第36話 前期実力考査
七月に入った。
梅雨明けはまだ発表されていなかったが、教室の窓から射し込む陽光は、もう真夏のそれだった。冷房の効いた1-1の教室でさえ、廊下側の席にいる生徒たちが首元を扇いでいる。窓際最後列の蒼真の席には、ガラス越しの光が机の端まで伸びていた。
蒼真はノートの端に走り書きしたメニューを確認していた。
百射。
走射二十セット。
体幹トレーニング。
指の保持力確認。
六月から追加したメニューは、少しずつ身体に馴染みつつある。走った直後に弓を構えても、最初の頃ほど射形は乱れない。呼吸の整え方も分かってきた。
ただ、五十射を超えてからの指の震えは、まだ完全には消えていなかった。
蒼真は右手の親指の付け根を軽く押した。弦ダコの硬さが、皮膚の下から返ってくる。痛みではない。けれど、そこに確かに積み上がったものがある。水泳で腕が重くなったときと同じく、弱い部分は隠していても必ず顔を出す。なら、先に見つけて潰しておけばいい。
「またノート見てる」
中央列の前側から、悠斗が半身だけこちらに向けて小声を飛ばしてきた。
距離があるせいで、本人のつもりより少し声が大きい。
「見て悪いか?」
「いや、悪くないけどさ。朝からそれ見てる顔、飯のメニュー選んでる顔じゃないんだよな」
「訓練メニューだからな」
「知ってる。だから怖いんだって」
悠斗が肩をすくめる。蒼真の前の席で、航はプリント類を机の端で揃えながら、呆れたように息を吐いた。
「橘、声が大きい」
「小声だろ」
「中央列から窓際最後列まで届いてる時点で小声じゃない」
航がそう言ってから、蒼真の机の上のノートへ視線を落とした。
「それと、怖いのは七月の朝に体幹トレーニングの追加を真顔で検討してるところだろ」
「必要ならやる」
「それを即答するから言われてるんだ」
「でもさ、実際いるだろ。五十射以降でブレるなら、試験中に疲れて撃てないってことになる」
「言ってることは正しい。問題は朝のホームルーム前にそれを考えてる熱量だ」
蒼真が笑ったところで、チャイムが鳴った。
教室のドアが開く。
「よう」
後藤喜一郎が紙コップのコーヒーを片手に教壇へ上がった。
くたびれたスーツ。少し曲がったネクタイ。寝癖のような髪。いつもと変わらない昼行灯のたたずまいだったが、教室に入ってきた瞬間、蒼真は背筋を伸ばしていた。
目が違う。
後藤は教卓に紙コップを置き、脇に抱えていたプリントの束を軽く持ち上げた。
「前期実力考査の概要が出た。配るぞ。寝てるやつは今のうちに起きろ。これ聞き逃すと、当日ダンジョン入口で泣くことになる」
教室の空気が、すっと張り詰めた。
前列からプリントが回っていく。紙を受け取る音だけが、妙に大きく聞こえる。蒼真の列に回ってくる間にも、前の席で航はすでに首だけを伸ばし、前列のプリントを盗み見るように目で追っていた。
「航、それ読めてるのか?」
「見出しだけならな」
中央列の前側では、悠斗が自分の列に回ってきたプリントをまだ受け取れず、こちら側へ首を伸ばしている。
「ずるいぞ。俺にも見せろ」
「お前の列にもすぐ来る。待て」
「見出しだけでいいから」
「その距離で見出しを読もうとするな。目立つ」
悠斗がさらに身を乗り出しかけた瞬間、航が前を向いたまま低く言った。
「橘」
「はい」
「座れ」
「座ってます」
「姿勢の話だ」
小声のやりとりに、後方の何人かがこらえきれずに笑う。
後藤は黒板の前でチョークを持ったまま、面倒くさそうに目を細めた。
「橘。元気なのはいいが、説明前に体力使い切るなよ」
「使い切りません!」
「ならいい」
それだけ言って、後藤は黒板に向き直る。
プリントが蒼真の手元に届いた。
蒼真は一行目から読んだ。
『前期実力考査。立川ダンジョン第2層への到達、戦闘、帰還を目標とする。』
