第12話 第5班の面々
五月九日。三時限目。
後藤がホワイトボードの前に立った。今日はいつもの紙コップコーヒーではなく缶コーヒーで、左手にぶら下げたままぼんやり眺めている。特に意味はないだろうが、蒼真はそういう些細な変化を無意識に拾ってしまう。弓術士の癖だ。的の微妙な揺れ、風の変化。観察は習慣になっている。
「今日は班分けの発表と、実習概要の説明だ。眠そうな顔してるやつが何人かいるが、まあ、聞け」
飄々とした調子で言いながら、後藤がA4のプリントを配り始めた。相変わらずネクタイは曲がっている。
「一組は三十名。六人一班で五班編成。班は実習が終わるまで固定だ。パーティの基礎ってやつを学んでもらう意味もある。文句は受け付けない。受け付けないって言ってんのに毎年ぐずるやつがいるんだが、今年はそういうのナシで頼む」
ぱらぱらと笑いが起きた。後藤はそれに気づかないふりで缶コーヒーを呷る。
プリントに目を落とす。班ごとの名簿が並んでいた。蒼真は自分の名前を探し、見つけた。
――第5班:神代蒼真、橘悠斗、宮瀬航、鬼塚紅葉、小林真帆、中村里奈
悠斗と航がいる。蒼真は息を吐いた。緊張が一段階下がる感覚。
「うっしゃ!」
前の席から悠斗の声が飛んだ。振り返って、にやにやしている。
「第5班、三人一緒だぜ蒼真! 俺、これ運命だと思うわ」
「お前、運命の安売りすぎだろ」
「いいんだよ細けえことは。これ、運なのか? それとも後藤先生の配慮なのか」
航が横目でプリントを確認しながら、低い声で混ぜ返した。
「俺がそんな気の利いたことするように見えるか?」
後藤が教卓の向こうから飄々と返した。くじ引きなのか配慮なのか、真偽は不明だ。後藤はそういう男だった。
「見えませんねえ」
「橘、聞こえてるぞ」
「あ、すいません」
悠斗がへらっと笑い、後藤は鼻で軽く笑って次の連絡へ進んだ。蒼真は思わず口角を上げた。班分け発表がこんな空気で始まるのは、きっと幸先がいい方だ。
◇
四時限目。後藤の指示で班ごとに集まり、自己紹介と適性確認を行うことになった。
第5班の六人が教室の隅に集まる。蒼真・悠斗・航の三人は既に出来上がった空気があるから、ここに三人の女子が加わる形だ。
最初に口を開いたのは悠斗だった。
「橘悠斗。適性は槍。スキルは《脚力強化》。よろしくな!」
いつもの屈託のない笑顔。百八十センチの長身で見下ろされると初対面の相手は一瞬ひるむが、悠斗のあの人懐っこさがすぐに空気を和らげる。
「宮瀬航。剣士。《斬撃強化》。よろしく」
航は簡潔だった。百七十二センチの中肉中背。目つきがやや鋭いせいで第一印象は怖いが、しゃべれば常識人だと分かる、はずだ。たぶん。
「神代蒼真。弓術士だ。スキルは、ちょっと変わってて、説明しにくいから今は伏せさせてくれ。すまん」
小転移の細かい仕様については言えない。特に触媒という制限については、なおさらだ。航と悠斗には以前そう伝えてあるし、二人とも今回も何も言わなかった。ありがたい。
「弓術士!?」
はじけるような声が上がった。黒髪ショートカットの小柄な少女が、目を丸くして身を乗り出している。百五十四センチのスリムな体型。
「鬼塚紅葉。あたし斥候、スキルは《視力強化》。ねえねえ、弓術士って学院で唯一のやつ? あの須藤と模擬戦やった人?」
ノータイムで畳みかけてくる。声に屈託がない。嘲笑の影もない。地方の山育ち、と本人はあとでさらりと言ったが、納得の話し方だ。蒼真の知る信州の同級生たちと、どこか同じ温度をしていた。
