第111話 決勝・前半
火曜の朝の立川は、月曜よりさらに冷えていた。
錦町のマンションを出た瞬間、頬の表面の感覚はもう半分なかった。空は淡く晴れていた。霜の降りた歩道の白さが街灯の名残を反射している。蒼真は鞄を肩にかけ直し、弓袋を左手に持ち替えた。
弓袋の重みは、十ヶ月前の入学初日に学院の備品弓を背負っていた頃と比べると、別物だった。馴染むのに九ヶ月かかった重さでもある。
サンサンロードを南へ歩いてグリーンスプリングス一階のカフェに着くと、悠斗が先に手を上げていた。
「おう」
「悠斗、早いな」
「航と紅葉が中で席取ってる。里奈と真帆は電車が遅れてて、もう少し掛かるらしい」
悠斗の息は白かった。コートの襟元のファスナーを一番上まで上げていても、吐く息までは隠せていない。寮の朝飯は今日も五分で詰め込んだ口だろう。蒼真の右の頬がわずかに緩んだ。
カフェに入ると、航は窓際の四人席で温かいコーヒーを半分まで減らしていた。紅葉は隣で甘いラテにマシュマロを浮かべて、両手で持ち手を握っていた。
「おはよ、蒼真。寒かった?」
「歩いてくる間にだいぶ冷えた。何か温かいやつ買ってくる」
「うん、行ってきて。私たちのは大丈夫」
蒼真はカウンターでホットコーヒーを頼んでから、紙コップを両手で抱えて席に戻った。指先に染みていた冷たさが、紙コップ越しにゆっくり溶けていく。
ガラス越しに、改札のほうから里奈と真帆が小走りでこちらに向かってくるのが見えた。
六人が揃った。九ヶ月前の入学初日の朝は、誰の顔も知らないまま講堂に並んだ。今日は誰がどこに座るか、誰の口を待たずに決まっていた。
◇
学院に着いたのは九時十五分過ぎだった。屋外スタジアム型の演武場の周りには、もう観客が列を作り始めていた。月曜の朝に紅葉がスマホで撮って班部屋のチャットに送ってきた写真の倍はいる。
班部屋の鍵は開いていた。机の上に小さなメモが一枚――「鍵、開けといた。九時半に他クラスの担任の挨拶で職員会議室。後藤」――角の丸い字。
「先生、忙しそうだな」
悠斗がメモを摘んで、「決勝の日は、担任もあちこち回るんだろ」と笑った。
「両方の班、同じクラスだしな」
「あーそうか。先生、今頃は竹井のとこにも顔出してるかもしれねえな」
航がノートパソコンの蓋を閉じながら言った。
「むしろ顔を出さないと思う。1組の担任が片方の班だけ激励しに来たら筋が通らない。両方に出すのも変だし、結局どっちにも来ないのが一番平等だ」
「お前、まだ朝なのに堅いな」
「いつもどおりだ」
蒼真は弓袋を開けて、弦の張りを確認した。錦町で昨夜済ませた点検と同じ手順を、もう一度なぞる。馴染んだ革の感触が指先に戻ってくる。
矢筒に矢を二十四本、一本ずつ間隔を確かめながら差し込んだ。スローイングナイフ六本は太腿のポーチに収めて、ベルトの位置を一度引き直す。
「悠斗、槍」
「カバー外したら音で分かる。今は閉じてる」
「真帆、杖は」
「光るか、さっき確認しました。問題ないです」
「里奈、《氷矢》、朝の手応えは」
「指先、ちゃんと冷えます」
里奈の杖の白い結晶が、ベンチに置かれたまま淡く明滅した。入学直後の頃の里奈なら、この場面では「たぶんいけます」だった。今は「ちゃんと冷えます」だ。同じ意味でも言葉の重みが違う。
紅葉が窓の外の演武場の方を見ながら息を吐いた。
「人、多いね。私、声出してる時のほうが落ち着くタイプだから試合中もペチャクチャ喋るよ」
「いつもどおりじゃねえか」
