度大きく伸びをしてから、勢いよく身体を起こした。

 カーテンの隙間から差し込む朝の光が、狭いワンルームを白く照らしている。昨日買ったばかりの教科書が机の上に積まれていて、その横には使い慣れたノートが開いたまま置いてある。入学前から続けている弓と装備の記録帳だ。


「よし」


 声に出して言った。理由はない。ただ、身体が動きたがっていた。

 支度を済ませ、制服に袖を通す。ダンジョン素材製の生地は肌触りが独特で、まだ少しだけよそよそしい。鏡の前でネクタイを締めて、昨日よりはマシになったと思う。鞄を引っ掴んで玄関を出た。


       ◇


 教室に入ると、すでに数人の生徒が席についていた。窓際最後列。くじ引きで手に入れた自分の席に向かう途中、前方から大きな声が飛んできた。


「おー! 蒼真! おはよ!」


 悠斗だ。朝から声がでかい。片手を大きく振りながら、もう片方の手にはコンビニのおにぎりを握っている。制服のシャツが一箇所だけ出ていて、髪は見事な寝癖がついたままだった。


「おはよう。お前、髪」

「ん? ああ、いいんだよ別に。昼には馴染むから」


 馴染むわけがない。右側だけ跳ね上がった髪が重力を完全に無視している。


「あと教科書、持ってきた?」

「あ」


 悠斗が固まった。おにぎりを咥えたまま鞄を漁り、中身を全部ひっくり返す勢いで探し始める。


「やべ、探索者概論のやつ忘れた。マジか。まだ初日なのに」

「初日だから忘れるんだろ」


 蒼真は声を出して笑った。昨日入学式で出会ったばかりだというのに、悠斗の距離感の近さはもう馴染みになりつつある。


「ていうかお前、朝から元気だな。蒼真もだけど」


 声は前の席から聞こえた。振り向くと、いや、振り向く必要はなかった。蒼真の席の真正面、一つ前の席に座っている男子が、半身だけこちらに向けていた。

 目つきがやや鋭い。黒髪は短く整えられていて、姿勢が良い。悠斗とは対照的に、制服に皺ひとつない。


「あ、こいつ! 昨日入学式で隣の席だったんだよ。宮瀬航。航、こっちが蒼真。昨日話した」


 悠斗が当然のように紹介を始めた。航が軽く頭を下げる。


宮瀬航(みやせこう)。長剣使いだ。よろしく」

神代蒼真(かみしろそうま)。弓術士。よろしく」


 短い自己紹介。航の目が一瞬だけ動いた。弓術士、という言葉に何かを感じたのかもしれない。だが、それ以上は何も言わなかった。代わりに悠斗が身を乗り出す。


「弓だぜ、弓。学院で一人だけ。かっけえだろ」

「まあ、珍しいのは確かだな」

 航の返答は淡白だったが、蒼真は感じ取った。この男は弓術を馬鹿にしていない。ただ事実として受け止めている。それだけで十分だった。

「お前ら、朝からうるさいぞ」


 後方の席から誰かが呟いたが、悠斗は全く気にしていなかった。


       ◇


 一時限目。後藤がくたびれたスーツで教壇に立つ。手にはいつもの紙コップコーヒー。ネクタイは今日も曲がっている。

「昨日の続きだ。年間スケジュールと施設利用ルール。つまんないだろうが、知らないと死ぬかもしれないから聞け」

 後藤の声は抑揚がないが、板書は端正だった。チョークの音がリズミカルに響く。年間スケジュールの枠組みが黒板に整然と並んでいく。前期試験、後期試験、ダンジョン実習の時期、長期休暇。

「施設利用は全部申請制。勝手にダンジョン入口に近づくな。演武場も予約が要る。個人練習は訓練場の空き時間を使え。焦って死ぬのは探索者の常だ。在学中にそれをやるなよ」

 蒼真はノートにメモを取りながら、後藤の言葉を頭に入れていった。「焦って死ぬのは探索者の常」。飄々とした口調だが、どこか実感がこもっている気がした。


       ◇


 昼休み。

 蒼真の席に悠斗が弁当箱を持って移動してきて、航もそれに続いた。三人で窓際最後列に固まって昼飯を広げる形になった。

 蒼真はコンビニ弁当。悠斗は寮の食堂で作ってもらったらしい弁当。航も寮の弁当だが、悠斗のものより中身が几帳面に詰められている。


「なあ、探索者ってさ、ぶっちゃけ儲かるの?」


 悠斗が唐突に切り出した。卵焼きを箸で摘まみながら、目だけが真剣だ。


「いきなりだな」

「いや、だって気になるだろ。俺ら将来これで食ってくわけだし」


 航が弁当の蓋を閉じ、箸を置いた。


「魔石は確定ドロップだ。魔物を倒せば必ず出る。クリーンエネルギーとしての需要が世界的に高いから、買取価格は安定してる。底辺層の探索者でも一般世帯の平均年収くらいは稼げるらしい」