プリントの一行目で、蒼真の視線が止まった。
第2層。
五月の実習で、混乱の中で足を踏み入れた場所。里奈を追い、角一本のハイゴブリンと死闘を演じた、あの場所。
あの日は、正面から挑んだわけではなかった。
逃げた仲間を追った。間に合わなければ終わる状況で、考えるより先に足が動いた。怖くなかったわけではない。むしろ、今でも思い出せる。岩肌の黒さ。薄暗い通路。角一本のハイゴブリンが振るった拳の風圧。右目を射抜いた瞬間の手応え。
そこへ、今度は試験として向かう。
準備をして。
計画を立てて。
六人で。
「読み終わったか。順番に説明する」
後藤がコーヒーを教卓の端に置き、黒板に向かった。
チョークが走る。
「評価対象は四つ。到達度、戦闘貢献度、連携、判断力。これが個人評価。加えて班単位のチーム評価がある」
蒼真はノートに書き写した。
到達度。
戦闘貢献度。
連携。
判断力。
班評価。
文字を書きながら、頭の中で第5班の顔が順番に浮かぶ。
悠斗。航。紅葉。里奈。真帆。
誰か一人が高得点を取ればいい試験ではない。少なくとも、後藤の言い方はそうだった。蒼真がいくら矢を当てても、前衛が消耗しすぎれば連携は崩れる。紅葉の索敵を活かせなければ判断力に響く。里奈と真帆の魔力管理も、帰還まで含めて見られるはずだ。
「各班に担任以外の教官が一名随行する。常時評価だ。つまり戦ってるときだけじゃない。準備の段階から見られてると思え」
悠斗が小さく呻いた。
「マジか……準備からかよ」
「お前、準備で何か減点される心当たりがあるのか?」
航が小声で返す。
「装備確認の時に槍をかっこよく回したら減点されるかな」
「される」
「即答かよ」
「危ないからな」
蒼真は笑いそうになるのをこらえた。後藤の視線がこちらへ来る。紙コップのコーヒーを持ち上げる仕草は気だるげだが、目だけは油断なく教室全体を見ていた。
「制限時間がある。各班ごとに突入時刻と帰還予定時刻を設定する。日帰り。時間をオーバーすれば減点だ。計画的な探索ができていないとみなされる」
教室のあちこちで、ペン先が止まる音がした。
時間。
深く潜るだけでも、速く進むだけでも足りない。戻ってくるところまで含めて評価される。
蒼真は、六月の実習で歩いた第1層の距離を思い返した。紅葉の索敵範囲。悠斗と航の戦闘後の呼吸。里奈の魔力消費。真帆が《小回復》を温存する判断。矢の残数。帰路での集中力。
矢筒に入る矢は無限ではない。一本使えば一本減る。刺さったまま魔物が粒子化すれば、矢も持っていかれて戻らない。時間だけではなく、矢も魔力も体力も、すべて残量を見ながら進む必要がある。
「帰還予定時刻って、自分たちで決めるんですか」
前方の席から声が上がった。
後藤は頷いた。
「班長が申告する。早すぎれば到達度が足りない。遅すぎれば余裕を見すぎていると判断される。ちょうどいい落としどころを自分で決めろ、って話だ」
後藤はそこで、黒板に丸を一つ書いた。
「いいか。探索者の仕事は、魔物を倒すことだけじゃない。行ける場所を見極めて、帰れる時間を残して、仲間を連れて戻ることだ。欲張って奥へ行って帰れませんでした、は武勇伝じゃない。ただの迷惑だ」
教室が静まり返る。
後藤はコーヒーを一口飲み、口元だけで笑った。
「まあ、一年の前期で武勇伝を作ろうとするな。教師側の胃が荒れる」
緊張していた教室に、小さな笑いが落ちた。
蒼真も息を吐いた。けれど、拳は机の下で握ったままだった。
班長として、全体のスタミナと探索速度を見積もって時間を決める。
六月の実習で掴んだ感覚が使える。
使えるはずだ。
「班構成は五月の初実習と同じだ。変更はない」
その一言で、蒼真の中で強張っていたものが、すっとほどけた。
中央列の前側で、悠斗が明らかに安心した顔をした。
「よし」
「声に出てる」