「ああ、そう。やった」
「で、勝ったんでしょ?」
「……勝った」
「やっぱりそうじゃん! うちのクラスのほぼ唯一の自慢じゃん!」
紅葉が小さく拳を握って、隣の里奈の腕を軽く叩いた。叩かれた里奈が「あっ、はい」と所在なげに頷く。蒼真は思わず噴き出しそうになった。
「いや、自慢って言われても」
「だってさ、弓だよ? 弓って、こう、矢が引いて、ばーんって、かっこいいじゃん。あたし、的当てとか好きだし、弓道部とかちょっと憧れてたし」
「……鬼塚、お前、案外そういうの好きなんだな」
悠斗が呆れと感心の中間みたいな顔をした。
「変かな?」
「別に変ではないが」
航が短く挟むと、紅葉は「でしょ?」と笑った。蒼真は気付いた。男子相手にもタメ口だ。最初から距離を詰めてくるタイプらしい。
「で、斥候って、偵察特化なのか?」
話を戻そうと蒼真が振ると、紅葉の目がぴかっと光った気がした。
「《視力強化》、魔力を継続消費して視力を強化するアクティブスキル。遠くのものを見る、暗所での視認、それと小さい違和感の検出。だから探索とか偵察が主な仕事になる。蒼真、めっちゃ相性よくない?」
斥候は、前で敵を斬る適性ではない。
適性武器は小剣でリーチも短く、純粋な近接火力で剣士や槍使いに劣る。だが、気配の察知や魔力の揺れを拾う感覚に補正がかかるため、探索では真っ先に必要とされる役割でもある。
紅葉の《視力強化》は、その斥候適性と噛み合っていた。
「ああ。射線確保の前に地形と敵位置がわかるのは、弓術士としては最高に近い」
「だよね!」
紅葉が満足げに頷く。その横で、蒼真は頭の中に第5班の隊列を浮かべていた。索敵特化の斥候と遠距離の弓。噛み合えば、先に撃てる。
◇
「あ、えっと、中村里奈です。適性は魔法使い。スキルは《氷魔法》。今は《氷矢》を一つ。氷の矢を生成して射出する攻撃魔法、です。よろしくお願いします」
ボブカットの少女が控えめに頭を下げた。百六十四センチ。モデル体型のすらりとした立ち姿。声は柔らかいが、紹介の終わりが消え入るようにすぼんでいく。指先がスカートのプリーツを軽くつまんで、すぐに離した。
「氷魔法かっこいいじゃん!」紅葉が即座に食いつく。「あたし、火と氷だったら絶対氷派なんだよね」
「なんでだよ」
「夏に冷えそうじゃん」
「お前、その理由で適性語るな」
悠斗のツッコミに紅葉がけらけら笑い、里奈の肩から少しだけ力が抜ける。
悠斗もその間に話を引き取った。
「《氷矢》、すげえ気になるな。撃ったとき、こう、ほんとに矢の形になるのか? 俺、氷の矢って漫画でしか見たことなくて」
「あ、はい……手のひらの先で形を作って、まっすぐ飛ばす感じ、です。一本だけ、なんですけど」
「一本でも十分だろ。蒼真の弓と合わせたら、遠距離が二枚になる」
航が冷静に分析する。里奈は『はい』と頷いたが、視線だけが一度逃げた。『魔力の量で、そんなに距離は出せないので』と付け足す声も細い。蒼真はそこで口を挟まなかった。
「中村、距離は実習で確かめれば十分だ。撃てるってだけで前提が変わる」
航が苗字呼びでさらっと言う。班内の女子に対しては、ごく自然に距離を取った呼び方だ。里奈は「ありがとう、ございます」と小さく頭を下げた。
「小林真帆です。適性は魔法使いで、スキルは《白魔法》。回復ができます! 《小回復》と《光球》を覚えてます。よろしくお願いします」