「いつもどおりだから落ち着くんでしょ。悠斗だって、緊張してる時ほどおふざけ多くなるよね」
「俺はおふざけしてねえだろ」
「してる。さっきも改札で『試合勝ったら焼き肉おごれ』って真帆に言ってたじゃん」
「あれは試合と関係ない普通の話だ」
「決勝の日の朝に焼き肉の話する人は、絶対に緊張してる」
「……ぐうの音も出ねえな」
悠斗が頭を掻いた。航が珍しく口の端を緩めた。
「鬼塚の観察、たまに鋭いから油断できない」
「たまに、ってつけるの、参謀の悪い癖」
「事実は事実だ」
◇
九時四十五分、フィールド係の引率で入場ゲート前へ。
冬の薄手の手袋は控室で外していた。指先は十分に温まっている。
ゲートの向こう側。西側の通路から竹井班の六人がほぼ同じタイミングで姿を見せた。竹井創を先頭に本村涼、佐藤進。斉藤花帆と藤島美香、進藤あかり。クラスメイトとして見慣れた顔が今日はフィールドを挟んで反対側に揃っている。
竹井が蒼真の方に視線を向けた。
「神代、後藤先生、そっち寄った?」
「いや、職員会議室にいるってメモが置いてあった」
「うちも同じだ。両方とも素通りらしい」
「先生らしいな」
「先生らしい」
竹井が口角をわずかに上げた。穏やかな顔のまま、剣士の重さだけが目の奥に乗っている。
悠斗が後ろから蒼真の肩を軽く叩いた。
「お前ら、入場前に立ち話してると審判に睨まれるぞ」
「短く済ませる」
「短くな」
紅葉が後ろで小さく笑った。
◇
九時五十分、フィールド東側に蒼真班が入場。
観客席のほうは見ない。月曜の夜にメンテナンスノートを閉じた時、そう決めた。必要があれば試合のあとに見る。今はフィールドの石の床と向こう側のゲート。半歩斜め後ろの航の気配だけ。
◇◆◇
観客席の東側上段から二段下りた位置に、凛とほのかが並んで座っていた。
予選第一戦の時より、座っている席が前列に寄っている。マフラーは昨日と同じ白で、凛の口元はその中に深く埋まっていた。
「凛ちゃん、今日は前のほうの席まで来たんだね」
ほのかが横顔をちらりと見て、小さく笑った。
「……見やすいから」
「うん。今日は、ちゃんと見たい試合だもんね」
「ほのかもでしょ」
「うん。決勝だし、白魔法使いの子も見たいし」
「じゃあ、ちゃんと見よ」
ほのかは小さく頷いて、視線をフィールドの東側に戻した。マフラーの内側で凛の口角が動いたのが、ほのかの位置からだけ見えた。
そのさらに二段上。立ち見の柵の前に須藤大河が腕を組んで立っていた。隣には誰もいない。蒼真がフィールドに入った瞬間、須藤の唇がかすかに動いた。
「ここで負けたら、再戦の意味がねえぞ」
声は誰にも届かなかった。一年前の春に自分が勝てなかった相手の決勝戦を、観客席から見ている。蒼真が負ければ再戦の景色も降りる。それは須藤にとっても都合の悪い話だった。
西側の最上段。手すりの前で後藤が薄い茶色のファイルを抱えて立っていた。両班の班長挨拶が始まる直前に職員会議室から駆け上がってきた格好だ。藤村が隣に来て肩を並べた。
「両方とも、声かけずに来たんですか」
「片方だけ顔出しに行ったら、もう片方の生徒に対して失礼だろう。同じクラスなんだから、なおさらだ」
後藤が前を見たまま続けた。
「うちのクラスから優勝が出る。それ以上のことは、俺が試合前に口を出す話じゃない」
「教育者ですねえ」
「教育者って言葉は、生徒の前で使うと安っぽくなる。陰で言うくらいでちょうどいい」