航が言う。
「出るだろ、これは。今さら別班とか言われたら俺、今日の昼飯の味しないぞ」
「お前はたぶん何を言われても昼飯は食う」
「食うけど味は大事だろ」
蒼真はプリントの端を親指で押さえた。
第5班。
蒼真、悠斗、航、紅葉、里奈、真帆。
五月の苦い経験を共有した六人で、もう一度あの場所へ降りる。
今度は、誰かを追ってではない。
全員の足で、正面から。
「あと一つ」
後藤のチョークが止まった。
振り返った顔は、さっきまでの説明口調とは違う静かさを帯びていた。
「成績は班別で、Sクラスと一般クラス合同の順位表として掲示される。個人の成績は各自に通知。順位表に載るのは班の名前だけだ」
教室にざわめきが走った。
Sクラスと合同。
つまり、あの須藤大河たちと同じ土俵で数字が並ぶ。
蒼真の口角が、自然と上がった。
中央列の前側で、悠斗が「おいおいおい」と机の下で膝を揺らし始める。
「やばいな、これ。燃えるやつだ」
「膝を止めろ。机が揺れてる」
航が低く言う。
「いや、だって合同順位表だぞ。Sクラスの名前と一緒に並ぶってことだろ?」
「だから揺らすな」
航はそう言いながらも、プリントの順位表掲示の項目に線を引いていた。いつもより少しだけ、ペン先の動きが速い。
蒼真はその横顔を見て、知らず拳を握っていた。
航も、燃えている。
悠斗のように声には出さないだけだ。
「試験日程は七月第三週。二週間後だ」
後藤はチョークを置いた。
「準備を始めろ。装備も、作戦も、身体もだ。あと、期末試験もある。一般科目を捨てた顔をするなよ。赤点取ったら普通に補習だからな」
教室の何人かが露骨に顔をしかめた。
後藤はそれを見て、わずかに口角を上げる。
「ダンジョンで魔物に勝って、教室で数学に負けるな。以上」
そう言って、後藤は紙コップを取り上げた。
教壇を降りる足取りはいつもの昼行灯そのものだったが、蒼真には分かった。
あの人が「準備を始めろ」と言ったときの目は、元探索者のそれだ。
「楽しみだな」
声に出ていた。
中央列の前側から、悠斗が呆れた顔で振り返る。
「お前、ほんとダンジョンの話になると顔が変わるよな」
「変わってるか?」
「変わってる。ギラギラしてる。さっきの後藤先生と同じくらい目が怖かった」
「それはさすがに盛ってるだろ」
蒼真が笑うと、航が肩をすくめた。
「方向性は近い。後藤先生は胃薬を用意してる側の目で、お前は胃薬を飲ませる側の目だ」
「俺、そんなに迷惑かけるつもりないぞ」
「つもりがなくても、五月に第2層まで走った実績がある」
航の言葉に、蒼真は少しだけ黙った。
五月。
あの時の里奈の背中。真帆の怪我。悠斗と航が追いついてきた音。紅葉の震えた声。後藤の通信。
怖くないかと聞かれたら、怖いと答える。
第2層の空気は忘れていない。魔素の重さも、角一本の化け物が拳を振った瞬間の風も、矢を番える指先が汗で滑りそうになった感覚も。
でも。
「怖いよ」
蒼真は言った。
悠斗が意外そうに瞬きをする。航もペンを止めた。
「怖い。あの場所が簡単じゃないのは知ってる。でも、今度は六人で降りるんだ。準備して、作戦を立てて、帰る時間も決めて、全員で戻る」
プリントを畳み、制服の内ポケットに仕舞う。
指先に弦ダコの硬さが触れた。
二ヶ月分の矢が、蒼真の手に刻まれている。
「だから、楽しみだ」
悠斗が数秒黙ったあと、にやっと笑った。
「そういうこと言うなら、最初からそう言えよ。怖いけど楽しみ、なら分かる」
「悠斗は?」
「怖いに決まってんだろ。ハイゴブリンだぞ。あいつら普通にでかいし、棍棒持ってるし、顔も怖いし」
「最後だけ感想が雑だな」
航が突っ込む。
「でも、前よりはやれる気がする。槍、前より手に馴染んでるしな」
悠斗は自分の掌を開いて、握り直した。
航はプリントを丁寧に折る。