栗色のポニーテールを揺らしながら、真帆が笑顔で名乗った。百五十八センチ。里奈より少し肉感のある体型で、声に張りがある。
「おっ、ヒーラー!」悠斗がガッツポーズの真似をした。「めちゃくちゃ心強いって、それ」
「えへへ、でもまだ《小回復》だから、大怪我は直せないんですけど……」
「いやいや、それでも回復ある班とない班じゃ、安心感が全然違うって」
「神代さんもそう言ってくれると、私も気合入る感じです」
真帆が照れたように笑って、頭を軽く下げた。蒼真は素直に「ああ、本当に助かる」と返したが、頭の片隅では小林真帆→神代「さん」呼びを覚え書きする。班員それぞれに距離感の違いがある。それも含めての顔合わせだ。
「あと、《光球》は?」
紅葉が聞いた。
「ダンジョン内の暗所で光源になる魔法です。光る球を浮かべて周囲を照らす感じで」
「うっわ、それ斥候としてはマジでありがたいやつ」紅葉が真顔になる。「暗いとこで自分の目だけ強化しても、班員見えてないと意味ないからさ」
「そっか、そういう、見方もあるんですね」
真帆が嬉しそうに頷いた。紅葉と真帆の間で、最初の一往復が成立した瞬間だった。
◇
六人の適性とスキルが出揃った。蒼真は頭の中で整理する。
前衛:悠斗(槍術士・《脚力強化》)、航(剣士・《斬撃強化》)
後衛:里奈(魔法使い・《氷魔法》)、真帆(魔法使い・《白魔法》=ヒーラー)
斥候:紅葉(斥候・《視力強化》)
遠距離:蒼真(弓術士・《小転移》)
バランスは悪くない。前衛二枚に後衛二枚、斥候一人、遠距離一人。回復もいる。六人パーティとしてはむしろ恵まれた構成だ。
「いい班だな、これ」
蒼真が思ったままを口に出した。
「お、リーダーみたいなこと言うじゃん」
悠斗がにやりとした。
「リーダーじゃねえって。いや待て、誰がリーダーやるんだ俺ら?」
「班長は立候補か推薦で決めろ。ただし実習中の指揮は流動的でいい。状況判断ができるやつが前に出ろ。神代もそんなに肩肘張らんでいい」
後藤が教室の前から声を飛ばした。聞こえていたらしい。神代、と苗字を呼ばれて、蒼真は思わず居住まいを正した。
「蒼真でいいんじゃない?」
間髪入れず、紅葉が言った。
「は?」
「だってさ、須藤に勝った実績あるじゃん。あと、さっきあたしらが順番に名乗ってる間、蒼真の目めっちゃ動いてたよ。前衛二枚で、後衛二枚で、斥候と遠距離で、って、頭の中で組んでたでしょ?」
「……分かるのか、それで」
「分かるよ。あたし斥候だもん。視力強化のおかげっていうより、地で人の目見るのが好きなんだよね」
蒼真は思わず目を瞬いた。斥候の観察力というやつか。いや、これは適性以前の地のセンスだ。
「俺は蒼真でいいと思う」
航が言った。短いが、確信のある声。
「俺も賛成」悠斗が手を挙げる。「蒼真がいい」
「あ、私も、神代さんがいいです。なんていうか、皆を見てるなって、自己紹介の時に思ったので」
真帆が控えめに、しかしはっきりと続ける。里奈が一拍遅れて、それでも自分の意思で頷いた。
「……あの、私も、神代さんでお願い、します」
五人の視線が蒼真に集まる。蒼真は小さく息を吐いた。
「――分かった。やらせてもらう。よろしく頼む」
悠斗はすぐに笑い、航は黙ってこちらを見る。紅葉はもう次の話題を探していて、里奈はまだ少し緊張していた。真帆だけは、場を明るくするように微笑んでいる。
五人。自分を含めて六人。
