表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蒼弓の軌跡 ~探索者学院唯一の弓術士は静かに頂を狙う~  作者: 七夜灯
入学編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
16/27

第16話 潜入

 ダンジョンの入口は、巨大な洞窟だった。


 学院の敷地から北へ歩き、探索者協会の建物を抜け、自衛隊駐屯地のフェンス沿いを進む。旧国営昭和記念公園の跡地。その中心部に、立川ダンジョンの入口がぽっかりと口を開けていた。


 高さ十メートル、幅十五メートルほどの岩の裂け目。周囲には探索者協会の管理施設が建ち並び、武装した探索者たちが出入りしている。一年生の集団が近づくと、受付の職員が書類を確認し、入場ゲートを開けた。


「でかいな」


 蒼真は入口を見上げて呟いた。


 天恵熱の時に入った地元のダンジョン入口とは、規模が違った。あの時は案内されるまま入口に一歩踏み入れただけだ。適性が発現して、すぐに引き返した。戦闘はなく、中を見る余裕もなかった。


 今日は違う。武器を持って、仲間を率いて、中に入る。

 心臓が速い。手のひらが熱い。怖いか。

 いや。


 ――楽しみだ。


「真帆」

「はいっ」

「中に入ったら《光球(ライト)》を頼む」

「任せてください!」


 蒼真は第5班の先頭に立ち、入口へ踏み込んだ。


       ◇


 一歩。

 空気が変わった。


 外の五月の風が遮断され、肌に纏わりつくような重い空気に包まれる。魔素だ。先日の探索者概論で後藤が説明した、ダンジョン内に充満する粒子。肉眼では見えないが、全身で感じる。肌の表面をざらりと撫でるような、目に見えない粒が体を通り抜けていく感覚。


 天恵熱の時に一瞬だけ感じたあの感覚。それが今、全身を覆っている。


「濃いな」


 蒼真は息を吐いた。入口付近でこれだ。奥に進めばもっと濃くなる。


「真帆」

「《光球(ライト)》!」


 真帆が右手を掲げると、掌の上に柔らかな白い光の玉が浮かび上がった。直径二十センチほど。暖かみのある光が洞窟の壁を照らし、六人の周囲五メートルほどを視認可能にした。


「おお」


 悠斗が声を漏らした。光球の光を受けて、洞窟の壁面がぼんやりと浮かび上がる。灰褐色の岩肌、ところどころに苔のようなものが生えている。天井は高く、声が微かに反響する。