「俺は、帰還予定時刻の申告が一番厄介だと思ってる。戦闘そのものより、見積もりを外した時のリカバリーが難しい」
「だよな」
「だから今日の放課後、話した方がいい。明日でもいいが、早い方がいい」
蒼真は頷いた。
頭の中で、もう第1層から第2層までの線が引かれ始めていた。
「前期実力考査。第2層」
声にした瞬間、言葉の重さが腹の底に落ちた。
「やってやる」
◇
放課後の教室は、いつもより少し騒がしかった。
前期実力考査のプリントを机に広げたまま、あちこちで班ごとの相談が始まっている。第2層、ハイゴブリン、帰還予定時刻、合同順位表。単語だけが教室の中を飛び交い、暑さとは別の熱が空気に混じっていた。
蒼真は席を立ち、第5班のメンバーに声をかけて回った。
「作戦会議、やらないか」
最初に反応したのは紅葉だった。
中列中央の席でプリントを見ていた紅葉は、待ってましたと言わんばかりに顔を上げる。
「当然でしょ。むしろ蒼真が言わなかったら、あたしから言うつもりだったし」
「早いな」
「斥候だからね。こういうのは先に動いた方が勝ち」
紅葉はスマートフォンを取り出し、画面を親指で素早く操作し始めた。
里奈は廊下側の席で、プリントを両手で持ったまま蒼真を見上げた。表情は少し硬い。けれど、五月の時のように視線が逃げることはなかった。
「私も、参加します」
声は大きくない。
それでも、はっきりしていた。
「第2層のこと、ちゃんと確認したいです。ハイゴブリンの動きも、《氷矢》を当てる場所も」
蒼真は頷いた。
「ああ。里奈の《氷矢》で足を止める場面、絶対あると思う」
里奈の指が、プリントの端を少しだけ強く握った。
「……はい。今度は、逃げないで撃ちます」
言葉の後に、真帆がそっと水筒を里奈の机に置いた。
「里奈ちゃん、まず水飲も。顔が真面目になりすぎてる」
「え、そんな顔してた?」
「してた。戦闘前の顔になってた」
真帆は柔らかく笑ってから、蒼真へ向き直った。
「私も行きます。回復の残し方と、光球を使う場所を決めておきたいです。第2層って薄暗いんですよね?」
「五月の時は、かなり見通しが悪く感じた。広間に出れば少しは違うけど、通路は光が欲しい」
「じゃあ、光球のタイミングも作戦に入れましょう。私、慌ててから出すより、最初から決めておいた方が動けるので」
真帆の言い方は穏やかだったが、内容は具体的だった。
蒼真は胸の奥で小さく感心する。
五月の初実習の頃、真帆はもっと後ろで支えることに徹していた。今も支える役割は変わらない。けれど、どう支えるかを自分の言葉で提案している。
「いいな。それも入れよう」
「で、場所は?」
悠斗が槍ケースの肩紐を直しながら言った。
「教室だと他の班もいるし、声が混ざるぞ。俺、たぶん途中で別の班の話に反応する」
「自覚があるなら黙ればいい」
航が鞄を閉じる。
「無理だな。隣で『ハイゴブリン怖い』って言われたら、俺も『分かる』って言う」
「そこは我慢しろ」
蒼真は教室を見回した。
黒板の前では別の班がすでにプリントを広げている。廊下側では机を寄せて話し始めた生徒たちもいた。この中で地図を広げ、時間配分や戦闘位置の話をするのは、確かに落ち着かない。
「訓練場のミーティングスペースが使えれば一番いい。地図も広げやすいし、ホワイトボードもある」
「見てる」
紅葉がスマートフォンの画面をこちらに向けた。
「学院の予約システム。今日の放課後はもう埋まってるけど、明日の放課後なら一枠空いてる。二時間取れるよ」
「早いな」
「だから斥候だって言ったでしょ。空き枠見つけるのも索敵のうち」
「それは索敵なのか?」
航が真顔で言う。
「広義では索敵」
「便利な言葉にするな」
紅葉はにやりと笑った。
「予約入れとく?」
「頼む」
「了解。第5班、明日の放課後、訓練場ミーティングスペース。はい、確保」
