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蒼弓の軌跡 ~探索者学院唯一の弓術士は静かに頂を狙う~  作者: 七夜灯
入学編

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第20話 迷子

 横道は主通路より狭かった。幅二メートル弱、天井も低い。真帆の《光球(ライト)》が壁に近い分だけ明るく照らしたが、先の暗闇がかえって深く見えた。


 紅葉が先頭を走る。《視力強化》で足元の足跡を追いながら、前方に敵がいないかを同時にスキャンしている。


「苔が踏み荒らされてる。ここで転んだ跡がある」


 紅葉の声が硬い。さっきの見落としへの悔しさが、索敵の精度を一段上げていた。


 分岐に出た。左と右。里奈の足跡は右、南東方向。

 二つ目の分岐。また右。

 三つ目の分岐。右。


 蒼真はエリアマップを脳内で照らし合わせた。南東方向に進み続ければ。


 ――第2層降り口だ。


「蒼真、魔素が濃くなってきてる」航が声を落とした。


 その通りだった。空気が重くなっている。肌の表面を撫でるような粒子の圧が増していく。


 階段が見えた。

 岩を削り出した粗い階段。下に向かって続いている。段ごとに魔素の密度が増すのが肌で分かった。


 里奈の足跡は、降りていた。


 蒼真は魔導通信機を握った。


「後藤先生、第5班の神代です。中村が第2層に降りました。追います」


 ノイズ。数秒の沈黙。


『降りたか』


 後藤の声は平坦すぎた。感情を押し殺している声だった。


『行け。降りたら見つけ次第即引き返せ。戦闘するな。こちらも準備が終わり次第向かう』


「了解」


 蒼真は通信機を懐に戻し、五人を見回した。


「降りる」

「当然だろ」悠斗が即答した。声を落とそうとしているが落ちていない。

「だろうな」航が頷いた。

「行こう」紅葉が階段の先を睨んだ。


 真帆が左肩を庇いながら頷いた。「肩はもうだいぶましだから」と笑った。嘘だと分かったが、誰も指摘しなかった。


       ◇


 第2層に降りた瞬間、空気が変わった。


 第1層とは別物だった。魔素の密度が段違いに濃い。肺に空気が沈殿するような重さ。壁の苔が黒っぽく、天井が高い。音の反響が違う。自分たちの足音がやけに大きく聞こえた。


「息を整えろ。慣れる」航が隣を歩く悠斗に言った。自分自身にも言い聞かせているようだった。


 紅葉が《視力強化》で前方を確認する。


「五十メートル先。いた。座り込んでる」


 蒼真は走った。五人が後に続いた。


 通路の壁際に、里奈が座り込んでいた。杖を抱えて膝を引き寄せ、顔を埋めていた。肩が震えている。

 蒼真は里奈の前に膝をついた。


「里奈」


 里奈が顔を上げた。目が赤い。頬に涙の跡。唇が震えている。


「ごめん。ごめんなさい。真帆ちゃんが、あたしが」

「六人で帰るぞ」


 蒼真の声は穏やかだった。怒りはなかった。責める色もなかった。


「それだけだ。帰ろう」


 里奈が蒼真の目を見た。数秒。そして、小さく頷いた。


 真帆が里奈の隣に座り込んだ。左肩を庇いながら、里奈の背中に右手を置いた。


「大丈夫。大丈夫だよ」


 里奈が真帆の顔を見て、唇が歪んだ。泣き出しそうな顔だったが、堪えた。


「……ごめんなさい、真帆ちゃん。肩」

「これくらい平気。ね?」


 真帆が笑った。蒼真には、その笑顔を作るのにどれだけの力がいるか分かった。


「撤退しよう。全員立てるか」


 六人が立ち上がった。紅葉が先頭に戻り、前方を確認する。


「――来る。でかいのが一体、普通のが二体!」


 紅葉の声が通路に響いた。通路の奥から振動が伝わってくる。三つの足音。一つはずっしりと重い。


 蒼真の背中を冷たいものが走った。


「紅葉、真帆、里奈。先に行け。第1層に戻れ」


「でも」


「行け! 悠斗と航で殿を持つ。追いつく」


 紅葉が里奈の腕を掴んだ。真帆が里奈の反対側に回る。三人が通路を走り始めた。

 蒼真は弓を構え、矢を番えた。残り四本。

 悠斗が槍を構えた。航が剣を抜いた。


 通路の奥から、三つの影が近づいてくる。

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