 蒼真と悠斗が同時に航を見た。


「お前、よく知ってるな」

「入学前に調べた。探索者協会のサイトに概要は載ってる」


 航は淡々と続けた。


「魔石以外にも素材やアイテムが確率でドロップする。レアなものは一個で数百万になることもある」

「数百万!?」


 悠斗の声が裏返った。教室の何人かがこっちを見たが、悠斗は構わず身を乗り出す。


「マジで!? 一個で!?」

「確率ドロップだから安定はしない。けど当たれば大きい。パーティを組めば分配になるが、ソロなら総取りだ。その代わりソロは怪我や死亡のリスクが段違いに高い」

「ソロかパーティかで全然違うんだな」


 蒼真が呟くと、航が頷いた。


「リスクとリターンのバランスだ。パーティなら安定するが取り分は減る。ソロなら一発が大きいが、死んだら終わりだ」


 悠斗が腕を組んで唸る。


「うーん、俺は仲間いた方がいいな。一人とか寂しいし」

「お前はそうだろうな」


 航の声に、ほんの僅かだが笑みが混じった気がした。


       ◇


 放課後。

 三人でサンサンロードを歩いた。夕方の歩行者専用道路は、帰宅する学院生や現役の探索者たちで適度に賑わっている。カフェのテラス席でノートPCを開く探索者の姿が目に入り、蒼真は改めて「迷宮都市」を実感した。


「なあ、スキルの話しようぜ」


 悠斗が立ち止まって振り返った。


「スキル?」

「そ。お互いどんなスキル持ってるか。探索者同士で隠してたら連携とかできないだろ」


 それもそうだ、と蒼真は思った。パーティを組む前提なら、互いの手札を知っておくのは合理的だ。


「俺から行くわ。《脚力強化》。アクティブスキルね」


 悠斗が右脚を軽く上げてみせた。


「槍使いだから、脚が速いのは相性いいんだよな。将来的にはランスチャージに活かしたい。こう、ガーッと走ってドーンって突くやつ」


 言いながら、悠斗は槍を構える真似をして突進のポーズを取った。通行人が数人振り返ったが、悠斗はまったく気にしていない。


「航は?」

「アクティブスキルの《斬撃強化》。長剣での攻撃力に補正が入る」

「おお、シンプルに強いな」


 悠斗が目を輝かせた。蒼真も同感だった。斬撃強化はまさに長剣使いにとっての当たりスキルだろう。航の武器適性と噛み合っている。


「蒼真は?」


 二人の視線が集まる。蒼真は一瞬だけ間を置いた。

 《小転移》。それを今ここで明かすべきか。

 答えはすぐに出た。


「変わったスキルで、説明しにくいんだ。ちょっと待ってくれ」


 嘘ではない。だが全てでもない。小転移は蒼真にとって最大の切り札だ。信頼していないわけじゃない。ただ、今はまだ温存しておきたかった。いざという時に誰も予想しない一手として使えるように。

 航が蒼真をじっと見た。数秒の沈黙。


「まあ、そのうち見せてもらう」


 それだけだった。詮索しない。押し付けない。航は、必要なところだけに手を貸す男らしい。


「えー、気になるー」


 悠斗が口を尖らせたが、航が「黙れ」と一言で黙らせた。


       ◇◆◇


 TEA Underground Board。

 東京探索者学院(Tokyo Explorers Academy)の裏掲示板。在校生が匿名で利用する非公式の情報交換サイトだ。学院側は存在を把握しているが、実害がない限り黙認している。

 新入生スレッドが立っていた。


『今年のSクラス見た? 天城って子、マジで美人。火魔法使いらしいぜ』

『須藤大河は別格。両親揃って有名探索者とかチートすぎ』

『ていうか一般クラスに弓術適性がいるって聞いたんだけどマジ? 学院初じゃね?』

『弓ww 魔法でよくねww』

『いやでも適性持ちの弓術士って本当にレアだろ。ちょっと気になる』

『レアなだけで強いわけじゃないだろ。飛び道具なら魔法一択。弓は趣味の領域』

『魔力纏った攻撃はできるんだから火力は問題ないだろう。問題は魔法ほど融通が効かない点だろうな』

『まあ見てみようぜ。面白い奴かもしれんし』


 嘲笑と好奇が半々。

 蒼真はこの掲示板の存在を知らない。


       ◇◆◇


 マンションに帰り、蒼真はベッドに座ったままスマートフォンを開いた。

 祖父に送るメッセージを考える。昨日は入学式の報告だった。今日は。

『友達ができたよ』

 送信。

 すぐに既読がついた。祖父はスマートフォンの操作だけは妙に早い。

『そうか』

 三文字。

 蒼真は声を出して笑った。「知ってた」と言いたくなるほどの安定感だ。

「友達、か」

 天井を見上げて呟く。悠斗の声のでかさと、航の静かな視線。弓術士であることを笑わなかった二人。


 まだ二日目だ。たった二日。でも、蒼真の胸にはもう確信に近いものがあった。


 ――いい奴らだ。


 ノートを開いて、今日気づいたことを書き留める。訓練用の弓の引き味が自前の和弓と違うこと。それが妙に気になること。これは後藤先生に相談してみよう。

 ペンを置いて、蒼真は立ち上がった。窓の外、立川の夜景が小さく瞬いている。

 弓術適性で入学した唯一の学院生。嘲笑も好奇も、蒼真の知らないところで渦巻いている。でも、たとえそれを知ったとしても――


「――やることは変わらないけどな」


 拳を軽く握って、開いた。指先に弦を引く感触を思い出す。明日も弓を引く。明後日も。その先も。

 手にしたカードで、頂を目指す。それだけだ。

 教科書を鞄に詰め直して、明日の時間割を確かめた。座学の初日だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