「紅葉」

「分かってる」


 紅葉が目を細めた。否、《視力強化》を発動したのだ。瞳に微かな光が灯り、暗闇の奥を見通す目が起動する。


「前方三十メートルまで確認。魔物の気配はない。道は二手に分かれる。右が東側区画、マップ通り」

「了解。右に進む。紅葉は十メートル先行。何か見えたら即座に報告。声が出せない状況なら手信号」

「了解」


 紅葉が音もなく前に出た。黒髪のショートカットが光球の光の中に浮かび、すぐに暗がりに溶けていく。斥候の動きだった。足音がほとんどしない。


「……うちの斥候、優秀だな」


 航が小声で言った。蒼真も同感だった。


「悠斗、航、前衛を頼む。俺は真帆と里奈の後ろにつく。射線が通ったら声をかける」

「おう」

「了解」


 六人が隊列を組んで進み始めた。


 先頭に紅葉が十メートル先行。その後ろに前衛の悠斗と航が並ぶ。中衛に里奈と真帆。最後尾に蒼真。


 弓術士の位置は最後尾だ。全体を見渡し、射線を確保するために。


       ◇


 第1層の東側区画に入って五分。


 紅葉が立ち止まった。右手を上げる。止まれ、の手信号。

 全員が足を止めた。蒼真は矢筒から矢を一本引き抜き、弦に番えた。まだ引き絞らない。


 紅葉が振り返り、指を二本立てた。敵、二体。

 蒼真は頷き、小声で指示を出した。


「悠斗、航、前に出ろ。紅葉は下がって右側面。里奈、射線が通ったら撃て。真帆はその場で待機」


 全員が動いた。悠斗が槍を構え、航が長剣を抜く。

 暗がりの奥から、二つの影が現れた。


 ゴブリン。

 緑色の肌。角なし。体高一メートル程度。手に粗雑な棍棒を握っている。小さな目が光球の光を反射して、ぎらりと光った。


 ――これが、魔物。


 蒼真の心臓が一際強く打った。授業で映像は見た。データも学んだ。だが、生きて動いている魔物を目の前にするのは初めてだった。

 獣のような臭い。低い唸り声。小さな体躯に似合わない、殺意のこもった目。


 怖い、か。

 蒼真は弦を引いた。答えは、矢を放てば分かる。


 ――いいや。最高だ。


 ゴブリンが棍棒を振りかぶり、悠斗に突進してきた。


「来た!」


 悠斗が《脚力強化》を発動し、半歩踏み込んで槍を突き出した。穂先が魔力を纏い、蒼白い光を引きながらゴブリンの胸を貫く。


 ゴブリンが絶叫した。棍棒を振り回すが、悠斗は槍のリーチで距離を保ちながら穂先を引き抜く。ゴブリンがよろめいた。


 もう一体が航に向かった。航が長剣を構え、《斬撃強化》を乗せた横薙ぎ。鈍い音とともにゴブリンが吹き飛ぶ。壁に叩きつけられ、動かなくなった。

 悠斗の方のゴブリンが体勢を立て直そうとする。


 その瞬間、蒼真は弦を引き絞った。


 魔力が矢に流れ込む。矢の先端から蒼い光が灯る。弦を引く腕に、弓道場で数千回繰り返した感触が蘇る。


 射線、通った。


 放つ。


 蒼い軌跡が闇を裂いた。

 矢はゴブリンの額を正確に射抜き、背後の壁に縫い止めた。ゴブリンの体が一瞬硬直し、粒子状に崩壊し始めた。


「――っ!」


 蒼真は自分の手を見た。指先が微かに震えている。だが、それは恐怖からではなかった。

 興奮だ。

 魔力を纏った矢が魔物を射抜いた。蒼い軌跡が闇に尾を引いた。弓道場で放った何千本もの矢が、今この瞬間、報われた。


 航の方のゴブリンも粒子化していた。崩れた魔物の体が光の粒となり、戦闘に参加した六人の体に吸い込まれていく。経験値の吸収。授業で習った仕組みだ。魔力の粒子が全身を駆け巡り、ほんの微かに、体が軽くなったような感覚がある。


「やった」


 真帆が小さく呟いた。


「……やったな」


 悠斗が槍を下ろし、額の汗を拭った。

 航は長剣の血、いや、ゴブリンはもう粒子化している。航は刀身を確認し、静かに鞘に収めた。

 紅葉が右側面から戻ってきた。表情は変わらないが、僅かに肩の力が抜けている。


 里奈は、動けなかった。

 後衛の位置で、杖を構えたまま固まっている。《氷矢(アイスボルト)》を撃てなかった。唇が白い。指先が震えている。


 蒼真はそれを見て、声をかけた。


「里奈」


 里奈がびくりと顔を上げた。


「初戦だ。誰だって固まる。次に撃てればいい」


 蒼真の声に、責める色はなかった。里奈の目が潤んだが、唇を噛んで頷いた。


「次は、撃ちます」

「ああ。頼むぞ」


 蒼真は矢筒を確認した。矢は残り九本。スローイングナイフ五本は温存。煙幕も手つかず。

 マップを取り出し、現在地を確認する。しるし設置地点まであと数百メートル。


「このまま進む。紅葉、先行を続けてくれ」

「了解」


 紅葉が再び前に出た。

 蒼真は最後尾に戻りながら、弓を握る手に力を込めた。

 蒼い軌跡が、まだ目の奥に残っている。


 これがダンジョンか。魔素の濃い空気が、肺の奥までずしりと沈んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