第13話 探索者クランと将来の話
放課後のファミレスは、いつもの席が空いていた。
サンサンロード沿い、窓から通りを歩く探索者たちが見える角の四人掛けテーブル。もはや三人の指定席と化している。
「んで、班分けも終わったわけだけどさ」
悠斗がドリンクバーのメロンソーダを啜りながら、身を乗り出した。
「実際のとこ、卒業してからどうすんの? お前ら」
唐突な話題だった。航がアイスコーヒーのストローから口を離し、横目で悠斗を見る。
「急だな」
「いや急じゃねえだろ。もうすぐダンジョン入んだぞ? リアルに考えとかねえと」
悠斗がテーブルに肘をつき、珍しく真剣な目をしている。蒼真は和風ハンバーグをひと口頬張りながら、悠斗の横顔を見た。こういう表情をするときの悠斗は、ふざけていない。入学して一ヶ月と少し、それくらいは分かるようになっていた。
「卒業後って言ったら、クランに入るのが普通なんだろ?」
蒼真が言うと、航が頷いた。
「基本はそうだな。探索者クランってのは、まあ簡単に言えば互助会だ。個人パーティとは別に、認め合った探索者が集まって組織を作る。クラン単位で探索者協会から仕事を受けて、内部で人選してダンジョンに挑む」
「仕事って、依頼みたいなもんか」
「ああ。特定の層の魔物間引きだとか、素材採取だとか。報酬が出る代わりに、クランが手数料を取って運営費に充てる仕組みだ」
航はこういうとき淀みがない。入学前から自分で調べていた真面目さが、こうした場面で光る。
「手数料取られんのか。じゃあソロのほうが儲かるんじゃね?」
悠斗が聞くと、航はアイスコーヒーを一口飲んでから首を振った。
「ソロは怪我や病気のリスクが全部自分に返ってくる。パーティの確保も毎回一からだ。しかも信頼の担保がない。クランに所属してるってだけで、社会的な信用がまるで違う」
「信用?」
「『探索者クラン〇〇所属の〇〇』って名乗れるかどうかだよ。依頼を出す側だって、どこの馬の骨か分からんソロより、クラン所属のほうが安心して頼める。完全ソロでやってる探索者もいるにはいるが、主流じゃない」
蒼真は箸を止めた。社会的な信用、という言葉が妙に引っかかった。弓術士。探索者学院で唯一の。その肩書がクランの看板に並ぶ日が来るのだろうか。
「蒼真は?」
悠斗が顔を向けてきた。
「クランに入りたいとか、あんの?」
「……そりゃ、入るだろうな。無理にソロでやっていく気はない」
蒼真はメロンソーダのグラスの水滴を指で拭いながら答えた。
「ただ」
「ただ?」
「どこのクランに入るとか、まだ全然見えてない。それより先に、やることがある」
「トップ探索者になるってやつ?」
「そう。手にしたカードで頂を目指す。それだけは変わらない」
言い切ると、悠斗が「出たよ」と笑った。航も口元が緩んでいる。
「お前ってほんとブレねえな」
「ブレてたらここにいねえよ。弓術士で入学してる時点で、退路は最初から断ってある」
蒼真はそう言って、和風ハンバーグの最後のひと切れを口に放り込んだ。
「航は?」
「俺は」
航がアイスコーヒーのグラスを回した。
「堅実にやりたい。中堅どころのクランに入って、安定して仕事を回せる探索者になる。長剣の《斬撃強化》はパーティの火力補助として需要がある。前衛として信頼される存在になれれば、仕事は途切れない」
「うわ、めちゃくちゃ現実的」
悠斗が目を丸くした。蒼真も少し驚いた。航の口から「安定」という言葉が出るのは意外だったが、同時に航らしくもあった。堅実で、的確で、地に足がついている。
「悠斗は?」
蒼真が聞くと、悠斗はメロンソーダのストローを咥えたまま、一瞬だけ黙った。
それから、ストローを口から離して、少しだけ声のトーンを落とした。
「俺さ、地元にダンジョンがあんだよ」
蒼真と航が同時に悠斗を見た。
「東北のほう。規模は立川よりずっと小さいけど、ある。で、スタンピードも、一回あった」
「あったのか」
「小五のとき。避難勧告が出て、家族で体育館に逃げた。結局すぐ収まったんだけどさ。母親が、ずっと震えてた」
悠斗の声に、ふざけた調子はなかった。メロンソーダの炭酸が静かに弾ける音が、妙にはっきり聞こえた。
「そんときに、探索者が来たんだよ。エリートじゃない、地元の中堅クランの人たち。体育館の前に立って、『大丈夫だ』って言った。たったそれだけなんだけど、母親の震えが止まったんだ」
蒼真は黙って聞いていた。悠斗が「たったそれだけ」と言った言葉の裏に、どれだけの重みがあるか。結衣の「まもってね」が胸の奥で重なった。
「俺は、ああなりたいんだよ。トップじゃなくていい。エリートじゃなくてもいい。誰かが震えてるときに、『大丈夫だ』って言える探索者になりたい」
悠斗がそう言い切って、照れくさそうにメロンソーダを一気に飲んだ。
沈黙が落ちた。重い沈黙ではなかった。三人の間に、温かい空気が流れていた。
「――いい夢じゃん」
蒼真が言った。自然と声に力が入っていた。
「お前の槍と《脚力強化》なら、真っ先に駆けつけられる。誰よりも早く前に出て、『大丈夫だ』って言えるだろ」
悠斗が目を瞬いた。それから、照れ隠しのように頭をガシガシ掻いた。
「お前さ、そういうとこだよ。真っ直ぐすぎて眩しいわ」
「褒めてんのか」
「褒めてんだよ!」
声が大きくなった悠斗に、店の他の客がちらりとこちらを見る。航が「声」と一言だけ言って、三人の間に笑いが零れた。
「三人ともバラバラだな」
航が、いつものそっけない調子で言った。
「トップを目指す奴と、堅実にやりたい奴と、誰かを守りたい奴。でも」
航はアイスコーヒーを飲み干して、グラスを置いた。
「悪くない。バラバラだから、いい」
窓の外をサンサンロードの夕陽が染めていた。カフェのテラスでノートPCを開く探索者、クランのジャケットを着て談笑する一団、モノレールの高架の影が長く伸びている。
この街で、この三人で、始まったのだ。
蒼真は窓の外を見ながら、口元が勝手に緩むのを止められなかった。
――まだ何も成し遂げちゃいない。でも、この三人でいる未来は、たぶん悪くない。
◇
マンションに帰ると、蒼真はメンテナンスノートを開いた。
班構成のページの下に、悠斗の言葉を書き留めた。
――「大丈夫だ」って言える探索者。
ペンを置いて、天井を見上げた。
トップ探索者になる。その目標は変わらない。でも、トップになった先で何をするのか。その輪郭が、少しだけ見えた気がした。
結衣の声が、蘇った。
――結衣まもってね。
ああ。守る。お前だけじゃない。この街も、誰かの母親も。
拳を握って、開いた。指先に弦を引く感触が残っている。
ダンジョンに入る日が、近づいていた。