藤村が小さく笑った。後藤は煙草の箱を内ポケットから半分出して、すぐに戻した。
◇◆◇
フィールド中央で班長同士の挨拶。
竹井が右手を差し出した。蒼真が握り返した。両者の手のひらは同じくらいの熱を持って、汗ばみの量も似ていた。
「神代、フォーメーション、組み直してきたか」
「組み直した」
「うちは、お前らがそうするだろうって前提で組んできた」
「お互いさまだな」
「ああ、望むところだ」
半秒だけ、月曜の教室の窓側の光の中で交わした言葉の気配が、フィールドの石の床の上に淡く重なった。
蒼真は手を放した。竹井も離した。所定位置へ。
審判の音声がスピーカーから降ってきた。
「両班、所定位置確認。試合開始まで三十秒」
蒼真は和弓の握りに左手の指先を乗せ直した。右手は矢筒の縁に触れる。
昨夜のノートの最後の一行――『明日、終わる』が頭の真ん中に灯ったまま静かに鎮まっている。冬の朝の冷たい空気が肺の奥まで届き、戻っていった。
銅鑼の音が、フィールドの天井の高い位置で鳴った。
◇
試合開始の合図と同時に、竹井班の前衛二枚が前へ出た。
予想通り――いや、予想以上に速い。竹井の身体強化は出だしの一歩から効いている。本村の槍の穂先が低い構えで前へ滑り出る。二人とも扇形には展開しない。ほぼ一直線で蒼真の射線を塞ぐ位置取りだった。
悠斗が「来た」と低く言って、槍の柄を腰だめに構え直す。航は左斜め前に出た。本村の槍の穂先に剣の切っ先を合わせる。刺突を逸らす角度で構えた。月曜のホワイトボードで詰めた通り――航は本村の槍の側面を取りに行く役だ。蒼真の隣に張り付かず、悠斗と並んで前列に出る。
蒼真の最初の一射は、本村の槍の穂先の脇を抜ける軌道で放った。
弦音が、冬の空気を細く裂いた。蒼い軌跡が空気の中に細く伸びる。本村が槍をわずかに右へ流して軌道を散らした。矢は本村の左肩を浅く掠め、判定の赤い輪郭が一瞬だけ点って消えた。
軽傷未満。判定値の蓄積には届かない掠めだ。
二射目を番える。
竹井の盾の右の縁を回り込ませて、後衛の進藤あかりを狙う軌道。射線を通すための隙間は、二〜三センチしかない。
蒼真が矢を離した瞬間、竹井が盾を半歩右へ振った。
隙間が、消えた。
矢が盾の表面に弾かれた。硬い音が一拍遅れて観客席へ跳ね、矢はフィールドの石床を転がった。
航は本村の槍と切り結びながら、一度だけ後ろへ短く声を投げてきた。
「蒼真、引き分け読まれてる。撃つ前に潰されてる」
返事を待たずに、航は本村の刺突を剣の腹で押し流し、半歩左へ捌いた。前衛は会話している暇がない。情報だけ投げてすぐ自分の役に戻る。
蒼真は半歩、足を引いた。慌てない。劣勢の四分はこうなる前提で組んできた。竹井は同じクラスメイトとして、蒼真の弓の引き分けの癖を一年見てきた相手だ。最初から読まれる前提だった。問題はここから先で何を組むかだ。
◇
試合経過、一分三十秒。
ここで里奈の杖が、後衛の左から最初の一射を放った。
「《氷矢》」
白い結晶の矢が、杖の先端から空気を切って前方へ飛んだ。狙いは後衛右の進藤あかり――ではなく、進藤の左前にいる藤島美香。氷魔法使い同士の相殺を前提にした牽制射だ。
藤島が一歩横へ動いた。氷矢は藤島の右肩の外側を擦って、判定の赤の輪郭が点って消えた。これも軽傷未満。
けれど藤島が次に組み立てかけていた《氷壁》の発動が、半呼吸遅れた。
「藤島、止めた」
航が本村の槍を捌きながら、声だけ投げてきた。
「《氷壁》を出すつもりだったのを止めた。里奈の《氷矢》が来た側に意識が引っ張られた」
