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蒼弓の軌跡 ~探索者学院唯一の弓術士は静かに頂を狙う~  作者: 七夜灯
入学編

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第28話 6人でのダンジョン飯

 サンサンロード沿いの定食屋「めしや鷹丸」は、探索者学院の生徒がよく使う店だった。


 外観は古びた暖簾と木の看板。中に入ると意外に広く、カウンター席の奥に座敷が三卓ある。壁にはダンジョンの層ごとの魔物イラストが額装されており、「鷹丸名物・第3層突破記念セット(ご飯大盛り無料)」と書かれた手書きのポップが貼られていた。


 探索者の街の定食屋だなあ。


 蒼真は暖簾をくぐりながら、口元が緩むのを止められなかった。


「こっちこっち!」


 悠斗が座敷の奥から手を振っている。すでに悠斗と航が向かい合って座っており、航はメニューを広げて黙読していた。


「早いな、二人とも」

「寮メシが朝から微妙だったんだよ。腹減りすぎて五時限目の後藤の話が全部右から左」

「いつもだろ」


 航の即答に悠斗が「いつもじゃねえ!」と声を上げた。蒼真が笑いながら悠斗の隣に座る。


 ほどなくして、入り口の暖簾が揺れた。


「ごめん、遅れちゃった」


 紅葉が先頭で入ってきた。黒髪ショートカットの下で目が店内をぐるりと索敵するように見回す。その後ろに真帆と里奈。真帆は栗色のポニーテールを揺らしながら「わあ、いい匂い」と声を弾ませ、里奈は少し緊張した面持ちで真帆の半歩後ろに立っていた。


「お、全員揃った!」


 悠斗が立ち上がって手を叩く。女性陣三人が蒼真たちの向かいに腰を下ろし、六人が座敷に収まった。


 紅葉が蒼真の隣ではなく向かい側の航の隣に滑り込み、「あたし唐揚げ定食。言ったよね?」と早々に宣言した。真帆が「私は生姜焼き!」と続く。里奈がメニューを手に取り、しばらく眺めてから「……焼き魚定食で」と小さく言った。


「蒼真は?」


 悠斗に訊かれ、蒼真はメニューの写真を指差した。


「鷹丸名物の第3層突破記念セット。ご飯大盛り無料ってのが気になる」

「お前まだ第1層しか行ってないのに第3層突破記念を頼むのか」


 航の冷静なツッコミに、蒼真は胸を張った。


「先に飯で突破する。気持ちの問題だ」

「意味分かんないけど嫌いじゃない」


 紅葉が笑い、悠斗が「じゃあ俺も同じの!」と便乗した。航だけが「普通にトンカツ定食」と冷静に注文を済ませた。


       ◇


 料理が運ばれてくるまでの間、六人の会話は自然と初ダンジョン実習の話になった。


「ねえ、第1層のゴブリンって思ってたより臭くなかった?」紅葉が顔をしかめて言う。

「私《光球(ライト)》で手一杯で臭い気にする余裕なかった」と真帆が笑い、悠斗が「俺は正面で殴り合ってたから嫌でも嗅いだ。あれはきつい」と鼻をつまむ仕草をした。


「蒼真は遠距離だから臭い薄かっただろ」と航が言うと、蒼真は首を横に振った。

「いや、風向きによっては普通に来る。矢を番えてる時にあの臭いが来ると集中が切れそうになった」

「弓の敵はゴブリンじゃなくて臭いかよ」


 悠斗の一言で座敷が笑いに包まれた。里奈も口元を手で覆いながら、小さく肩を震わせていた。


 ――里奈が笑ってる。


 蒼真はそれに気づいて、何も言わずに視線を逸らした。後藤の言葉が頭にある。追い詰めるな。腫れ物にするな。見守れ。


       ◇


 料理が揃った。


 第3層突破記念セットは、山盛りのご飯に味噌汁、チキンカツと焼き野菜と煮物が並ぶ豪華な定食だった。悠斗が「これ戦闘後の回復食だろ」と目を輝かせている。


「「「いただきます」」」


 六人の声が揃ったのは偶然だった。が、その偶然に全員が一瞬黙り、そして笑った。

 蒼真はチキンカツを一口齧り、思わず声を出した。


「うまっ」

「ね!? ここの美味しいって聞いてたんだよ!」


 悠斗が嬉しそうに自分の記念セットをかきこんでいる。航はトンカツを几帳面に切り分けながら「味は認める」と頷いた。

 紅葉は唐揚げを丸ごと一つ口に放り込み「最高」と親指を立てた。真帆が生姜焼きを頬張りながら「おいしい……」と幸せそうに目を細めている。

 里奈は焼き魚の身をほぐしながら、ゆっくりと口に運んでいた。その横顔は穏やかだった。


 蒼真は箸を止めて、座敷を見回した。


 三日前は、ただ集められただけの六人だった。二日前には一緒に潜り、今日は全員で同じ卓を囲んでいる。間にあったことは、誰も軽くは扱えなかった。


 そして今、同じテーブルで飯を食っている。


 ――なんだろう、この感じ。


 嬉しいのとも違う。安心とも違う。もっと単純で、もっと温かいもの。


「どした、蒼真。箸止まってんぞ」


 悠斗に声をかけられて、蒼真は我に返った。


「いや」


 言いかけて、やめた。気恥ずかしい台詞が喉まで来て引っかかる。


 ――いいや。言おう。


「また一緒に潜りたいなって思って」


 六人の箸が止まった。


 悠斗が口の中のご飯を飲み込んで「当たり前だろ」と即答した。航が「同感だ」と短く返す。

 紅葉が「え、何急に。照れるんだけど」と耳の後ろを掻きながらも嬉しそうに笑い、真帆が「私もっ」と手を挙げた。

 里奈は箸を持ったまま、しばらく黙っていた。


 五人の視線が里奈に集まる、わけではなかった。蒼真は意識して視線を里奈から外した。悠斗は大盛りご飯の二杯目を注文し、航はトンカツの最後の一切れを口に運んでいる。紅葉と真帆は唐揚げと生姜焼きのおかず交換を始めていた。


