第17話 弓矢の通り道
初ゴブリン戦から十五分。第5班は隊列を維持して東側区画を進んでいた。
先頭を行く紅葉の背中が、薄闇の中で小さく揺れる。《視力強化》で前方三十メートルまでを常時スキャンしている。その十メートル後方に悠斗と航の前衛。中衛に里奈と真帆。最後尾に蒼真。
この隊列が、初戦で証明された最適配置だった。紅葉が見つけ、前衛が抑え、蒼真が射抜く。
だが、問題がある。
蒼真は通路の幅を見た。三メートル弱。悠斗と航が並ぶとそれだけで通路が埋まる。その背中越しに矢を放てるか。
放てない。
弓道場では的の前に障害物はなかった。だがここは通路だ。味方の頭越しに射線を通すには、横か斜め後ろから角度をつけるしかない。
「蒼真、前方。広い空間に出るよ。ゴブリン二体、中央にいる」
紅葉が振り返らず手信号を送った。声は小さいが明瞭だ。
蒼真は即座に判断した。
「悠斗、航。広い空間に出たら左寄りに展開してくれ。俺は右の壁沿いから射線を通す」
「十字砲火ってやつだな」
悠斗が口角を上げた。
「横から撃つ。前衛が抑えてる間に脇腹を射抜く」
「了解」
航が頷いた。
空間に出た。幅八メートル、天井は四メートルほど。真帆の《光球》が空間を照らすと、中央にゴブリン二体が棍棒を握って立っていた。こちらに気づき、殺意に満ちた目を向ける。
「行け!」
悠斗が《脚力強化》で踏み込んだ。蒼白い光を纏った槍穂がゴブリンの正面を捉える。航が横に展開し、もう一体を引きつけた。
蒼真は右の壁沿いに走った。前衛が左。自分が右。射線が開く。
弦を引き絞り、魔力を纏わせた。蒼い光が灯る。
悠斗が抑えているゴブリンの脇腹を、横から射抜いた。
蒼い軌跡が空間を裂いた。ゴブリンが崩れ、粒子化が始まる。
「ナイス!」悠斗が拳を上げた。
航がもう一体を《斬撃強化》の横薙ぎで仕留めた。蒼白い残光が弧を描く。
――射線確保。これだ。
思わず口元が緩んだ。動く的、動く味方、変わり続ける射線。弓道場の的射とは全く違う。だがこれが実戦だ。
――最高だ。
◇
その後の一時間で、三度のゴブリン戦があった。
通路の分岐で一体。小部屋に二体。そして丁字路の奥に一体。
紅葉の索敵が正確だった。蒼真が射線を組み立て、前衛の展開を指示し、横から射抜く。この連携が回を追うごとに滑らかになった。
「相性いいかもね、あたしら!」
三戦目の後、紅葉が振り返って笑った。
「ああ、助かってる」
蒼真が矢を回収しながら答えた。粒子化に巻き込まれなかった矢を拾い、鏃や矢柄の状態を確かめる。だが、敵に避けられて壁に突き立った衝撃や、武器で逸らされた衝撃で、鏃がひしゃげたり矢柄にヒビが入ったりするものが出る。使えるものだけを選別し、残りを矢筒に戻す。なお、矢は魔物の粒子化が始まった際に刺さったままだと巻き込まれて消失してしまうため、刺さった矢は実質回収不可である。
三戦目で、里奈が動いた。
ゴブリンが悠斗の槍を避けて横に飛んだ瞬間、里奈が杖を構えた。
「《氷矢》!」
声は震えていた。だが魔力は杖先に収束し、蒼白い氷の矢が射出された。
ゴブリンの肩口に命中した。致命傷ではない。だがよろめいたところを航が斬り伏せた。
「……当たった」
里奈が自分の杖を見下ろしていた。呆然とした顔だった。
「ナイスだ、里奈」
蒼真が声をかけた。里奈が目を上げる。涙を堪えるように唇を引き結んで、小さく頷いた。
「次はもっと当たるよ!」真帆が里奈の背中を叩いた。
悠斗が里奈に親指を立てた。紅葉が「やるじゃん!」と声を上げた。
以降の戦闘で、里奈の杖を握る手の力が僅かに緩んでいた。肩の位置が下がっている。恐怖が消えたわけではないだろう。だが、体が戦闘を覚え始めていた。
◇
プレート設置の指定地点まであと二百メートル。紅葉の索敵が前方を確認する。
「今のところクリア。このまま行けそう」
蒼真は矢筒の中身を確認した。残り六本。折れた矢が二本。
まだ大丈夫だ。
六人の足音が通路に響いた。チームとしてのリズムが、少しずつ噛み合い始めていた。