画面を数回叩いてから、紅葉は満足そうにスマートフォンをしまった。
「班長がやる気だと楽でいいわ」
「班長っていうの、教室で言うのやめないか?」
「なんで? 事実じゃん」
「目立つ」
「今さら?」
紅葉の視線が、蒼真の内ポケットにしまわれたプリントへ向く。
「須藤に勝った学院唯一の弓術士で、第5班の班長で、前期考査で第2層に行くのを楽しみにしてる人が、今さら目立つの気にする?」
悠斗が吹き出した。
「紅葉、容赦ないな」
「事実を並べただけ」
「航みたいなこと言うな」
「俺はもう少し言葉を選ぶ」
航が淡々と返す。
「選んだ結果、刺さる時はもっと深く刺さるよね」
「鬼塚、それは誤解だ」
「誤解かなあ」
真帆がくすくすと笑い、里奈もつられるように口元を緩めた。
その表情を見て、蒼真は少しだけ肩の力が抜ける。
この六人で第2層に降りる。
五月の出来事は、消えない。消える必要もない。あの日の失敗も恐怖も、この六人の中に残っている。
けれど、それだけではない。
こうして軽口を交わせる時間もある。
誰かが真面目になりすぎれば、誰かが水筒を差し出す。誰かが前のめりになれば、誰かが突っ込む。誰かが場所を探し、誰かが時間を計算し、誰かが戦い方を考える。
班になっている。
蒼真は、改めてそう思った。
「明日の放課後、訓練場で」
蒼真が言うと、五人の視線が集まった。
「まずは第1層から第2層までの移動時間。次に、第2層でどこまで進むか。ハイゴブリンと当たった時の位置取り。真帆の光球と回復、里奈の氷矢、紅葉の索敵範囲、悠斗と航の前衛の並び。それと、帰還予定時刻」
言いながら、頭の中で項目が並んでいく。
やることは多い。
けれど、不思議と重さだけではなかった。
「全部、決めよう。全員で」
悠斗が槍ケースを肩に担ぎ直した。
「了解。じゃあ俺、明日までに前衛の動き考えてくる。通路で一枚、広間で二枚だろ。五月よりはまともに動けるはずだしな」
航が頷く。
「俺は教材の第2層情報をもう一度見ておく。通路幅と広間の配置、分かる範囲で整理する」
「索敵の距離、ちゃんと数字で出しとく。暗がりだと見える距離変わるし」
紅葉が言う。
「私は、《氷矢》を当てる場所を考えてきます。足、腕、武器を持つ手。どこを止めれば前衛が動きやすいか」
里奈の声はまだ少し細い。けれど、最後まで途切れなかった。
「私は光球と回復のタイミングですね。あと、医療キットの中身も確認しておきます。包帯、前に使った分、補充されてるはずですけど」
真帆が指折り数える。
蒼真は一人ずつ見た。
班長として何か言わなければ、と思った。
けれど、五人はすでに動き始めている。
そのことが、何より頼もしかった。
「ありがとう」
自然に言葉が出た。
悠斗が目を丸くする。
「お、班長っぽい」
「今のは普通に礼を言っただけだ」
「そういうとこだぞ」
「どういうとこだよ」
紅葉が笑い、真帆が「神代さんらしいですね」と言う。里奈は黙って頷き、航はプリントを鞄にしまいながら、いつもの調子で言った。
「明日、遅れるなよ。特に悠斗」
「なんで俺名指しなんだよ」
「一番あり得るから」
「否定しきれない自分が嫌だ」
笑いが起きる。
その中で、蒼真は拳を握った。
心臓が跳ねる。
口角が上がる。
怖さはある。
それでも、その先に進みたいと思う。
前期実力考査まで、あと二週間。
立川ダンジョン第2層。
今日得た手応えは、試験の条件が分かったことだけではない。六人それぞれが、自分の役割を自分の言葉で考え始めていることだ。
まだ届かない課題も多い。帰還予定時刻、矢の残数、魔力消費、ハイゴブリンへの有効打。決めなければならないことは山ほどある。
それでも、蒼真はもう一度、内ポケットのプリントに触れた。
今度は六人で、正面から挑む。