「もう一射、撃ちます」
里奈は杖を握り直した。白い結晶の光は細く揺れたが、視線は進藤の杖から外れない。
二射目の氷矢は、進藤あかりの杖の先端の方を狙って飛んだ。進藤は杖を半歩引いて、氷矢を避けた。判定光は点らなかった。
けれど――進藤の杖の先で組み立てかけていた《光矢》の光が、一拍、止まった。
「進藤の組み立ても止まった」
悠斗が前衛から振り返らずに言った。本村と打ち合いながら、視界の隅で進藤の杖を捉えている。
「効いてるな」
蒼真は短く返した。
里奈の《氷矢》は、相手の魔法使い二人の判断を削っている。火力じゃなく、相手の魔力のリズムを乱しに行く一射だ。
ただし、里奈の魔力も着実に減っていく。《氷壁》・《氷床》・《氷矢》の三役を一人で抱える里奈にとって、序盤の氷矢は前借りだ。
「里奈、三射目は温存。《氷壁》の出番まで魔力を残しておけ」
「了解です」
里奈が杖を両手で握り直して、後衛の所定位置に戻った。
◇
試合経過、二分二十秒。
竹井班の前衛二枚は依然として蒼真の射線を塞いでいる。本村の槍はじりじりと前へ進む。竹井の盾はその右後ろから本村のフォローに入り並走していた。本村と竹井の間合いは、本村の槍の穂先の届く範囲をぎりぎりカバーする距離。蒼真がどちらか一方を狙っても、もう一方が一歩で割って入れる。
悠斗が左から、本村の槍に槍を当てに行った。
二本の槍の穂先が空気の中で一度ぶつかった。金属音が一拍だけ走り、本村の方が半歩引いた。悠斗が前に出る。本村がもう半歩下がる。それでも本村の足運びは竹井の盾の右前を空けない。前に出る悠斗を引きずり込み、竹井の盾の射線も同時に作っていた。
航が悠斗の左後ろから走り込んで、剣で本村の槍の腹を弾いた。
「悠斗、それ以上は踏み込むな。本村は釣ってる」
「分かってる。下がる」
悠斗がぴたりと足を止めた。本村もそれ以上は下がらなかった。槍と槍が、空気の中で再び平行に並んだ。
紅葉は右斜め前の石柱の方に視線を向けていた。
「佐藤、まだ動かないんだけど。怖いって、これ」
「動かれたほうが撃ちやすいんだけどな」
蒼真の独り言に、紅葉が「だよね」と小さく返した。佐藤の《軽業》は瞬間的な機動に強い。今は石柱の陰で力を溜めている。紅葉が動いた瞬間に反対方向から飛び込んでくる――そういう構図に持ち込まれている。
蒼真は四射目、五射目を本村の足元の石柱の縁を掠めるように放った。本村の足を止めるための牽制。本村の動きはわずかに鈍ったが、止まらない。竹井の盾の取り回しはむしろ精度を上げてきていた。
六射目を、竹井の盾の上の縁から進藤あかりに向けて放った。
竹井の盾が半歩、上へ動いた。矢が盾の上の縁で弾かれた。
航が本村の槍を再び捌きながら、振り返らずに言った。
「今のも撃つ前に読まれてる。引き分けの角度を変えるか、別の手で射線を作るしかない」
その短い一言だけ残して、航はまた前衛の役に戻った。
◇
ここで囮《小転移》のフェイント一回目を投入する。
月曜のホワイトボードで詰めた三択構造――実発動、フェイント、非実行。そのうちフェイント側。
矢を番える動作と、スローイングナイフを抜きかける動作をほぼ同時に始める。番える矢は本物。右手の指先がナイフの柄に触れ、半分だけ抜きかけて止める。視線を右斜め前――石柱の影の方へ流す。
竹井が、動かなかった。
蒼真の番えた矢が、引き分けの形のまま、宙で半秒止まる。
