第22話 角一本の怪物
第2層の通路を六人で歩いている。
先頭は紅葉。《視力強化》で前方を警戒しながら、降り口への道を辿る。里奈と真帆が中間、悠斗と航が後方。蒼真はその間に位置し、全体を見渡していた。
真帆の《光球》が一行の周囲を照らしている。左肩を庇いながらの維持だが、光量は安定していた。
蒼真は歩きながら、弓の握りを確かめた。矢筒の中で使い物になる矢は残り一本。第1層の戦闘から数えて、使えない矢が増えている。
さすがに第2層のヤツはきつかった。
額の角。膨れ上がった筋肉。第1層のゴブリンとは完全に別物だった。あれが第2層の魔物か、と素直に思う。
蒼真にとって角の本数は気にならなかった。そもそもゴブリンには角がない。ハイゴブリンには角がある。それだけのことだ。
「蒼真」
紅葉が先頭から振り返った。暗闇の中で紅葉の目が僅かに光っている。《視力強化》が稼働中だ。
「降り口見えたよ! あと五十メートル!」
「了解。このまま行こう」
◇
第2層降り口の階段。粗い岩を削り出した段を登るたびに空気が僅かに軽くなる。第2層の重い魔素が背中に残る感覚が、一段ごとに薄れていった。
階段の途中で里奈がよろめいた。
「里奈!」
蒼真が里奈の腕を支えた。真帆が反対側に回る。里奈の顔は白いが、さっきまでとは目の色が違う。泣いてはいない。
「……大丈夫。歩ける」
里奈は自分で足を踏みしめ直した。蒼真が手を離しても、立っていた。
階段を登りきった。第1層の空気が肺に流れ込む。
「第1層に戻ったよ!」
紅葉が声を張った。
◇
第1層に戻り主通路をダンジョン入口方向へ歩き始めた。紅葉の索敵が前方を確認する。
五分ほど歩いたところで、紅葉が足を止めた。
「前から来る。速い。でも、魔物じゃない。人だ」
通路の先に灯りが見えた。《光球》よりも強い、安定した光源。複数の足音が近づいてくる。
蒼真が弓に手をかけたが、すぐに力を抜いた。
後藤喜一郎が通路の先に立っていた。
くたびれたスーツではなく探索用の装備を身に着けている。その後ろに教員が二人。通路の壁際にゴブリンの粒子が漂っている。来る途中で排除してくれたのだ。
「後藤先生!」
悠斗が声を上げた。
後藤が六人を見た。一人ずつ、ゆっくりと。悠斗の汗だくの顔。航の痺れた腕。紅葉の赤くなった目。真帆の庇った左肩。里奈の白い顔。蒼真の弓を握る手。
後藤は数秒黙った。
それから、ゆっくりと息を吐いた。
「――よく帰ってきた」
声は昼行灯のいつものトーンだった。だがその言葉の重さを、蒼真は聞き逃さなかった。
「先生、あたしらちゃんと帰ってきた!」
紅葉が拳を突き上げた。声が少し裏返っていた。
後藤が紅葉を見て、口元を僅かに緩めた。
「帰り道は俺たちが先導する。もう戦わなくていい」
◇
後藤の先導で主通路を進んだ。帰路の魔物は教員チームが全て排除済みだった。六人は武器を降ろし、ただ歩いた。
蒼真は後藤の背中を見ながら歩いていた。元探索者の後藤が装備をつけて立川ダンジョンに入っている。それだけで「本気で来てくれたんだ」と分かった。
入口の光が見えた。
灰褐色の岩壁の先に、白い光が差し込んでいる。自然光だ。ダンジョンの外の光。
六人の足が速くなった。
光が広がった。岩の裂け目の向こうに、空が見えた。五月の青空。雲が白い。風が吹き込んできた。魔素のない空気が頬を撫でた。
蒼真は目を閉じて、深く息を吸った。
――出た。六人で入って、六人で出た。
◇
入口の管理施設前で、蒼真は後藤に報告した。
「第5班、六名全員帰還しました。第2層で大型の魔物と遭遇し、交戦の末撃破。負傷者は小林真帆の左肩打撲。こちらは《小回復》で治療済み。他は軽傷です」
後藤が腕を組んだ。
「第2層の大型、か。どんなヤツだった」
「第1層のゴブリンより大きくて、体高は百五十センチくらい。筋肉が異常に厚くて、魔力を纏った攻撃が表層で止まるくらい硬かったです。それと、額に角がありました」
「角か」
後藤の声が変わった。僅かだったが、蒼真は気づいた。
「ちなみに何本だった?」
「一本……だったと思います」
後藤の目が一瞬鋭くなった。教室で見せたことのない、元探索者の目だった。
だがすぐに表情を戻した。
「――分かった。詳しい報告は後だ。全員、まず医務室に行け」
蒼真は頷いた。後藤がなぜ角の本数を気にしたのか、蒼真には分からなかった。角があること自体が第1層のゴブリンとの違いだ。それ以上の意味を、蒼真はまだ知らない。
◇
医務室に向かう道で、悠斗が隣に並んだ。
「蒼真」
「ん」
「さすがに第2層はきつかったな」
「ああ。けど」
蒼真は六人の顔を見回した。全員疲れ切っている。真帆は肩を庇い、航は腕をさすっている。里奈は顔色が悪いが、歩みは止まっていない。紅葉は汗を拭いながらも笑っている。
「六人で帰ってきたろ」
悠斗がにやりと笑った。
「だな」
航が後ろから追いついた。
「お前の判断、正しかったと思う。通信機で連絡してから動いたこと」
「結果論だけどな」
「結果が全てだ。探索者は」
航が小さく笑った。
三人が並んで歩いた。その後ろを紅葉、里奈、真帆が続いた。
六人の影が五月の日差しの中に伸びていた。
ダンジョンの闇を抜けて、光の中に。
――帰ってきた。
蒼真は空を仰いだ。青かった。




