表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蒼弓の軌跡 ~探索者学院唯一の弓術士は静かに頂を狙う~  作者: 七夜灯
入学編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
22/27

第22話 角一本の怪物

 第2層の通路を六人で歩いている。


 先頭は紅葉。《視力強化》で前方を警戒しながら、降り口への道を辿る。里奈と真帆が中間、悠斗と航が後方。蒼真はその間に位置し、全体を見渡していた。


 真帆の《光球(ライト)》が一行の周囲を照らしている。左肩を庇いながらの維持だが、光量は安定していた。


 蒼真は歩きながら、弓の握りを確かめた。矢筒の中で使い物になる矢は残り一本。第1層の戦闘から数えて、使えない矢が増えている。


 さすがに第2層のヤツはきつかった。


 額の角。膨れ上がった筋肉。第1層のゴブリンとは完全に別物だった。あれが第2層の魔物か、と素直に思う。


 蒼真にとって角の本数は気にならなかった。そもそもゴブリンには角がない。ハイゴブリンには角がある。それだけのことだ。


「蒼真」


 紅葉が先頭から振り返った。暗闇の中で紅葉の目が僅かに光っている。《視力強化》が稼働中だ。


「降り口見えたよ! あと五十メートル!」

「了解。このまま行こう」


       ◇


 第2層降り口の階段。粗い岩を削り出した段を登るたびに空気が僅かに軽くなる。第2層の重い魔素が背中に残る感覚が、一段ごとに薄れていった。


 階段の途中で里奈がよろめいた。


「里奈!」


 蒼真が里奈の腕を支えた。真帆が反対側に回る。里奈の顔は白いが、さっきまでとは目の色が違う。泣いてはいない。


「……大丈夫。歩ける」


 里奈は自分で足を踏みしめ直した。蒼真が手を離しても、立っていた。


 階段を登りきった。第1層の空気が肺に流れ込む。


「第1層に戻ったよ!」


 紅葉が声を張った。


       ◇


 第1層に戻り主通路をダンジョン入口方向へ歩き始めた。紅葉の索敵が前方を確認する。


 五分ほど歩いたところで、紅葉が足を止めた。


「前から来る。速い。でも、魔物じゃない。人だ」


 通路の先に灯りが見えた。《光球(ライト)》よりも強い、安定した光源。複数の足音が近づいてくる。

 蒼真が弓に手をかけたが、すぐに力を抜いた。


 後藤喜一郎が通路の先に立っていた。

 くたびれたスーツではなく探索用の装備を身に着けている。その後ろに教員が二人。通路の壁際にゴブリンの粒子が漂っている。来る途中で排除してくれたのだ。


「後藤先生!」


 悠斗が声を上げた。


 後藤が六人を見た。一人ずつ、ゆっくりと。悠斗の汗だくの顔。航の痺れた腕。紅葉の赤くなった目。真帆の庇った左肩。里奈の白い顔。蒼真の弓を握る手。


 後藤は数秒黙った。

 それから、ゆっくりと息を吐いた。


「――よく帰ってきた」


 声は昼行灯のいつものトーンだった。だがその言葉の重さを、蒼真は聞き逃さなかった。


「先生、あたしらちゃんと帰ってきた!」


 紅葉が拳を突き上げた。声が少し裏返っていた。

 後藤が紅葉を見て、口元を僅かに緩めた。


「帰り道は俺たちが先導する。もう戦わなくていい」


       ◇


 後藤の先導で主通路を進んだ。帰路の魔物は教員チームが全て排除済みだった。六人は武器を降ろし、ただ歩いた。


 蒼真は後藤の背中を見ながら歩いていた。元探索者の後藤が装備をつけて立川ダンジョンに入っている。それだけで「本気で来てくれたんだ」と分かった。


 入口の光が見えた。

 灰褐色の岩壁の先に、白い光が差し込んでいる。自然光だ。ダンジョンの外の光。


 六人の足が速くなった。

 光が広がった。岩の裂け目の向こうに、空が見えた。五月の青空。雲が白い。風が吹き込んできた。魔素のない空気が頬を撫でた。


 蒼真は目を閉じて、深く息を吸った。


 ――出た。六人で入って、六人で出た。


       ◇


 入口の管理施設前で、蒼真は後藤に報告した。


「第5班、六名全員帰還しました。第2層で大型の魔物と遭遇し、交戦の末撃破。負傷者は小林真帆の左肩打撲。こちらは《小回復(ライトヒール)》で治療済み。他は軽傷です」


 後藤が腕を組んだ。


「第2層の大型、か。どんなヤツだった」

「第1層のゴブリンより大きくて、体高は百五十センチくらい。筋肉が異常に厚くて、魔力を纏った攻撃が表層で止まるくらい硬かったです。それと、額に角がありました」

「角か」


 後藤の声が変わった。僅かだったが、蒼真は気づいた。


「ちなみに何本だった?」

「一本……だったと思います」


 後藤の目が一瞬鋭くなった。教室で見せたことのない、元探索者の目だった。

 だがすぐに表情を戻した。


「――分かった。詳しい報告は後だ。全員、まず医務室に行け」


 蒼真は頷いた。後藤がなぜ角の本数を気にしたのか、蒼真には分からなかった。角があること自体が第1層のゴブリンとの違いだ。それ以上の意味を、蒼真はまだ知らない。


       ◇


 医務室に向かう道で、悠斗が隣に並んだ。


「蒼真」

「ん」

「さすがに第2層はきつかったな」

「ああ。けど」


 蒼真は六人の顔を見回した。全員疲れ切っている。真帆は肩を庇い、航は腕をさすっている。里奈は顔色が悪いが、歩みは止まっていない。紅葉は汗を拭いながらも笑っている。


「六人で帰ってきたろ」


 悠斗がにやりと笑った。


「だな」


 航が後ろから追いついた。


「お前の判断、正しかったと思う。通信機で連絡してから動いたこと」

「結果論だけどな」

「結果が全てだ。探索者は」


 航が小さく笑った。


 三人が並んで歩いた。その後ろを紅葉、里奈、真帆が続いた。

 六人の影が五月の日差しの中に伸びていた。


 ダンジョンの闇を抜けて、光の中に。


 ――帰ってきた。


 蒼真は空を仰いだ。青かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