 自然な空気の中で、里奈が口を開いた。


「……私も。また、一緒に行きたいです」


 小さな声だった。でも震えてはいなかった。

 蒼真は里奈の方を見ずに、チキンカツの最後の一切れを口に放り込んだ。


 ――よし。


 その一言だけが胸の中にあった。


       ◇


 食後、六人で会計を済ませて店の前に出た。五月の夕方の風がサンサンロードを吹き抜けていく。


 道の向こうでは探索者風の大人たちがカフェのテラス席でノートPCを広げている。モノレールの高架が夕陽を受けてオレンジ色に光っていた。


「次の実習っていつだっけ」


 紅葉が伸びをしながら言った。


「後藤先生がまだ日程出してないけど、七月には前期実力試験もあるから、それまでにもう一回は潜れるんじゃないか」


 航が答える。蒼真は頷きながら、六人の顔を順番に見た。


 悠斗はサンサンロードの人混みの中で目立つ長身で、航はその隣で腕を組んでいる。紅葉は悠斗と航の間から顔を出して何か言い合っており、真帆は里奈と並んで蒼真たちの少し後ろを歩いていた。


 バラバラの六人がパーティになるには、まだ早いかもしれない。


 でも、今日この六人で飯を食った。それだけで十分だと蒼真は思った。


「あ、そうだ。提案なんだけど」


 蒼真が立ち止まって振り返ると、五人が足を止めた。


「次に潜る前に、六人で訓練しないか。個別じゃなくて、連携の訓練。紅葉の索敵に合わせて俺が射線を取る動き、前衛と後衛の切り替え、後方警戒の分担。昨日の反省を全部形にしたい」


 悠斗が拳を突き上げた。


「いいじゃん! やろうぜ!」

「索敵と射線の連携は確かにもっと詰められるね」


 紅葉が目を細める。航が「陣形の組み直しも必要だな」と顎に手を当てた。


 真帆が「私は《小回復(ライトヒール)》のタイミングをもっと練習したい」と言い、里奈が少し間を置いてから「私は……《氷矢(アイスボルト)》の精度を上げます。足を止める役割、もっとちゃんとやりたい」と言った。


 蒼真は箸を置くのが少し遅れた。六人でもう一度潜れる。そう思っただけで、次の訓練のことを考え始めていた。


 ――こいつら、全員次を見てる。


「よし。じゃあ明日から放課後、屋内訓練場を申請する。後藤先生に確認してからだけど、たぶん大丈夫だろ」

「おー!」


 悠斗の声がサンサンロードに響く。通行人の探索者が何事かと振り返り、航が「声がでかい」と悠斗の背中を叩いた。


       ◇


 寮組の四人と別れた後、蒼真は一人で立川駅方面へ歩いた。


 夕陽がビルの隙間から差し込み、歩道にオレンジ色の帯を落としている。駅前のロータリーでは仕事帰りの探索者と一般の通勤客が入り混じり、迷宮都市・立川の日常が流れていた。


 蒼真はイヤホンも付けず、街の音をそのまま聞きながら歩いた。


 ――パーティ。


 その言葉が頭の中で輪郭を持ち始めている。班分けで集められた六人が、ダンジョンで血を流して、泣いて、笑って、飯を食って。


 まだパーティと呼ぶには早い。けれど、今日の「また一緒に潜りたい」に五人が頷いたあの瞬間は、蒼真にとって須藤戦の勝利とは別の種類の手応えだった。


 ――一人で頂を目指すんじゃない。


 マンションに帰り着き、弓の手入れを終えてメンテナンスノートを開いた。昨夜書いた改善点の続きに、新しいページを開く。


『第5班・連携訓練メニュー(案)』


 紅葉の索敵範囲と蒼真の射線確保の同期。悠斗と航の前衛ローテーション。里奈の《氷矢(アイスボルト)》の発射タイミング。真帆の《小回復(ライトヒール)》の優先順位。後方警戒の役割分担。


 書き出したら止まらなかった。ペンが走る。頭の中にある六人の動きを、全部紙の上に落とし込みたかった。

 三十分ほど書き続けて、ようやくペンを置く。指が少し痛い。


 よし。明日後藤先生に見せてみよう。


 ベッドに腰を下ろし、天井を見上げた。


 初ダンジョンの日から三日目。課題は山積みで、次の実習の日程もまだ決まっていない。前期実力試験の影もちらつく。Sクラスとの差は、まだ遠い。


 でも、蒼真は拳を握って、開いた。


 ――六人でなら、もっと遠くまで行ける気がする。


 スマホが震えた。グループメッセージ。悠斗が『今日の鷹丸、マジうまかったな。次は鷹丸じゃなくてダンジョンで飯食おうぜ』と送っている。航が『ダンジョンに定食屋はない』と返し、紅葉が『深層にはあるらしいよ。迷宮都市の商業施設的なやつ』と情報を出し、真帆が『えっ本当に!?』と驚いている。里奈が『……そこまで行けるようになりたいです』と短いメッセージを送っていた。


 蒼真は笑って、返信を打った。


『じゃあ目標追加だな。第5班で、ダンジョン飯を食いに行こう』


 送信して、スマホを枕元に置いた。

 天井に手を伸ばす。弦を引く形を作り、放つ。見えない矢が、見えない的に刺さる。


 ――まだ始まったばかりだ。


 蒼真は笑ったまま、目を閉じた。

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