初めてのパーティだ。
蒼真の中に、小さな火が点った。やってやる、と腹が決まる。
◇
放課後。
三人でサンサンロードのファミレスに入った。いつもの窓際席。
「いやー、紅葉ヤバいな。あの観察力。蒼真の目が動いてた、とかさ」
悠斗がメニューを開きながら、声を弾ませた。
「斥候適性だしな。たぶん《視力強化》がなくても、地の観察力が高い」
蒼真がアイスコーヒーを注文しながら答えた。
「あと、口数も多いな。明るい子だな」
「めっちゃ明るかったな。あれ女子寮でもクラスでも一気に中心になるやつだろ」
「そうかもな」
悠斗が、ぐっとアイスコーヒーを引き寄せて続けた。
「で、俺が気になんのは里奈の方だわ」
「やっぱりそう思うか」
航が呟くように言った。
「悠斗が氷魔法の話を振ったとき、嬉しそうにしようとしてたけど、目が一瞬泳いでた。実戦経験がないのは全員同じだけど、あの子はもう少し根が深い不安を抱えてる気がする」
航の分析は的確だった。蒼真も同じことを感じていた。
「無理に聞き出す話じゃないけどな。一緒に潜ればわかることもあるだろ」
「お、班長らしい発言じゃん」
「うるせえよ」
悠斗が笑い、蒼真もつられて笑った。航だけがアイスコーヒーを啜りながら「……まあ、そうだな」と短く同意する。
「あと」蒼真がテーブルに肘をついた。
「真帆のヒーラーは本当にありがたい。初ダンジョンで回復持ちがいるのといないのじゃ、安心感が段違いだ」
「だよなあ。真帆ちゃん明るいし、班の雰囲気も良くなりそう」
悠斗があっさり「真帆ちゃん」呼びを定着させた。航がアイスコーヒーをぐっと一口飲んでから、軽く息を吐いた。
「悠斗」
「ん?」
「お前の距離の詰め方は、相変わらず羨ましいな」
「えっ、なんで急に?」
「いや、ちょっと感心しただけだ」
航のトーンが微妙に平坦すぎる。蒼真は笑いを噛み殺した。「むっつり」が発動しかけたのを本人が必死に抑えた瞬間を、また見てしまった気がする。悠斗だけが「なんだよ褒めるなよてれるじゃん」と、見当違いの方向で機嫌よく笑っていた。
◇
夜。マンションの自室。
ノートに班構成を書き込む。
第5班:前衛・悠斗(槍)+航(長剣)。後衛・里奈(氷魔法)+真帆(白魔法)。斥候・紅葉(視力強化)。遠距離・蒼真(弓)。
課題:里奈の不安の根。実戦での連携は未知数。紅葉の偵察との連携を最優先で構築。
ペンを止める。
六人。自分を含めて六人でダンジョンに入る。
一人で弓を引くのとは違う。射線の確保も、退路の判断も、全てが六人の行動に影響する。班長を引き受けた以上、全員を無事に連れて帰る責任がある。
いや、「連れて帰る」じゃない。全員で帰るんだ。
蒼真はノートを閉じ、壁に立てかけた和弓に目をやった。
あと数日。
拳を開いて、閉じた。弦を引く形ではなく、握り拳だった。
六人で潜る。六人で戦う。六人で帰ってくる。
そのために、自分にできることを全てやる。
蒼真はスマートフォンを手に取り、一瞬迷ってから画面を閉じた。今日は祖父に送らなくていい。報告することがあるときに送ればいい。
――次に送るのは、ダンジョンから帰ってきたときだ。
布団に潜り込んでも、顔合わせの声がしばらく消えなかった。悠斗の大声、航の短い指摘、紅葉の早口、里奈の途切れがちな返事、真帆の明るい名乗り。明日から、この五人と潜る。
「第5班、か」
名簿の六つの名前を順になぞって、にやりとした。悪くない面子だ。