視線を石柱の影から、本来の射線である正面の進藤あかりへ戻す。
竹井の盾は、最初の位置から、一センチも動いていない。
フェイントを見抜かれた――いや見抜かれたというより、最初から見ていなかった。竹井は蒼真の視線の流れもナイフを抜く動作も判断の材料に入れていない。盾の角度と歩幅だけで、蒼真の弓がどこへ抜けるかを決め打ちしている。視覚情報に反応する相手ならフェイントは効く。視覚に反応しない相手には雑音にしかならない。
蒼真は番えた矢を、もう一度矢筒に戻した。半歩、足を引く。
慌てない。読まれた前提で組んできた。読まれているのが分かったなら、その先を組むだけだ。
息を整える。
◇◆◇
観客席の凛が、両手の指を膝の上で組み直していた。マフラーの内側の口元は、もう動かなかった。視線がフィールドの東側から離れない。
「凛ちゃん、肩、力入りすぎ。深呼吸しよ?」
ほのかが横から穏やかに言った。
「してる」
「してないよ。さっきから息浅いまま」
「ほのかも、見てる時は静かになる」
「うん。私もちゃんと見てる」
「なら、今は見よ」
ほのかは頷いて、ペットボトルの水を一口飲んだ。
須藤は立ち見の柵の前で、組んでいた腕をほどいて、手すりに乗せた。
「ここからどう組み直す。見せてみろよ」
声にはしなかった。一年前、自分は《小転移》に読み切られた側だ。今、蒼真は読まれる側に回っている。立場が逆になっただけの話で答えはこれから出る。
西側最上段で、後藤が藤村に短く言った。
「神代、半歩引いたな」
「慌ててはいませんね」
「想定の範囲内っていう足の引き方だ。竹井が読み切ってくることは向こうも事前に組んでただろう。さて、ここから何を出してくるか」
「先生、楽しんでません?」
「ばれたか」
後藤がファイルの角を指の腹で軽く撫でた。煙草の箱は、もう半分出すのもやめていた。
◇◆◇
試合経過、三分五十秒。
蒼真班に有効打は、まだ、ない。
里奈の氷矢二発で藤島と進藤の判断を半呼吸ずつ削った――それが現時点で唯一の手応えだ。竹井班側にも有効打はないが、有効打がないまま蒼真の射線を塞ぎ続けられること自体が、向こうの手応えだった。
ここから、四分の壁を越える。
月曜の夜、メンテナンスノートに書こうとして書かなかった一行があった。
『囮の囮』
書かなかったのは、書いた瞬間に手の内になるからだ。書かずに頭の中だけに置いた一行を、ここで開く。
《小転移》のフェイントを見抜かれた今、次の手はフェイントをもう一度仕掛けることじゃない。フェイントを「もう仕掛けない」と相手に思わせる。その上で、別の経路で射線を作る。
蒼真は前衛の悠斗の背中を見た。悠斗は本村との槍合わせを続けている。半歩斜め前の航は、本村の刺突を剣の腹で受け流している最中だった。
紅葉は右斜め前の石柱の縁から半身を覗かせて、佐藤の位置を測っている。
里奈は杖を両手で握り直して、次の合図を待っている。
真帆は杖の柄の上に右手を乗せたまま、視線を悠斗の前腕と里奈の杖の白い光へ回した。次に蒼真の弓の握り、紅葉の足元へ順に移す。誰か一人を見つめない。班員全員の状態を視野に入れるヒーラーの視線の運び方だ。
六人、揃っている。
月曜の夜、布団に入った時に頭の中を一度通り抜けた六人が、今日のフィールドの石の床の上でもう一度並んでいる。
息をもう一度深く吸って、長く吐いた。
蒼真は、矢筒の縁から新しい矢を一本取り出した。
蒼い軌跡が、まだ二度目の輪郭を空気に置く前の静かな瞬間だった。




